行政技術職白書|公務員技術職・主に電気職を中心にした実務分析

地方公務員・国家公務員の技術職、特に電気・電子・デジタル系職種について、実務・採用・組織構造・人材不足の観点から整理する個人ブログです。

地方公務員技術職は、いつも「発注者側」ではない―地権者・事業者・地方議員の間に挟まれる仕事―

序文

公務員技術職というと、設計、積算、発注、工事監督、施設管理を行う「発注者側の技術者」というイメージが強いと思います。

それ自体は間違いではありません。

道路工事なら施工業者に対して自治体は発注者です。浄水場の設備更新でも、市場の建替えでも、農業用施設の整備でも、設計会社や施工会社との契約関係だけを見れば行政が発注者になります。

しかし、実際の行政技術職には、その関係がほとんど逆転する仕事があります。

道路なら地権者、農業土木なら農家や土地改良区、市場なら卸売業者や仲卸業者、再開発なら地元事業者や権利者がいます。

行政が施設を造る側であっても、その人たちから、

「この計画では困る」

「ここを変えてほしい」

「行政でもう少し負担できないか」

「以前は対応してくれた」

「別の地区ではやっている」

と言われることがあります。

技術職員はその話を聞き、現場を調べ、図面を修正できるか確認し、制度や補助対象を調べ、追加費用を積算し、上司へ説明することになります。

ここでは、工事会社に対しては発注者でも、地域の相手方との関係では要望を受けて検討する側です。

さらに地方自治体では、その要望が市議会議員、県議会議員などを経由して戻ってくることがあります。

新人のうちは「政治は部長や局長、市長が扱うもの」と思いやすいのですが、道路、河川、水道、建築、農業、市場など住民や事業者との距離が近い部署では、若手技術職員でもかなり早い段階でこの世界に触れることがあります。

これは極端な例だけを取り上げた話ではありません。

神戸市が公表した2024年度の要望等記録は合計3万3,345件あり、そのうち「道路・公園・水道など」が2万1,714件、全体の65.1%を占めています。要望者区分では公職者によるものも621件記録されています。つまり、技術系インフラ部門は、行政内部でも住民・団体・公職者からの要望が集中する分野の一つです。

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令和6年度「神戸市政の透明化の推進及び公正な職務執行の確保に関する条例」 に基づく要望等の記録等の運用状況(令和6年4月~令和7年3月)(引用元:神戸市)
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令和6年度「神戸市政の透明化の推進及び公正な職務執行の確保に関する条例」 に基づく要望等の記録等の運用状況(令和6年4月~令和7年3月)(引用元:神戸市)

大阪市の2024年度記録も興味深く、公職者区分の定例的要望338件のうち313件が「公園・道路」、25件が「水道・下水道」でした。同市の「公職者」には市会議員、府会議員、国会議員、公務員その他公的役職に基づいて要望を行う者やその秘書などが含まれています。

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要望等記録制度公表件数(令和3年度~令和6年度)(引用元:大阪市)

地方の技術職にとって、「政治」と「技術」は思っているほど離れていません。


1 行政が支援する側でも、実際には相手の方が強くなることがある

例えば農業施設を整備するとします。

行政側から見れば、農道を整備し、ほ場を大区画化し、用排水路を改良する公共事業です。

しかし、図面上の線の下には民有地があります。

そこには所有者がいて、耕作者がいて、既存の水利があり、それぞれ生活や経営があります。

行政が、

「この配置が技術的に最も合理的です」

と考えても、それだけでは事業は動きません。

農道をここへ通せば自分の農地が分断される。

排水路をこちらへ移せば作業しにくくなる。

大型農機が曲がれない。

取水位置が変わると営農に支障が出る。

そうした事情が出てきます。

農林水産省の土地利用に関する検討資料でも、農村では「利害調整を含めた土地利用調整」と地域住民の合意形成が必要であることが繰り返し扱われています。農地は私有財産である一方、地域全体の水路、農道、営農体系と結び付いているため、単純な施設設計だけでは解決できません。

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第3回農山村地域の新たな土地利用の 枠組み構築に係る有識者懇談会 課題及び考え方 (たたき台7/22現在) 平成14年7月22日(引用元: 農林水産省農村振興局)

したがって、行政技術者が制度上は事業主体であったとしても、実務では地権者に何度も説明へ行き、条件を聞き、設計変更が可能か持ち帰って検討することになります。

公共用地でも同じです。

道路事業には最終的に土地収用という制度がありますが、だからといって最初から強制取得するわけではありません。通常は地権者との任意交渉を積み重ねます。

このとき担当者から見ると、不思議な感覚になります。

行政が道路を造る。

行政が事業費を負担する。

行政が公共目的の事業を進めている。

それでも、必要な土地について合意できなければ、予定どおりには進められない。

制度上の権限と、現場での交渉力は同じではありません。

相手方の協力が事業成立の条件になっているほど、相手側の発言力は大きくなります。


2 市場再整備の公文書には、本当に「板ばさみ」という言葉が出てくる

この関係が非常に分かりやすく表れているのが、卸売市場です。

行政が市場を所有していれば、施設更新では自治体が発注者です。

しかし、新しい市場を実際に使用するのは卸売業者、仲卸業者、関連事業者などです。

冷蔵庫をどこへ置くか。

荷捌き場をどうするか。

トラックとフォークリフトの動線をどう分けるか。

停電時にどこまで非常用電源で動かすか。

営業しながら何年も掛けて建て替える場合、どの棟をどの順番で移転するか。

行政が机上だけで決めることはできません。

川崎市の中央卸売市場北部市場の機能更新では、PPP事業者との意見交換結果が公開されています。

そこで民間事業者側から、

「場内事業者との対話やそれに基づくリスクは、市がコントロールすることが前提」

「場内事業者との調整をすることは負担が大きい」

という意見が出され、さらに資料には文字どおり、場内調整で「板ばさみ」とならないよう市が調整してほしいという趣旨の意見が記録されています。

同じ資料には、市場関係者の要望を聞くことは重要である一方、市として譲れないところは明確に線引きしてほしいという意見まで掲載されています。

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2023年度第6回川崎市PPPプラットフォーム意見交換会(引用元:川崎市経済労働局中央卸売市場北部市場)

これは行政技術職が抱える問題をかなり端的に表しています。

行政が発注者だから、民間事業者に全部任せればよいわけではありません。

市場利用者から、

「こうしてほしい」

という要望が来る。

PFI・PPP事業者からは、

「後になって利用者の要望で設計を変えられるのは困る」

と言われる。

財政部門からは事業費を抑えるよう言われる。

技術者から見れば維持管理性や安全性を確保したい。

行政技術職は、その間に立つことになります。


3 そして地方自治体では、要望の後ろから議員が出てくることがある

地権者や事業者との調整だけなら、まだ技術と住民との関係です。

地方自治体では、そこに議員が加わります。

住民や事業者が市議会議員や県議会議員へ相談し、議員が担当部署へ、

「どうなっているのか」

「なぜ対応できないのか」

「もう一度検討できないか」

と問い合わせることがあります。

このこと自体を、不正な「口利き」と考えるのは適切ではありません。

地方自治法では、住民が地方議会へ請願する際、議員の紹介によって請願書を提出する仕組みさえ設けられています。住民の意見や要望を行政・議会へつなぐことは、地方政治に組み込まれた機能の一つです。

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地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)(引用元:e-GOV 法令検索)

しかし、担当職員から見た世界はもう少し複雑です。

自分は現場を確認した。

技術基準を確認した。

制度も確認した。

その結果、

「現状では対応は難しい」

と説明した。

ところが数日後、上司から、

「議員から話が来ているので、もう一度確認して」

と言われる。

似た事例を調べる。

過去の図面を出す。

追加工事をした場合の金額を計算する。

別案を考える。

最初の回答が完全に間違っていたわけではないのに、案件が再び自分のところへ戻ってくる。

こういうとき、担当者が「自分が悪者にされた」と感じても不思議ではありません。

そして、この感覚が単なる若手職員の思い込みではないことを示す、かなり興味深い公的記録があります。

2006年の神戸市公正職務検討委員会です。

委員会では、議員には一般職員に対する職務上の指揮命令権があるわけではないが、住民代表であることによる事実上の力があるという趣旨の議論がされています。

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第3回神戸市公正職務検討委員会 議事概要 開催日時:平成18年5月16日(火) 午後3時56分~午後6時10分 開催場所:神戸市役所1号館14階大会議室(引用元:神戸市)

さらに、職員が受け取ったときに「圧力」と感じるものでも、別の見方をすれば正当な議員活動である可能性があり、現場職員がその場で正当・不当を区分すること自体が難しいと議論されています。

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第3回神戸市公正職務検討委員会 議事概要 開催日時:平成18年5月16日(火) 午後3時56分~午後6時10分 開催場所:神戸市役所1号館14階大会議室(引用元:神戸市)

別の同委員会議事録では、さらに踏み込んでいます。

「内容は妥当だが方法が不当」という場合もあれば、「態度は紳士的だが要求内容そのものに問題がある」という場合もある。

したがって、現場職員にその場で不当な働きかけを選別させることは酷で、実効性にも乏しいという趣旨の発言が残っています。

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第2回神戸市公正職務検討委員会 議事概要 開催日時:平成18年5月10日(水) 午後3時58分~午後6時15分 開催場所:神戸市役所1号館14階大会議室(引用元:神戸市)

公的な検討委員会がここまで明確に「現場での判断の難しさ」を認めていることは重要です。


4 「自分は正しいのに、なぜもう一度やらされるのか」という問題

技術者は、どうしても「正しい答え」を求めます。

計算が合っている。

基準に適合している。

契約条件を満たしている。

法令上問題がない。

ならば、それが答えだと考えやすい。

しかし行政では、技術的に正しいことと、行政として最終的にどうするかは完全には一致しません。

例えば農家から、

「排水路を大きくしてほしい」

と言われたとします。

設計計算では現状断面で必要流量を満たしている。

技術職員が、

「計画上は問題ありません」

と答えること自体は間違っていません。

しかし相手が求めているのは、「計算が合っているという説明」ではなく、「現実に起きている冠水をどうするか」かもしれません。

その後、

実際には別系統から流入していた、

宅地化で流出条件が変わっていた、

過去の改修でボトルネックができていた、

ということが分かる可能性もあります。

逆に、調べても本当に問題がなく、追加整備の公共性が認められない場合もあります。

市場でも同じです。

事業者から、

「行政負担でこの設備を付けてほしい」

と言われる。

技術的には付けられる。

しかし市場全体で必要な共用設備なのか、特定事業者の営業設備なのかによって、行政負担の妥当性は変わります。

2025年の川崎市南部市場の審議資料でも、「市がどこまで整備し、どこから場内事業者にお願いするか」が重要な論点として議論されています。行政が冷蔵設備を整備すれば、その費用が使用料として事業者へ戻るという関係まで含めて検討されています。

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令和7年度第3回川崎市地方卸売市場南部市場運営審議会 会議録(引用元:川崎市)

したがって、一度「できない」と答えた案件を上司から再調査するよう言われたとしても、必ずしも最初の技術判断が否定されたわけではありません。

技術的可否とは別に、

行政負担として妥当か、

代替手段があるか、

政策として優先するか、

他地区との公平性をどう考えるか、

という別の判断軸があるからです。

ただ、担当者にとって大変なのは、その再検討の実務を行うのも自分たちであることです。

「できません」と一度説明した案件について、別案の図面を作り、数量を拾い、概算工事費を計算し、過去事例を調べ、部長や局長が説明できる資料にする。

政治と行政の間で起きている話が、最後には技術職員の机の上で「図面と金額」に変わります。


5 では、どこからが「政治的な要望」で、どこからが「不当な介入」なのか

ここは極端に考えない方が実態に近いと思います。

「議員から連絡が来た=不当介入」ではありません。

一方で、

「議員は住民代表だから何を言っても正当」

でもありません。

自治体が要望記録制度を整備している理由は、その中間領域が非常に広いからです。

大阪市では、市会議員、府会議員、国会議員などを含む公職者から職員へ寄せられた要望を記録対象とし、対象かどうか判断に迷った場合には課長へ報告し、職員個人ではなく組織として判断する仕組みを採っています。

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要望等記録制度指針 (令和5年4月改正版)(引用元:大阪市)
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要望等記録制度指針 (令和5年4月改正版)(引用元:大阪市)

同市の指針では、不正な働きかけとして、正当な理由なく特定の者を有利・不利に取り扱うこと、契約条件を操作して特定者に不当な利益を与えること、秘密を漏らすこと、法令や公務員倫理に反する行為などが挙げられています。

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要望等記録制度指針 (令和5年4月改正版)(引用元:大阪市)

群馬県も、地方議会議員、市町村長、副市町村長、秘書、政治団体役員などから職員への働きかけのうち、法令・基準違反を求めるものや、合理的理由なく特定の個人・団体・事業者を有利・不利に扱うよう求めるものを記録制度の対象としています。

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職務に関する働きかけに対する対応 更新日:2011年3月1日(引用元:群馬県)

つまり線引きは、

「議員が関与したか」ではなく、「何を求められたか」

にあります。

例えば、

「この道路が危険だという住民相談があるので確認してほしい」

は通常の政策・住民対応として成立し得ます。

「この地区について優先順位を再検討してほしい」

も、予算や政策判断の範囲で議論できます。

しかし、

「この人だけ基準外でも認めてほしい」

「この業者が受注できるよう条件を変えてほしい」

となれば、全く別の問題です。


6 これは単なる理想論ではなく、実際の事件や職員の苦悩から制度が作られている

要望記録制度を、

「コンプライアンス研修でよくある理想論」

と考えることもできます。

しかし、各自治体が制度を作った経緯や、実際に職員がどのような対応に困っていたのかを見ると、かなり現実的な問題から生まれた仕組みであることが分かります。

神戸市では2006年、産業廃棄物処理施設の設置許可に関するあっせん収賄容疑で市会議員が逮捕・起訴され、その後、資源リサイクルセンター管理運営業務の委託方法変更をめぐって再逮捕され、受託収賄罪で追起訴された事件を契機として、公正職務検討委員会が設置されました。

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要望等への対応に関する 新たなしくみづくりの提言 (答申) 平成18年6月(引用元:神戸市公正職務検討委員会)

その検討で問題になったのは、事件のような明白な不正だけではありません。

議員などから職員へ寄せられる話には、地域住民から受けた相談、政策上の提案、行政への問い合わせ、地域振興に関する要望なども含まれます。その一方で、特定者への利益誘導や不当要求へ近づくものもあります。

しかも、「内容は妥当だが要求の方法に問題がある」「態度は穏当でも要求内容そのものに問題がある」といった場合もあり、神戸市の検討では、現場職員にその場で正当・不当を完全に選別させること自体が難しいという問題が議論されました。

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要望等への対応に関する 新たなしくみづくりの提言 (答申) 平成18年6月(引用元:神戸市公正職務検討委員会)

この「現場で判断しにくい」という問題が、実際の職員にどのように現れていたのかをかなり具体的に示しているのが奈良市です。

奈良市は、公職者等から受けた要望の記録制度について全職員を対象とするアンケートを行い、488人から回答を得ています。

そこで報告された事例の一つに、地元団体が設定した会合へ行政職員が出席したところ議員も同席し、地元の意見を代弁する形で発言したため、それを「地元団体からの要望」と扱うのか、「議員からの要請」として記録するのか判断に迷ったというものがあります。

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職員の職務に関する要望等の記録と公表に関する制度」についての 職員アンケートの結果について(引用元:奈良市)

さらに、議員から、

「部長に言ってある。次長から聞いてるやろ。」

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「職員の職務に関する要望等の記録と公表に関する制度」についての 職員アンケートの結果について(引用元:奈良市)

と言われ、担当職員が返答に困ったという事例も記録されています。

これは地方公務員であれば、状況を想像しやすいと思います。

担当者自身は正式な指示を受けていない。

しかし、目の前の議員は「部長には話を通してある」と言っている。

本当に上層部では話が済んでいるのか。

その場で「聞いていません」と答えてよいのか。

一度上司へ確認するべきなのか。

そもそもこれは単なる情報確認なのか、それとも記録すべき要望なのか。

特に新人や若手職員であれば、その場だけで判断することはかなり難しい場面です。

奈良市のアンケートでは、判断そのものだけでなく、その後の関係を心配する声も出ています。

要望を記録することで公職者との関係が悪くならないか、議会で厳しい質問を受けることにならないか、何らかの「しっぺ返し」を受けないか、人事などに影響しないか、といった不安です。

また、公職者からの依頼を上司が受けている場合について、内容に疑問があっても「上司の命令に逆らいたくない」とする趣旨の回答もありました。

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「職員の職務に関する要望等の記録と公表に関する制度」についての 職員アンケートの結果について(引用元:奈良市)

そのため職員側からは、何を記録すべきかをできるだけ明確にし、職員個人の判断に委ね過ぎないこと、組織的に対応して「職員個人を守る」仕組みを設けることを求める意見まで出ています。

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「職員の職務に関する要望等の記録と公表に関する制度」についての 職員アンケートの結果について(引用元:奈良市)

しかも、そこで扱われていた要望は、行政技術職と無関係なものばかりではありません。

道路修繕、街路灯、カーブミラー、施設改修など、土木・建築系部署が日常的に扱う地域要望も含まれています。

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「職員の職務に関する要望等の記録と公表に関する制度」についての 職員アンケートの結果について(引用元:奈良市)

つまり、

「この道路を直してほしい」

「ここへ街路灯を付けてほしい」

「施設を改修してほしい」

という技術的には身近な話が、地元要望、公職者からの問い合わせ、予算上の優先順位、公平性と結び付くことで、担当職員だけでは判断しにくい案件になることがあります。

さらに、通常の要望や議員活動の範囲を越えたときに、職員がどのような負担を感じるのかを示す調査もあります。

徳島県小松島市議会が2023年に行った「議員からのハラスメントにかかるアンケート」では、常勤一般職406人に調査票を配布し、340人が回答しました。

そのうち81人、23.8%が市議会議員からハラスメントを受けたことがあると回答し、145人、42.6%が、ほかの職員がハラスメントを受けている場面を見たことがあると回答しています。管理職に限ると、それぞれ40.0%、64.5%でした。

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議員からのハラスメントにかかるアンケート調査集計結果(引用元:小松島市)

もちろん、これは議員からの要望一般がハラスメントであるという意味ではありません。

一方で自由記述には、行政側が対応できない理由を説明しても納得してもらえず、実質的に「YES」と言うまで追及された、意向に沿わなければ「議会で質問する」と言われて圧力を感じた、議員に逆らえば議会で何らかの形で返されるのではないかと感じた、といった職員の声が残されています。

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議員からのハラスメントにかかるアンケート調査集計結果(引用元:小松島市)
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議員からのハラスメントにかかるアンケート調査集計結果(引用元:小松島市)

質問を繰り返されるうちに、職員側が何を求められているのか分からなくなり、返答できなくなるという趣旨の記述もあります。

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議員からのハラスメントにかかるアンケート調査集計結果(引用元:小松島市)

こうした実例を見ると、要望記録や組織対応の制度は、単に「不正な要求を摘発するため」だけのものではありません。

実際の現場では、

これは住民要望の仲介なのか。
政策上の提案なのか。
単なる問い合わせなのか。
正当な議員活動として受け止めるべきものなのか。
それとも、議員という立場を背景にした「圧力」なのか。
どこからが通常の要望を越えた、不当な働きかけなのか。

というところから判断に迷うことがあります。

しかも、要求内容そのものは妥当でも伝え方が強く、職員側が圧力を感じる場合もあれば、逆に態度は穏やかでも、求められている内容が特定者への便宜供与など行政として受け入れられない場合もあります。

その判断を誤った場合の相手との関係まで考えながら仕事をしている職員も、実際にいました。

だからこそ、多くの自治体では要望を担当者個人だけで処理せず、記録して上司へ報告し、必要に応じてより上位の組織や第三者機関で判断する仕組みが整備されています。

要望記録制度は、

「担当者が強い相手にも一人で立ち向かうための制度」ではありません。

むしろ、事件や実際の職員の経験を踏まえて、判断の難しい案件を担当者個人の問題にせず、行政組織として扱うために作られてきた仕組みと見る方が実態に近いと思います。


結論

地権者や事業者、地域団体を相手にする部署に配属された若手技術職員にとって、特に戸惑いやすいのは、

「間違ったことを言っていないのに、なぜまだ話が終わらないのか」

という場面だと思います。

工事会社との関係であれば、仕様書、図面、契約書、技術基準など、判断のよりどころがあります。

一方、地権者との協議や地域支援では、相手は契約上の受注者ではありません。

農家なら、その土地でこれからも農業を続けます。市場事業者なら、その施設で商売を続けます。住民なら、その道路や公園、水道を日々利用します。

行政側が技術的に妥当な計画を作っても、相手の協力が得られなければ事業そのものが進まないことがあります。

だから技術職員は、相手の話を聞き、必要ならもう一度現場を見て、図面や基準を確認し直します。

そして、ときには一度説明した案件が、地方議員などを経由して再び戻ってくることもあります。

担当者としては、

「現場も確認した」

「基準も調べた」

「そのうえで難しいと説明した」

という案件かもしれません。

それでも、もう一度調べることになる。

似た事例を探す。別案を考える。概算費用を出す。上司への説明資料を作る。

そのときに、「自分の最初の判断が間違っていたのだろうか」と感じることもあると思います。

しかし、必ずしもそうとは限りません。

技術的に難しいという判断と、それでも行政として別の方法がないか再検討することは、同じではないからです。

地方自治体では、技術的な条件だけでなく、住民や事業者への影響、地域間の公平性、予算、政策上の優先順位なども含めて最終的な判断が行われます。その過程で、議員からの問い合わせや地域要望といった政治との接点が生じることもあります。

だから、

「議員が言ったから全部従う」

でも、

「自分の技術判断が正しいから一切再検討しない」

でもありません。

もう一度事実を確認する。

技術的に可能な範囲を示す。

できないところは、できない理由を残す。

別案があれば示す。

必要なら費用を出す。

そして、それを公共負担で行うのか、他地区との公平性をどう考えるのか、政策として優先するのかという部分は、担当者一人で背負わず、組織の判断へ返していく。

議員からの要望についても同じです。それが住民要望の仲介なのか、政策上の提案なのか、単なる問い合わせなのか、それとも立場を背景とした圧力に近いものなのかを、若手職員一人で判断しなければならないわけではありません。

現実の自治体が、要望を記録し、課長、局長、ときには市長や第三者機関まで上げる仕組みを設けているのも、担当者一人にこうした判断を抱え込ませないためです。

公務員技術職は、普段は発注者です。

しかし地域支援の現場では、ときに住民や事業者から要望を受け、こちらが案を考え直す側になります。その要望の後ろに地方議員がいることもあれば、首長や議会での議論につながることもあります。

発注者なのに、要望を受ける側になる。

制度上はこちらに権限があっても、相手の理解や協力がなければ進められない。

技術的には難しいと考えた案件を、行政的・社会的、ときには政治的な事情からもう一度検討することになる。

こうした少し矛盾した立場に置かれるのも、地方公務員技術職の仕事です。

そして、その中で担当者に必要なのは、政治に勝つことでも、相手を論破することでもありません。

「ここまでは技術的な事実です」「ここから先は行政として判断する部分です」と分けて整理すること。

さらに、議員や地域の有力者が関係するような強い要望ほど、

自分一人の判断にせず、記録を残し、組織の判断へつないでいくこと。

それでも、現場を見て、図面を調べ、金額を出し、説明の根拠を作るのは技術職員です。

住民や事業者の要望が行政内部で動き、場合によっては議会や首長まで上がったとしても、最後に「実際にできるのか」を技術的な形にする仕事は、また担当部署へ戻ってきます。

だから、こうした仕事で迷ったり、割り切れなさを感じたりすること自体は、不自然なことではないと思います。

地方公務員技術職は、単に公共工事を発注する技術者ではありません。

地権者、住民、事業者、庁内組織、そして時には議会や首長との間に立ち、自分だけでは決められない問題を、技術的な根拠を持った「行政として説明できる判断」へつないでいく技術者でもあります。

参考文献

神戸市:令和6年度「神戸市政の透明化の推進及び公正な職務執行の確保に関する条例」 に基づく要望等の記録等の運用状況(令和6年4月~令和7年3月)
https://www.city.kobe.lg.jp/documents/12549/r6unyozyokyo2.pdf

農林水産省農村振興局:第3回農山村地域の新たな土地利用の 枠組み構築に係る有識者懇談会 課題及び考え方 (たたき台7/22現在) 平成14年7月22日
https://www.maff.go.jp/j/study/other/nousin_yuusiki/pdf/data06_03.pdf

農林水産省農村振興局:第7回 長期的な土地利用の在り方に関する検討会令和3年3月17日
https://www.maff.go.jp/j/study/tochi_kento/attach/pdf/index-87.pdf

川崎市経済労働局中央卸売市場北部市場:2023年度第6回川崎市PPPプラットフォーム意見交換会
https://www.city.kawasaki.jp/170/cmsfiles/contents/0000158/158115/kekkagaiyou_hokubu.pdf

e-gov法令検索:地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)
https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000067

神戸市:第3回神戸市公正職務検討委員会 議事概要 開催日時:平成18年5月16日(火) 午後3時56分~午後6時10分 開催場所:神戸市役所1号館14階大会議室
https://www.city.kobe.lg.jp/documents/14470/gijigaiyo3.pdf

神戸市:第2回神戸市公正職務検討委員会 議事概要 開催日時:平成18年5月10日(水) 午後3時58分~午後6時15分 開催場所:神戸市役所1号館14階大会議室
https://www.city.kobe.lg.jp/documents/11813/gijigaiyo2.pdf

川崎市:令和7年度第3回川崎市地方卸売市場南部市場運営審議会 会議録
https://www.city.kawasaki.jp/170/cmsfiles/contents/0000176/176654/keizai11-1017.pdf

大阪市:要望等記録制度指針 (令和5年4月改正版)
https://www.city.osaka.lg.jp/seisakukikakushitsu/cmsfiles/contents/0000667/667138/sisin03_youboutoukiroku.pdf

群馬県:職務に関する働きかけに対する対応 更新日:2011年3月1日
https://www.pref.gunma.jp/page/12699.html

神戸市公正職務検討委員会:要望等への対応に関する 新たなしくみづくりの提言 (答申) 平成18年6月
https://www.city.kobe.lg.jp/documents/8033/toshinsyo.pdf

奈良市:職員の職務に関する要望等の記録と公表に関する制度」についての 職員アンケートの結果について
https://www.city.nara.lg.jp/uploaded/attachment/100584.pdf

小松島市:議員からのハラスメントにかかるアンケート調査集計結果
https://www.city.komatsushima.lg.jp/fs/5/5/0/8/4/1/_/%E8%AD%B0%E5%93%A1%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%AE%E3%83%8F%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%88%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%83%88%E9%9B%86%E8%A8%88%E7%B5%90%E6%9E%9C%28%E8%87%AA%E7%94%B1%E8%A8%98%E8%BC%89%E3%81%82%E3%82%8A%29.pdf

水道職員は水槽の中で何をしている?マンホール開放・ポンプ排水・酸欠対策から復旧まで

浄水場や配水施設には、着水井、混和池、浄水池、配水池、排水槽、薬品槽など、水や薬品をためるさまざまな槽や池がある。

これらの内部を点検する場合、まず水や薬品を抜き、コンクリート、目地、塗装、配管、金物などの状態を確認する。大阪市水道局も、池を空にして行う内部点検について、ひび割れ、表層劣化、浮き・剥離、目地部損傷、遊離石灰、豆板、補修跡などを確認するものとしている。

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大阪市水道浄配水場施設維持管理方針 2025(令和7)年2月(引用元:大阪市水道局)

この記事では、便宜上「水穴A」「水穴B」と呼ぶことにする。

想定するのは、水穴Aの流入を止め、水穴Aの水を水穴Bへ逃がしたうえで、水穴Aに入って点検する作業である。ただし、水穴Aの流出側の弁は開けられないため、可搬式の水中ポンプを使用する。

実際の作業では、施設ごとの作業要領、配管図、電気図、メーカー取扱説明書、作業許可及び作業主任者の指示が優先される。また、以下は水を移送する場合を中心とした説明であり、薬品槽では薬品ごとのSDS(安全データシート)、移送先との混触、必要な保護具、排液処理を別に確認する必要がある。

1 作業の前に「誰が何を止めるか」を決める

当日の作業は、いきなり弁を閉めるところから始まるのではない。

最初に、中央監視や運転担当者へ作業開始を連絡し、次の内容を全員で確認する。

  • 水穴Aへつながる流入経路
  • 水穴Aから出ていく経路
  • 他の槽や配管から逆流する可能性
  • 操作する弁と、操作してはいけない弁
  • 水穴Bの空き容量、最高水位及び越流先
  • ポンプ停止の連絡方法
  • 作業中止時の退避方法と緊急連絡先

水穴Aの流入弁を閉めた後は、弁の開閉表示だけでなく、水位、流量、圧力、目視できる流入口などから、実際に流入が止まったことを確認する。古い弁では、全閉表示でも完全には止水できない場合があるからである。

操作した弁、電動弁の操作スイッチ、ポンプの操作場所には、施錠、鎖錠又は「操作禁止」の表示を行い(該当スイッチの上に禁止表示テープを貼る等)、ほかの職員が途中で復旧しないようにする。

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「水道用機械・電気設備保守業務委託標準仕様書」(引用元:東京都水道局)

弁を閉めた後、水穴Aの水位が上昇しないことを一定時間確認してから、排水作業へ進む。

2 ポンプと長い動力ケーブルを準備する

深い水穴へポンプを下ろす場合、ポンプ本体だけでなく、十分な長さの動力ケーブル、吐出ホース、吊り下げ用の鎖又はワイヤ、電気チェーンブロック、必要に応じて振れ止め用のロープを準備する。

ただし、ケーブルは「長ければよい」というものではない。長くなるほど電圧降下が大きくなるため、ポンプの電圧、相、容量、運転電流、ケーブル長に応じた太さを選ぶ必要がある。

接続作業中は、動力電源側のブレーカーを切るだけでなく、投入禁止表示やブレーカーロックを行う。端子接続を伴う場合は、所定の電気取扱者が無電圧を確認してから接続する。

水中ポンプは湿潤した場所で使用するため、接地、漏電遮断器、ケーブルの損傷、絶縁状態を確認する。厚生労働省の災害事例では、水中ポンプの絶縁不良に加え、接地線と漏電遮断器がなかったため、ポンプを通電したまま移動した作業者が感電死している。

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地下ピット内で修理したポンプを据付け中に感電(引用元:厚生労働省)

また、ポンプを動力ケーブルで吊ってはいけない。ケーブルの損傷、浸水及び感電につながるため、ポンプの吊り金具やハンドルに、取扱説明書で指定された鎖やロープを取り付ける。

3 水穴Aと水穴Bのマンホールを開ける

水穴Aと水穴Bのマンホールを開ける前に、先にカラーコーン、柵、開口部表示などを設置する。蓋を開けてから柵を探しに行くのでは遅い。

マンホール蓋は、現場で「引っかき棒」と呼ばれることもあるマンホールフック、開閉バール、専用開閉器を使用して開ける。

一人で無理に持ち上げず、原則として二人以上で声を掛け合う。ただし、蓋が重い、固着している、腰を深く曲げなければならない場合は、人数だけで解決せず、マンホールリフター、ジャッキなどを使用する。ボルト締めや密閉構造の蓋もあるため、外したボルト、パッキン、ロック機構の状態と取付方向を記録しておく。

取り外した蓋は、倒れたり開口部へ滑り戻ったりしない安定した場所に置く。水穴Aと水穴Bの両方を開けた場合は、両方を開口部として管理する。

開口部の真上で工具や機材を受け渡さない。必要な工具は開口部から離れた場所で受け渡し、落下の可能性がある照明、カメラ、測定器などには落下防止を施す。

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4 水穴Aへポンプを下ろす

ポンプには、先に吐出ホースを確実に取り付ける。ホースはポンプの吐出口へ十分に差し込み、適合するホースバンド、カップリングなどで固定する。ホースの抜けや破断が大きな危険になる場合は、抜け止め用のロープやワイヤを追加する。

深い水穴へ重量のあるポンプを入れる場合は、電気チェーンブロック、手動チェーンブロック、三脚式揚重装置などを使用する。吊り元、チェーン、シャックル、フック及びポンプ側吊り金具の許容荷重を確認し、使用前に変形、摩耗、外れ止めの不具合がないか点検する。

ポンプはゆっくり下ろし、壁、内部配管、梯子などへ衝突させない。動力ケーブルや吐出ホースにポンプの重量を負担させず、余裕を持たせながら、壁角やマンホール縁で傷付かないよう養生する。

ポンプの下に多量の堆積物がある場合は、直接沈めると砂や異物を吸い込むため、取扱説明書に従って台やストレーナを使用する。ポンプの姿勢、吸込口の位置、最低運転水位も確認する。

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5 水穴B側で吐出ホースを固定する

吐出ホースの先端を水穴Bへ入れる。

ポンプを起動すると、ホースには反力が発生し、固定が弱いと激しく動く。ホース先端がマンホールから飛び出したり、周囲の作業者へ向いたりしないよう、ロープ、バンド、専用金具などで独立して固定する。

現場によっては、ホース先端を数ミリ厚の有孔金属製保護筒、いわゆるパンチングメタル状の筒へ通し、その上からバンドで固定して、ホース先端の変形や振れを抑えることもある。ただし、この保護筒だけに固定を任せず、ホース自体の抜け止めを別に設ける。

水穴Bについては、受入可能量だけでなく、越流した場合の流出先、既存の水との水質上の相性、ホースから出る水による沈殿物の巻き上げも確認する。飲料水系の槽へ移送する場合は、ホースや保護筒など、水に接触する機材の清浄・消毒も必要になる。

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6 ブレーカーを入れ、排水する

全員がポンプ、ホース及び水穴の縁から離れ、作業責任者が安全を確認してからブレーカーを投入する。

起動直後は、次の状態を確認する。

  • ポンプから異音や異常振動がないか
  • 三相ポンプの回転方向が正しいか
  • ホース接続部から漏水していないか
  • ホース先端が暴れていないか
  • 水穴Aの水位が下がっているか
  • 水穴Bの水位が上がりすぎていないか
  • ケーブルや接続部が発熱していないか

排水に必要な時間は、単純には次の式で考えられる。

排水時間=水穴Aの排水対象容量÷実際の吐出量

厳密な排水計画では全揚程から性能曲線上の吐出量を求める。一方、小規模な現場で実揚程や配管損失が小さく、過去実績等から問題ない場合には概算としてメーカー値等を使う場合もある

たとえば排水対象が120立方メートルで、実際の吐出量が毎時30立方メートルなら、理論上は4時間である。ただし、水位低下による吸込み状態の変化、残水、停止確認などを考慮し、余裕時間を加える。

運転中は、水穴Aと水穴Bの水位、ホース、ポンプ電流などを定期的に確認する。空運転、吸込み渦、ホース外れ、漏電遮断器の作動、水穴Bの高水位などが生じた場合は直ちに停止する。

排水後に人が水穴Aへ入る前には、ポンプを停止し、ブレーカーを切り、再投入防止を行う。通電したポンプを槽内に残したまま、人が近づいたりポンプを動かしたりしない。

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7 照明、送風、酸素濃度測定を準備する

排水が終わっても、すぐに水穴へ入ってはいけない。

まず、上部照明、ヘルメットライト、予備の懐中電灯などを準備する。照明器具は使用環境に合った防水性を有するものとし、可燃性ガスのおそれがある場所では防爆性も確認する。

次に、ポータブルファン又はブロワーへビニール製ダクト、いわゆる風管を取り付け、槽内へ外気を送る。風管は、底部や奥まった場所にも空気が届くように配置し、反対側から空気が排出される流れをつくる。

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外国人労働者に対する安全衛生教育教材作成事業(建設業) 『電気通信業務』 安全衛生のポイント酸素欠乏・一酸化炭素中毒の防止(引用元:厚生労働省)

ブロワーの吸気口を人、シート、資材などで塞がない。吸気側には、発電機、自動車、薬品の排気口などを置かず、清浄な空気を取り込む。作業中は換気を継続し、純酸素による換気は行わない。厚生労働省の教材でも、発電機の排気を吸い込ませないこと、吸気口と吐出口を離すこと、作業中は換気を止めないことが示されている。

酸素濃度の測定は、原則として槽外から、上部、中間部、底部、隅部など複数箇所を測る。測定のために先に頭や上半身を入れてはいけない。

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外国人労働者に対する安全衛生教育教材作成事業(建設業) 『電気通信業務』 安全衛生のポイント酸素欠乏・一酸化炭素中毒の防止(引用元:厚生労働省)

酸素欠乏症等防止規則では、酸素濃度18%未満を酸素欠乏と定義し、酸素欠乏危険作業では18%以上に保つよう換気することを求めている。ただし、通常の空気は約20.9%であり、「18%を少し超えたから安全」とだけ判断するものではない。通常より明らかに低い値、測定場所による差、値の低下がある場合は原因を確認する。

法令上の酸素欠乏危険作業に該当する場合は、技能講習を修了した者から酸素欠乏危険作業主任者を選任し、作業方法の決定、測定、換気装置や保護具の点検、作業者の指揮を行わせる。作業者にも所定の特別教育が必要になる。

測定対象は酸素だけとは限らない。過去に入っていた水や薬品、汚泥、周辺設備に応じて、硫化水素、塩素、一酸化炭素、可燃性ガスなども測定する。酸素濃度計だけでは、塩素ガスなどは検知できない。酸素濃度測定器、有害ガス検知器、換気設備、救助用器具を準備する必要がある。

作業開始前だけでなく、休憩後の再入槽、換気停止、作業者の体調変化、測定値の変化があった場合も再測定する。長時間作業では、作業者の呼吸域付近へ携帯型測定器を装着し、換気と測定を継続する。

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8 巻取り器、墜落制止用器具及び救出設備を取り付ける

マンホールからの転落防止と、槽内で動けなくなった作業者の救出を考える。

現場で「巻取り器」と呼ばれる安全ブロック又はリトラクタを使用する場合は、槽の周囲にある取っ手へ無条件に取り付けてよいわけではない。その取っ手が墜落制止用又は救出用の支点として設計され、必要な荷重に耐えられることを、図面、荷重表示、施設管理者の確認などで判断する。

既設施設に適切な支点がない場合は、可搬式三脚、ダビット、専用の仮設支点などを用いる。クランプを介して取り付ける場合も、クランプの定格荷重、取付対象の構造強度、外れ止め、荷重方向が確認された組合せに限る。

安全ブロックは墜落を止める器具であり、すべての機種が人を引き上げられるわけではない。救出を想定する場合は、救助用ウインチ又は引上げ機能付きの器具を準備し、フルハーネス、ショックアブソーバー、安全ブロック、支点が相互に使用可能な組合せであることを確認する。

槽外には監視人を残す。監視人は、槽内作業者との連絡、測定値、換気装置、周辺の弁やポンプの状態を監視し、異常時に作業主任者や関係者へ通報する。

槽内の作業者が倒れた場合、呼吸用保護具を持たない人が続いて入ってはいけない。上水道でも、測定・換気を行わずに取水井へ入り、救助に入った人も次々に被災した結果、6人が死亡した事故が起きている。

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9 保護具を着け、三点支持で降りる

作業者は、フルハーネス型墜落制止用器具、あごひもを締めたヘルメット、ヘルメットライト、作業内容に合った手袋、滑りにくい長靴などを着用する。

浄水又は浄水処理過程の水に接する槽では、汚れた靴や工具をそのまま持ち込まない。バケツの水で泥を落とすだけでなく、施設の衛生管理要領に従い、専用又は洗浄・消毒済みの長靴、衣服、手袋、工具を使用する。

東京都水道局の標準仕様書でも、浄水に接する衣服、手袋、靴、帽子を清浄なものとし、水に接触する機具を次亜塩素酸ナトリウム水溶液などで消毒した後、浄水ですすいで使用することとしている。

梯子を降りるときは、「両手と片足」又は「両足と片手」の三点支持を保つ。一段ずつ足元を確認し、工具やカメラを手に持ったまま降りない。必要な機材は、作業者が安全な場所へ移動してから、別のロープなどで下ろす。

無線機又は有線通話装置を使用し、監視人との連絡を保つ。携帯型酸素濃度計や複合ガス検知器は、呼吸域に近い位置へメーカー指定の方法で装着する。これは深い槽だけの対策ではなく、槽内の形状、視認性、距離に応じて使用する。

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10 コンクリートと付帯設備を点検する

槽内では、底面、壁面、柱、梁、天井、目地、配管貫通部、梯子、配管、支持金具、弁、塗装などを順番に確認する。

コンクリートについては、ひび割れ、浮き・剥離、欠損、鉄筋露出、錆汁、遊離石灰、漏水跡、豆板、目地の開き、過去の補修部分の再劣化などを見る。塗装や防水層がある場合は、膨れ、剥がれ、変色も確認する。

打音点検を行う場合は、落下物や表面損傷を生じさせない方法を作業計画で定め、必要な知識を持つ者が実施する。

写真は、傷んだ部分だけを大きく撮るのではなく、まず場所が分かる全景を撮り、次に近接写真を撮る。ひび割れ幅や剥離範囲が分かるようにスケールを入れ、壁面番号、高さ、方向なども記録する。同じ場所を次回も比較できるよう、図面や点検記録へ写真番号を対応させる。

作業中は、開口部の真下に長時間立たない。槽外から工具を投げたり、開口部の上で手渡したりせず、決めた受渡し場所とロープを使用する。

換気停止、警報作動、酸素濃度の低下、有害ガスの上昇、流入水の発生、通信不良、作業者の体調不良、監視人の不在が生じた場合は、点検途中でも退避する。

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11 退出、機材回収、マンホール閉鎖、復旧

点検終了後は、槽内の人員、工具、測定器、カメラ、照明、ロープなどを照合し、残置物がないことを確認する。

ポンプやホースを回収する場合は、ブレーカーが切れ、再投入防止が行われていることを確認してから吊り上げる。動力ケーブルやホースを引っ張ってポンプを回収しない。

マンホール蓋は、専用工具やリフターを使い、手指を蓋と受枠の間に入れないように戻す。受枠の異物、パッキン、取付方向、ロック、特殊ボルトなどを確認し、必要な締付けを行う。

復旧時は、操作禁止表示を独断で外さない。作業責任者、運転担当者、中央監視で、人員退出、工具回収、弁状態、ポンプ停止、マンホール閉鎖を確認してから復旧操作へ移る。

飲料水系の槽では、施設の手順に従って洗浄、消毒、排水、水張りを行い、濁度、色、臭気、残留塩素などを確認した後に使用を再開する。

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12 点検後の復旧では、管内の空気も確認する

内部点検を終えて人員や工具を確認し、設備を元の状態へ戻す際、バイパス管などの水も抜いていた場合は、管内へ水を戻す作業が必要になる。このとき、水だけでなく、管の高い部分に残る空気も考えなければならない。

空気は管の立ち上がりや局部的な高所に集まりやすい。低い位置に排水管があっても、そこから抜けるのは主に低所の水であり、高所の空気まで必ず排出できるとは限らない。

復旧の基本は、空気弁、抜気口、排水管など、空気が逃げる経路を確保してから徐々に充水することである。最初は空気と水が断続的に出るため、その状態を確認し、気泡を含まない水が連続して出るようになってから通常の流量へ戻す。

専用の抜気設備がない既設施設では、上部に接続された細い管を、一時的な抜気又は水押し経路として使う場合もある。次亜塩素酸ナトリウムの注入管を利用する例では、配管図と現物を照合し、接続先、逆止弁の向き、薬注ポンプや薬品槽の隔離、細管と継手の許容圧力、使用する水の清浄性、空気の出口を確認する。空気の出口を開けたうえで小流量の水を送り、高所に残った空気を排水側又は抜気側へ押し出す。出口を閉じたまま水圧を加えても、空気を抜くのではなく圧縮するだけである。圧力のかかったフランジやボルトを緩めて抜気することも、噴出や部品飛散のおそれがあるため行わない。

薬注管を使う場合は、逆流と薬品の混触にも注意する。

酸などは次亜塩素酸ナトリウムとの混触危険物質とされており、次亜塩素酸ナトリウムとポリ塩化アルミニウムの混触による塩素中毒事例も起きています。

復旧後は、流量、圧力、漏水、異音、振動を確認する。薬注系統を操作した場合は、逆止弁や注入ポンプの状態、注入量、残留塩素も確認し、通常の運転状態へ戻ったことを確かめて復旧完了とする。

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まとめ

この作業の流れを短く表すと、

止める → 誤操作できなくする → ポンプで抜く → 電源を切る → 換気する → 測る → 監視を付けて入る → 点検・記録する → 人と物を数える → 空気を抜きながらゆっくり戻す

となる。

重要なのは、水を抜くことだけではない。

流入を確実に止めること、電気とポンプを安全に扱うこと、開口部からの転落を防ぐこと、酸欠や有害ガスを測定すること、槽内の作業者を外から監視すること、飲料水を汚さないこと、そして復旧時に管内の空気を確実に抜くことまでが、一つの作業である。

参考文献

・大阪市水道局:大阪市水道浄配水場施設維持管理方針 2025(令和7)年2月
https://www.city.osaka.lg.jp/suido/cmsfiles/contents/0000647/647865/honpen.pd

・東京都水道局:水道用機械・電気設備保守業務委託標準仕様書
https://www.waterworks.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/waterworks/202104

・厚生労働省:地下ピット内で修理したポンプを据付け中に感電
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen_pg/sai_det.aspx?joho_no=1064

・厚生労働省:外国人労働者に対する安全衛生教育教材作成事業(建設業) 『電気通信業務』 安全衛生のポイント酸素欠乏・一酸化炭素中毒の防止
https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/000628946.pdf

・厚生労働省:酸素欠乏症等防止規則
https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=74105000&dataType=0&pageNo=1

・ 名古屋市上下水道局:工事共通仕様書 (施設総則編) 令和7年11月1日
https://www.water.city.nagoya.jp/file/54505.pdf

・厚生労働省:安全帯が「墜落制止用器具」に変わります! ~安全・安心な作業のため、適切な器具への買い換えをお願いします~
https://www.mhlw.go.jp/content/11302000/000473567.pdf

・JISHA 中央労働災害防止協会:上水道事業における酸素欠乏症の防止について
https://www.jaish.gr.jp/anzen/hor/hombun/hor1-28/hor1-28-28-1-0.htm

農林水産省:農業水利施設の機能保全の手引き 「パイプライン」
https://www.maff.go.jp/j/nousin/mizu/sutomane/attach/pdf/kinouhozen-211.pdf

厚生労働省:特定化学物質による中毒(平成18年)
https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei10/06.html

厚生労働省:職場の安全サイト
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/7681-52-9.html

公務員技術職はなぜ勉強が必要なのか|これから求められる知識と資格

公務員技術職というと、設備を操作したり、工具を使ったり、現場を巡回したりする仕事を想像する人も多いと思います。

実際、電気、機械、土木、建築、水道などの技術職には、現場に出て設備や構造物の状態を確認する仕事があります。そのため、一般の行政職と比べれば、現場作業に近い一面があることは間違いありません。

ただし、これから公務員技術職を目指すのであれば、「現場中心の仕事だから、勉強はそれほど必要ない」と考えるのは危険です

今後の公務員技術職では、実際の現場を理解することに加えて、設備や工事の内容を技術的に理解し、自分で確認・判断し、その根拠を説明する力がこれまで以上に重要になると考えられるからです。

少ない人数で、より大きな判断をする仕事になる

自治体では、技術職員の確保が難しくなる一方で、道路、橋、上下水道、公共施設、電気設備などの老朽化が進んでいます。

水道分野でも、事業を担う職員数の減少や高齢化が続き、技術の維持や継承が課題となっています。

しかし、人が減ったからといって、管理する施設や設備がすぐに減るわけではありません。

むしろ、古くなった施設をどこまで使い続けるのか、どの設備から更新するのか、限られた予算をどこに配分するのかといった判断は、これまで以上に難しくなります。

そのため、将来の公務員技術職は、決められた作業をこなすだけでは成り立ちにくくなると思います。

設備の状態を調べ、故障の原因を考える。

更新方法を比較し、必要な予算を説明する。

設計図書や見積書を確認し、工事の品質や安全性を判断する。

新しい技術を導入できるか検討し、庁内や事業者と調整する。

こうした確認、判断、発注、調整に関わる仕事の重要性は、少しずつ大きくなっていくと考えられます。

新技術の導入についても、単に新しい製品を購入すれば終わるわけではありません。

何を改善したいのかを整理し、既存設備との関係を確認し、必要な仕様を決め、仕様書を作り、予算を確保し、導入後に本当に効果があったのかを確認する必要があります。

そのためには、製品そのものだけではなく、対象となる設備や業務を理解している職員が必要です。

また、分野や自治体によって程度は異なりますが、点検、運転管理、設計、保守など、民間事業者へ委託する業務もあります。

その中では、自分自身が現場作業をできることだけでなく、現場で行われている作業の目的や条件を理解し、それを仕様書や設計条件に落とし込む能力の重要性も高くなります。

例えば、設備の点検を委託するとしても、「点検してください」だけでは十分な発注にはなりません。

どこを確認するのか、何を測定するのか、どのような状態を異常と判断するのか、どこまで分解するのか、どの部品を交換対象とするのか、作業中にどの設備を停止するのか、安全対策をどうするのか、作業後に何を確認して正常復帰とするのか。

こうした内容を整理して、初めて具体的な仕様になります。

つまり、現場作業を委託する範囲が広がったとしても、発注者側の技術力まで不要になるわけではありません。

むしろ、現場作業を理解したうえで、それを設計、仕様、数量、金額、安全条件などに置き換える能力が必要になります。

「頭で考える仕事」は、現場から離れた仕事ではない

図面を読む、仕様書を作る、工事費を積算する、契約内容を確認する、設備の更新計画を立てる。

このような仕事は、ときどき「机の上だけの仕事」と見られることがあります。

しかし、公務員技術職にとっては、これらも設備や施設を安全に維持するための仕事です。

例えば、工事を事業者に発注する場合でも、発注する側に知識がなければ、提示された設計や見積りが妥当なのか判断できません。

図面の内容に不足がないか。

使用する材料や機器が目的に合っているか。

工事費が適切に計上されているか。

施工方法に無理がないか。

安全対策が十分か。

完成した設備が要求した性能を持っているか。

こうしたことを確認するためには、発注者側にも一定の技術力が必要です。

もちろん、実際に施工する人と同じ技能をすべて持つ必要はありません。

電気職員だからといって、すべての電気工事を施工できる必要があるわけではありませんし、機械職員だからといって、あらゆる機械を分解整備できなければならないわけでもありません。

しかし、作業の内容や危険性を理解し、設計や施工の問題点に気づける知識は必要になります。

分からないまま事業者に任せることと、内容を理解したうえで専門家に任せることは、まったく違います。

配属されれば自然に身につくとは限らない

公務員技術職に必要な知識は、非常に広い範囲に及びます。

例えば電気職であれば、受変電設備、保護継電器、電動機、インバータ、非常用発電設備、制御回路、計装設備などがあります。

さらに、設備そのものだけではなく、図面、仕様書、積算、契約、工事監督、検査、安全管理、関係法令なども関係します。

水道や下水道に勤務する場合は、電気や機械だけではありません。

水処理の流れ、ポンプや弁の役割、水質管理、管路、配水、災害時の運用など、他分野の知識も必要になります。

土木や建築でも同じで、自分の専門分野の基礎知識に加えて、設計、施工、積算、法令、安全、維持管理など幅広い内容が仕事に関係します。

これだけの内容を、日常業務をしているだけですべて体系的に学ぶことは簡単ではありません。

自治体によって研修や教育の体制には差があります。

職場に詳しい先輩がいても、異動や退職によって十分に教えてもらえないことがあります。

また、担当している設備によっては、毎日のように行う操作もあれば、数年に一度しか経験できない操作や工事もあります。

大規模な設備更新、設備故障、停電復旧、災害対応などは、長く勤務していても何度も経験できるとは限りません。

そのため、

「仕事を続けていれば、いつか自然に全部分かるようになる」

とは限りません。

もちろん、実際の業務経験は非常に重要です。

しかし、経験したことをその場限りの経験で終わらせず、知識として整理し、別の設備や別の状況でも応用できるようにするためには、自分でも学ぶ必要があります。

技術力は、職場での研修だけでも、資格の勉強だけでも身につくものではありません。

日々の業務経験と、そこから出てきた疑問を自分で調べて学ぶことを組み合わせながら身につけていくものだと思います。

職場で教わることと、自分で学ぶことは少し違う

ここで注意したいのは、「技術職なら必要なことはすべて自分で勉強すればよい」という意味ではないことです。

実際の職務を行うために必要なことの中には、職場でなければ教えられないものが多くあります。

例えば、

設備固有の操作方法。

設備を停止するときの手順。

職場内の連絡方法。

安全確認の方法。

事故や災害が起きたときの対応。

工事監督や検査の進め方。

その施設だけに存在する設備構成や運用上の制約。

こうした内容は、個人が専門書を読んだだけでは分かりません。

業務の進め方、設備固有の操作方法、職場内のルール、安全確認、災害時の対応、工事監督や検査の方法など、実際の職務を安全かつ適切に遂行するために必要な知識や技能については、自治体側が教育・訓練する必要があります。

特に、技術職員が減少し、経験豊富な職員から若手職員へ技術を引き継ぐことが難しくなる中で、教育を個々の先輩によるOJTだけに依存することには限界があります。

設備の操作や保守、工事、安全管理などを十分に理解しないまま担当することは、誤操作や判断ミス、作業上の事故につながるおそれもあります。

そのため自治体側にも、人口減少や職員数の減少、委託の増加を前提として、業務手順の整理、研修、マニュアル、訓練、技術継承などの仕組みを整えていくことが求められます。

一方で、職場で行う教育だけですべての専門知識を身につけることも現実的ではありません。

例えば電気職であれば、電気回路、電磁気、電気機器、制御、電力などの基礎があります。

機械職であれば、材料力学、機械力学、熱力学、流体力学、機械設計などがあります。

さらに、その下には数学や物理といった基礎があります。

こうした内容は、特定の自治体だけで使う知識ではありません。

電気や機械など、その技術分野そのものを理解するための基礎です。

職場では、担当設備の操作方法や点検方法、工事の進め方などを教えることはできます。

しかし、学校教育や専門教育で扱うような基礎理論までを、一人ひとりに対して一から体系的に教えることには限界があります。

これは自治体に限らず、技術者を雇用する一般の企業でも同じだと思います。

例えば、ポンプの操作方法や停止手順については、その設備を管理する職場で教わる必要があります。

しかし、

なぜポンプの流量や揚程が変化するのか。

電動機にはどのような負荷がかかるのか。

インバータで回転速度を変えると、流量や消費電力がどのように変化するのか。

こうしたことを理解するためには、電気、機械、流体などの基礎知識が必要です。

同じように、受変電設備の操作方法や点検方法は職場で教わることができます。

しかし、変圧器、電動機、短絡電流、力率、保護協調などが、なぜそのような動作をするのかまで理解しようとすれば、専門書を読んだり、資格試験の勉強をしたりして知識を補う必要があります。

つまり、

「その職場でどのように仕事をするのか」を学ぶことと、「その仕事を理解するための技術的な基礎を身につけること」は、似ているようで少し違います。

前者は、自治体や職場による教育の影響が大きい部分です。

後者は、職場での経験や研修から学べることもありますが、技術者自身が継続して学ぶ部分の比重も大きくなります。

例えば、設備の停止手順そのものを独学で決めてよいわけではありません。

設備固有の操作方法や安全上のルールは、その施設の手順や職場の指示に従う必要があります。

一方で、

その操作によって設備の中で何が起きるのか。

なぜその順序で操作する必要があるのか。

異常な数値が出たときに何を疑うのか。

別の設備で同じような現象が起きたときに、どこを確認するのか。

こうしたことを考えるためには、専門分野の基礎知識が必要です。

職場から教わる実務知識と、自分で身につける専門知識の両方があって、初めて技術的な判断につながっていくのだと思います。

資格は、勉強するための分かりやすい道筋になる

専門知識を身につける方法は、資格取得だけではありません。

設備の取扱説明書を読む。

過去の設計書を調べる。

図面を書いてみる。

工事費を自分で計算する。

故障事例を調べる。

メーカーの技術資料を読む。

実際の工事で分からなかった内容を後から専門書で調べる。

こうした勉強も重要です。

ただし、何から勉強すればよいのか分からない人にとって、資格試験は学習範囲を整理するための分かりやすい目標になります。

例えば電気職であれば、第三種電気主任技術者、エネルギー管理士、技術士第一次試験(電気電子部門)などがあります。

機械職であれば、機械設計技術者、技術士第一次試験(機械部門)などがあります。

建築職であれば建築士、土木職であれば技術士第一次試験(建設部門)なども、若手が専門分野の学習範囲を広げる際の一つの指針になると思います※1。

また、設備の監視制御や通信、情報システムとの関わりが大きくなっていることを考えると、ネットワークスペシャリストなどの情報処理技術者試験の高度試験※2も、担当業務によっては職種に問わず学ぶ価値があると思います。

もちろん、これらの資格を取れば、すぐにすべての実務ができるわけではありません。

工具の使い方、設備ごとの特徴、現場での安全確認、事業者との調整、設備固有の操作方法などは、実際の業務の中で学ぶ部分が大きいからです。

それでも、各専門分野の理論、機器の仕組み、法令などの基礎を身につけるうえでは役立ちます。

資格を集めること自体が目的ではありません。

確かに、自治体にとってこれらの有資格者の貴重性・重要性は非常に高いものになります。

しかし、それ以上に重要なのは、資格試験の勉強を通して、

これまで何となく見ていた設備が、なぜそのような構成になっているのか分かるようになること。

図面や仕様書に書かれている内容を理解できるようになること。

工事や故障で起きている現象を、基礎理論と結び付けて考えられるようになること。

自分がなぜその判断をしたのかを、技術的な根拠を示して説明できるようになること。

だと思います。

特に、比較的若いうちや、技術職として経験の浅いうちに理論的な基礎を固めておくと、その後に経験する工事、故障、点検などを、単なる出来事ではなく理屈と結び付けて理解しやすくなります。

例えば、電動機の故障を経験したときに、電動機の構造や電気的な特性を知っていれば、故障の内容と基礎知識を結び付けて考えることができます。

ポンプの運転状態が変化したときに、流量、揚程、回転速度などの関係を知っていれば、数字の変化をただ見るだけでなく、「なぜ変化したのか」を考える材料になります。

基礎知識があれば、その後に経験する実務を理解するための土台になります。

また、年齢や役職が上がれば、担当業務や調整業務が増えるなど、勉強に使える時間が取りにくくなる場合もあります。

その意味でも、比較的早い段階から少しずつ専門分野の基礎を身につけておくことには意味があると思います。

※1 施工管理技士について

専門分野の基礎理論・専門知識を体系的に学ぶ資格とは少し性格が異なりますが、現場や工事の基礎知識を身につけたい場合は、施工管理技士(土木・建築・電気工事・管工事・電気通信工事など)の1級・2級 1次試験も選択肢になります。

学習を通して、各分野の基礎知識に加えて、施工方法、工程、品質、安全、法規などを幅広く学ぶため、工事が現場でどのように施工・管理されているのかを知る入口にはなると思います。

ただし、電験や技術士第一次試験などのように、理論や専門知識を学ぶことを主な目的とした資格とは性格が異なります。

施工管理技士は、学んだ知識と実際の工事経験が結びついてこそ、その強みを発揮しやすい資格だと思います。

公務員技術職でも、工事監督など施工に直接関係する業務は、施工管理技士の実務経験として認められる場合があります。

ただし、発注者側は施工会社のように、自ら施工計画を立て、作業員や下請業者を動かしながら、日々の工程、安全、品質を直接管理する立場ではありません。

そのため、公務員が施工管理技士を学ぶ場合は、施工管理そのものを身につけるというより、

施工方法や管理項目を知り、施工業者がどのような条件や制約を考えながら工事を進めているのかを理解するための基礎知識を補う

という意味合いが比較的強いと思います。

一方、民間で実際に施工管理を経験してから公務員技術職へ転職した人であれば、資格で学んだ知識と施工現場での経験が結びついています。

そのため、工事監督だけではなく、施工性や現場条件を踏まえて設計や積算を検討する際にも、その経験を活かしやすいと思います。

※2 情報処理技術者試験について

ITパスポートなど、ITを利用する社会人としての基礎知識を学ぶ試験にも意味はあります。ただし、ここでは公務員技術職が設備やシステムの構成、通信、監視制御などを理解し、設計や仕様書の確認に活かすことを想定しているため、ネットワークスペシャリストなど、より専門的な技術を扱う高度試験を例として挙げています。もちろん、高度試験でも職種や担当業務によって実務との関係性は異なるため、自分の業務に関係する分野を選ぶことが重要だと思います。

勉強は一部の意識が高い人だけがするものではない

公務員技術職の勉強というと、昇進したい人や資格が好きな人だけがするものと思われるかもしれません。

しかし、これからは勉強すること自体が、仕事を続けていくための一部になっていくと思います。

施設や設備は更新されます。

法律や基準も変わります。

監視制御、センサー、通信、データ管理など、これまで別の分野と思われていた技術も仕事に入ってきます。

一度覚えた知識だけで、何十年も同じように仕事を続けることは難しくなっています。

もちろん、勤務時間外のすべてを勉強に使う必要はありません。

最初から高度な専門家である必要もありません。

すべての分野に詳しくなる必要もありません。

大切なのは、

「分からないことをそのままにしない」

「担当する設備について少しずつ理解を深める」

「仕事で疑問に思ったことを後から調べる」

「必要になったときに、自分で資料や専門書を調べられるようにする」

という姿勢だと思います。

公務員技術職に必要なのは、現場経験と専門知識の両方


公務員技術職は、現場作業だけで完結する仕事ではありません。

設備や工事の実態を理解しながら、図面、仕様書、工事費、法令、安全性などを確認し、住民に必要な施設や設備を長く維持していく仕事です。

自分で直接作業する機会が少なくなったとしても、設計や仕様書を確認し、工事費を積算し、事業者からの提案を評価し、完成した設備が要求した性能を満たしているかを判断するためには、その背景にある技術を理解している必要があります。

だからこそ、これから公務員技術職として働くのであれば、継続して勉強することは避けて通れないと思います。

基礎となる知識が増えるほど、現場で起きていることを理屈と結び付けて理解しやすくなります。

設計や見積りの問題にも気づきやすくなります。

そして、自分がなぜその判断をしたのかを、技術的な根拠を示しながら説明できるようになります。

ただし、これは「必要なことはすべて個人で勉強すればよい」という意味ではありません。

自治体が行う教育や技術継承を充実させることと、技術者自身が専門性を継続して学ぶことは、どちらか一方で代替できるものではありません。

自治体には、職員が安全かつ適切に業務を行えるよう、設備固有の操作方法、業務手順、安全確認、災害時対応、工事監督、検査などを教育する役割があります。

その一方で、技術者自身にも、電気、機械、土木、建築など、自分の専門分野について基礎から学び、仕事を続ける中で知識を更新していくことが求められます。

「その職場でどのように仕事をするのか」は職場から学び、「なぜその設備がそのように動くのか」「なぜその方法で工事をするのか」「なぜその数値を確認するのか」を理解するための専門知識は、自分でも学び続ける。

この両方があって、初めて実際の経験を技術的な判断につなげられるのだと思います。

今後、技術職員の人数が減り、委託する業務が増え、一人の職員が確認・判断しなければならない範囲が広がれば、こうした専門知識の重要性はさらに大きくなると考えられます。

これからの公務員技術職では、職場で実務を学ぶことに加えて、その実務を理解するための専門知識を自分でも学び続けることの重要性が、これまで以上に大きくなっていくと思います。

水道設備点検で「水を止める」とは?|弁・ポンプ・電気設備の切替、隔離、排水、復旧を徹底解説

序章

水道施設の点検で「水を止める」と聞くと、対象設備の近くにある弁を閉めれば作業できるように思える。

しかし実際の水道施設は、取水口、導水路、ポンプ、着水井、薬品注入設備、沈砂池、混和池、フロック形成池、沈殿池、オゾン接触池、活性炭接触池、ろ過池、浄水池、送配水ポンプ、配水管網が連続した一つのシステムです。

一つの弁を閉じれば、その場所の水は止まるかもしれない。だが、別系統から逆流する可能性、池や管内に残った水、ポンプの自動起動、遠方操作、排水先の閉塞、配水圧力の低下、処理水質の変化まで考えなければ、安全な点検状態にはならない。

水道法に基づく維持・修繕の対象には、土木構造物や管路だけでなく、取水から配水までの機械・電気・計装設備も含まれる。点検とは、単に外観を見ることではなく、運転、巡視、保守、診断、清掃、修繕へつなげる一連の維持管理行為です。

本稿では、水道設備点検や電気点検で水の流れを切り替え、停止し、安全に隔離してから復旧するまでに、現場で何を考えているのかをたどる。

また、学習用ゲームも作成したので下記に載せます。

unityroom.com


1 水道施設でいう「停止」には、複数の意味がある

水道施設の停止を理解しやすく分解すると、少なくとも五つの段階がある。

運転を止める

ポンプ、除塵機、掻寄機、混和機、フロキュレータ、送風機、逆洗設備などに停止指令を出し、通常運転を止める段階です。

操作盤に「停止」と表示され、モーターが回っていなければ、設備は運転上停止している。

しかし、これは安全に触れられる状態を意味しない。

停止中でも電源が生きていれば、中央監視装置、現場操作盤、タイマー、水位計、圧力計、PLCなどの信号によって再起動する可能性がある。機械を停止して点検や修理を行う場合は、起動装置への施錠や表示などにより、作業者以外が機械を運転できないようにする措置が必要です。

水理的に隔離する

対象設備へ流入する水と、対象設備から流出する水を遮断する段階です。

ここでは、対象設備の直前にある弁を一つ閉めるだけでは足りないことがある。

バイパス管、連絡管、並列池、共通母管、排水管、逆洗管、空気管、薬品配管、別系列のポンプなどを通じて、水や空気が入ってくる可能性を確認する必要がある。

水道施設設計指針では、遮断用バルブや制御用バルブは、管路の水理条件と使用目的に適合し、配水操作や維持管理に必要な場所へ配置することが基本とされている。大口径管では、充水や圧力差の調整に使うバイパス弁が設けられる場合もある。

電気的・機械的エネルギーを隔離する

電源を切り、遠方操作、自動運転、予備機の自動起動などを無効にする段階です。

例えば除塵機のレーキが止まっていても、主電源が入ったままで、自動運転条件が成立すれば、作業中にレーキやチェーンが動き出すおそれがある。

ポンプについても、現場操作スイッチを停止にしただけでは、中央監視側の起動指令、交互運転、圧力低下、液面低下などにより起動する可能性が残る。

そのため、運転停止に加えて、電源の遮断、遠方・自動起動の禁止、施錠・表示、必要に応じた試起動による無作動確認まで行う。

残留しているエネルギーを除く

弁を閉め、電源を切っても、設備内には水圧、水位差、回転慣性、圧縮空気、薬品、オゾンなどが残る。

管内や池内の水を排出し、必要な場所では空気抜きを行い、圧力計や水位計だけでなく、実際の排水状況や水位変化を確認する。

ポンプを止めた直後には、配管内の水が惰性で流れ続けたり、逆流したりする場合がある。長い送水管では、ポンプの急停止や弁の急閉によって水撃作用が発生する可能性があるため、逆止弁、緩閉機構、サージタンクなどを含めた設備全体の条件で操作方法を決める必要がある。

本当に安全な状態か確認する

最後に、計器表示だけに頼らず、実際に安全状態が成立したかを確認する。

例えば水の隔離では、流量ゼロ、圧力低下、水位変化の停止、逆流の有無、排水状況、弁の現地開度を確認する。

機械設備では、回転停止、惰走停止、遠方操作禁止、電源遮断、施錠・表示を確認する。

電気設備では、停電表示だけで判断せず、設備構成に応じて遮断、断路、検電、接地などの所定の確認を行う。

「停止した」と「安全に作業できる」は同じではない。


2 最初に行うのは、弁操作ではなく運転全体の調整

水道設備の点検は、現場担当者だけでは完結しない。

中央監視、浄水処理担当、配水担当、電気担当、機械担当、水質担当、工事受注者などが、同じ設備状態を共有しなければならない。

作業前には、少なくとも次の事項を整理する。

対象設備は何か。どの系列を止めるのか。代替系列はどこか。代替系列に必要な処理能力があるか。配水池や浄水池にどれだけ余裕があるか。需要が高い時間帯ではないか。病院、避難所、工場など重要需要者への影響はないか。異常時に元へ戻す操作は何か。誰が操作し、誰が確認し、誰が許可するのか。

水道維持管理指針では、給水区域の水量、水圧、水質は時間帯、季節、地形、配管状況によって変化し、管路工事などで配管状況が変われば配水状況も変化するため、これらを正確に把握する必要があるとしている。

中央監視への連絡は、単なる礼儀ではない。

現場だけで弁を閉めれば、中央監視側では流量低下、池水位低下、ポンプ吐出圧力変化などが設備故障として見える可能性がある。反対に、中央監視側が点検を知らなければ、異常を解消しようとして予備ポンプを起動したり、遠方から弁を開けたりするおそれがある。

したがって、作業前には、作業目的、対象設備、操作範囲、開始予定、責任者、作業中の禁止操作、異常時の連絡方法を伝える。

復旧前にも連絡し、作業員の退避、工具や仮設物の撤去、施錠の解除、弁やポンプの復旧順序を相互確認する。

作業後には、単に「終わりました」と伝えるのではなく、流量、圧力、水位、水質、電流、振動、警報の有無など、復旧状態を報告する。


3 ポンプと弁は、どちらを先に止めるのか

「上流側の弁を先に閉めるのか」「ポンプを先に止めるのか」という問いに、すべての設備へ共通する一つの答えはない。

ポンプ形式、吸込条件、吐出配管、逆止弁の有無、緩閉機構、管路長、静水頭、自動制御、代替系統の有無によって適切な操作は変わる。

一般的な渦巻ポンプでは、吸込側の弁を閉じた状態で運転すると、吸込不足やキャビテーション、異常振動、揚水不能につながる可能性がある。

一方、吐出側に逆止弁がない設備では、メーカー取扱説明書に、吐出側弁を徐々に閉じてからポンプを停止する例が示されている。起動時には、吸込側を開き、吐出側を絞った状態から起動し、異常がないことを確認して吐出側弁を徐々に開く手順が示される例もある。

ただし、これをすべての水道ポンプへそのまま当てはめてはならない。

大口径送水ポンプでは、緩閉式逆止弁や電動弁が自動シーケンスに組み込まれていることがある。ポンプ停止前に弁をどこまで閉めるか、停止後にどの弁を閉めるかは、施設固有の操作票で決められている。

重要なのは、「上流か下流か」という暗記ではなく、次の三点を確認することです。

第一に、ポンプを運転したまま吸込水を失わせないこと。

第二に、流速を急変させて水撃を起こさないこと。

第三に、ポンプ停止後の逆流や別系統からの流入を確実に遮断すること。

操作員は、配管図上で吸込弁、吐出弁、逆止弁、バイパス弁、連絡弁、排水弁の位置を確認し、圧力、流量、電流、振動、騒音、吸込水位を監視しながら操作する。

水道維持管理指針では、急激に管内流速を増加させると赤水が発生する可能性があり、ポンプの急停止では水撃作用が発生する可能性があるとされている。

また、吸込圧力や水位が低下すると、キャビテーションによる壊食や送水不能が生じる場合がある。


4 取水塔へ潜水員を入れるとき、何を止めるのか

取水塔や取水口付近の潜水作業で最も危険なのは、見た目には緩やかでも、取水口や管路入口付近に吸引流が残っていることです。

潜水員がスクリーンや取水口へ吸い寄せられると、人力で離脱することが困難になる。

厚生労働省の災害事例では、取水ゲートを開放した状態での潜水作業を避けること、補助ダイバーや現場責任者を配置することなどが再発防止策として示されている。実際に、取水口や水路へ潜水員が吸い込まれ、死亡した災害が複数報告されている。

潜水作業前の基本的な考え方は、対象区画を水理的に独立させることです。

まず、代替取水系統へ必要流量を移す。代替ポンプや別取水路が安定して運転できることを確認する。

次に、対象ポンプを所定の手順で停止する。回転停止、流量低下、圧力変化を確認する。

その後、対象区画の上流側と下流側を弁やゲートで隔離する。連絡管、バイパス管、排砂設備など、別方向から水が入る経路も確認する。

さらに、遠方操作、自動起動、予備機自動起動を禁止し、施錠・表示する。

そして流量ゼロ、差圧、水位変化、逆流の有無を確認する。必要に応じて排水や空気抜きを行い、初めて潜水作業へ移る。

潜水作業後も、すぐに弁を開けてはならない。

潜水員全員の退水、人数、工具、ロープ、仮設物の撤去を確認し、中央監視へ復旧前報告を行う。その後、区画へ段階的に充水し、水位や圧力を均衡させてから弁を開ける。


5 沈砂池、沈殿池、ろ過池を空にするということ

沈砂池や沈殿池では、流入弁を閉めただけでは池内の水は残る。

点検対象の池を空にするには、まず並列する別の池へ処理水量を移す。別池の流量、表面負荷、処理水濁度などに問題がないことを確認してから、対象池への流入を減らす。

流入を急に止めると、上流の水位や流量が変動する。下流側を急に閉めれば池水位が上昇する可能性もある。そのため、上流・下流の流量と水位を監視し、段階的に切り替える。

対象池への流入を停止した後は、掻寄機、集砂機、排泥装置などを停止する。

ただし「停止表示」だけでは点検可能ではない。

主電源を遮断し、遠方・自動起動を禁止し、施錠・表示を行う。必要に応じて試起動し、動かないことを確認する。

その後、排水弁を開け、池内の水位を下げる。

池底には汚泥が堆積しているため、排水管や排泥管が閉塞していないか、排水先に十分な能力があるかも確認する。送泥管やバルブは汚泥による閉塞を避けるため、定期的な洗浄が必要とされている。

人が池や槽内へ入る場合には、水の隔離だけでなく、酸素欠乏や硫化水素などの危険も考慮する。

酸素欠乏危険作業では、作業開始前、作業再開前、設備や換気状態に異常があった場合などに濃度測定が必要となる。換気により酸素濃度を18%以上に保つこと、監視人を置くこと、異常時に救出できる体制を確保することが求められる。

排水が完了したように見えても、上流側弁の漏れ、連絡管からの流入、雨水流入、排泥管からの逆流などがあれば、作業中に水位が上がる可能性がある。

したがって、槽内作業中も水位、弁状態、中央監視の警報を継続監視する。


6 高度処理施設では、水以外の流れも止める

オゾン接触池、粒状活性炭接触池、急速ろ過池では、水だけでなく、オゾン、逆洗水、逆洗空気、排水、自動運転信号など、複数の流れが設備へ入る。

例えばオゾン接触池を点検する場合、水系統を止めても、オゾン発生設備や注入弁が生きていれば安全ではない。

オゾン発生器と注入系統を停止・隔離し、接触池を換気し、必要な濃度測定を行う。オゾンは強い酸化力を持つため、設備点検では漏えい、換気、濃度監視を含めた管理が必要となる。

活性炭接触池やろ過池では、通常流入・流出だけでなく、逆洗水弁、逆洗空気弁、表洗弁、排水弁を確認する。

自動逆洗条件が成立すれば、作業中に水や空気が供給される可能性がある。そのため、自動逆洗を禁止し、関連ポンプ、ブロワ、弁の遠方起動を隔離する。

復旧時には、点検池から出る初期水をそのまま浄水池や配水系統へ送らず、濁度などを確認しながら必要に応じて排水する。


7 電気点検で水を切り替える理由

水道施設の電気点検は、電気設備だけを止めれば終わる作業ではない。

受変電設備、配電盤、MCC、インバータ、PLC、中央監視装置を停止すれば、その電源で動いているポンプ、弁、薬品注入設備、撹拌機、計器も停止する。

その結果、水の流れ、池水位、処理時間、薬品注入、配水圧力が変わる。

そのため電気点検では、停電対象を電気単線結線図で確認すると同時に、その先に接続された水処理設備を配管図や運転系統図で確認しなければならない。

自家用電気工作物の設置者は、設備を技術基準へ適合するよう維持し、保安規程を定めて遵守する必要がある。竣工検査や年次点検も、保安規程に基づいて実施される。

停電前には、どのポンプや弁が停止するか、非常用発電機やUPSで何が継続するか、代替系統へ切り替えられるかを確認する。

例えば原水ポンプ用高圧盤を停止するなら、別受電系統や予備ポンプで必要取水量を確保できるかを確認する。

薬品注入盤を停止するなら、注入停止中も処理を継続できるのか、処理流量を落とす必要があるのかを判断する。

残留塩素計や濁度計が停止するなら、計器停止中の水質監視をどう補完するかを決める。

停電操作では、遮断器を開放しただけで作業を始めず、設備構成に応じて断路、検電、誤投入防止、必要な接地などを行う。


8 管路の切替で最も難しいのは、断水を防ぐことだけではない

配水管の工事では、対象区間の両端弁を閉じて隔離し、別系統から迂回供給することがある。

このとき、単に水が届けばよいわけではない。

迂回系統の管径、流量、圧力、配水池水位、重要需要者への影響、残留塩素などを確認する必要がある。

水道施設設計指針でも、管路更新時に他の系統へ切り替え、平常給水を確保できる弾力的な送配水ネットワークを整備することが望ましいとされている。

流れの方向が変わると、普段と異なる管壁へ水圧やせん断力が加わり、管内に付着していた鉄錆などが剥離することがある。

東京都水道局は、バルブ操作や工事後の通水時に、管内の錆などが水へ混ざり、赤水や白濁が生じる場合があると説明している。

そのため、切替弁は急に全開にせず、流量と圧力を監視しながら徐々に操作する。

長期間使用していない管路を再使用する場合は、区域側へ直接送水しない。

排水先を確保し、低流量で通水し、排水する。必要に応じて通水と停止を繰り返し、管内の濁りを排水側へ除去する。

その後、濁度、色度、鉄、残留塩素などを確認してから供用する。

「水が透明に見える」ことだけをもって、水質確認を完了したことにはならない。


9 復旧は、止めるときの逆順とは限らない

設備を復旧するとき、停止操作を単純に逆から行えばよいとは限らない。

排水した管や池には空気が入っている。急速に充水すると、空気が閉じ込められたり、空気弁から大量の空気や水が噴出したり、圧力が急変したりする。

そのため、排水弁や空気抜き弁の状態を確認し、上流側から徐々に充水する。水位、圧力、漏水、異音を確認しながら、下流側を開通する。

ポンプは、吸込側が十分に充水され、空気が抜け、所定の弁状態であることを確認してから起動する。起動後は、圧力、流量、電流、振動、騒音、軸受温度などを確認する。

浄水処理設備では、流量が戻っただけでは復旧完了ではない。

原水濁度、pH、水温、アルカリ度、薬品注入量、フロック形成、沈殿水濁度、ろ過水濁度などを確認し、処理が安定していることを確認する。

国のクリプトスポリジウム対策指針では、原水の濁度、pH、水温、アルカリ度に応じて凝集剤の注入率を調整し、ジャーテストや沈殿処理水・ろ過水濁度との関係を運転へ反映することが示されている。

配水系統では、近距離の採水点だけでなく、流達時間の長い末端側も確認する。流向変更によって滞留時間や残留塩素が変わる可能性があるからです。


10 操作票に必要なのは「弁を開ける」という文章だけではない

実用的な操作票には、対象設備、操作方向、操作前条件、操作後の確認項目、異常時の中止条件が必要です。

例えば、単に、

第2系統連絡弁を開ける

と書くだけでは不十分です。

より実務的には、

第2系統の水位、圧力、水質及び処理余裕を確認する。中央監視と弁番号を復唱した後、第2系統連絡弁を小開度まで開ける。流量、上流・下流圧力、配水池水位、濁度を確認し、異常がなければ段階的に所定開度まで開ける。圧力の急変、異音、濁度上昇があれば操作を停止する。

という形になる。

また、操作員と確認員を分け、弁番号、設備名、開閉方向を相互確認する。

似た名称の弁や、上下に並ぶ同型弁がある場所では、配管図だけでなく、現地の弁札、流向表示、設備番号を照合する。

操作後は、表示上の開閉状態だけでなく、実際の流量、圧力、水位が想定どおり変化したかを確認する。


11 よくある誤解

「ポンプを止めれば水は止まる」

高低差や別系統の圧力によって、ポンプ停止後も水が流れる場合がある。逆止弁が正常に閉じなければ、逆流する可能性もある。

「弁を一つ閉めれば隔離できる」

バイパス、連絡管、排水管、共通母管、別系列などから流入する場合がある。配管図全体で境界を確認しなければならない。

「停止表示なら安全」

停止表示は運転指令の状態を示しているだけかもしれない。電源遮断、遠方操作禁止、施錠・表示、無作動確認が必要です。

「水位が下がれば入槽できる」

残留水、弁漏れ、逆流、酸欠、有害ガス、機械の不意起動が残っている可能性がある。

「復旧後に水が出れば完了」

圧力が回復しても、赤水、濁度上昇、残留塩素低下、薬品注入不良が残る可能性がある。

「経験者が頭の中で分かっていればよい」

水道施設は複数部門が連続して動く。操作票、点検記録、警報履歴、水質記録、図面を残さなければ、別の担当者が同じ状態を再現できない。


おわりに―水を止める仕事は、水道を止めないための仕事―

水道施設の点検では、作業対象だけを見ていては安全を確保できない。

取水塔を点検するなら、代替取水と浄水処理量を見る。

沈殿池を空にするなら、並列池の処理能力と排泥設備を見る。

ポンプを止めるなら、吸込条件、吐出圧力、逆止弁、水撃、代替ポンプを見る。

電気設備を止めるなら、その先に接続されたポンプ、弁、薬品設備、計器を見る。

管路を切り替えるなら、断水だけでなく、流速、圧力、赤水、残留塩素を見る。

水道設備の停止とは、単一の機器を止める行為ではない。

代替経路をつくり、運転を移し、対象を隔離し、残留エネルギーを除き、安全を確認し、点検後に段階的に復旧する一連のシステム操作です。

そして最も重要なのは、操作そのものよりも、操作前後の確認です。

水がどこから来て、どこへ流れ、どこに残り、どこから再び入る可能性があるのか。

電気や機械が、誰の指令で、どの条件によって再起動する可能性があるのか。

一つずつ確認して初めて、「止まっている」と言える。

水を安全に止める技術は、安定給水を止めないための技術でもある。

参考文献

厚生労働省医薬・生活衛生局水道課:水道施設の点検を含む維持・修繕の実施に関するガイドライン 令和元年9月
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001072448.pdf

厚生労働省:水道維持管理指針 2006
https://www.mlit.go.jp/common/830003767.pdf

厚生労働省:水道施設設計指針 2012
https://www.mlit.go.jp/common/830003599.pdf

厚生労働省:酸素欠乏症等防止規則
https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=74105000&dataType=0&pageNo=1

厚生労働省:職場のあんぜんサイト「ダムの取水ゲートの点検中、ダイバーが溺死」
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen_pg/sai_det.aspx?joho_no=101214

厚生労働省:平成25年10月1日から、機械の「調整の作業」が、機械の 運転停止義務の範囲に追加されます(安衛則第107条)
https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/dl/pamphlet_107_0919.pdf

東京都水道局:水道工事のお知らせ案内や工事説明看板によく出る用語集(お客さま向け)
https://www.waterworks.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/waterworks/suidokoji_yogo_var2

水道・電気設備の現場で、新人が最初に覚えておきたい18の実務メモ

序文

taituna.hatenablog.jp

上記記事の続きになります。

水道や電気設備の現場では、設備の名称や操作方法を覚えることも大切ですが、それ以上に重要なのが、勝手に判断しないこと、圧力や電気を甘く見ないこと、誰の指示で動くのかを明確にすることです。

最初からすべてを理解する必要はありません。分からないときに立ち止まり、図面や手順書を確認し、責任者に聞けることも現場では大切な能力です。

1.業者に伝える工程は、「予定」と「確定」を区別する

業者から工事日や点検日を聞かれても、内部で検討しているだけの段階では、確定事項のように伝えないようにします。

契約後であっても、詳細な工程は、施工計画、関係部署との調整、道路や施設の許可、停電・断水の可否、材料の納期などによって変わる場合があります。

まだ決まっていない場合は、

現在調整中です。正式に決まり次第お伝えします。

と回答します。

一方で、契約上の履行期限や、正式に承認された工程まで曖昧にしてよいわけではありません。自分の予想を約束に変えないことが大切です。重要な指示や協議内容は、口頭だけで終わらせず、メールや打合せ記録などに残します。

2.ストレーナーは定期的に清掃する

ストレーナーは、水の中に含まれる砂、ごみ、さびなどをスクリーンで捕まえる設備です。ごみがたまると、流量の低下や圧力損失、計器の測定不良などにつながります。

そのため、定期的に点検し、必要に応じてスクリーンを清掃します。

ただし、スクリーン部分を外す前には、必ず次の状態を確認します。

  • 上流側と下流側を止めているか
  • 内部の圧力が抜けているか
  • 水が出ても安全な排水先があるか
  • 周囲の電気設備に水がかからないか

圧が残ったままだと水が噴き出す可能性があります。

また、ストレーナーから排水やエア抜きを行うこともありますが、どのストレーナーでも行ってよいわけではありません。設備の構造、弁の位置、手順書を確認し、圧力が残ったままふたを緩めないことが基本です。

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3.水質計の通水と、圧力計のエア抜きは目的が違う

水質計と圧力計では、水を流す目的が異なります。

水質計では、採水管や測定槽に残っている古い水、沈殿物、汚れなどを排出し、現在の水を安定して測定するために通水します。濁度、色度、残留塩素などは、採水管の汚れや滞留水の影響を受けることがあります。

一方、圧力計や導圧管では、内部にたまった空気を抜くために排水することがあります。空気が残ると、指示の遅れ、ふらつき、実際とは異なる表示などが生じる場合があります。

したがって、

  • 水質計は、代表性のある水を測るために水を入れ替える
  • 圧力計は、正しく圧力を伝えるために空気を抜く

という違いを覚えておきます。なお、この操作は「配水」よりも、状況に応じて「通水」「排水」「フラッシング」「エア抜き」と呼ぶ方が正確です。

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4.重要な作業では、誰の指示で動くのかを先に決める

重要設備の操作では、近くにいる人の指示だからといって、確認せずに動かしてはいけません。

現在は、中央監視を委託業者が担当し、現場作業を別の業者が行い、施設管理者が自治体職員というように、指揮命令系統が複雑な場合があります。

作業前に、少なくとも次の役割を確認します。

  • 作業全体の責任者
  • 現場の作業指揮者
  • 設備操作を許可する人
  • 実際にスイッチや弁を操作する人
  • 中央監視室との連絡担当者
  • 異常時に中止を判断する人

複数の人から異なる指示を受けた場合は、その場で操作を止め、責任者に確認します。

「誰を信用するか」というより、誰に正式な権限と責任があるのかを確認することが大切です。

5.工具は、名前と使い分けを一緒に覚える

新人のうちは、まず現場でよく使われる工具の名前を覚えます。

ウォーターポンププライヤー

現場では「カラス」と呼ばれることがあります。開口幅を変えられ、配管やナットなどをつかむときに使います。

便利ですが、強く挟むと配管やナットの表面を傷つけることがあります。仕上げ面や樹脂管への使用には注意します。

モンキーレンチ

正式にはモンキーレンチやアジャスタブルレンチと呼ばれます。ナットの寸法に合わせて開口幅を調整します。

すき間がある状態で力をかけると、ナットの角をなめるため、しっかり密着させます。

トルクレンチ

ボルトやナットを、決められた締付けトルクで締める工具です。

「できるだけ強く締める工具」ではありません。指定値を確認し、最後の締付けに使います。緩めるための工具として乱暴に使用したり、柄を継ぎ足して力をかけたりしないようにします。

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6.質問するだけでなく、資料の置き場所を覚える

公務員の職場では異動が多く、その部署では新人でも、ほかの部署で何年も仕事をしてきた職員が多くいます。

そのため、周囲が考える「新人」と、新卒職員や未経験の中途職員が必要とする教育に差が生じることがあります。先輩も教育の専門家ではないため、必要なことが体系的に教えられない場合もあります。

もちろん、分からないことは先輩に質問します。ただし、それと同時に、次の資料がどこにあるのかを聞いておきます。

  • 施設や設備の完成図、配管図、単線結線図
  • 機器の取扱説明書
  • 点検記録、修繕履歴、故障履歴
  • 過去の設計書、仕様書、積算資料
  • 契約書、打合せ記録、行政文書
  • 過去の事故、不具合、苦情などの記録
  • 緊急時の連絡網や対応マニュアル

「質問する前に過去の作成物の確認や公文規程・条例・基準などを調べて、もしマニュアルがあるなら見といて」と考えている人は多いです。

特に公文規定・条例・基準等を調べてと言われると戸惑うことは多いと思いますが、そのうち慣れるので安心してください。

経験者と比べて、自分の知識が足りないように感じることもあります。周囲も中途者や異動者を基準に置くため、新卒は特に仕事が出来ないと思われてしまう場合もあります。

しかし気にする必要はありません。周りは実質的にはより長く経験を積んでいるだけでそれが普通です。

焦って知っているふりをするより、資料を確認し、自分用の用語集や手順メモをゆっくり作ってください。

7.河川への油流出などでは、勝手に採水しない

河川に油や薬品らしきものが流れた場合、取水口、沈砂池、着水井などの状況を確認することがあります。

ただし、現場に着いてすぐ、素手で水をくんだり、においを直接嗅いだりしてはいけません。物質によっては、有害な蒸気や皮膚への影響があるためです。

まず、施設の水質事故対応マニュアルに従い、水質担当者や責任者に次の点を確認します。

  • 採水が必要か
  • どの場所で採るか
  • どの容器を使うか
  • どの程度の量が必要か
  • 保存方法や搬送方法はどうするか
  • 必要な保護具は何か

油分の採水では、プラスチック容器への付着などを避けるため、広口のガラス容器が用いられることがあります。また、検査項目によっては共洗いをしてはいけない容器もあります。

採水した場合は、日時、場所、天候、水位、色、におい、油膜の状態、採水者なども記録します。きれいな採水器具、容器、ラベル、保冷箱、手袋、ポンプ、ホースなどを事前に準備しておくと、緊急時に慌てずに済みます。

8.水漏れは、締付け不足とは限らない

管の継手やストレーナーから水が漏れていると、すぐに工具で強く締めたくなります。しかし、漏水の原因は締付け不足だけではありません。

例えば、次のような原因があります。

  • ゴムパッキンに傷や変形がある
  • パッキンの間に砂や異物が挟まっている
  • パッキンが正しい位置に入っていない
  • 配管やフランジがずれている
  • ボルトを片側だけ強く締めている
  • 管や継手にひび、腐食、変形がある
  • 締めすぎによってパッキンが傷んでいる

特にパッキンはよくある原因です。

まず水を止め、圧力を抜いたうえで、原因を確認します。

フランジのボルトは、片側から順番に締めるのではなく、対角線上に少しずつ均等に締めます。締付けトルクが指定されている場合は、その値に従います。

原因を確認せずに過剰に締めると、パッキン、ねじ、継手を傷め、漏水を悪化させることがあります。

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9.圧着端子は、「圧着・絶縁・締付け」を一組で考える

キャブタイヤケーブルなどの導体に、圧着端子を取り付けてポンプや仮設機器に接続することがあります。

ただし、電気工事は、有資格者または職場で作業を認められた人が、決められた手順で行います。

作業前には電源を切り、再投入されない措置を行い、検電して無電圧を確認します。

圧着端子は、次の組合せを正しく選びます。

  • 電線の種類と太さ
  • 端子の寸法
  • 接続するねじや端子台の寸法
  • 圧着工具と圧着ダイス
  • 絶縁スリーブや接続部の保護方法

端子同士や導体部分が接触すると、短絡、アーク、発熱、発火につながる危険があります。絶縁テープを巻くだけでよいとは限らないため、恒久的な接続では、適合する端子台、接続器、絶縁カバーなどを使用します。

ねじ接続は「新人はとにかく強く締めればよい」ではありません。緩すぎれば接触不良や発熱の原因となり、強すぎればねじや端子を破損します。機器に指定された締付けトルクを確認します。

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10.漏水時は、どの弁を閉めればどこが止まるのかを確認する

漏水が発生したときは、慌てて近くの弁を操作しないようにします。

最初に確認するのは、人への危険と電気設備への影響です。水が配電盤やコンセント、電動機などにかかっている場合は、安易に近づかず、電気担当者と連携します。

そのうえで、次の内容を確認します。

  1. どこから漏れているか
  2. どの系統の水か
  3. 上流側の止水弁はどれか
  4. その弁を閉めると、ほかに何が止まるか
  5. 排水する場合、安全な排水先があるか

水質計や圧力計のBOXの近くに元栓があるとは限りません。屋外のメーターボックス内や、離れた位置にある分岐弁が元栓になっていることもあります。

平常時に、弁の位置と影響範囲を図面や現地で確認しておきます。弁札や表示が読みにくい場合は、勝手に操作せず、図面と責任者の確認を取ります。

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11.pHなどの手分析では、共洗いと混合を丁寧に行う

pHなどを手作業で測定するときは、使用するビーカーに別の水や汚れが残っていると、測定結果に影響することがあります。

そのため、通常の現場測定では、測定する水を少量入れてビーカーをすすぐ「共洗い」を行います。

ただし、保存剤が入っている容器、滅菌された容器、検査方法で共洗いを禁止されている容器では行いません。

試薬を入れた後は、ビーカーを急激に振るのではなく、静かに回すなどして全体を均一にします。気泡が測定に影響する項目もあるため、乱暴に混ぜないようにします。

pH計を使う場合は、標準液による校正、電極の洗浄、保管液の確認も必要です。電極は精製水などですすぎ、水滴を軽く吸い取ります。強くこすると電極を傷める場合があります。

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12.材料名は、用途と一緒に覚える

HIVP

耐衝撃性硬質ポリ塩化ビニル管です。給水管や配水管などで使用されます。

普通のVP管より衝撃に強い管ですが、使用できる圧力、温度、施工方法などは設計条件に従います。

FEP

地中に電線やケーブルを通すために使われる、波付硬質合成樹脂管です。

FEP自体は電線やケーブルではなく、ケーブルを保護するための管です。

EM-IE

600V耐燃性ポリエチレン絶縁電線です。IV電線と似た用途で使われますが、絶縁材料や燃焼時の特性が異なるため、「IVとまったく同じ」とは考えません。

EM-CE

600V架橋ポリエチレン絶縁耐燃性ポリエチレンシースケーブルです。用途はCVケーブルに近いものですが、シース材料などが異なります。

VVRと同じケーブルというより、エコ仕様のCV系ケーブルとして覚える方が分かりやすいです。

ブレーカー

ブレーカーの本来の役割は、過電流や漏電などから回路を保護し、回路を開閉することです。

設備によっては、機器への電源供給を入り切りする操作点として使われますが、コンセントそのものではありません。頻繁な抜き差しや開閉を前提とした機器かどうかは、設備の設計や取扱説明書で確認します。

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13.低圧でも感電は命に関わる

「低圧なら、びりびりするだけ」と考えてはいけません。

低圧であっても、電流の通り方、接触時間、皮膚のぬれ、作業場所などによっては、重大な感電事故になります。特に水道施設は床や手がぬれやすく、感電の危険が高くなります。

電気設備の点検では、次のことを基本とします。

  • 露出した導体に触れない
  • 用途の分からない金属部分に触れない
  • 停電できるものは停電して作業する
  • 電源を切った後も検電する
  • 誰かが誤って再投入しない措置を行う
  • 必要な絶縁用保護具や防護具を使用する

高圧設備は、専門教育を受け、職場から作業を認められた人以外は扱いません。盤の扉が開いていたり、充電部が見えていたりする場合は、不用意に近づかず、電気担当者へ連絡します。

14.ポンプの油量は、機種ごとの基準で確認する

ポンプや減速機などに油面計が付いている場合は、点検時に油量を確認します。

油面計の中央に丸印や基準線があり、その付近が適正油量となっている機器もあります。しかし、すべての機器が同じ基準ではありません。

停止中に確認する機器と、運転中に確認する機器でも油面が変わります。必ず取扱説明書や点検基準を確認します。

油量だけでなく、次の状態も見ます。

  • 油漏れがないか
  • 油が白く濁っていないか
  • 黒く変色していないか
  • 水や異物が混じっていないか
  • 急に油量が減っていないか

油が少なすぎると潤滑不足となりますが、多すぎても発熱や漏れなどの原因になる場合があります。

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15.屋外工事は、工事より先に許可と調整が始まる

道路や公園、公共施設の敷地で工事をする場合は、施設管理者との事前調整や許可が必要になります。

道路工事では、主に次の二つを区別します。

道路占用許可

道路に管、足場、仮囲いなどを設置したり、掘削したりする場合に、道路管理者へ申請します。

道路使用許可

工事車両、作業帯、交通規制などによって通常の交通に影響を与える場合に、警察へ申請します。

工事内容によっては、両方が必要になります。ただし、「道路に少しでも入れば必ず両方」と機械的に判断するのではなく、道路管理者と警察に事前相談します。

公園では公園管理者、学校、住宅、庁舎などでは、それぞれの施設管理者との調整が必要です、道路と同様に占有許可が必要な場合もあります。

申請書は、提出すればすぐに承認されるとは限りません。図面の修正、交通誘導員の配置、工法の変更などを求められることもあります。

また。工事場所に配管が無いか確認するために、ガス・電力・浄水・下水などを持つ自治体やガス会社、電力会社に照会を求めたり、必要な場合は試掘する必要が生じることもあります。

騒音、断水、通行規制などが発生する場合は、施設利用者や周辺住民への案内も必要です。

また、工事後になにかしら配管や水圧計等の設備を設置する場合は減免申請書を出す必要があるかもしれません。

だからこそ、それらの期間を考慮して発注時期と工期を設定する必要があります。

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16.設備操作は、指差し、復唱、操作後の確認まで行う

電気設備や水道設備を操作するときは、単に大きな声を出すだけでなく、対象と操作内容を明確にします。

例えば、ポンプの操作権を遠隔から現場へ切り替える場合は、次のように行います。

指示者
「No.2送水ポンプの操作権を、遠隔から現場へ切り替えてください」

操作者
対象のスイッチと表示を指差しながら、
「No.2送水ポンプ、操作権、遠隔から現場へ切り替えます」

操作後は、表示を確認して、

「No.2送水ポンプ、現場表示よし」

と呼称します。

必要に応じて、中央監視室にも表示が正しく変わったことを確認してもらいます。

操作前には、少なくとも次の内容を確認します。

  • 対象の設備番号
  • 現在の運転状態
  • 遠隔・現場などの操作場所
  • 操作によって動く設備
  • 関連する弁やポンプの状態
  • 作業員が危険な場所にいないか
  • 操作後に確認する表示や計器

指差し呼称は、確認する対象に注意を向け、無意識の操作を防ぐために行います。

指示と違う表示が出た場合、警報が発生した場合、対象設備に確信が持てない場合は、操作を続けずに停止します。

17.基礎工事の基本的な流れ

基礎工事は、基本的に次の順序で進めます。

掘削・地盤確認 → 砕石(再生クラッシャーラン等)敷き・転圧 → 捨てコンクリート → 墨出し → 型枠・鉄筋組立 → H形鋼等の建込み・固定 → 打設前検査 → 基礎コンクリート打設 → 養生・強度確認

最初に砕石を敷いて十分に締め固め、その上に薄くコンクリートを打ちます。これは基礎本体ではなく、墨出しや鉄筋、型枠を正確に設置するための捨てコンクリートです。

捨てコンクリートが硬化して作業できる状態になったら、図面に基づいて位置を墨出しし、型枠と鉄筋を組みます。H形鋼を使用する場合は、所定の位置・高さ・向き・鉛直を確認して建て込み、コンクリートを流しても動かないように固定します。なお、コンクリートは「打設」、H形鋼は通常「建込み」または「据付け」と呼びます。杭として地中へ入れる場合は「打込み」となります。

コンクリートを打設する前には、鉄筋の間隔、かぶり厚さ、型枠寸法、H形鋼やアンカーボルトの位置、配管・接地材などの埋込物を確認します。打設後は、急な乾燥や凍結を防ぐため、シート、養生マット、散水などで湿潤状態を保ちます。養生期間は一律ではなく、セメントの種類、気温、設計図書及び仕様書を確認して判断します。

生コンクリートの受入れ時には、納入書のほか、必要に応じてスランプ、空気量、温度、塩化物量などを確認します。強度試験も行います。

ただし、すべての基礎がこの方法とは限りません。道路標識や照明柱などでは、コンクリート基礎の代わりに、ポールアンカーなどの打込み式鋼製杭基礎を使用することがあります。

また、基礎の作り方だけでなく道路復旧の方法(1号や2号と各自治体で分かれています事前の道路課に確認が必要です)も確認が必要です。

厳しい自治体ならアスファルト乳剤の種類(PK-3やPK-4等)決められているかもしれません。

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18.あと施工アンカーについて

既に硬化したコンクリートへ、設備架台や支持金具などを固定するときは、あと施工アンカーを使用することがあります。

代表的なものには、接着剤でボルトを固定する接着系アンカー(ケミカルアンカー)と、金属部分を孔の中で広げて固定する金属系アンカー(ホークアンカー等)があります。

施工は、位置を確認してコンクリートに穴をあけ、孔内のコンクリート粉を除去してからアンカーを取り付けます。ケミカルアンカーは接着剤が硬化するまで養生が必要です。ホークアンカーなどの金属系アンカーは、専用工具で確実に打ち込み、金属部分を孔内で広げて固定します。

どちらも、アンカー径、穿孔径、穿孔深さ、埋込み深さ、コンクリート端部からの距離などが強度に影響します。現場判断で種類や寸法を変更せず、設計図、施工要領書及びメーカーの指定を確認します。必要に応じて、施工後に引張試験を行います。

一般的な特徴として

ケミカルアンカーは、適切に施工すれば高い固定力を得られ、作業もしやすいため最近はよく用いられます。しかし、孔内の清掃、接着剤の混合、埋込み深さ、硬化時間などの影響を受けるため、施工者や施工状況によって品質に差が生じやすい点に注意が必要です。

一方、ホークアンカーなどの金属系アンカーは、穿孔径や深さを守り、専用工具で確実に打ち込む必要があるため施工に力や手間がかかることがあります。ただし、所定の手順で施工できているかを確認しやすく、施工品質を比較的一定に管理しやすい特徴があります。

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最後に

新人のうちは、作業が遅いことよりも、分からないまま設備を動かすことの方が危険です。

現場では、次の四つを基本にすると、大きな間違いを減らせます。

  1. 分からないまま操作しない
  2. 水圧や電気が残っていないか確認する
  3. 誰の指示で動くのかを明確にする
  4. 操作前と操作後の状態を記録する

知識や技術は、現場を経験しながら少しずつ身に付きます。

最初から一人で解決しようとせず、図面、手順書、過去の記録を確認し、必要なところで先輩や責任者に聞くことが、安全に仕事を覚える近道です。

参考文献

・国土交通省:公共建築工事標準仕様書(建築工事編) 令和7年版
https://www.mlit.go.jp/gobuild/content/001888816.pdf

・中国地方整備局:監督職員のためのチェックポイント(コンクリート編)令和2年2月
https://www.cgr.mlit.go.jp/ctc/pdf/technology/concrete/check.pdf

・一般財団法人日本建設あと施工アンカー協会:あと施工アンカー施工手順
https://www.anchor-jcaa.or.jp/anchor/construction-procedure.html

・厚生労働省 医薬・生活衛生局 水道課:水道施設の点検を含む維持・修繕 の実施に関するガイドライン 令和5年3月
https://www.mlit.go.jp/common/830005760.pdf

・国土交通省:水質汚染事故対策マニュアル策定指針
https://www.mlit.go.jp/common/830005430.pdf

副首都は、どこまで東京を代替できるのか

ー大阪・名古屋・福岡・札幌を行政・経済・人材・インフラで比較ー


※本記事は、各省庁・自治体等が公開している一次資料を基に、行政技術職の実務・制度・意思決定構造について整理・分析を行ったレビュー型考察です。


序章

副首都構想は、東京で大地震が発生した場合に、中央省庁職員が別の都市へ移動して業務を再開する計画として説明されることがあります。

しかし、東京都が担っている機能は、霞が関の庁舎だけではありません。

国会、内閣、中央省庁、最高裁判所、日本銀行、金融市場、全国報道機関、企業本社、法律事務所、監査法人、大学、研究機関、医療機関、交通事業者、通信事業者、電力・ガス・水道事業者が、日常的に近距離で接触することで、首都機能は成立しています。

したがって、副首都が東京都を代替できるかという問いは、単に「国の出先機関があるか」「大きな会議場があるか」「東京から遠いか」では判断できません。

問われるのは、少なくとも次の四つです。

第一に、非常時に国会、内閣、中央省庁、裁判所を動かせるかです。

第二に、平時から企業、金融、法務、会計、報道、研究開発を含む独立した経済圏を形成しているかです。

第三に、中央官庁と企業を受け入れた後も、道路、鉄道、空港、港湾、電力、水道、通信、医療、住宅を維持できるかです。

第四に、それらを実際に運営する国家公務員、自治体職員、公務員技術職、民間技術者を確保できるかです。

2026年に成立した副首都関係法は、首都中枢機能の一部を代替する「首都中枢機能代替地域」と、首都中枢機能の全部または大部分を代替し、多極分散型経済圏の中核になる「副首都」を区別しています。副首都の指定要件には、国の行政機構の立地、人口・経済の集積、地方行政体制が含まれています。したがって、法律上も、副首都は非常用庁舎より広い構想です。

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国家社会機能継続性確保施策及び副首都の整備に係る施策の推進に関する法律案(引用元:衆議院)

本稿では、各候補地が「副首都を名乗るに値するか」を競わせるのではなく、現在の行政組織、経済、人材、インフラのままで、東京都のどの機能まで代替できるのかを検証します。


1 そもそも、現在の政府BCPは東京圏外への全面移転を前提としていません

現在の政府業務継続計画は、首都直下地震が発生しても、まず東京都心または東京圏内で政府機能を維持する考え方を基本としています。

これまでの政府説明では、官邸が使用できない場合の代替拠点として、中央合同庁舎第8号館、防衛省、立川広域防災基地などが想定されてきました。各省庁もそれぞれ代替施設、参集要員、非常時優先業務を定めていますが、政府全体を大阪、名古屋、福岡、札幌へ一括して移転する具体的な運用は、従来の政府BCPの中心には置かれていません。

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政府業務継続計画(首都直下地震対策) 平成26年3月(引用元:内閣府)

2025年12月の首都直下地震対策検討ワーキンググループ報告書も、政府BCPの見直しと実効性向上を求めています。報告書は首都直下地震を「国難級」の災害と位置づけ、首都中枢機能の確保を根幹的課題としていますが、副首都候補地へ何人を移し、誰へ権限を切り替えるかという省庁別の移転計画を完成させたものではありません。

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首都直下地震の被害想定と対策について (報告書) 〜首都中枢機能を維持し、膨大な人的・物的被害を減らすために、 私たちみんなが「自分ごと」として捉え、共に立ち向かっていく〜 ― 本 文 ― 令和7年12月19日 中央防災会議 防災対策実行会議 首都直下地震対策検討ワーキンググループ(引用元:内閣府)

これは重要です。

副首都法が成立したからといって、発災直後に大阪、名古屋、福岡、札幌のいずれかが自動的に政府本部になるわけではありません。

内閣法に基づく総理大臣臨時代理の順位は既に指定されています。

しかし、東京の官邸・各省幹部・通信設備が同時に機能を失った場合に、臨時代理と副首都側の政府組織をどのように接続し、地方支分部局へどこまで決裁権を移すかは、別途具体化する必要があります。

したがって、現時点の副首都構想は、完成した政府移転計画ではありません。

副首都として指定し得る地域を法律上つくった段階であり、政府を実際に移す運用設計はこれからです。


2 代替対象となる東京都は、東京都庁だけではありません

東京の経済規模は、一つの府県として突出しています

東京都の2023年度の都内総生産は約125兆円です。情報通信業、金融・保険業、卸売・小売業、専門・科学技術・業務支援サービスなどの集積が特に大きく、情報通信業の全国平均に対する特化係数は2.50、金融・保険業は1.75とされています。

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都民経済計算年報 令 和 5 年 度(引用元:東京都)
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都民経済計算年報 令 和 5 年 度(引用元:東京都)

これに対して、2023年度の大阪府内総生産は約45兆円、愛知県の2022年度県内総生産は約43兆円、2022年度の福岡県内総生産は約20兆円、北海道の道内総生産は約20.9兆円です。行政区域の数値なので、そのまま副首都実働圏の規模ではありませんが、候補道府県と東京都の基礎的な差は小さくありません。

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大阪府民経済計算(引用元:大阪府)
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あいちの魅力(産業構造・事業環境)(引用元:愛知県)
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中小企業の動向及び 令和6年度中小企業振興施策の実施状況 (案) ― 福岡県中小企業振興基本計画年次報告 ― 【概要版】 (引用元:福岡県)
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北海道データブック2025_経済(引用元:北海道)

東京の強さは、総生産額だけではありません。

東京には大企業本社、外資系企業、銀行・証券・保険、全国紙、テレビ局、広告、法律、会計、コンサルティング、大学、研究機関が集中しています。企業が本社を東京に置く理由として、顧客、関連企業、官公庁への近接性が挙げられてきました。つまり、東京の集積は個々の施設の集合ではなく、互いが近くにいることで価値を生むネットワークです。

東京は、自治体間のデジタル連携でも他地域より一歩進んでいます。東京都とGovTech東京は、都内62区市町村のシステム共通化、共同調達、デジタル人材育成・共有を進めています。東京都という広域自治体が、自治体を廃止・統合せずに専門人材と基盤を共同化している点は、副首都候補が圏域連携を考える際の重要な比較対象です。

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事業概要 令和7版(引用元:東京デジタルサービス局)

したがって、副首都候補が代替すべきものは「東京都庁」ではなく、

東京圏内に日常的に形成されている、国家行政・企業経営・金融・専門サービス・研究・情報発信のネットワーク

です。

一つの候補都市が人口やGDPだけで東京に近づいても、このネットワークがなければ完全代替にはなりません。


3 副首都の圏域は、実際に動ける範囲で定めなければなりません

東京都の行政区域だけでも巨大な経済集積を持ち、さらに実際の首都機能は神奈川、埼玉、千葉を含む東京圏へ広がっています。

そのため特定の県府単体で副首都機能を果たすとした想定ではなく、副首都候補を中心とした圏域として見る必要があります。

ただし、以下の点には注意が必要です。

副首都候補を比較するとき、関西6府県、東海3県、九州7県、北海道全域の人口やGDPを合算すれば、規模を大きく見せられます。

しかし、福岡市で中央省庁業務を行うとき、鹿児島や宮崎のホテル、自治体職員、病院を日常的に利用できるわけではありません。札幌市で政府を動かす際に、函館、釧路、帯広の技術職員や宿泊施設を即時能力として数えることもできません。

また、現時点で殆ど連携実態がない周辺都市を一つの圏域として扱うことも非現実的です。

そのため本稿では、次の現実的な範囲を採用します。

3-1大阪・関西

国家中枢は大阪市周辺、日常的な行政・通勤圏は京阪神、後方支援は関西広域連合の構成地域です。

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関西広域連合パンフレット(全体) (引用元:関西広域連合)

3-2愛知・名古屋

国家中枢は愛知県・名古屋市、日常圏は名古屋からおおむね30~50キロメートルの名古屋大都市圏、産業・物流支援は岐阜県南部と三重県北部を含む中京圏です。名古屋市自身も、名古屋大都市圏をおおむね30~50キロメートルとし、産業、防災など分野ごとに柔軟に捉えています。

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名古屋市都市計画マスタープラン2030(引用元:名古屋市)

3-3福岡・北九州

福岡市と北九州市を双核とし、福岡都市圏17市町と北九州側の連携中枢都市圏を日常圏、両都市間の筑豊・宗像地域と関門地域を接続・物流支援地域とします。九州7県は副首都の日常圏ではなく、食料、電力、半導体、代替工場などの後方支援地域です。

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福岡都市圏広域行政推進協議会(引用元:福岡都市圏)

3-4札幌・道央

行政・生活中核は札幌市と近隣11市町村からなる「さっぽろ連携中枢都市圏」です。新千歳空港、石狩湾新港、苫小牧港を含む千歳・石狩・苫小牧回廊が物流・産業を支えます。北海道全域は、副首都の日常的な実働圏ではなく、食料、エネルギー、遠隔データ、代替拠点を提供する後方地域です。

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第2期 さっぽろ連携中枢都市圏ビジョン(引用元:札幌市)

この範囲を前提に、各候補を比較します。


4 大阪・関西は、東京都のどこまでを代替できるのか

4-1 四候補の中で、構想は最も具体的です

大阪府・大阪市の副首都構想は、国会、内閣・中央省庁、最高裁判所という三権のバックアップ、国と地方の行政機関を集める合同庁舎、企業の第二本社、金融、データセンター、交通、ライフライン、報道機能まで扱っています。

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大阪の副首都構想(引用元: 大阪府・大阪市 )

単に「大阪は人口が多いから候補になる」と主張するのではなく、国家機能と経済機能を分けて必要施設を整理している点では、愛知・名古屋、福岡・北九州、札幌・北海道よりも先行しています。

ただし、大阪構想は中央省庁の恒常的な移転を前提としていません。

平時には東京に大部分の官僚を残したまま、非常時に大阪の施設と地方支分部局を使い、国会、閣議、中央省庁、最高裁判所の機能を立ち上げる考え方です。

これは建設費や平時の重複を抑える面では合理的です。

一方で、「平時に働いていない組織が、非常時だけ中央政府になる」という難しさを抱えます。

近畿地方整備局は近畿地方の道路、河川、港湾を扱えますが、通常は全国の国土交通政策、法律、予算、国会答弁を決めません。近畿財務局、近畿経済産業局も同様です。

大阪が行政機能の大部分を代替するには、地方支分部局へ非常時にどの権限を移すのか、東京から何人が移動するのか、東京側幹部が参集できない場合に誰が決裁するのかを、省庁単位で定めなければなりません。

確認できる大阪の公開構想は、必要機能と施設の方向性までは詳細ですが、省庁別の職員数、代行権限、勤務交代表、発動後の業務開始時刻までは示していません。

4-2 大阪府内の一体化と、関西圏全体の一体化は別です

大阪府と大阪市が行政を一体化すれば、大阪府内の都市計画、交通、成長政策、大規模インフラを調整しやすくなります。

しかし、副首都を東京圏に近い規模で機能させるには、京都の文化・大学、神戸の港湾・医療、滋賀の水源、兵庫・奈良・和歌山の住宅、物流、防災拠点も必要です。

大阪都構想を実施しても、京都府、兵庫県、滋賀県、奈良県、和歌山県が大阪府の指揮下へ入るわけではありません。

関西には、地方自治法上の特別地方公共団体である関西広域連合があります。広域防災、広域医療、産業、観光、資格試験などを共同処理し、独自の議会、予算、条例を持つ点で、他候補の首長会議や任意協議会より制度化されています。

しかし、関西広域連合が設立時から求めてきた国の地方支分部局の「丸ごと移管」は実現していません。関西広域連合の資料と議会記録でも、権限移管が進んでいないことが繰り返し確認されています。

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関西広域連合議会における質問等に対する対応状況について 令和6年10月19日(土)(引用元:関西広域連合)
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新たな広域自治・行政のあり方研究会 第2回会議 日時:令和8年2月3日(火) 午前10時30分~午後0時00分 場所:滋賀県危機管理センター 災害対策本部室(引用元:関西広域連合)

関西広域連合は、警察、消防、税、都市計画、鉄道、港湾、水道、電力を一括して指揮する関西政府ではありません。職員も、構成府県市からの派遣・兼務を中心とする簡素な組織です。

したがって、大阪・関西の副首都は、現行制度では、

大阪に国家中枢を置き、京阪神の都市機能を使い、関西広域連合が周辺府県を調整する構造

になります。

四候補では最も現実的ですが、東京のように一つの日常的意思決定圏として完成しているわけではありません。

4-3 経済力は有力ですが、東京の高次機能との差は残ります

大阪府の2023年度府内総生産は約45兆円で、東京都の約125兆円の4割弱です。大阪府の産業構成は、製造業16.8%、卸売・小売業14.9%、専門・科学技術・業務支援サービス10.2%などで、製造業と都市サービスが比較的分散しています。

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『令和5年度 大阪府民経済計算』 第1編「令和5年度大阪府民経済計算の概要」(引用元:大阪府)

大阪市の2022年度市内総生産は約21.3兆円で、東京23区に次ぐ国内最大級の都市経済です。京都、神戸、堺を含む京阪神には、医薬、化学、機械、電気、大学、研究機関、医療、商業、観光、放送などが集積しています。

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令和4年度 大 阪 市 民 経 済 計 算 の 概 要 大 阪 市 計 画 調 整 局(引用元:大阪市)

ただし、東京と比べると、全国企業の最終意思決定部門、金融市場、全国報道、中央省庁対応を専門とする法律・会計・コンサルティング、情報通信業の絶対量が小さくなります。

大阪に工場、支社、研究所が存在しても、投資、人事、広報、法務、資金調達を東京本社が決めている場合、東京が停止すれば大阪側だけでは判断できません。

大阪が経済面で東京を代替するには、建物としての「第二本社」ではなく、役員、財務、法務、人事、情報システム、広報を含む意思決定機能が平時から大阪に存在する必要があります。

現状の大阪は、日本経済の相当部分を継続できる独立性を持ちますが、東京の企業本社・金融・専門サービスの全量を代替できる段階ではありません。

4-4 交通、水、電力、宿泊の総量は大きいですが、圏域調整が必要です

関西には関西国際空港、大阪国際空港、神戸空港があり、大阪港と神戸港は阪神港として国際戦略港湾に位置づけられています。日本で国際戦略港湾に指定されているのは、京浜港と阪神港です。したがって、国際航空・海上物流の面では、四候補中で東京に最も近い構成を持ちます。

水資源では琵琶湖・淀川水系が大きな強みです。琵琶湖水利用区域の給水人口は約1,468万人に達し、滋賀、京都、大阪、兵庫の都市生活と産業を支えています。

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琵琶湖水利用区域内給水人口について(令和5年度末時点)(引用元:滋賀県)

ただし、これは同時に共通依存でもあります。

水源を持つ滋賀県、河川管理を担う国、取水・浄水を行う各自治体が別組織であり、水質事故や広域災害時には一斉に影響を受けます。大阪府と大阪市だけを一体化しても、琵琶湖・淀川水系全体を単独で指揮できません。

宿泊面では、大阪、京都、兵庫に大規模なホテル集積があります。一方、2025年の外国人延べ宿泊者数は東京都に次いで大阪府が多く、京都府も上位です。大阪府の客室稼働率は月によって80%を超え、全国最高水準になることがあります。観光都市としてのホテル総量は強みですが、通常時から多く利用されており、数万人の官僚、国会関係者、警察、報道、企業要員を急に受け入れる未使用在庫ではありません。

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宿泊旅行統計調査 (2025年・年間値(確定値))(引用元:国土交通省 観光庁) 

4-5 もう一つの制約は、公務員技術職と実務職員です

大阪市建設局の2025年3月の労使交渉では、組合側から、年度途中の退職者が約18人、そのうち技術職が16人であること、若手・中堅が近隣自治体へ転出していること、翌年度の技術職採用が厳しいことが指摘されました。

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建設局総務部職員課長以下、市職建設局支部長以下との本交渉 令和7年3月26日 大阪市職員労働組合建設局支部との本交渉(議事録)(引用元:大阪市)

経験の浅い職員が大規模事業で高度な判断を求められていることや、月45時間を超える時間外勤務が繰り返されていることも交渉で問題になりました。

2026年度の大阪市都市整備局の要員交渉でも、施設整備部門の業務繁忙と超過勤務が続くとの組合側の認識が示され、市側は業務の包括委託や分担見直しを説明しています。

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大阪市職員労働組合(市職)都市整備局支部との交渉議事録 日 時 令和8年2月3日(火)午後6時00分~午後6時40分 場 所 本庁舎7階 都市整備局 会議室 出席者 所属 総務課長 総務課長代理 総務課担当係長 支部 支部長 副支部長 書記長(引用元:大阪市)

副首都化すれば、既存の道路、橋梁、上下水道、公共建築の更新に加え、合同庁舎、通信、電力、警備、宿泊、システム、交通、国との調整が追加されます。

国費が投入され、民間委託が増えても、設計条件、積算、品質、安全、契約変更、検査を判断する行政側技術職員が必要です。

 

4-6 大阪・関西の評価

大阪・関西は、四候補の中で東京都を最も広く代替できます。

大規模災害時に、政府対策本部、国会の限定的開催、一部省庁、全国放送、企業のバックアップ、金融・物流の一部を立ち上げることは、他候補より現実性があります。

一方、平時の中央省庁を移さず、関西全体の指揮権も持たない現在の構造では、国政・行政・司法・経済を東京と同水準で長期間代替することはできません。

大阪・関西は「首都機能の相当部分を代替できる未完成の副首都圏」です。
非常時の主要拠点にはなれますが、現在のまま東京と同等の第二国家中枢にはなれません。


5 愛知・名古屋は、東京都のどこまでを代替できるのか

5-1 副首都構想は、まだ政策表明の段階です

愛知県知事と名古屋市長は、愛知・名古屋が副首都を目指す意思を表明しています。

名古屋市長は、愛知県と一緒になって副首都を目指す機運があると説明していますが、2026年5月の会見時点でも、具体的な共同組織や役割分担は「これから」の段階でした。

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令和8年5月13日 市長定例記者会見(引用元:名古屋市)

大阪には、三権バックアップ、合同庁舎、地方政府の形まで含む文書があります。

これに対し、愛知・名古屋について公開されている内容は、製造業、交通、名古屋三の丸の国機関集積などの適性を訴えるものが中心であり、国会をどこで開催するか、どの省庁を何人受け入れるか、愛知県と名古屋市のどちらが何を指揮するかという実働計画までは確認できません。

したがって、愛知・名古屋は候補地としての潜在力は高いものの、構想の成熟度では大阪に遅れています。

5-2 適切な範囲は、愛知・名古屋中枢と中京産業圏です

名古屋市は、名古屋大都市圏を市中心部からおおむね30~50キロメートルとしています。

この範囲には、尾張地域、西三河の一部、岐阜県南部、三重県北部が含まれ、通勤、鉄道、道路、企業活動の結びつきがあります。中央省庁職員の住宅、病院、ホテル、大学を日常的に利用できる範囲としても、おおむねこの規模が現実的です。

一方、岐阜、愛知、三重の3県全域や、長野・静岡を含む中部圏を、一つの副首都行政圏とみなすのは広過ぎます。

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名古屋市がめざす大都市制度の基本的な考え方 ~「名古屋市の自立」と「名古屋大都市圏の一体的な発展」をめざして~ (案) (引用元:名古屋市)

東海三県二市知事市長会議などの首長会議や東海都市連携協議会などはありますが、独自の議会、共通予算、常設職員他を持つ特別地方公共団体ではありません。

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「圏域における名古屋市」 関連データ等 名古屋市(引用元:名古屋市)
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【変更】東海三県二市知事市長会議の開催について(引用元:名古屋市)

交通、防災、産業などの共通方針を一定頻度で協議することはできますが、非常時に愛知県、岐阜県、三重県、名古屋市を連携して動かすような組織ではありません。

したがって、愛知・名古屋の現実的な副首都構造は、

名古屋市都心と愛知県庁を国家行政中枢とし、30~50キロ圏を日常的都市圏、岐阜南部・三重北部を産業・物流支援圏とする構造

です。

5-3 産業・物流の代替能力は四候補で最も強い分野があります

名古屋市の2023年度市内総生産は約15兆円です。

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令和5年度 名古屋の市民経済計算(令和8年2月27日公表)(引用元:名古屋市)

愛知県の2022年度県内総生産は約43兆円で、製造品出荷額等は2023年に約58兆円、全国の約15.5%を占めました。

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あいちの魅力(産業構造・事業環境)(引用元:愛知県)

自動車、工作機械、航空宇宙、鉄鋼、化学、電気機械、物流、部品企業が集積しており、東京が被災した場合に、日本の製造業と輸出を維持する能力は非常に高い地域です。

国家機能の継続は、官邸と省庁だけを動かすことではありません。車両、発電機、通信設備、医療機器、建設機械、部品を生産し続ける必要があります。
この点では、愛知・名古屋は大阪・関西より強い部分もあります。

しかし、その強さは輸送用機械を中心とする製造業に大きく依存しています。愛知県自身は商業、農業も含めたバランスを強調していますが、製造業、とりわけ自動車関連の比重が高く、半導体不足、輸出市場、電動化、特定企業群の生産停止が圏域全体へ波及しやすい構造です。

また、2022年度の情報通信業の付加価値は愛知県が約1.23兆円で、東京都の約9%、大阪府の約6割です。金融・保険業も東京都の約14%、大阪府の約7割、専門・科学技術、業務支援サービス業も東京都の約22%、大阪府の約4分の3にとどまります。

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県民経済計算(平成23年度 - 令和4年度)(2008SNA、平成27年基準計数)<47都道府県、16政令指定都市分>経済活動別県内総生産および要素所得(名目)2022(引用元:内閣府)
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県民経済計算(平成23年度 - 令和4年度)(2008SNA、平成27年基準計数)<47都道府県、16政令指定都市分>経済活動別県内総生産および要素所得(名目)2022(引用元:内閣府)

製造業の高度な組込みソフト、生産技術、ロボット技術が豊富であることと、中央政府を支える独立系情報通信、金融、法律、会計の集積が厚いことは別です。

愛知・名古屋は「技術が弱い」のではありません。

工場と製造技術は極めて強い一方、政策決定、金融、法務、情報通信、全国企業の本社管理を担う都市型専門サービスでは東京との差が大きい

という構造です。

5-4 特別自治市構想は、副首都圏の一体化と完全には一致しません

名古屋市は、愛知県から制度的に独立する特別自治市を目指しています。市長は、特別自治市を「県から独立する形」の大都市制度と説明する一方、副首都とは別制度であり、双方を進める考えを示しています。

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令和7年12月22日 市長定例記者会見(引用元:名古屋市)

法律上、特別自治市と副首都が両立しないとは限りません。

しかし、実務上は緊張があります。

名古屋市が県から独立すれば、市内の都市計画、道路、消防、上下水道などを一元的に運営しやすくなります。

一方、副首都を支える中部国際空港、名古屋港周辺、豊田・刈谷などの工業地域、木曽川・矢作川・豊川水系、高速道路、警察、市町村支援は、名古屋市域を越えます。

名古屋市の自己完結性を高める制度と、中京圏全体を一つに結ぶ制度は、同じ方向とは限りません。

現時点では、特別自治市化後に愛知県と名古屋市が副首都をどのように共同指揮するのかは、公開構想で具体化されていません。

5-5 公務員技術職の確保は、明確な制約です

愛知県議会では、土木職の採用予定数に対する不足が拡大していることが報告されています。

2023年度は約55人の募集に対して45人、2024年度は約55人に対して34人、2025年度は約60人に対して28人でした。県の土木職員約1,100人のうち、50歳以上は約52%です。

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建設委員会審査状況(令和7年12月11日)(引用元:愛知県議会)

愛知県では、自治体が、自動車関連企業、工作機械、建設、鉄道、電力、設備会社と同じ技術者を採用します。

圏域経済が強ければ、税収や民間技術力は得られます。しかし同時に、公務員技術職にとっては民間の就職先が豊富であり、自治体の人材確保は厳しくなります。

副首都関連の庁舎、交通、データセンター、耐震化、通信設備を整備すれば、行政側と民間側の双方で技術者需要が増えます。

したがって、愛知・名古屋の製造業集積は副首都の強みであると同時に、公務員技術職の採用競争を激しくする要因でもあります。

5-6 愛知・名古屋の評価

愛知・名古屋は、東京が停止した際に、日本の製造業、輸出、サプライチェーン、物流を継続する能力が極めて高い地域です。

平成8年頃に首都機能移転構想が考えられた時には候補地となりました。

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国会等の移転ホームページ 第2章 移転先候補地の選定(引用元:国土交通省)

しかし現段階においては、国会、内閣、中央省庁、最⾼裁判所、⾦融市場を運営する具体的な構想はまだ薄く、愛知県・名古屋市・周辺県を束ねる法定広域⾏政組織もありません。

愛知・名古屋は、現時点では「国家行政全体の副首都」よりも「産業・物流・製造業の副首都」に近い地域です。

東京都の産業機能の重要部分は代替できますが、政治・行政・金融・専門サービスまで含む全面代替はできません。


6 福岡・北九州は、東京都のどこまでを代替できるのか

6-1 構想は福岡県・福岡市・北九州市の「三本の矢」ですが、組織はまだありません

福岡県、福岡市、北九州市は、三者が「三本の矢」となって副首都を目指す方針を示しています。

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5.令和8年(2026年)5月13日北九州市長定例記者会見 【発表案件】 (1)小倉城・小倉城庭園来場者数 過去最高 (2)クリーンタウンプロジェクト(引用元:北九州市)

北九州市長は、福岡市の「商都」と北九州市の「工都」を組み合わせることで相乗効果を出すと説明していますが、具体的な手続や分担は、国の制度設計を見ながら三者で協議するとしています。

2026年6月時点でも、県・福岡市・北九州市が情報交換し、連携意思を共有している段階であり、共通の副首都本部、議会、予算、職員定数、緊急時指揮権は公表されていません。

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8.令和8年(2026年)6月18日北九州市長定例記者会見 【コメント】 (1)JR西日本とJR九州との災害時の帰宅困難者支援の防災協定 【発表案件】 (2)ケイケン・タカラ プロジェクト (3)クロサキスイッチ(引用元:北九州市)

福岡県知事は、福岡市と北九州市だけでは副首都機能を維持できず、久留米、飯塚など県内市町村から、水、エネルギー、食料、人材の支援が必要だと説明しています。

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知事定例記者会見 令和8年7月14日(火曜日)(引用元:福岡市)

この発言は、福岡県全体を一つの副首都都市圏とみなす根拠ではありません。

むしろ、

福岡・北九州の中枢は、県内各地の資源と人材に依存する

ということを表しています。

6-2 福岡・北九州双核圏には、既存制度がありますが、一つにはつながっていません

福岡市と周辺16市町は、地方自治法上の協議会である福岡都市圏広域行政推進協議会を形成しています。また、17市町による一部事務組合もあります。

一方、北九州市側にも近隣自治体との連携中枢都市圏があります。

福岡市と北九州市は長年「福北連携」を掲げ、観光などで人事交流も始めています。ただし、2024年に始まった人事交流は限定的な規模であり、危機管理、港湾、空港、道路、上下水道、情報、技術職員を一体化するものではありません。

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福北連携の理念(引用元:福岡市)

つまり、北部九州には、

  • 福岡都市圏の協議組織

  • 北九州側の連携中枢都市圏

  • 福岡県

  • 福岡市と北九州市の個別連携

  • 国の地方支分部局

が存在します。

しかし、これらを一つに束ねる上位政府はありません。

現状で副首都が発動すれば、福岡県、福岡市、北九州市、周辺市町村、国の出先機関が、それぞれの権限を保持したまま協議することになります。

6-3 福岡市と北九州市の経済的補完性は実在します

福岡市の2022年度市内総生産は約8.24兆円で、経済の大部分を第三次産業が占めています。金融、商業、情報、企業支店、大学、国の出先機関などが集積する九州の業務中枢です。

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1.令和4(2022)年度 福岡市民経済計算の概要(引用元:福岡市)

北九州市の2022年度市内総生産は約3.80兆円です。港湾、物流、鉄鋼、機械、化学、環境、製造業の基盤を持ちます。

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令和4年度市民経済計算の概要(引用元:北九州市)

両市を合わせた経済規模は約12兆円で、東京都の約125兆円、大阪府の約45兆円、愛知県の約43兆円と比べれば小さいものの、福岡の都市サービスと北九州の工業・物流を組み合わせる考え方には実体があります。

ただし、北九州市自身の政策資料では、情報通信、金融、専門サービスなどの高所得部門の集積が十分でないことが課題として認識されています。

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北九州市新ビジョン検討会議の開催について 資料3(5-3)(引用元:北九州市)

福岡市と北九州市は約60キロメートル離れています。

これは分散性という点では強みですが、東京の霞が関、大手町、丸の内のように、国会、官庁、金融、報道、企業本社が徒歩や短時間移動で接触できる構造ではありません。

福岡に行政・金融、北九州に物流・産業を置く場合、毎日の意思決定は通信と移動に依存します。鉄道や高速道路が停止した場合にも、二つの中枢が独立して機能できる設計が必要ですが、その役割分担はまだ公表されていません。

6-4 国の出先機関を利用できることは強みですが、中央省庁の代替とは異なります

福岡市には、九州地方整備局、九州経済産業局、福岡財務支局など、国の地方支分部局が集積しています。

平時から職員、庁舎、通信、地域行政の経験があるため、空の非常用庁舎を一から運営するより現実的です。

しかし、地方支分部局は、九州地方の国行政を執行する組織です。

九州地方整備局が九州の道路・河川・港湾を指揮できても、通常は全国の国土交通予算、法案、鉄道・航空政策を決めません。九州経済産業局も、全国の通商、エネルギー政策、経済安全保障を決定する組織ではありません。

したがって、福岡が中央省庁を代替するには、非常時に地方支分部局へ本省権限を移す法令、職員、データアクセス、訓練が必要です。

現段階の福岡側の構想は、出先機関の存在を強みとして示していますが、全国行政への権限切替えまでは具体化していません。

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5月11日市長会見(引用元:福岡市)

6-5 水資源は、副首都受入れにおける明確な制約です

福岡市は大河川に恵まれず、9つのダムのうち6つが市外にあります。水道水のおよそ3分の1を筑後川からの受水に依存しています。

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みずだよりNO.96令和5年5月15日(引用元:福岡市水道局)

海水淡水化施設は、一日最大5万立方メートルの水を生産できますが、福岡市全体の需要や、大量の政府職員、企業、避難者の流入を単独で支える規模ではありません。

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福岡市の水源・浄水場(引用元:福岡市水道局)

したがって、福岡副首都は、福岡市内の施設だけでは完結しません。

筑後川流域、福岡地区水道企業団、周辺自治体の水源、送水施設、電力を含めた広域運営が前提です。

これは単なるインフラ論ではありません。副首都へ人口を集中させられる上限を決める基本条件です。

6-6 技術職員の採用難は既に顕在化しています

県議会資料では、2024年度は建築職2人、土木職1人など9職種16人の欠員が報告されました。

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第56号 福岡県議会だより 2025年(令和7年)5月発行(引用元:福岡県議会)

北九州市も、2025年採用で土木36人予定に対し25人、建築5人に対し2人、電気3人に対し2人でした。技術職員数は25年間で17%減り、若手退職者の約7割が採用1~5年目でした。

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北九州市技術職員人財戦略 【土木・建築・電気・機械・造園・都市工学・農業・林業・農学】 令和8年3月 北九州市 技術監理局(引用元:北九州市)

福岡市も先行枠、経験者枠、受験年齢引下げを進めています。

副首都事業が加われば、県、市、国、半導体・データセンター、建設業が同じ人材を求めます。福岡・北九州への集中は、周辺自治体の発注・災害対応力を弱めるおそれがあります。

6-7 福岡・北九州の評価

福岡・北九州は、東京、名古屋、大阪と異なる災害圏にあり、西日本の主要拠点まで機能を失った場合のバックアップとして大きな価値があります。

福岡の行政・商業・情報と、北九州の産業・港湾・空港を分散配置できることも強みです。

一方、両市と県を統合する行政組織はなく、三者連携は制度設計の初期段階です。経済・専門サービスの絶対量、水資源、技術人材にも制約があります。

福岡・北九州は、東京を全面代替する副首都というより、東京・大阪がともに使用困難な場合に機能する西日本第二の行政・経済バックアップ圏です。

地理的独立性は高いものの、現時点で首都中枢機能の全部または大部分を受け入れる準備は完成していません。


7 札幌・道央は、東京都のどこまでを代替できるのか

7-1 北海道全域ではなく、札幌連携中枢都市圏が実働範囲です

札幌市には、近隣11市町村と形成する「さっぽろ連携中枢都市圏」があります。

札幌市、小樽市、岩見沢市、江別市、千歳市、恵庭市、北広島市、石狩市、当別町、新篠津村、南幌町、長沼町の12市町村で構成され、圏域経済、高次都市機能、生活サービスについて連携しています。

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第2期 さっぽろ連携中枢都市圏ビジョン さっぽろ連携中枢都市圏ビジョン(引用元:札幌市)

この範囲は、札幌への通勤・通学関係などを基礎に設定されており、北海道全域を一つの副首都圏とみなすより現実的です。

新千歳空港は圏域内にあります。石狩湾新港と小樽港も利用できます。

一方、北海道の主要物流・工業港である苫小牧市は、さっぽろ連携中枢都市圏に含まれていません。

したがって、実際の札幌副首都は、

札幌連携中枢都市圏を行政・住宅・医療中核とし、苫小牧を物流・工業支援拠点として別制度で接続する構造

になります。

7-2 道と札幌市の検討は、まだ情報交換段階です

2026年3月の札幌市長会見では、札幌市長は北海道が首都圏から離れ、バックアップ候補として適する可能性を認めました。

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令和7年度第19回定例市長記者会見記録(引用元:札幌市)

一方、近隣自治体との副首都協議はまだ行っておらず、札幌市単独で考えること、広域で考えること、北海道全体で考えることを分ける必要があると説明しています。

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令和7年度第19回定例市長記者会見記録(引用元:札幌市)

北海道知事も2026年5月、既存の北海道・札幌市行政懇談会を活用し、4月末に道と札幌市の部長級で意見交換を行った段階だと説明しています。

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知事定例記者会見(令和8年5月22日)(引用元:北海道)

つまり、札幌には既存の連携中枢都市圏がありますが、その制度を副首都運営に転用する計画はまだありません。

北海道、札幌市、周辺市町村、苫小牧市が、共同予算、職員、指揮本部を持つ状態でもありません。

一つの道の中にあるため、府県境を越える関西や中京より法制度上は単純です。しかし、道と政令市の権限分担と、苫小牧など圏域外拠点との連携は未整理です。

7-3 札幌市は地域中枢として大きいものの、東京代替には規模が足りません

札幌市の2023年度市内総生産は約7.96兆円です。

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令和5年度札幌市民経済計算 結果の概要(引用元:札幌市)

卸売・小売業が16.9%、専門・科学技術・業務支援サービスが13.8%、不動産業が13.5%を占める一方、製造業は3.3%です。第三次産業は87.2%に達します。

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令和5年度札幌市民経済計算 結果の概要(引用元:札幌市)

札幌は行政、商業、金融、情報、大学、医療が集中する北海道の中枢であり、地域行政を運営する能力はあります。

しかし、東京の全国企業本社、外交、金融市場、全国報道、法律・会計、製造業、物流をまとめて代替するには、経済と専門人材の絶対量が小さ過ぎます。

北海道全体の2022年度道内総生産は約20.9兆円ですが、北海道全域のGDPを札幌副首都の日常能力として計上することはできません。また、北海道の製造業比率は8.7%で、食品の割合が高く、機械、電気、化学などの厚みは東京、関西、中京を下回ります。

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北海道データブック2025_経済(引用元:北海道)

北海道の強みは、東京をそのまま複製することではありません。

食料、再生可能エネルギー、データセンター、広大な用地、首都圏との同時被災可能性の低さなど、他候補と異なる機能を提供できることです。北海道知事も、エネルギー、食料安全保障、データセンターの地理的分散を強みとして挙げています。

7-4 距離の強みは、同時に弱点でもあります

東京、大阪、名古屋、福岡から離れていることは、同時被災を避ける点で有利です。

一方、国家公務員、国会議員、民間企業、設備部品、医薬品、燃料を本州から移動させる時間と輸送能力が問題になります。

新千歳空港や苫小牧港が機能すれば大量輸送が可能ですが、大雪、吹雪、航空欠航、鉄道・道路障害が重なる可能性があります。

北海道の電力エリアは、東京・関西・中部より小さく、本州との連系設備にも上限があります。北海道知事がデータセンター分散を強みとしても、データセンターと中央政府を大規模に追加すれば、発電量だけでなく、送電線、変電所、非常用燃料、保守人材が必要になります。

北海道はエネルギー資源を持つ地域ですが、現在の系統規模のまま巨大な第二首都を即座に受け入れられることを意味しません。

7-5 道内技術職不足は、札幌への集積で解決するとは限りません

北海道議会では、道内市町村の約6割で土木・建築などの専門職不足が既に生じ、約9割が将来的な不足を見込んでいることが報告されています。

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令和7年(2025年)7月1日(火曜日) 第4号(引用元:北海道議会)

建築・土木・測量技術者の有効求人倍率が6倍を超える状況も議会で取り上げられています。

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令和7年(2025年)7月1日(火曜日) 第4号(引用元:北海道議会)

札幌市人事委員会でも、技術職員をはじめとする人材確保を「厳しい状況」と認めています。

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職員の給与に関する報告及び勧告 令和6年9月 (引用元:札幌市人事委員会)

札幌へ国機関、企業、データセンターを集中させれば、札幌の技術者需要は増えます。

その人材を道内各地から吸収すれば、道路、水道、下水道、公共建築を維持する地域自治体がさらに弱くなります。

大阪や名古屋では、近隣自治体から日帰りで技術者を派遣できる場合があります。

北海道では、札幌から道東・道北へ数時間以上かかり、吹雪や道路寸断時には派遣できません。札幌への集約は、北海道全体の実働能力を高めるとは限りません。

7-6 札幌・道央の評価

札幌・道央は、東京との同時被災を避け、国家データ、食料、エネルギー、研究、遠隔指揮機能を保持する地域として非常に重要です。

しかし、経済、企業本社、高度専門サービス、製造業、技術者の絶対量が小さく、道市連携も検討初期です。

札幌・道央は、東京都全体を代替する副首都ではなく、特定国家機能を遠隔分散する戦略拠点として最も適しています。

全面的な中央政府移転より、国家データ、情報通信、食料・エネルギー関係機能、最終バックアップ本部などの選択的配置に現実性があります。


8 中央官僚を移しても、行政の質を維持できるのか

8-1 庁舎の移転だけでは、職員は定着しません

「優秀な官僚は東京から離れたがらない」と一括りにすることはできません。

地方勤務を希望する職員もおり、地域の企業、大学、自治体に近い場所で政策形成を行う利点もあります。

しかし、勤務地だけを移し、国会、他省庁、企業本社、報道、配偶者の勤務、子どもの学校、親の介護が東京に残れば、転勤を望まない職員が増えることは十分に考えられます。

文化庁の京都移転では、職員の住環境、家族の教育・保育、地域手当、本府省業務調整手当などが、移転前から正式な検討事項になりました。

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「新・文化庁の組織体制の整備と本格移転に向けて」のポイント (文化庁移転協議会(H29.7.25))(引用元:文化庁)

テレビ会議を活用した京都・東京の分離組織の試行も行われました。

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文化庁の移転・機能強化に関する経緯(引用元:文化庁)

文化庁は全体の7割、250人程度以上を京都へ移す構想でした。

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文化庁移転の進め方(引用元:文化庁)

それでも東京側組織との連携、住居、家族、ICTを長期間かけて調整しました。

中央省庁の一定規模を移動するだけでも相当数、まして緊急時に全体を移動するなら、数万人規模の国家公務員が関係し、それだけでなく国会議員、秘書、裁判官、警察、報道、企業、関連団体が関係します。

現時点の大阪、愛知・名古屋、福岡・北九州、札幌・北海道の公開構想には、次の内容が十分に示されていません。

  • 省庁別の恒常配置人数

  • 東京・副首都間のローテーション

  • 副首都勤務と昇進の関係

  • 公務員住宅・民間住宅の確保

  • 配偶者の就業支援

  • 学校、保育、介護

  • 国会対応の分担

  • 単身赴任・帰省支援

  • 現地採用と東京採用の比率

  • 発災後の家族安否と参集条件

大阪は平時から国会や省庁業務を関西で行う社会実験を求めていますが、本格的な職員生活・人事制度までは未提示です。

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関西広域連合議会における質問等に対する対応状況について 令和6年10月19日(土)(引用元:関西広域連合)

愛知、福岡、北海道は、構想自体がさらに初期段階です。

8-2 ITで東京との距離を消せる範囲には限界があります

テレビ会議、電子決裁、クラウド、生成AIによって、東京以外でも多くの行政事務を行えます。

しかし、首都機能には、外交機密、警察・防衛情報、金融市場、法令審査、国会答弁、危機対策本部など、高い安全性と即時性が必要な業務があります。

通信が使える平時にはオンラインで処理できても、巨大地震、停電、通信障害、サイバー攻撃が同時に起きた場合は別です。2025年の首都直下地震対策報告も、物理災害だけでなく、社会・経済の複合的な障害を含めて政府BCPの実効性を高める必要性を示しています。

候補自治体が電子申請やスマートシティを進めていることと、中央政府の機密システムを代替できることは同じではありません。

東京都とGovTech東京は、62区市町村のDX、人材共有、共同調達へ進んでいますが、候補圏域では、複数府県市が共通システムと人材共有を行う制度は限定的です。

大阪・関西は関西広域連合を持ちますが、行政システム全体が共通化されているわけではありません。

中京は交通・産業データの共同調査がありますが、包括的な行政共同基盤はありません。

福岡と北九州は別々の都市圏制度です。

札幌連携中枢都市圏も、副首都用の共通行政システムを持つわけではありません。

デジタル化は必要条件ですが、現在の連携状況では、圏域全体を直ちに一つの政府ネットワークとして動かす準備にはなっていません。


9 なぜ広域連携は、書面上だけになりやすいのか

自治体間で「連携します」と宣言することは比較的容易です。

難しいのは、予算、職員、権限、責任を実際に移すことです。

複数自治体が共同で副首都を運営する場合、次の相違を処理しなければなりません。

各自治体の議会、予算、条例、契約規則、職員定数、給与、労使関係、情報システム、施設台帳、災害協定、投資優先順位が異なります。

中心都市が施設整備を急いでも、周辺自治体が負担に同意しなければ進みません。

国の職員や企業が中心部へ集まり、経済効果が中心都市に偏る一方、水、電力、廃棄物、住宅、道路、職員だけを周辺自治体が提供する構造になれば、連携は続きません。

関西広域連合は、他候補より強い制度を持ちながら、設立以来求めてきた国出先機関の移管を実現できていません。これは、法定広域組織であっても、国と構成団体が権限と財源を手放さなければ、包括的な政府にはなれないことを示しています。

東海三県二市の会議、福岡県・福岡市・北九州市の三本の矢、北海道・札幌市の行政懇談会は、関西広域連合よりさらに権限の弱い協議枠組みです。

現状のまま副首都指定を受けた場合、実際には、

中心都市に国の施設を置き、周辺自治体と分野別の協定を多数結び、非常時には各組織の担当者が調整を重ねる

形になる可能性が高いでしょう。

これは一定のバックアップにはなります。

しかし、数時間以内に圏域として統一的な方針を決定し、複数の自治体と関係機関を一体的に動かせる副首都の広域統治体制とは異なります。


10 公務員技術職は、副首都の隠れたボトルネックです

市区町村の土木部門職員数は、1996年から2024年までに約26%減少しています。技術職員が5人以下の市区町村は約半数を占め、技術職員が一人もいない自治体も約25%あります。

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第7回群マネ計画・実施検討会 (2025年6月23日) 配付資料(引用元:国土交通省 インフラメンテナンス情報)

副首都を整備すると、庁舎、通信、鉄道、道路、空港、港湾、データセンター、非常用電源、上下水道、住宅、病院を新設・改修する必要があります。

工事を民間に委託しても、行政側には次の能力が必要です。

設計条件を決める能力、数量と価格を確認する能力、工事変更を判断する能力、品質と安全を検査する能力、災害時に復旧順位を決める能力です。

大阪市では技術職の退職と時間外勤務が労使交渉で問題になっています。

愛知県では土木職の採用予定数割れと高齢化が進んでいます。

福岡県・福岡市は経験者採用や採用対象拡大を進めています。

北海道では多くの市町村が土木・建築専門職不足を訴えています。

つまり、四候補のどこにも、副首都事業へ直ちに投入できる大量の余剰技術職員はいません。

副首都指定は人材不足を解消する制度ではありません。

むしろ、既存の老朽インフラ更新と副首都施設整備が重なり、人材需要を増やします。

また、広域機関へ技術者を集めれば、周辺自治体の現地判断能力が弱くなります。

災害時には、中央の高度専門家だけでなく、地域の道路、管路、ポンプ場、電気設備、施工業者、避難所を知る現地職員が必要です。

副首都中枢だけを強くして周辺自治体を空洞化させれば、圏域全体の受援能力が落ちます。


11 四候補は、東京都をどの程度代替できるのか

11-1大阪・関西

大阪・関西は、政治、行政、司法、経済、大学、港湾、空港、報道、医療を一通り持ち、関西広域連合という法定広域組織もあります。

四候補の中では、東京都の機能を最も広く代替できます。

ただし、中央省庁の恒常移転を前提とせず、関西広域連合にも包括的な指揮権がありません。現状で可能なのは、首都機能の相当部分を非常時に受け入れることであり、平時から東京と対等な第二国家中枢になることではありません。

評価は「相当部分の代替が可能。ただし全面代替は不可能」です。

11-2愛知・名古屋

愛知・名古屋は、製造業、物流、港湾、工業用水、民間技術者の集積で突出しています。

日本の生産と輸出を止めないという意味では、副首都に不可欠な地域です。

一方、中央省庁、司法、金融、法務、会計、全国報道を代替する具体的な計画と集積が不足し、愛知県・名古屋市・周辺県を束ねる広域行政主体もありません。

評価は「産業・物流機能は大きく代替可能。政治・行政中枢の代替は限定的」です。

11-3福岡・北九州

福岡・北九州は、東京・大阪との同時被災を避けやすく、福岡の行政・商業・情報と、北九州の工業・物流を組み合わせられます。

西日本の第二バックアップとして高い価値があります。

一方、三者連携は制度設計初期であり、経済・専門サービスの規模、水資源、広域指揮組織に制約があります。

評価は「遠隔の第二行政・経済拠点として機能可能。東京の全面代替は困難」です。

11-4札幌・道央

札幌・道央は、同時被災回避、食料、エネルギー、データ、広大な用地で独自の価値があります。

一方、経済、企業本社、製造業、高度専門サービス、技術者の絶対量は小さく、道市連携も初期段階です。

評価は「特定国家機能の遠隔バックアップには適するが、首都全体の代替には適さない」です。


12 最終結論―一つの副首都が東京都を丸ごと代替することはできません―

現時点では、どの候補も東京都を全面的に代替できません。

大阪・関西が最も近いものの、東京の半分以下の経済規模、中央省庁・企業本社・金融・情報の差、関西全域を統括できない行政制度、人材不足という制約があります。

愛知・名古屋は産業面で極めて強い一方、国家行政と高度都市サービスの代替能力が不足します。

福岡・北九州は遠隔バックアップとして有力ですが、広域を一つに動かす行政機構がありません。

札幌・道央は最も地理的に独立していますが、国家中枢全体を支える規模がありません。

したがって、副首都の現実的な役割は、東京を完全にコピーすることではありません。

大阪・関西が政治、行政、司法、経済の主要代替を担います。

愛知・名古屋が製造業、物流、産業政策を担います。

福岡・北九州が西日本の第二行政・経済拠点を担います。

札幌・道央がデータ、食料、エネルギー、最終バックアップを担います。

これは単なる役割分担案ではありません。

現在の各候補の経済構造、行政制度、インフラ、人材から見て、一つの地域へ東京の全機能を移すより現実的な国家構造です。

ただし、複数地域へ機能を置くだけでは足りません。

東京が停止したとき、どの機能をどの地域へ切り替えるかを平時から決め、権限、職員、システム、施設を実際に配置しておかなければなりません。

現在の副首都構想に最も不足しているのは、庁舎でも名称でもありません。

誰が権限を引き継ぐのか。

誰が現地で働くのか。

個別調整を最小限にして動けるのか。

その人材とインフラを平時から維持できるのか。

この四点です。

副首都法は、東京一極集中と国家機能停止の危険に対し、新しい制度の入口をつくりました。

しかし、2026年7月時点で、完成した副首都は存在しません。

大阪・関西は最も完成に近い候補です。

愛知・名古屋、福岡・北九州、札幌・道央は、それぞれ東京の異なる機能を代替できる重要地域です。

それでも、一つの候補を指定しただけでは、東京都の代替にはなりません。

副首都が本当に東京都を代替するためには、非常時だけ開く予備施設ではなく、平時から国家行政、企業経営、専門人材、データ、インフラが動いている第二の国家中枢でなければなりません。

現状の候補地が代替できるのは、東京都の「一部」から「相当部分」までです。

東京都の政治、行政、司法、金融、企業本社、情報、専門サービスを含む全体を、現在のまま代替できる地域はありません。


本稿は、公開情報として入手可能な一次資料を引用・参照しながらに、
制度理解の観点から再整理・分析を行ったものです。
記載内容の構成、論点整理および評価は筆者個人の見解であり、特定の組織・機関の公式見解を示すものではありません。


参考文献

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内閣府:首都直下地震の被害想定と対策について (報告書) 〜首都中枢機能を維持し、膨大な人的・物的被害を減らすために、 私たちみんなが「自分ごと」として捉え、共に立ち向かっていく〜 ― 本 文 ― 令和7年12月19日 中央防災会議 防災対策実行会議 首都直下地震対策検討ワーキンググループ
https://www.bousai.go.jp/jishin/syuto/taisaku_wg_02/pdf/r7houkoku3.pdf

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関西広域連合:新たな広域自治・行政のあり方研究会 第2回会議 日時:令和8年2月3日(火)
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関西広域連合:新たな広域自治・行政のあり方研究会 第2回会議 日時:令和8年2月3日(火) 午前10時30分~午後0時00分 場所:滋賀県危機管理センター 災害対策本部室
https://www.kouiki-kansai.jp/material/files/group/3/03kaigiroku.pdf

大阪府:『令和5年度 大阪府民経済計算』 第1編「令和5年度大阪府民経済計算の概要」
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大阪市:令和4年度大阪市民経済計算の概要大阪市計画調整局
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滋賀県:琵琶湖水利用区域内給水人口について(令和5年度末時点)
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国土交通省 観光庁: 宿泊旅行統計調査 (2025年・年間値(確定値))
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大阪市:建設局総務部職員課長以下、市職建設局支部長以下との本交渉 令和7年3月26日 大阪市職員労働組合建設局支部との本交渉(議事録)
https://www.city.osaka.lg.jp/kensetsu/cmsfiles/contents/0000026/26492/20250326anzeneisei.pdf

大阪市:大阪市職員労働組合(市職)都市整備局支部との交渉議事録 日 時 令和8年2月3日(火)午後6時00分~午後6時40分 場 所 本庁舎7階 都市整備局 会議室 出席者 所属 総務課長 総務課長代理 総務課担当係長 支部 支部長 副支部長 書記長
https://www.city.osaka.lg.jp/toshiseibi/cmsfiles/contents/0000203/203084/08koushouroku.pdf

名古屋市:令和8年5月13日 市長定例記者会見
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名古屋市:「圏域における名古屋市」 関連データ等 
https://www.city.nagoya.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/004/601/32sankou1.pdf

名古屋市:名古屋市がめざす大都市制度の基本的な考え方 ~「名古屋市の自立」と「名古屋大都市圏の一体的な発展」をめざして~ 
https://www.city.nagoya.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/028/553/daitoshihonpen.pdf

名古屋市:【変更】東海三県二市知事市長会議の開催について
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名古屋市:令和5年度 名古屋の市民経済計算(令和8年2月27日公表)
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名古屋市:令和7年12月22日 市長定例記者会見
https://www.city.nagoya.jp/mayor/press/1032908/1043827.html

愛知県議会:建設委員会審査状況(令和7年12月11日)
https://www.pref.aichi.jp/site/gikai/iinkai-kensetsu07-12-11.html

北九州市:5.令和8年(2026年)5月13日北九州市長定例記者会見 【発表案件】 (1)小倉城・小倉城庭園来場者数 過去最高 (2)クリーンタウンプロジェクト
https://www.city.kitakyushu.lg.jp/contents/k8400550_00061.html

北九州市:8.令和8年(2026年)6月18日北九州市長定例記者会見 【コメント】 (1)JR西日本とJR九州との災害時の帰宅困難者支援の防災協定 【発表案件】 (2)ケイケン・タカラ プロジェクト (3)クロサキスイッチ
https://www.city.kitakyushu.lg.jp/contents/k8400550_00064.html

福岡市:福北連携の理念
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内閣府:県民経済計算(平成23年度 - 令和4年度)(2008SNA、平成27年基準計数)<47都道府県、16政令指定都市分>経済活動別県内総生産および要素所得(名目)(引用元:内閣府)2022
https://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/kenmin/files/contents/main_2022.html

福岡市:1.令和4(2022)年度 福岡市民経済計算の概要
https://www.city.fukuoka.lg.jp/soki/tokeichosa/shisei/toukei/shiminkeizaikeisan/documents/r04gaiyou.pdf

北九州市:令和4年度市民経済計算の概要
https://www.city.kitakyushu.lg.jp/files/001182481.pdf

北九州市:北九州市新ビジョン検討会議の開催について 資料3(5-3)
https://www.city.kitakyushu.lg.jp/contents/28500268.html

福岡市水道局:みずだよりNO.96令和5年5月15日
https://www.city.fukuoka.lg.jp/mizu/somu/documents/110468/1.pdf

札幌市:第2期 さっぽろ連携中枢都市圏ビジョン さっぽろ連携中枢都市圏ビジョン
https://www.city.sapporo.jp/kikaku/renkeichusu/dai2ki_vision/itiran.html

福岡市水道局:福岡市の水源・浄水場
https://www.city.fukuoka.lg.jp/mizu/mizukanri/0034.html

福岡県議会:第56号 福岡県議会だより 2025年(令和7年)5月発行
https://www.gikai.pref.fukuoka.lg.jp/uploaded/attachment/261.pdf

北九州市:北九州市技術職員人財戦略 【土木・建築・電気・機械・造園・都市工学・農業・林業・農学】 令和8年3月 北九州市 技術監理局
https://www.city.kitakyushu.lg.jp/files/001201350.pdf

福岡市:5月11日市長会見
https://www.city.fukuoka.lg.jp/shisei/mayor/interviews/20260511sichoteireikaiken.html

札幌市:令和7年度第19回定例市長記者会見記録
https://www.pref.hokkaido.lg.jp/ss/tkk/hodo/pressconference/r8/258963.html

北海道:知事定例記者会見(令和8年5月22日)
https://www.pref.hokkaido.lg.jp/ss/tkk/hodo/pressconference/r8/258963.html

札幌市:令和5年度札幌市民経済計算 結果の概要
https://www.city.sapporo.jp/toukei/sna/documents/r5gaiyou.pdf

北海道:北海道データブック2025_経済
https://www.pref.hokkaido.lg.jp/ss/tkk/databook/223729.html

北海道議会:令和7年(2025年)7月1日(火曜日) 第4号
https://www.gikai.pref.hokkaido.lg.jp/fs/1/2/1/5/8/0/2/2/_/Taro-B07-01.pdf

文化庁:「新・文化庁の組織体制の整備と本格移転に向けて」のポイント (文化庁移転協議会(H29.7.25))
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/seisaku/15/03/pdf/shiryo1-1.pdf

文化庁:文化庁移転の進め方
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/kino_kyoka/pdf/r1402092_05.pdf

関西広域連合:関西広域連合議会における質問等に対する対応状況について 令和6年10月19日(土)
https://www.kouiki-kansai.jp/material/files/group/2/20241019-07.pdf

札幌市人事委員会:職員の給与に関する報告及び勧告 令和6年9月
https://www.city.sapporo.jp/jinji-iinkai/kankoku/documents/ikkatsu6_2.pdf

国土交通省 インフラメンテナンス情報:第7回群マネ計画・実施検討会 (2025年6月23日) 配付資料
https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/maintenance/_pdf/gunmane_kentou_keikaku07_06.pdf

国土交通省:国会等の移転ホームページ 第2章 移転先候補地の選定
https://www.mlit.go.jp/kokudokeikaku/iten/information/council/kokkai-toushin/r_004.html

水道広域化は本当に安心なのか|全国18事例で見る広域連携と経営統合の課題

最終更新日:2026/07/20


※本記事は、各省庁・自治体等が公開している一次資料を基に、行政技術職の実務・制度・意思決定構造について整理・分析を行ったレビュー型考察です。


序章

水道広域化という言葉からは、複数の自治体が一つの水道組織となり、水源、浄水場、配水管、水道料金、職員を一体的に管理する姿が想像されやすい。

しかし、国が用いる「広域化」には、事業統合や経営の一体化だけでなく、浄水場など一部施設の共同設置、共同購入、共同委託、システム共同利用、研修、技術支援、情報交換まで含まれる。国自身も、単一の経営主体が経営資源を管理する経営統合は最も強い効果を期待できる一方、それ以外にも多様な方式があると整理している。

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○「水道広域化推進プラン」の策定について (平成31年1月25日) (/総財営第85号/生食発第0125第4号/) (各都道府県知事あて総務省自治財政局長、厚生労働省大臣官房生活衛生・食品安全審議官通知)(引用元:厚生労働省)

したがって、「広域化を実施している」という表現だけでは、資産、人員、財源、契約権限、料金決定権、施設再編権限、最終責任がどこへ移ったのかは分からない。

国土交通省によれば、2024年3月までに全都道府県で水道広域化推進プランが策定された。しかし、内容には都道府県間で大きな差があり、2024年度に行われた都道府県への聞き取りでも、広域化を検討する人材とノウハウの不足、中核都市が参加する利益を見いだしにくいこと、水道料金格差による合意形成の難しさが挙げられている。全国で「プランがある」ことと、全国で実効性のある共同運営が始まったことは同じではない。


1 広域化の実効性は、八つの移転で判定しなければならない

広域化を評価するとき、協議会の設置、協定締結、共同研修の開催だけを数えても、実際の経営能力は分からない。

少なくとも、次の八つについて「自治体ごとに残ったのか、広域組織へ移ったのか」を確認する必要がある。

1-1 資産

浄水場、配水池、ポンプ場、導水管、送水管、配水管、土地、庁舎、監視設備、台帳などの所有権が移ったか。

単に共同利用するだけなのか、広域組織が更新、廃止、売却まで決定できるのかによって、施設再編の実効性は異なる。

1-2 人員

職員が各自治体に在籍したまま会議へ参加するだけなのか、広域組織へ移籍するのか、派遣されるのか、広域組織が独自採用するのか。

また、人数だけでなく、土木、電気、機械、水質、経営、会計、料金、契約、情報システムの専門性が広域組織に常設されるかが重要である。

1-3 財源

共同事業のたびに各自治体が予算を持ち寄るのか、広域組織に恒常的な収入と予算編成権があるのか。

任意負担に依存する連携では、財政状況が悪化した自治体から離脱しやすい。

1-4 契約権限

共同購入や共同委託の仕様書を誰が作成し、誰が入札を執行し、誰が履行を確認し、設計変更や追加費用を決裁するのか。

協議会に契約権限がなければ、実務は代表自治体か各自治体へ戻る。

1-5 料金決定権

料金体系を地域ごとに維持するのか、統一するのか。統一しない場合でも、料金算定を一つの組織が行うのか。

料金差が残ることと、経営主体が分かれていることは同じではない。

1-6 施設再編権限

自己浄水場を残すか、広域用水へ転換するか、配水池を廃止するか、連絡管を整備するかを、圏域全体で決められるのか。

自治体ごとに最終決定する場合、圏域全体としては施設の重複が残ることがある。

1-7 人事配置権限

技術者をどの浄水場、どの地域拠点、どの設計部門へ配置するかを、一つの組織が判断できるのか。

「必要なときに相互支援する」だけでは、平常時の配置そのものは変わらない。

1-8 最終責任

費用が増えたとき、施設廃止に反対が出たとき、自治体間で利益が対立したとき、最終的に決定する主体があるか。

広域化の深さは、参加団体数ではなく、この八つのうち幾つが実際に移ったかで測るべきである。


2 「用水広域・末端分散型」では、水は広域化されても経営判断は分かれたままになる

全国の多くの地域では、ダム、水源、取水施設、大規模浄水場、広域送水管を都道府県、一部事務組合又は企業団が運営し、そこから浄水を受け取った市町村が配水池、ポンプ場、配水管、給水装置、料金、住民窓口を管理している。

本稿では、この形を「用水広域・末端分散型」と呼ぶ。

この方式には明確な合理性がある。単独市町村では整備しにくい大規模水源、高度浄水処理、長距離送水施設を共同で保有し、地域の地形や管網を熟知した市町村が末端給水を担当できるからである。

しかし、用水供給が広域化されても、末端事業者には次の責任が残る。

水源構成の決定、受水量の決定、自己水源の存廃、配水池とポンプ場の更新、管路更新、給水装置管理、料金算定、設計積算、工事発注、職員配置、技術継承、住民説明、議会説明である。

広域用水を受けることで消えるのは、主として原水を浄化する工程の一部である。水道事業の経営責任全体が上流組織へ移るわけではない。

さらに、受水事業者には、受水量の調整、責任分界、広域施設と自己施設の停止調整、受水地点の水質確認、広域用水費と自己施設費の比較など、組織間の境界を管理する仕事が生じる。

したがって、用水広域化は必ずしも市町村職員の仕事を単純に減らさない。「自ら浄水する仕事」が減る一方、「複数組織の条件を調整する仕事」が増える。


3 二重の固定費が生じる仕組み

広域用水施設は、受水量が一時的に減っても、浄水場、送水管、ポンプ設備、電気設備、職員、企業債の費用が直ちに同じ割合で減るわけではない。

一方、受水市町村も、自己浄水場、配水池、ポンプ場、管路、庁舎、監視設備を維持している。

このため、用水広域・末端分散型では、次の二つの固定費が重なる。

一つは、広域用水供給側の水源、浄水、送水に要する固定費である。

もう一つは、市町村側の自己水源、配水、給水に要する固定費である。

自己水源を維持すれば、複数水源を持つことによる柔軟性が得られるが、施設更新費と維持管理費が残る。

自己浄水場を廃止して広域用水へ転換すれば、浄水工程の費用を減らせる可能性があるが、新たな送水管、受水施設、配水池改修が必要になり、広域用水費への依存も高まる。

この判断を市町村ごとに行う場合、各自治体の判断は個別には合理的でも、広域用水供給事業全体では施設能力と固定費の配分が不安定になる。

問題は、自己水源を残すこと自体でも、廃止すること自体でもない。

広域用水施設と市町村施設を同じ資産台帳、同じ需要予測、同じ財政計画で比較し、圏域全体として決定する主体が存在するかどうかである。


4 広域化の進捗を五段階に分けなければ、実態を誤認する

広域化推進プランや検討会資料には、「検討する」「研究する」「意向を確認する」「可能な取組から実施する」といった表現が多い。

これらは必要な準備であるが、共同運営の実績ではない。

第一段階 調査・試算

将来需要、施設統廃合、共同購入、システム共同化などの効果を机上で計算した段階である。

参加団体、契約者、実施年度、負担割合は確定していない。

第二段階 協議・意向確認

自治体間で対象業務、仕様、参加意向、契約時期を話し合っている段階である。

「関心がある」「効果があれば参加したい」という回答は、予算化や参加決定ではない。

第三段階 覚書・基本協定

将来の共同化について基本的な合意を形成した段階である。

ただし、個別事業への参加が年度ごとの任意判断であれば、共同発注量や参加団体は安定しない。

第四段階 予算・契約・施設整備

参加団体、仕様、負担額、契約者、履行監督者が確定し、予算と契約を伴う段階である。

ここで初めて、検討から実施へ移ったと判断できる。

第五段階 恒常運用・責任移転

広域組織が毎年度の予算、人員、契約、施設再編を自ら決定し、自治体が離脱しても直ちに崩れない状態である。

資産、人員、財源、権限が移された責任統合型は、この段階に近い。

全国のプランを比較すると、調査や協議を「広域化の取組」として記載する地域が多い一方、国も、計画内容に差があり、実施を進める人材・ノウハウが不足していると認めている。したがって、計画策定件数や協議会開催数だけを進捗指標にすると、第二段階と第五段階が同じ「広域化」として集計されてしまう。

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第4回 上下水道政策の基本的なあり方検討会【令和7年5月20日】資料2_上下水道の広域連携に関する今後の政策の方向性について(引用元:国土交通省)

5 緩やかな連携は、統合より軽いが、実務上は決して簡単ではない

共同購入、共同システム、共同研修は、企業団への資産移管より小さな取組に見える。

しかし、緩やかな連携では、各自治体の条例、予算、契約、人事、施設、料金体系を残したまま、共同化する部分だけをそろえなければならない。

水道メーターを共同購入するなら、口径、材質、計量方式、遠隔検針への対応、購入数量、交換周期、納入時期、納入場所、検査方法、保管方法を統一する必要がある。

薬品なら、濃度、品質規格、使用量、貯蔵槽容量、納入頻度、緊急補充条件が異なる。

管路台帳なら、座標系、図面精度、属性項目、更新方法、既存データの欠損、個人情報、システム更新年度をそろえなければならない。

料金システムなら、料金体系、検針周期、減免、口座振替、滞納管理、給水停止、下水道使用料との連携まで調整が必要になる。

緩やかな連携は、「責任主体を変えずに、仕様だけを統一する取組」である。

そのため、制度変更は小さくても、現場調整は細かくなる。


6 緩やかな連携が止まる構造的理由

6-1 既に安く調達している自治体がある

共同購入後の平均価格が下がっても、従来から安く調達していた自治体の価格が上がる場合がある。

圏域全体の利益と個別自治体の利益が一致しない。

6-2 契約終了時期がそろわない

システム、リース、保守契約、長期継続契約の終了年度が自治体ごとに異なる。

最も遅い自治体を待てば実施が先送りされ、先行自治体だけで始めれば規模が小さくなる。

6-3 既存投資が障害になる

独自システムや設備を更新した直後の自治体は、残存簿価や解約費を負担してまで共通システムへ移りにくい。

先に合理化した自治体ほど、新しい共同化へ参加しにくい逆説が生じる。

6-4 費用配分で対立する

人口、使用量、施設規模、契約件数、距離、受益のいずれを基準にするかで負担額が変わる。

単純な人口割は小規模自治体に有利とは限らず、使用量割も共同化による固定費を適切に表さないことがある。

6-5 共同化を担う常設組織がない

協議会に専任職員、予算、契約権限がなければ、仕様作成、予算要求、入札、検査は代表自治体又は参加自治体へ戻る。

代表自治体の負担だけが増える場合、継続しにくい。

6-6 人員不足対策を設計する人員が不足している

広域化を必要とするほど職員が減った自治体では、現状分析、データ整理、仕様統一、庁内説明、議会説明を行う職員も不足する。

広域化は、開始前に相当の行政能力を必要とする。

6-7 参加が任意である

案件ごと、年度ごとに参加を決める方式は柔軟だが、契約数量と事務分担が安定しない。

協定があっても、恒常的な共同運営主体にはならない。


7 緩やかな連携は、人材の絶対数を増やさない

複数自治体が合同研修を行っても、新しい技術者が採用されるわけではない。

技術支援協定を結んでも、圏域内の土木職、電気職、機械職、水質職の総数は増えない。

一人の専門職員を複数自治体で活用すれば、支援を受けられる自治体は増える。しかし、その職員が同時に対応できる案件数には限界がある。

また、共同採用や合同説明会を行っても、採用市場に存在する技術者の母集団が増えるわけではない。広域組織と構成自治体が別々に採用を続ければ、圏域内で同じ応募者を取り合う可能性もある。

したがって、「技術者を共有する」という表現だけで人材不足が解消したと判断してはならない。

確認すべきなのは、共有対象となる専門職が何人いるか、通常業務を抱えたまま支援するのか、年間何件対応できるか、代替者がいるか、退職後に誰が引き継ぐかである。


8 用水広域・末端分散型の実態

8-1神奈川県東部圏域―施設と水運用は一体化へ進むが、経営主体は五つのままである―

神奈川県東部圏域では、神奈川県企業庁、横浜市水道局、川崎市上下水道局、横須賀市上下水道局、神奈川県内広域水道企業団の五事業者が、相模川・酒匂川の水源と取水・浄水・送水施設を相互に関連させながら水道事業を運営している。

県営水道、横浜市、川崎市、横須賀市の四水道事業者は、県内年間給水量の約九割を担い、そのうち約半分に相当する水量を神奈川県内広域水道企業団が供給している。企業団は四事業者へ用水を供給する上流組織であるが、四事業者もそれぞれ自己の水利権、浄水場、配水施設を保有している。このため、単純な「企業団が水をつくり、構成団体が配る」という二分構造ではなく、企業団施設と各水道事業者の自己施設が組み合わされた広域水道システムとなっている。

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神奈川県内水道5事業者による連携の取組 ~将来を見据えた水道システムの再構築(引用元:神奈川県 企業局 水道部計画課 )

五事業者は、外部有識者を交えた神奈川県内水道事業検討委員会の検討を引き継ぎ、2010年に「5事業者水道事業連携推進会議」を設置した。2015年には五事業者共同の広域水質管理センターを設置し、水質検査・水質監視の共同化を実際に開始している。したがって、神奈川県東部圏域の連携は、会議と情報共有だけにとどまるものではない。

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神奈川県水道広域化推進プラン 令和5年3月(引用元:政策局政策部土地水資源対策課)

その後、五事業者は、将来の水需要減少、施設老朽化、電力使用量、水質事故への対応を踏まえ、「水道システムの再構築」を進める方針を定めた。中心となるのは、浄水場の統廃合、上流取水の優先的利用、取水・浄水・送水の一体的運用である。

2024年5月に策定された「5事業者の施設整備計画」では、五事業者が保有する対象浄水場を十一浄水場から八浄水場へ再編し、水道事業者側の老朽化した三浄水場を廃止対象とする一方、神奈川県内広域水道企業団の浄水場を増強し、送水管その他の必要施設を整備する計画が具体化された。個々の事業者がそれぞれ既存施設を更新するのではなく、圏域全体の水量と施設能力を見ながら、存続施設、廃止施設、増強施設を組み合わせようとしている。

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神奈川県内水道5事業者による連携の取組 ~将来を見据えた水道システムの再構築(引用元:神奈川県 企業局 水道部計画課 )

さらに、平常時から相模川水系と酒匂川水系を一体的に運用し、取水地点、原水水質、電力使用量、浄水場能力を考慮して、どの施設でどれだけ処理するかを調整する仕組みが検討されている。これは、個別施設の共同利用より一段深く、物理的な水道システムを五事業者全体で最適化しようとする取組である。

ただし、この一体的運用は、五事業者を一つの経営主体へ統合する計画ではない。

まず「水利権・浄水場は各事業者が保有する」と明記されている。

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神奈川県内水道5事業者による連携の取組 ~将来を見据えた水道システムの再構築(引用元:神奈川県 企業局 水道部計画課 )

廃止対象となる浄水場も、増強される企業団浄水場も、その所有者が一つに統一されるわけではない。各事業者の水道料金、企業債、職員、配水池、配水管、給水装置、工事発注、予算、議会による審議も、それぞれの制度に残る。

したがって、五事業者が取水・浄水・送水を一体的に運用するには、経営統合とは異なる組織間調整が必要となる。

ある事業者が保有する水利権を別の事業者の浄水場で利用する場合の整理、廃止施設と増強施設の費用負担、電力費・薬品費の配分、施設停止時の代替運用、更新投資の時期、運用変更によって利益を受ける事業者と負担が増える事業者の調整である。また、上流取水への変更には、水道事業者間の合意だけでなく、河川管理者、農業・漁業その他の利水関係者との調整が必要になる。五事業者の施設整備計画も、河川流量やダム運用への影響を整理し、関係機関との合意形成を図る必要があるとしている。

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5事業者の「施設整備計画」 令和6年5月 (引用元:5事業者水道事業連携推進会議)

神奈川県東部圏域は、単なる用水供給と末端給水の分離を超え、複数事業者が保有する上流施設を一つの水道システムに近い形で運用しようとしている。

一方で、資産、会計、人事、料金決定権を一つの組織へ移してはいない。そのため、物理的・技術的な統合が先行し、法的・財政的な経営主体は分かれたまま残る型と位置付けられる。


8-2 福岡都市圏――広域水源への依存度が構成団体ごとに大きく異なる

福岡地区水道企業団は、福岡都市圏の水源開発、取水、浄水、広域送水を担う水道用水供給事業者である。企業団の公式な構成説明では、六市、七町、一企業団、一事務組合によって構成されている。

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企業団の事業(引用元:福岡地区水道企業団)

企業団は、筑後川水系のダム、那珂川水系、多々良川水系、海水淡水化施設などによって広域水源を確保し、牛頸浄水場や海水淡水化センターなどで処理した水を構成団体へ送っている。構成団体は受水後の配水池、ポンプ場、配水管、給水装置、料金徴収、住民窓口を担う。

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企業団の組織(引用元:福岡地区水道企業団)

企業団は、福岡都市圏内に水需要を満たす大河川がなく、渇水が繰り返されていたことを背景として1973年に設立され、筑後川からの導水による用水供給を1983年に開始した。各市町が個別に広域水源、導水施設、浄水場を整備するのではなく、企業団が上流施設を共同で保有・運営することにより、重複投資を避けることが制度形成の中心にあった。

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福岡地区水道企業団 水道ビジョン2018 福岡都市圏の安心で快適な住民生活と持続的な発展を支える水道2019年1月(引用元:・福岡地区水道企業団)

しかし、企業団が設立された後も、構成団体の自己水源が一律に廃止されたわけではない。

福岡市をはじめ、各構成団体は、河川、地下水、ダム、自己浄水場などをそれぞれ保有している。その規模と企業団受水への依存度は、構成団体によって大きく異なる。

「水道ビジョン2018」では、篠栗町、新宮町、宗像地区、糸島市などについて、2001年から2013年にかけて企業団受水割合が上昇し、自己水源等の割合が低下した経過が示されている。例えば、同資料に掲載された2013年の値では、企業団受水割合は福岡市が3割程度、篠栗町で五割程度、太宰府市は七割を超えていた。これは過去の特定年度の値であり、現在の受水割合そのものではないが、同じ企業団の構成団体であっても、自己水源と企業団受水の組合せが均一でないことを示している。

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福岡地区水道企業団 水道ビジョン2018 福岡都市圏の安心で快適な住民生活と持続的な発展を支える水道 2019年1月 (引用元:福岡地区水道企業団)

2022年の企業団議会では、井戸などの小規模水源について、枯渇や取水量低下により廃止・縮小された例があることが答弁されている。一方、企業団側は、各構成団体が将来の水需要、渇水・事故のリスク、経済性を踏まえ、企業団受水を含めて必要な水源を確保するものとの立場を示した。企業団の使命は、構成団体と取り決めた協定水量を安定的に供給することであり、個々の自己水源を残すか廃止するかは、原則として各構成団体の判断に残されている。

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令 和 4 年 第 2 回 福岡地区水道企業団議会会議録 (定 例 会)令和4 年 8月19日(開会) 8月22日(閉会)(引用元:福岡地区水道企業団)

この制度では、構成団体が自己水源を縮小すれば、自己浄水場の運転費や更新費を減らせる可能性がある。一方、企業団受水の比率を高めても、自己水源、配水池、ポンプ場などを直ちに廃止できなければ、企業団への支払と自己施設の固定費が一定期間重なる。

反対に、構成団体が自己水源を優先し、企業団からの実受水量を減らしても、企業団が保有するダム関連施設、導水施設、牛頸浄水場、海水淡水化施設、送水管の費用が同じ割合で減少するわけではない。

この固定費を回収する仕組みとして、福岡地区水道企業団は、基本料金と使用料金からなる二部料金制を採用している。

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令和6年度 第1回料金審議会 用水供給事業体の料金単価(引用元:静岡県大井川広域水道企業団)

令和四年度の統計年報では、基本料金は基本水量一立方メートル当たり一五七円、使用料金は実使用水量一立方メートル当たり一〇円とされている。基本水量は、構成団体ごとの一日最大供給水量の六七・五%に当該月の日数を乗じて算定する年間責任水量制である。したがって、実際の使用水量が減った場合でも、基本水量に基づく負担は残る。

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令和4年 度版 福岡地区水道企業団 水道用水供給事業統計年報 (引用元:福岡地区水道企業団)

これは単なる不使用水量への課金ではない。

企業団は、実際の受水量にかかわらず、構成団体へ協定水量を供給できるよう、水源、導水、浄水、送水の能力を維持しなければならない。その資本費や固定的な維持管理費を、実使用水量だけで回収すると、受水量が減少した年度に料金収入が大きく変動し、施設維持が不安定になるためである。

一方で、基本料金の比重が大きい制度では、構成団体が節水や自己水源の利用によって受水量を減らしても、短期的な受水費削減効果は限定される。構成団体側から見れば、広域水源を確保する費用と、自己施設を維持する費用を同時に管理しなければならない。

福岡都市圏は、広域用水の必要性が非常に強い地域であるが、それでも企業団が各構成団体の自己水源、浄水場、配水施設を一元的に決定する制度にはなっていない。

したがって、この圏域は、広域水源と用水供給施設を企業団が強く集約する一方、自己水源の存廃、末端施設、料金、人員、投資判断は構成団体に分かれている型である。


8-3阪神水道企業団型―強い用水供給と、分散した末端経営―

阪神水道企業団は、神戸市、尼崎市、西宮市、芦屋市、宝塚市、明石市を構成市とし、淀川水系を水源とする大規模な浄水・送水施設を共同で運営する水道用水供給組織である。

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経営戦略2024(引用元: 阪神水道企業団)

2025年度には明石市への新規供給も開始され、既存施設を活用しながら供給区域を拡大している。一方、企業団が担当するのは主として水源、浄水、構成市の受水地点までの送水であり、受水地点より下流の配水施設、管路、給水装置、料金、住民対応、職員配置は、原則として各構成市の水道事業に残っている。

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経営戦略2024(引用元: 阪神水道企業団)

企業団は、構成市の需要量調査を踏まえ、2027年度に施設規模を適正化し、猪名川浄水場の一系統相当を停止する計画を進めている。管路やポンプ設備についても更新時期に合わせて規模を縮小し、2024年度から2035年度までの十二年間で施設整備費などを約130億円抑制すると見込んでいる。これは、上流施設については、構成市全体の需要を集約して施設能力を調整できることを示している。

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経営戦略2024(引用元: 阪神水道企業団)

ただし、企業団の費用は、実際の給水量に応じる変動費だけでなく、職員給与費、施設管理費、建設改良費など、給水量が減っても直ちには減少しない固定費を含む分賦金によって構成市が負担する。固定費は構成市から要請された分賦基本水量を基礎として配分されるため、ある市が自己水源を拡大して受水量を減らしても、その減少分に比例して企業団全体の施設費や更新費が直ちに減るわけではない。施設規模の適正化と費用負担の見直しを、構成市間で調整しなければならない構造である。

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経営戦略2024(引用元: 阪神水道企業団)

構成市側の水源構成と施設再編方針も一様ではない。神戸市は上ヶ原浄水場を再整備して自己水源を活用し、阪神水道企業団からの受水量を減らす方針を持つ。

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神戸水道経営戦略2024年5月(引用元:神戸市水道局)

尼崎市、西宮市、芦屋市、宝塚市は、それぞれ自己浄水場又は自己水源と阪神水道企業団、兵庫県営水道などを異なる割合で組み合わせている。

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西宮市水道事業 投資・財政計画 平成28(2016)年度〜 令和10(2028)年度 令和7年度 見直し 令和7年12月(引用元:西宮市上下水道局)
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あますいビジョン2029 あますい実施計画 <後期> (2025年度~2029年度)令和7年3月 (引用元:尼崎市公営企業局)

明石市は、阪神水道企業団からの新規受水と県営水道の増量によって明石川河川水を廃止し、市内浄水施設と送配水系統を再編する計画を進めている。

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明石市水道事業経営戦略令和8年3月 (引用元:明石市上下水道事業経営審議会)

このため、企業団は上流側の浄水・送水施設について、需要予測、施設更新、ダウンサイジングを広域的に判断できるが、各市の自己水源を残すか廃止するか、受水量をどこまで変更するか、末端施設をどう更新するか、技術職をどこへ配置するか、料金をどう設定するかまでは単独で決定できない。各市の判断はそれぞれの施設状態や財政から見れば合理性を持つ一方、その結果は企業団の施設能力、固定費、分賦金配分にも影響する。

阪神水道企業団型の特徴は、広域組織の規模や技術力が不足していることではない。水源、浄水、送水は強く広域化されている一方、自己水源、末端施設、料金、人員、財政の最終判断は六市に分かれていることである。

現行制度は、企業団施設と六市の自己施設を一つの資産・財政・人事計画に載せ、圏域全体として存廃や更新順位を最終決定する経営統合にはなっていない。

したがって、この圏域は、強い上流広域化が成立していても、水道事業全体の責任まで一体化されたとは限らないことを示している。


8-4北千葉地域―基本水量による固定費負担が明確な用水供給型―

北千葉広域水道企業団は、千葉県、松戸市、野田市、柏市、流山市、我孫子市、習志野市、八千代市の一県七市によって構成される水道用水供給事業者である。

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北千葉広域水道企業団広報誌平成25年3月1日 第6号(引用元:北千葉広域水道企業団)

企業団は、利根川水系江戸川を主な取水先とし、北千葉浄水場で浄水した水を千葉県営水道と七市の水道事業へ供給する。家庭や事業所への最終的な給水は、千葉県営水道又は各市水道が行う。企業団が直接、一般利用者の水道料金を徴収して末端給水を行う仕組みではない。

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令 和 6 年 度 水道用水供給事業年報(引用元:北千葉広域水道企業団)

北千葉地域の特徴は、末端給水事業者の一つとして千葉県営水道が含まれていることである。

したがって、制度上は、北千葉広域水道企業団が広域用水をつくり、千葉県営水道又は各市水道が受水し、県営水道又は市営水道の利用者へ給水する構造になる。県営水道自体が複数市域にまたがる広域的な末端事業であるため、単独市だけで構成される用水供給地域より、受水者の規模と性格に差がある。

構成団体ごとの負担規模も均一ではない。

令和六年度年報では、年間基本水量の合計約一億八二四四万立方メートルに対し、千葉県分は約七七八五万立方メートルで、全体の約四三%を占める。残りを七市がそれぞれ負担している。県営水道という大口受水者と、市営水道が同じ企業団の中に存在する、非対称な構成である。

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令 和 6 年 度 水道用水供給事業年報(引用元:北千葉広域水道企業団)

北千葉広域水道企業団の用水供給料金は、基本料金と使用料金からなる二部料金制である。

令和六年度の基本料金単価は一立方メートル当たり五三円、使用料金単価は実使用水量一立方メートル当たり一〇円である。基本料金は、構成団体ごとに定められた基本水量を基礎として算定され、使用料金は実際の使用水量に応じて算定される。

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令 和 6 年 度 水道用水供給事業年報(引用元:北千葉広域水道企業団)

令和六年度の給水収益では、基本料金が全体の約八五%、使用料金が約一五%を占めている。

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令 和 6 年 度 水道用水供給事業年報(引用元:北千葉広域水道企業団)

したがって、企業団の料金収入は、実際に使用された水量に応じる部分より、構成団体別に設定された基本水量に基づく部分の方がはるかに大きい。これは、企業団が確保している水源、北千葉浄水場、取水・導水施設、送水管、調整池などの固定費を、安定的に構成団体へ配分する仕組みである。

この方式では、ある構成団体の実使用水量が減少しても、基本水量が変更されない限り、基本料金負担は同じ割合では減少しない。

一方、基本水量を大幅に減らせば、その分の固定費を他の構成団体へ配分するのか、企業団施設を縮小するのか、料金単価を改定するのかという問題が生じる。用水供給事業者にとっては、個別年度の実使用量ではなく、構成団体へいつでも供給できる能力を維持する費用が大きいからである。

北千葉広域水道企業団は、設立以来、水源開発と施設建設を進め、創設事業完了後は事業の重点を建設から維持管理へ移してきた。しかし、創設期に整備した浄水施設、導水管、送水管の老朽化が進んだため、2026年3月に公表した「北千葉広域水道ビジョン」では、今後の事業の基軸を「維持管理」から「再構築」へ転換するとしている。

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水道事業ビジョン(引用元:北千葉広域水道企業団)

新しいビジョンでは、取水・浄水場などの基幹施設の再整備を検討し、地域の水需要に応じて、安全で効率的な施設を計画的に整備する方向が示されている。これは、既存施設をそのまま同規模で更新するのではなく、将来需要、施設稼働率、更新中の運用を踏まえて、施設能力と構成を再検討する段階に入ったことを意味する。

ただし、企業団の再構築計画が直接対象とするのは、企業団が保有する水源、取水、浄水、導水、送水施設である。

千葉県営水道及び七市が保有する自己水源、浄水場、受水施設、配水池、ポンプ場、配水管、料金制度、人員配置は、それぞれの事業体が管理する。企業団が北千葉浄水場や送水管を再構築しても、各受水事業者の末端施設が自動的に同じ資産台帳や更新計画へ移るわけではない。

そのため、企業団施設の能力を適正化するには、企業団側の将来需要予測だけでなく、千葉県営水道及び各市が、今後どれだけ企業団水を受け、自己水源をどの程度維持するかを継続的に確認しなければならない。

ある市が自己水源を縮小して企業団受水を増やす場合には、企業団の送水能力と受水施設を確認する必要がある。反対に、地下水その他の自己水源を維持して受水量を減らす場合には、企業団の基本水量、固定費回収、施設規模との整合を取る必要がある。

北千葉地域は、用水供給事業と末端水道事業が法的・財政的に分かれ、基本水量によって広域施設の固定費を構成団体へ配分する構造が、料金資料上も明確に確認できる型である。

企業団は今後、自らの施設を「再構築」する段階へ進むが、圏域全体の最適化を実現するには、企業団施設の更新計画だけでなく、県営・市営水道の自己水源、末端施設、受水量、更新時期を相互に接続する必要がある。

経営主体が分かれたままでは、企業団は構成団体の自己施設を直接廃止できず、構成団体も企業団の固定費を単独で変更できない。この境界を、基本水量の見直し、需要予測の共有、施設能力の協議によってどこまで調整できるかが、北千葉地域の実効性を左右する。


8-5愛知県型―広域用水網を基礎に、施設・管理・経営の統合を段階的に検討する―

愛知県では、県企業庁の水道用水供給事業が、名古屋市周辺の一部や三河山間地域などを除く県内の広い範囲に用水を供給している。

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愛知県水道広域化推進プラン 2023年3月(引用元:愛知県)

一方、受水後の配水、給水装置、料金、施設更新、人事は市町村等の水道事業者に残っている。県の水道広域化推進プランは、県内の水道事業者を尾張、西三河、東三河、知多の地域などに区分し、県営用水と市町村水道を含めた施設共同化、管理の一体化、経営の一体化を検討対象とした。

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愛知県水道広域化推進プラン 2023年3月(引用元:愛知県)
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愛知県水道広域化推進プラン 2023年3月(引用元:愛知県)

したがって愛知県型は、既存の広域用水組織を持ちながら、末端事業までをどの範囲で一体化するかが次の課題となる型である。

県の試算では、2021年度から2072年度までの52年間に、浄水場などの施設共同化によって約322億円、料金関係業務、浄水施設維持管理、会計システムなどの管理一体化によって年間約8億6千万円の削減効果が見込まれた。また、事務部門を930人から837人へ見直し、93人を他の必要業務へ活用できる可能性も示された。ただし、これは県が共通条件を置いて行った概算であり、実際の統合計画や職員削減を決定したものではない。県自身も、広域化の方式や参加団体によって効果は大きく変わり、個別具体の検討が必要であると明記している。

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愛知県水道広域化推進プラン 2023年3月(引用元:愛知県)
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愛知県水道広域化推進プラン 2023年3月(引用元:愛知県)
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愛知県水道広域化推進プラン 2023年3月(引用元:愛知県)

特に施設統廃合の組合せは、各地域ですでに合意された計画ではなく、県が試算のために設定したものである。自己浄水場から県営水道へ転換すれば、市町村側の更新費や運転費は減る可能性があるが、県営水道への受水費は増える。

このため、県の試算も、廃止施設の費用だけでなく、受水量増加に伴う費用を含めている。さらに、連絡管、ポンプ場、受水施設、残存施設の縮小、統合後の運転体制、民間業者の委託費用高騰の長期的な考慮まで具体化しなければ、52年間の試算を実施計画へ移すことはできない。

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愛知県水道広域化推進プラン 2023年3月(引用元:愛知県)

人員についても、試算上の93人は主として重複する事務部門の集約効果であり、土木、電気、機械、水質などの技術職を一律に削減する想定ではない。県のプランは、施設更新量の増加や緊急対応力の確保を考慮し、技術職を単純な削減対象から外している。これは、経営統合によって総務、会計、料金などを集約できても、現場施設を維持し、設計、工事監督、運転、水質を判断する技術職は引き続き必要であることを示している。

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愛知県水道広域化推進プラン 2023年3月(引用元:愛知県)

その後、愛知県では、単なる試算から一歩進み、西三河地域で県と十市町による「矢作川流域上下水道広域連携協議会」を設立し、施設共同化、管理の一体化、経営の一体化と新組織のあり方を検討している。

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矢作川流域 上下水道一本化 基本方針2025年12月 (引用元:矢作川流域 上下水道広域連携協議会)

2026年1月には東三河地域でも準備会を設置した。ただし、県議会や知事会見でも、組織形態、設立時期、資産の扱い、委任する業務は今後決める事項とされている。現時点では、県内全域の経営主体が統合された段階ではなく、地域ごとに具体的な受け皿組織を設計している段階である。

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豊川流域 上下水道広域連携協議会(仮称)準備会規約(引用元:愛知県建設局上下水道課・愛知県企業庁水道計画課)

愛知県型の特徴は、県営用水という既存の広域基盤がある一方、市町村の自己水源、料金、資産、人員が分かれていることである。施設統廃合の計算上の効果は示されているが、それを実現するには、受水費が増える自治体、自己水源を失う自治体、施設投資の利益を受ける自治体の間で、資産、人員、料金、財源を引き受ける新たな経営主体を具体化する必要がある。


9 緩やかな連携・限定共同化の実態

9-1神奈川県―共同購入の規模を大きくしても、従来価格を下回らなかった―

神奈川県の県央部・県西部圏域では、水道メーターの共同購入を検討した。

2024年の調査では、共同購入を前提に取得した見積額が、各水道事業者の従来の実績額より高かった。共同購入を希望したのは四事業者で、十三事業者は判断できる状況にないと回答し、一事業者は参加意向がなかった。各事業者で入札・契約時期も異なっていた。

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水道事業の基盤強化に向けた取組 (広域連携等の取組を中心に)(引用元: 神奈川県政策局政策部土地水資源対策課水政室 神奈川県健康医療局生活衛生部生活衛生課)
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水道事業の基盤強化に向けた取組 (広域連携等の取組を中心に)(引用元: 神奈川県政策局政策部土地水資源対策課水政室 神奈川県健康医療局生活衛生部生活衛生課)

その後、意向や地理条件を考慮して参加候補をグループ化し、より具体的な条件で見積りを取ったが、結果は同様だった。県は、契約時期をそろえる調整負担がある一方、期待した費用削減効果が得られなかったため、直近での共同購入を見送るとした。

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水道事業の基盤強化に向けた取組 (広域連携等の取組を中心に)(引用元: 神奈川県政策局政策部土地水資源対策課水政室 神奈川県健康医療局生活衛生部生活衛生課)

この事例は、共同購入が失敗したというより、実施前の検証が機能した事例である。

問題になるのは、検討会を開催した事実だけを「広域連携実績」と数え、共同購入が見送られた理由、従来価格との差、調整工数を公表しない場合である。


9-2愛媛県―基本協定があっても、参加団体は年度ごとに変わる―

愛媛県の漏水調査共同委託の検討では、直ちに共同委託するには多くの課題があり、必ずしも費用削減につながらないとの意見が示された。

そこで、まず基本協定を結び、実際に調査が必要となった団体だけが年度ごとに共同発注へ参加する方式が検討された。資料では、ある年度は三市町、翌年度は二市町が参加する例が示されている。

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愛媛県水道広域化推進 プラン検討委員会 第4回部会 令和3年11月29日開催(引用元:愛媛県総務部総務管理局市町振興課 )

この方式には、参加可能な自治体から始められる利点がある。

しかし、協定締結団体数と実際の共同発注団体数は一致しない。契約数量も毎年度変動し、代表自治体の事務負担も安定しない。

したがって、愛媛型では、基本協定の有無だけでなく、年度別の参加団体、契約額、単独発注との差、代表自治体の事務時間を示さなければ、実効性を判断できない。

協定は共同化の入口であって、常設の共同調達機関ではない。


9-3滋賀県―「ゆるやかな広域連携」を、将来の経営統合へどう接続するか―

滋賀県の広域化推進プランは、「ゆるやかな広域連携」を明示的に掲げる。

対象には、会計・積算などのシステム共同化、水道メーターや薬品の共同購入、施設共同利用の調査、人材確保、合同採用広報、共同研修、給水装置工事事業者審査の共同化などが含まれる。

同時に、将来的な全県一水道を目指し、料金を直ちに統一しない「経営の一体化」が望ましいとの方向性も示している。プラン期間中に緩やかな連携を進め、モデル事業を通じて、合意できた地域から経営統合等へ進む構想である。

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滋賀県水道広域化推進プラン 概要版(引用元:滋賀県)

この構想の強みは、緩やかな連携を最終形とせず、標準化と信頼形成の段階として位置付けている点にある。

一方、実効性を確保するには、中間レビューで「協議したか」ではなく、共同契約へ移った件数、削減額、業務時間、共通仕様の採用率、専門職員の配置を測る必要がある。

共同研修や合同広報だけが続き、契約、施設、予算、人事が各自治体に残り続ければ、「将来の統合に向けた準備」という説明が長期間固定化するおそれがある。


9-4山口県―試算上は効果があっても、共同化の強さによって規模が異なる―

山口県の広域化推進プランでは、次亜塩素酸ナトリウムの共同購入、水質検査の共同委託、台帳システム及び会計処理システムの共同化について、一定の費用削減効果が期待できると整理している。

しかし、事務の広域的処理による削減額は、施設共同化や経営統合と比べて小さいとも明記する。施設共同化は効果が大きい反面、適地が限られ、多岐にわたる調整と初期投資を必要とする。経営統合は、人員配置や技術継承の効果を期待できるが、さらに広範な調整を要する。

山口県の整理は、広域化の方式によって、効果と難易度が段階的に異なることを正面から示している。

共同購入は始めやすいが効果は限定的である。

施設共同化は削減効果が大きいが、地理と更新時期に左右される。

経営統合は最も広い範囲を調整できるが、料金、人員、資産、条例まで扱わなければならない。

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山口県水道ビジョン 広域連携シミュレーション編(引用元:山口県)

したがって、小規模な共同化を多数実施したことを、経営統合と同じ効果として扱うことはできない。


9-5静岡県五市―導入日、事業費、削減見込みまで決まった共同化―

掛川市、菊川市、牧之原市、御前崎市、袋井市は、窓口業務と上下水道料金収納管理システムの共同化を進めている。

2025年8月時点の県資料では、準備期間を2026年3月から2027年3月、共同導入予定日を2027年4月1日、概算事業費を15億7千万円とし、単独発注と比較した今後五年間の削減見込みを約1億6千万円としている。

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静岡県水道広域化推進プラン 別冊 令和7年11月版 静岡県(引用元:静岡県)

これは、参加自治体、対象業務、導入時期、費用、削減見込みが明示された第四段階の共同化である。

ただし、システムと窓口を共同化しても、各市の料金決定権、施設計画、人事、工事発注まで統合されるわけではない。

実施後には、当初の削減見込みと実績を比較し、追加改修費、データ移行費、各市に残った業務、制度差を維持するための設定費を検証する必要がある。

検討中の案件と、導入日まで定まった案件は、広域化実績として明確に区別すべきである。


10 共同施設・地域条件型

10-1 鳴門市・北島町―更新時期と施設条件が一致した共同浄水場―

徳島県の鳴門市と北島町は、それぞれの既存浄水施設が老朽化し、更新時期と施設整備上の課題が重なったことから、共同浄水場整備を具体化した。

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鳴門市・北島町共同浄水場整備事業について(引用元:鳴門市)

県プランでは、両団体が別々に更新する場合の工事費を合計約132億円、共同整備を約115億円とし、約17億円の削減を見込む。内訳は鳴門市分約9億円、北島町分約8億円である。

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徳島県水道広域化推進プラン (案) 令和5年 (引用元: 徳島県)

この事例は、施設共同化の条件を明確に示す。

両事業体に更新需要があること、地理的に共同施設から送水できること、必要能力と処理方式を調整できること、費用負担と事業主体が決まることが必要である。

成功した結果だけを見て、他地域でも共同浄水場を簡単に整備できると考えてはならない。

むしろ、更新時期が一致する限られた機会を捉え、施設能力、送水経路、負担割合を具体化できたから実施段階へ進んだ事例である。


10-2 中間市・鞍手町・北九州市―浄水場廃止には代替施設の整備が必要になる―

福岡県の広域化シミュレーションでは、中間市と鞍手町が北九州市から用水供給を受け、中間市西部浄水場と鞍手町中央浄水場を廃止する構想が示されている。

計画水量は一日約1万3千立方メートルとされ、設備更新時期を踏まえて2038年度までに順次供給を開始する想定である。

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福岡県水道広域化推進プラン 令和5年3月 (引用元:福 岡 県)

しかし、浄水場を廃止するには、北九州市側の送水能力、長距離送水管、受水施設、配水池、圧力条件を整えなければならない。

福岡県の資料も、シミュレーションに含まれない受水・配水施設などがあることを示している。

したがって、廃止する浄水場の更新費だけを削減額として示すのは不十分である。

代替する送水施設の建設費、企業債、受水費、既存施設の除却費、移行期間中の重複費を含めて比較しなければならない。


10-3 熊本県―施設を集中させない方が合理的な地域がある―

熊本県では、水道水源のおおむね八割を地下水が占め、良質な小規模水源と施設が広域に点在する。

県プランは、施設を統廃合するために新たな送配水管を整備すると多額の投資を要するため、施設共同設置・共同利用による削減効果を得にくい地域条件を示している。

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熊本県水道広域化推進プラン 令和5年3月 (引用元:熊本県)

また、法適用事業者の約六割に当たる十五事業者で、技術職員を配置していないか、技術職員の平均勤続年数が五年以下という課題も示されている。

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熊本県水道広域化推進プラン 令和5年3月 (引用元:熊本県)

熊本県型では、浄水場を一か所へ集めることより、分散施設を維持するための人材、台帳、設計、点検基準を広域化する方が合理的な場合がある。

これは「広域化しない」という意味ではない。

施設は地域に残し、資産情報、専門職、更新計画、調達、技術支援を広域組織へ集約する多層型が考えられる。

広域化の目的は施設数を減らすことではなく、地域条件に応じて施設を残す判断も含め、継続的に決定できる体制をつくることである。


10-4 長崎県―地理的分断が大きい地域では、施設統合の範囲が限られる―

長崎県は、離島と半島が多く、大規模水源に乏しく、給水区域が地理的に分断されるという条件を持つ。

県プランは、この条件から、経営効率化に大きな効果をもたらす浄水場等の統廃合が限定的になると明記する。そのため、専門人材と技術継承の確保を重視し、事務及び維持管理の共同化を段階的に進める方針を示している。

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長崎県水道広域化推進プラン 令和5年3月 (引用元:長 崎 県)

県プランには、技術職員の高齢化・不足、専門職不足、技術継承困難、離島の調達コスト、施設の広域分散などが列挙されている。

一方、県自身も、ソフト面の効果を最大化するには一部業務だけでなく、経営・業務の一体化を目指す必要があるが、そのハードルは高いと分析している。

長崎型では、本部が人事、財政、設計基準、台帳、共同調達を担い、島・半島ごとの地域拠点が現場管理を担う構造が想定されている。

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長崎県水道広域化推進プラン 令和5年3月 (引用元:長 崎 県)

単一の中央施設へ物理的に集約できない地域ほど、施設所有の統合と、施設配置の集中を区別する必要がある。


11 責任統合型の実態

11-1 大阪広域水道企業団型―用水供給組織が末端事業を段階的に承継する―

大阪広域水道企業団は、大阪府から水道用水供給事業と工業用水道事業を承継して発足した広域組織である。その後、希望する市町村の末端水道事業を段階的に統合し、2017年度以降、四條畷市、太子町、千早赤阪村をはじめとする市町村域水道事業を承継してきた。2025年4月には岸和田市、八尾市、富田林市、柏原市、高石市の五市を統合し、企業団が末端給水を担う地域は十九市町村となった。

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5団体(岸和田市・八尾市・富田林市・柏原市・高石市)との水道事業の統合について(R7.4統合)「統合案(概要版)」についてはこちら (引用元:大阪広域水道企業団)

この型では、統合した地域について、企業団が用水を市町村へ販売するだけではなく、配水池、ポンプ場、配水管、給水装置、料金収納、工事発注などの末端業務も担う。したがって、広域用水費と市町村施設費を別組織間で交渉するのではなく、企業団内部の施設計画と財政計画として比較できる範囲が広がる。市町村境を越えた送配水系統の見直し、施設の共同化、設計・工事部門の集約も、統合前より実施しやすくなる。

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3団体(泉大津市・箕面市・門真市)との水道事業の統合に向けての検討、協議について 統合案(概要版)(引用元:大阪広域水道企業団)

ただし、統合日に旧市町村の制度がすべて統一されるわけではない。2025年に統合した五市でも、当初は市ごとに開設した料金振替口座を使用し、その後、既存の統合地域で使用していた共通口座へ集約している。

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水道料金のお支払いに口座振替をご利用のお客さまへ(引用元:大阪広域水道企業団)

また、企業団は従来、水道事業ごとに異なっていた給水装置工事基準、手数料、検針・請求時期、料金システムを段階的に標準化している。統合とは、市町村ごとの業務をそのまま並べて保有することではなく、統合後に業務手順、システム、材料、設計基準をそろえていく長期的な作業である。

料金についても、企業団への統合と全地域の料金統一は同じではない。統合地域ごとに施設状態、企業債、原価、料金水準が異なるため、企業団が同一の組織として経営していても、地域別の料金改定が行われることがある。企業団が阪南市域などで個別に料金改定を行っていることは、経営主体を一つにすることと、すべての原価差を直ちに均一化することを区別していることを示している。

大阪型は、一度に府内全自治体を統合する方式ではない。統合効果を施設整備計画、経営シミュレーション、事業運営体制から個別に検討し、合意できた自治体から順次承継する。2026年1月には、泉大津市、箕面市、門真市について、2027年4月の統合を目標とする統合案が取りまとめられた。三市の試算では、単独経営と比べた総費用の縮減効果を合計約44億7千万円としているが、この金額には広域化に伴う国交付金の増加も含まれる。

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大阪広域水道企業団と泉大津市・箕面市・門真市との 水道事業の統合に向けての検討、協議 統 合 案(引用元:大阪広域水道企業団)

大阪広域水道企業団型の強みは、既存の用水供給組織を、段階的に末端事業の受け皿へ転換できることにある。一方で、参加しない自治体との境界は残り、統合地域間にも料金、施設、業務基準の差が残る。大阪型は、統合した瞬間に府域一水道が完成する方式ではなく、自治体を順次承継し、統合後に施設、システム、人材、業務を標準化していく方式である。


11-2 奈良県広域水道企業団型―資産、負債、職員、システムを一つの制度へ移す―

奈良県広域水道企業団は、奈良県の水道用水供給事業、県内二十六市町村の水道事業、奈良広域水質検査センター組合の水質検査業務を統合し、2025年4月から事業を開始した。奈良市と葛城市への水道用水供給を行う一方、参加市町村の区域では末端給水も担う。県と市町村が六年以上にわたり協議し、新しい特別地方公共団体を設立して、用水供給と末端水道を同じ経営主体に載せた型である。

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奈良県広域水道企業団の事業運営の基本方針基本計画附属資料(引用元:奈良県広域水道企業団)

基本計画では、構成団体が水道事業活動によって形成した資産、資本、負債を、原則として企業団へ引き継ぐ。水質検査センターの機器も企業団が承継する。一方、水道事業に使用していない土地や施設などは一定の条件で引継ぎ対象から除外される。また、資産台帳の不整合をそのまま企業団へ持ち込まないよう、各団体は統合前に帳簿を整理し、不要資産の除却処理を行うこととされた。

累積欠損金についても、すべてを無条件に共同負担へ移したわけではない。原則として、統合前に利益剰余金、料金改定又は一般会計繰入れによって解消することとし、地理や管路密度などの構造的に不利な条件によるものに限って、一定の例外を設けた。旧簡易水道施設の企業債、地域独自の減免、企業誘致に伴う施設整備費などについても、旧市町村の一般会計負担を残す規則が設けられている。これは、統合前の政策判断や地域固有費用を、直ちに全参加団体へ転嫁しないための制度である。

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奈良県広域水道企業団基本計画 (改定案) 令和5年2月 (令和6年7月改定) (引用元:奈良県広域水道企業団設立準備協議会)

一方、旧市町村が保有していた内部留保資金は、従来の経営努力と将来の管路更新に備えた資金という性格を持つ。このため、引継ぎ資金が一定額を上回る旧事業区域については、統合当初の十年間、その区域内の管路更新などへ優先的に投資できるルールが設けられた。資産と財源を一つの企業団へ移しながら、統合前に蓄積した資金を完全に均等化せず、旧区域への還元を一定期間認める調整方式である。

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第5回 奈良県広域水道企業団設立準備協議会 資料令和4年11月29日(火)(引用元:奈良県広域水道企業団)

業務面では、総務、人事、財務、経理、広報などを本部へ集約し、水道料金、財産、財務会計、人事給与、設計積算、給水工事受付、水質管理などのシステムを統一する計画が組まれた。ただし、住民窓口は統合当初から一斉に廃止せず、旧市町村の窓口を維持し、一定期間後にデジタル化と併せて再編する。企業団は独自の正規職員採用も開始しており、行政職と土木などの技術職を企業団固有の人材として確保する段階へ進んでいる。

奈良型の特徴は、資産、負債、内部留保、一般会計負担を曖昧なまま一つにしたのではなく、統合前の差を明示した上で、共通負担にする部分、旧区域へ還元する部分、旧自治体に残す部分を制度化したことである。統合によって地域差が消えたのではない。地域差を一つの企業団の会計、施設、人事計画の中で調整できるようにした点に実効性がある。


11-3 広島県水道広域連合企業団型―組織統合後に、固有職員と専門部門を形成する―

広島県水道広域連合企業団は、県と参加市町が経営していた水道事業、水道用水供給事業、工業用水道事業を一つの特別地方公共団体へ移し、2023年4月から事業を運営している。用水供給と末端水道を同じ企業団が担い、本部が経営方針、財政、技術管理を扱いながら、各地域には事務所を置く構造である。

2025年4月時点の組織は、本部六課・一センターと十五事務所、職員三百二十一人で構成される。本部には総務、企画、会計、技術管理、業務、工務、水質管理の機能を置き、地域事務所は旧事業体の施設運転、管路、給水、地域対応を担う。経営主体と専門部門を広域化しながら、現場拠点を残す本部・地域事務所型である。

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令和6年度活動報告書(アニュアルレポート)(引用元:広島県水道広域連合企業団)

ただし、企業団設立時点で三百人を超える固有職員が新たに生まれたわけではない。職員の多くは県や構成市町からの派遣であり、企業団は派遣職員の経験によって立ち上げ時の業務を維持してきた。派遣方式は、旧施設の履歴、運転方法、管路事情を継承しやすい反面、派遣元の自治体側から人材を移すことになる。また、派遣期間が終われば、企業団内部に知識が残らないおそれがある。

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広島県水道広域連合企業団 組織運営方針 令和7年11月(引用元: 広島県水道広域連合企業団)

このため企業団は、2026年度から常勤のプロパー職員を採用し、電気、機械、土木、情報通信などの水道技術職を自ら確保する方針を進めている。組織運営方針では、新規採用だけでなく、外部専門人材の活用、派遣職員の転籍など複数の方法によって固有職員を増やし、「水道専門家集団」を構築することを掲げている。企業団議会でも、派遣職員の経験年数、専門人材の確保、プロパー化の進め方が具体的な論点となっている。

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広島県水道広域連合企業団 組織運営方針 令和7年11月(引用元: 広島県水道広域連合企業団

広島型では、施設、財政、職員定数を一つの企業団で扱えるようになった一方、旧事業体ごとの施設、料金原価、更新需要、業務方法は直ちには同一にならない。本部と十五事務所を置くのも、広域化によって地域業務をすべて中央へ移せないためである。統合後の課題は、旧自治体の業務を単に企業団内へ並べるのではなく、専門業務を本部へ集約し、地域事務所との役割分担を再設計することにある。

広島県水道広域連合企業団型の特徴は、資産と経営主体の統合後に、人材の統合を進めていることである。派遣職員だけでは構成団体の人材不足を企業団へ移すだけになり得る。企業団が独自採用、育成、転籍によって固有の専門職を持ち、構成団体に依存しなくても設計、運転、工事監督、施設再編を判断できるようになるかが、統合の実効性を左右する。


11-4 茨城県企業局型―基本協定後に、県企業局への事業・資産・人員移転を進める―

茨城県では、県企業局を統合先として、市町村等の末端水道事業と県営水道用水供給事業の経営一体化を進めている。2025年2月に二十一事業体と基本協定を締結し、2026年2月には七事業体が加わり、参加予定は二十八事業体、給水人口は約百十万人となった。県内給水人口のおおむね四割に当たり、2028年4月ごろの経営統合を目標としている。

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〈水道事業の経営統合〉 7市・企業団と「水道事業の経営の一体化に関する基本協定」を締結しました 令和8年2月5日 (引用元:茨城県政策企画部水政課・企業局)

基本協定では、統合後の事業経営と事業執行を県企業局が担う。ただし、各市町村の水道事業を一つの料金体系へ直ちに統一する方式ではなく、事業ごとに経理を区分し、別料金を維持する。市町村が水道事業に使用している資産、負債、資本は県企業局へ無償で引き継ぎ、職員は県企業局による採用又は市町村からの派遣によって確保する。したがって、茨城型は「一県一料金」を直ちに実現する統合ではなく、経営主体と執行権限を県企業局へ移した上で、会計と料金を地域別に管理する段階的統合である。

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茨城県における水道事業の経営の一体化に関する基本協定締結式 次 第 令和7年2月26日 市町村会館講堂(引用元:茨城県)

施設面では、県営の大規模浄水場を活用し、市町村の小規模浄水場を配水場化又は廃止する計画が中心となる。2021年度に百十八か所あった対象浄水場を、2070年度には五十七か所へ減らす想定であり、県西、鹿行などでは浄水場拡張、送水管新設、管路増径、ポンプ場整備を組み合わせる。すべての地域で施設を集中させるわけではなく、地形的に連絡が困難な地域では既存浄水場を継続利用する方針も示されている。

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〈水道事業の経営統合〉 7市・企業団と「水道事業の経営の一体化に関する基本協定」を締結しました 令和8年2月5日 (引用元:茨城県政策企画部水政課・企業局)

県の改定方針では、施設統廃合、維持管理、国交付金、人員集約などを合わせ、長期的に千七百九十三億円以上の効果を見込んでいる。ただし、この数値は、二十八事業体が計画どおり統合し、長期間にわたって浄水場廃止、管路新設、組織集約を実施することを前提としたシミュレーションである。統合協定を締結した時点で、削減額が実現したわけではない。

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〈水道事業の経営統合〉 7市・企業団と「水道事業の経営の一体化に関する基本協定」を締結しました 令和8年2月5日 (引用元:茨城県政策企画部水政課・企業局)

2026年度からは、浄水場拡張や送水管新設の設計など、施設最適化に向けた具体的事業が始まっている。一方、経営統合までには、料金算定、資産台帳、企業債、職員身分、給与、窓口、検針、収納、給水装置、例規、情報システムなどを調整しなければならない。県企業局が既存の用水供給組織のまま受水量を増やすだけではなく、市町村の末端水道を自ら執行できる組織へ変わる必要がある。

茨城型の特徴は、新しい企業団を設立するのではなく、既存の県企業局を統合主体として利用することである。県企業局には用水供給施設、技術部門、公営企業会計の基盤があるため、新組織を一から設ける負担を抑えられる。一方、県企業局が末端給水、住民窓口、給水装置、地域管路まで扱うには、従来とは異なる業務と人員を引き受けなければならない。

したがって、茨城県の基本協定は統合の完成ではない。料金を別にしたまま、資産、人員、経営権限を県企業局へ移し、施設を数十年かけて再配置するための出発点である。2028年の経営統合後に、県企業局が事業別会計を維持しながら、圏域を越えて施設投資と人材配置を決定できるかが、実効性を判断する中心となる。

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茨城県水道事業広域連携推進方針 (改定版) 令和5年3月策定 令和7年3月改定 令和8年3月改定 (引用元:茨 城 県)

12 全国18事例をまとめると―広域化の方式によって、移る責任と残る責任が異なる

前章までの18事例をまとめると、全国の水道広域化は、一つの制度や組織形態へ移行しているわけではない。

広域用水供給、共同購入、共同委託、共同浄水場、システム共同化、経営の一体化、事業統合まで、内容の異なる取組が、すべて「広域化」という一つの言葉で表されている。

したがって、広域化の実態を評価するときは、「実施しているか、していないか」ではなく、資産、人員、財源、契約権限、料金決定権、施設再編権限、人事配置権限、最終責任のうち、何が広域組織へ移り、何が従来の自治体に残ったのかを確認しなければならない。

国土交通省も、今後の上下水道について、単なる施設統廃合だけでなく、複数自治体による事業運営の一体化と、地域条件に応じた集約型・分散型施設の組合せを進める必要があるとしている。全都道府県で広域化推進プランが策定された一方、料金差、費用負担、中核都市の参加利益、人材・ノウハウ不足などが、実施段階の課題として残っている。

前章までの事例は、大きく四つに整理できる。

12-1 用水広域・末端分散型―上流施設は集約されても、末端責任は自治体ごとに残る

神奈川県東部、福岡都市圏、阪神地域、北千葉地域、愛知県などでは、大規模水源、取水施設、浄水場、広域送水管を県、企業団又は複数事業者が共同で整備し、受水後の配水池、ポンプ場、配水管、給水装置、料金、住民対応を市町村等が担っている。

この方式には明確な合理性がある。

単独自治体では確保しにくい水源や高度浄水処理施設を共同で保有できる。市町村は、地域の地形、管網、給水装置、住民事情を踏まえて末端給水を行うことができる。災害や水質事故に備えて、広域用水と自己水源を組み合わせることも可能になる。

しかし、用水供給が広域化されても、水道事業全体の責任が広域組織へ移るわけではない。

市町村には、自己水源の存廃、受水量の決定、配水池とポンプ場の更新、管路更新、設計、積算、工事発注、料金改定、職員配置、技術継承、住民説明、災害対応、委託監督が残る。

さらに、用水供給組織と市町村の境界を管理する仕事も生じる。

受水量をどこまで確保するのか。自己水源をどの時間帯に使うのか。広域施設の停止時にどの施設で代替するのか。水質異常の責任分界点をどこに置くのか。受水費と自己浄水費をどのように比較するのか。施設更新時期をどこまで合わせるのか。

したがって、広域用水の受水によって「自ら浄水する業務」が減っても、「複数組織の費用、施設、契約、運転条件を調整する業務」が増える。

神奈川県東部では、五事業者が保有する対象浄水場を十一施設から八施設へ再編する計画が進められている。これは、個別事業者の更新ではなく、圏域全体の水量と施設能力を踏まえた具体的な施設再編である。

しかし、水利権、浄水場、料金、職員、配水管、企業債は、引き続き各事業者に分かれている。物理的な水道システムは一体化へ進んでも、法的・財政的な経営主体は五つのままである。

福岡地区水道企業団や北千葉広域水道企業団では、広域施設の固定費を回収するため、実使用水量とは別に基本水量を基礎とする料金制度が設けられている。

福岡地区水道企業団では、基本料金と使用料金からなる二部料金制が採られ、基本水量には一日最大供給水量を基礎とする調整率が用いられている。北千葉広域水道企業団でも、給水収益の大部分を基本料金が占めている。

この方式は、実際の受水量が減っても、水源、浄水場、送水管、電気設備、企業債などの固定費が直ちに減らないことに対応する合理的な制度である。

一方、受水市町村から見れば、節水や自己水源の活用によって実受水量を減らしても、基本料金負担は同じ割合では減らない。そのため、広域用水の負担と、自己浄水場、配水池、ポンプ場などの固定費を同時に管理することになる。

用水広域・末端分散型の問題は、広域用水供給組織の能力が低いことではない。

上流側では、高度な技術、広域水源、大規模施設、危機管理能力を確保できている地域も多い。

問題は、上流施設と市町村施設を、一つの資産台帳、一つの需要予測、一つの人員配置、一つの財政計画に載せ、圏域全体として施設の存廃と更新順位を最終決定する主体が存在しないことである。

各自治体が自己水源を残す判断にも合理性がある。広域用水へ転換する判断にも合理性がある。

しかし、各自治体の判断が個別には合理的であっても、圏域全体では、広域施設と自己施設の固定費が重なり、低稼働施設が残り、職員や委託監督能力が分散することがある。

12-2 緩やかな連携・限定共同化―制度変更は小さくても、実務調整は軽くない

共同購入、共同研修、漏水調査の共同委託、料金システム共同化、台帳システム共同化などは、資産や職員を移管する経営統合より始めやすい取組である。

しかし、責任主体を変えずに共同化するためには、各自治体の制度を残したまま、共同化する部分の仕様だけをそろえなければならない。

水道メーターであれば、口径、材質、計量方式、購入数量、納入時期、検査方法、保管場所を合わせる必要がある。

薬品であれば、品質、濃度、使用量、貯蔵能力、納入頻度、緊急時の補充条件を合わせなければならない。

システムであれば、料金体系、検針周期、減免制度、滞納管理、下水道使用料との連携、個人情報、既存データの形式まで調整する必要がある。

神奈川県の水道メーター共同購入では、共同購入を前提とした見積額が従来の実績額を下回らず、契約時期をそろえる負担もあることから、直近での実施が見送られた。

愛媛県の漏水調査共同委託では、基本協定を締結しても、実際に共同発注へ参加する自治体が年度ごとに変わる方式が検討された。

一方、静岡県の五市による料金収納管理システム等の共同化は、参加団体、導入日、事業費、削減見込みまで具体化しており、検討ではなく実施段階へ進んでいる。

この違いは大きい。

協議会を開いたこと、参加意向を確認したこと、基本協定を締結したことと、予算、契約、履行監督を伴う恒常的な共同運営を始めたことは同じではない。

それこそ、物品購入だけではなく例えば兵庫県まちづくり技術センターは、実際に水道工事の設計・積算・工事監理支援を行っています。令和7年度の水道研究発表資料では、上水道部門設置から前年度までに73件の業務を受託し、水道経験の豊富な土木職、電気職、機械職を中心とする8名体制で支援しているとされています。これは重要な実績です。

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兒山雅治・小林耕輔・田中秀春・福井健太・田村一樹・稲田圭祐・武市久仁彦「兵庫県まちづくり技術センターにおける市町の水道技術支援(Ⅷ)―管路布設替工事(シールド工法)の工事監理業務―」『令和7年度全国会議(水道研究発表会)講演集』公益社団法人日本水道協会、pp.92-93、2025年

しかし、この実績をもって、県内市町の末端給水責任を代替できると見ることはできません。

8名体制で73件の受託実績があるということは、技術支援機能が存在することを示します。一方で、それは県内全域の設計・積算・工事監理・委託監督・住民説明を継続的に代替できる大規模な発注者組織ではないことも示しています。

さらに、同センターの支援は、あくまで市町の発注者責任を前提にした補助です。

支援組織が設計・積算・工事監理を補助しても、最終的に発注条件を決め、成果品を確認し、変更契約を判断し、地元や議会や住民に説明するのは自治体側です。

これらの緩やかな連携は、強い連携へ進む前の標準化や信頼形成として意味がある。

しかし、任意参加の共同事業だけを積み重ねても、各自治体の資産、人員、料金、施設判断、最終責任は移らない。専任職員、恒常財源、契約権限を持つ組織がなければ、仕様書作成、予算要求、入札、検査、設計変更の実務は、代表自治体又は各参加自治体へ戻る。

これらの結果、広域化を必要とするほど人員が不足している自治体が、広域化を実施するための調整事務まで負担するという逆説が生じる。

12-3 共同施設・地域条件型―施設を減らせる地域と、分散施設を残すべき地域がある

鳴門市と北島町の共同浄水場は、両団体の施設更新時期が重なり、地理的に共同施設から送水でき、必要能力、費用負担、事業主体を具体化できたため、実施段階へ進んだ事例である。

一方、中間市、鞍手町、北九州市の水源転換構想が示すように、既存浄水場を廃止するためには、代替する送水管、受水施設、配水池、圧力調整設備を整備しなければならない。

削減される浄水場更新費だけでなく、新たな送水施設、受水費、企業債、除却費、移行期間中の重複費を含めなければ、施設統廃合の効果は判断できない。

また、熊本県のように良質な地下水源と小規模施設が広く点在する地域では、施設を一か所へ集約するための送配水管整備費が大きくなり、施設統廃合による効果を得にくい場合がある。

長崎県の離島、半島地域でも、地理的分断が大きく、浄水場や配水施設を一つの中央施設へ物理的に集約することには限界がある。

したがって、広域化と施設集中を同じものとして扱ってはならない。

施設を地域に残したまま、職員採用、設計基準、積算、資産台帳、水質管理、共同調達、更新計画、災害支援を広域組織へ集める方式もあり得る。

必要なのは、施設数を機械的に減らすことではない。

地域条件を踏まえ、残す施設、廃止する施設、縮小する施設、共同利用する施設を継続的に判断できる組織をつくることである。

12-4 責任統合型―統合すれば地域差が消えるのではなく、地域差を一つの組織内で管理できる

大阪広域水道企業団、奈良県広域水道企業団、広島県水道広域連合企業団、茨城県が検討する経営一体化は、共同購入や用水供給より深い。

これらの型では、末端水道事業の資産、職員、財源、契約、人事、施設更新などを広域組織へ移し、広域組織が水道事業者として直接給水を担う。

しかし、責任統合は、地域差を直ちに消すことではない。

大阪広域水道企業団では、統合した市町村域に水道センターを置き、地域の施設管理や住民対応を行う。統合当初には市町村職員と技術的知識を引き継ぎながら、企業団全体として人員配置や業務を組み直す仕組みが採られている。

一方、統合後は、料金その他の重要事項を最終的に審議する議会が、市町村議会から企業団議会へ移る。このため、企業団議会で各地域の意見がどのように反映されるのか、市町村と企業団の情報共有をどう確保するのかが継続的な課題となる。

奈良県広域水道企業団では、統合団体の資産、資本、負債等を企業団へ引き継ぐ一方、統合前の累積欠損や地域固有の負担をどのように処理するかについて整理が行われた。

茨城県の経営一体化案でも、資産、負債、職員を県企業局へ移す一方、地域ごとの料金や会計を一定期間区分し、既存の資金が他地域へ直ちに流用されない仕組みが検討されている。

これは、統合すれば料金差、施設差、負債差、職員構成の差がなくなるわけではないことを示している。

責任統合型の強みは、地域差を消すことではない。

料金差、施設水準、資産、負債、人員、更新需要が異なる地域を、一つの恒常的な組織の中で管理できることである。

用水広域・末端分散型では、自治体間の利害対立が組織の境界に現れる。

責任統合型では、その対立が一つの組織内部の予算配分、人員配置、施設更新順位、料金制度の問題として現れる。

統合によって対立がなくなるのではない。

対立を継続的に処理する主体が明確になるのである。

12-5 すべての型に共通するのは、人材が自動的には増えないことである

大規模事業体や県、企業団が存在しても、それらが無制限に技術者を供給できるわけではない。

大規模事業体も、自らの退職補充、新規採用、年齢構成の断絶、大規模更新、災害対応、デジタル化、官民連携の監督を抱えている。

自治体間で技術支援協定を結び、一人の専門職員を複数自治体で活用しても、その職員が同時に処理できる設計、積算、工事監督、故障対応の件数には限界がある。

人事交流や派遣を増やしても、圏域全体の技術職員数が増えるわけではない。派遣元の職場が薄くなれば、支援を受ける側の不足を、派遣する側の不足へ移しただけになる。

国土交通省の調査でも、技術職への応募者不足、採用辞退、年齢構成の偏り、短期間の人事異動による専門性蓄積の困難、小規模事業体で一人が多数業務を抱える状況が示されている。

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上下水道における 人材確保・育成に関する今後の方向性(引用元:国土交通省)

したがって、全国18事例を通じて確認できるのは、広域化の方式にかかわらず、技術職員をどこに集め、誰が育成し、誰が設計、積算、工事監理、委託監督、事故対応を担うのかを決めなければ、制度だけを変更しても執行体制は強くならないということである。

13 2030年前後に起きるのは、全国一律の末端統合ではなく、個別最適の積み上げである

全国の広域化推進プランと実施事例を現実的に見ると、2030年前後までに、すべての地域で全面的な末端統合が一斉に進む可能性は高くない。

起きやすいのは、それぞれの地域が、現在の制度を残しながら、差し迫った問題に対応するための個別最適を積み上げることである。

用水供給地域では、基本水量、責任水量、分賦金、受水費の見直しが進む。

水需要が減る一方、広域浄水場、送水管、ダム、水源施設の固定費は直ちに減らない。構成団体は、自己水源をどこまで残すか、広域用水の契約水量をどこまで確保するかを再計算することになる。

自己浄水場を持つ自治体では、全面廃止だけでなく、更新延期、能力縮小、一部系統停止、配水場化、非常用水源化、官民連携による再整備などが選択される。

共同施設型では、複数自治体の施設更新時期が一致した地域から、共同浄水場、連絡管、共同配水池、水質検査共同化が進む。

更新時期が一致しない地域では、先に更新した自治体の残存簿価や、後から参加する自治体の負担をどう扱うかが問題になり、統合時期が後ろへずれる。

緩やかな連携では、料金システム、台帳、窓口、漏水調査、薬品、水道メーターなど、契約時期と仕様を合わせられる分野から共同化が進む。

一部設計業務の支援が増えるかもしれません。

ただし、対象業務が共同化されても、料金決定、施設更新、人事配置、発注・入札、事故時の最終責任は各自治体に残る場合が多い。

責任統合型では、統合後ただちに全地域の料金と施設水準を統一するのではなく、地域別料金、別会計、地域事務所、経過措置を残しながら、数年から十数年をかけて人事、システム、資産台帳、設計基準、契約、施設更新計画をそろえることになる。

したがって、2030年前後に全国で起きやすいのは、強い統合への一方向の移行ではない。

受水費の再調整、自己水源の延命、一部水源の廃止、浄水場の縮小、料金改定、更新投資の平準化、長期包括委託、設計施工一括発注、共同システム化、地域ごとの段階的統合が同時に進む状態である。

国も、地域の実情に応じて、集約型と分散型の施設を組み合わせながら、事業運営の一体化を進める方向を示している。これは、全国一律の施設集中や一県一水道を直ちに求めるというより、地域条件に応じた組織と施設の再設計を求めるものである。

これらは、いずれも広い意味では広域化である。

しかし、末端給水責任の統合とは限らない。

水源だけが広域化される地域もある。

システムと窓口だけが共同化される地域もある。

浄水場だけを共同で整備する地域もある。

資産、人員、契約、料金決定まで広域組織へ移す地域もある。

重要なのは、すべてを同じ「広域化実績」として数えないことである。

2030年前後の水道事業を左右するのは、協議会や協定の数ではない。

各取組によって、誰の業務が減り、誰の業務が増えたのか。どの施設が廃止され、どの固定費が残ったのか。どの職員がどこへ配置され、誰が委託を監督するのか。費用増加や事故発生時に誰が最終判断するのかである。

14 現在の広域化の型で、水道事業を本当に維持できるのか

広域化には効果がある。

しかし、組織をまとめれば、それだけで水道事業が持続可能になるわけではない。

過去の分析では、市町村合併に伴う経営の一体化について、労働生産性には改善効果が確認された一方、資本生産性には統計的に有意な効果が確認されなかった。

この研究は、主として市町村合併に伴う経営一体化を対象としており、制度や規模が多様な企業団をそのまま一括して評価したものではない。そのため、すべての広域組織へ結果を直接当てはめることはできない。

それでも、経営主体をまとめるだけでは、施設資産の効率化が自動的に進まないという指摘は重要である。

従前の給水区域、低稼働施設、余剰能力、長大な管路を残し、従来と同様の更新投資を続ければ、組織統合後も資産負担は残る。資本生産性を改善するには、低利用施設の廃止、能力縮小、施設配置、給水区域、管路構成まで見直す必要がある。

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谷口淳(2026)「水道事業の広域化の効果―『経営の一体化』が水道事業の効率性に与える影響とその評価―」『京都産業大学経済学レビュー』第12号、pp.53-91、京都産業大学通信制大学院経済学研究会

この点から見れば、用水供給だけを広域化し、末端施設の判断を各自治体に残す方式では、施設面の効果はさらに限定される可能性がある。

広域用水施設が規模を縮小しても、市町村側の老朽浄水場、配水池、ポンプ場、取水施設が残れば、圏域全体の施設総量は十分に減らない。

反対に、市町村が自己水源を廃止して広域用水へ転換しても、新たな送水管、受水施設、配水池改修が必要になれば、移行期間中は費用が増えることもある。

自己水源を残すか廃止するかは、単純な善悪ではない。

自己水源を残すことには、災害、水質事故、広域送水停止、渇水時のリスク分散という意味がある。

一方、老朽施設を更新できず、運転管理、電気、機械、水質、設計、工事監督を担う職員も確保できない場合、自己水源の維持そのものが事故や更新遅延のリスクになる。

広域用水へ全面的に依存すれば、自己浄水場の更新負担を減らせる可能性がある。

しかし、受水費、基本料金、責任水量、供給停止時の冗長性、広域施設の更新負担を、住民と議会へ説明しなければならない。

責任水量制についても、広域施設の固定費を安定的に回収する機能がある一方、自己水源を縮小する方向やダム水源への依存を強める方向に働く可能性が指摘されている。

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梶原健嗣(2019)「水道事業の広域化の歩みと水道法2018年改正――これまでの広域化/これからの広域化」『水資源・環境研究』第32巻第2号、pp.57-64

施設統廃合を考える際には、短期的な費用だけでなく、水源構成、渇水、水質事故、災害時の代替性を含めて評価する必要がある。

さらに、現在は技術人材の縮小という制約が重なっています。

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上下水道における 人材確保・育成に関する今後の方向性(引用元:国土交通省)

従来の広域化論では、「広域化すれば安くなるのか」「施設統廃合で費用を削減できるのか」「責任水量制の下で財政的に合理的か」「水源リスクは増えないか」が問われてきました。

しかし、技術人材不足を考えると、それだけでは足りません。

誰が設計するのか。誰が積算するのか。誰が工事を監理するのか。誰が委託を監督するのか。誰が事故時に判断するのか。誰が次世代に技術を継承するのか。

これらを各市が単独で維持できなくなるなら、広域化や共同化は、単なる費用削減策ではなく、執行体制を維持するための選択肢になります。

ここが重要です。

広域化は、必ずしも短期的に黒字を生むとは限りません。共同化しても、すぐに料金が下がるとは限りません。運転管理や料金徴収の共同委託でも、経済的メリットが見いだしにくい場合があります。責任水量制や水源構成を誤れば、財政上は合理的に見えても、水源リスクを偏らせる可能性があります。

それでも、各市単独で技術職員を確保し、育成し、設計、積算、工事監理、委託監督、事故対応を続けられないなら、広域化や共同化は避けて通れません。

これは「安くなるから進める」という話ではありません。

「単独では執行体制が持たないから、進めざるを得ない」という話です。

採用を増やす仕組みではなく、採用が少なくなっても執行体制を維持する仕組みです。

民間委託や官民連携も同じです。

民間委託は、必ずしも安くするための手段ではありません。公側にも民側にも技術者が不足し、人件費、物価、リスク負担、契約管理、災害対応、監督コストが上がるなら、民間委託はむしろ高くなることがあります。それでも委託せざるを得ないのは、公側に人がいなければ、直営でも事業を回せないからです。

しかし、民間事業者へ運転管理、設計、更新、料金徴収を委託しても、水道事業者には、事業条件を決め、仕様書を作り、予定価格を算定し、提案を評価し、契約変更を判断し、履行を監視し、事故時に最終判断を行う能力が必要です。

また、小規模、短期、分割発注では、民間事業者が長期的な人員育成や設備投資を行いにくい、発注も受けにくい。反対に、長期・包括契約へ移行すれば、契約設計、リスク分担、要求水準、モニタリングが複雑になる。額を大きくしても管工事などリスクが大きく利益の小さいものまで委託することは難しい。

そのため、官民連携は「公共側の仕事をなくす制度」ではない。

現場作業の一部を民間へ移す代わりに、公共側の仕事を、直接作業から契約管理、性能監視、更新判断、事故時の指揮へ変える制度です。

また、民間で請け負えないものは公側で対応しなければなりません。

したがって、水道事業を本当に維持するためには

  • 用水供給施設と末端施設を含む施設総量を誰が管理するのか。

  • 自己水源を残すか廃止するかを誰が決めるのか。

  • 技術職員をどこへ配置し、誰が育成するのか。

  • 仕様書、積算、設計変更、工事監理、委託監督を誰が担うのか。

  • 料金と地域間負担を誰が説明するのか。

  • 災害、水質事故、重大故障時に誰が最終判断するのか。

これらを同じ責任体系の中で決められるかが重要である。

経営統合でさえ、施設整理を伴わなければ効果は限定される。

用水供給、共同購入、共同研修だけにとどまり、施設再編、人材配置、委託監督、財源、最終責任が自治体ごとに残り続けるなら、広域化による改善効果も限定される。

広域化の目的は、組織図を大きくすることではない。

限られた施設、人材、財源を、継続的に配分し直せる責任主体をつくることである。

15 広域化を拒む力学―反対者がいるのではなく、誰もリスクを引き受けにくい構造である

水道広域化が進みにくい理由を、特定の自治体、議会、職員組織、住民の反対だけで説明することはできない。

料金、資産、負債、施設水準、水源、職員処遇、議会権限、地域窓口、災害対応、委託契約が絡み合い、関係者がそれぞれ合理的にリスクを避けることで、結果として責任統合が進みにくくなっている。

  • 各市は、自市の料金と施設判断を失うことを警戒します。

  • 議会は、市民負担と意思決定権の低下を警戒します。

  • 住民は、料金上昇、自己水源廃止、災害時対応力の低下を警戒します。

  • 職員組織は、人材流出、技術継承の断絶、公共側の監督能力低下を警戒します。

  • 県は調整できますが、各市の料金、人事、資産を一方的に統合する主体ではありません。

  • 既存企業団は、現在の用水供給責任に縛られ、末端給水統合まで直ちに担えるとは限りません。

  • 民間事業者も、小規模、短期、分割発注では、公側の課題を丸ごと吸収できません。

この一つ一つは、単なるわがままではない。

  • 自治体は自治権と住民説明責任を守ろうとしている。

  • 議会は料金と地域負担の審議権を守ろうとしている。

  • 住民は地域の水源、料金、窓口、災害対応を守ろうとしている。

  • 職員組織は技術継承と公共側の判断能力を守ろうとしている。

  • 企業団は、現在引き受けている用水供給責任を確実に果たそうとしている。

  • 県は、自治体間の合意形成を壊さない範囲で調整しようとしている。

  • 民間事業者は、採算性、契約期間、リスク、人員配置を確認している。

その結果、誰も明確に間違っていないにもかかわらず、誰も料金差、資産差、負債差、人事、施設廃止という重い問題を正面から引き受けにくい構造が生まれる。

大阪広域水道企業団との統合をめぐる資料や議会議事録でも、企業団議会で市の意見が十分に反映されるのか、統合後の情報共有をどのように行うのか、地域事情を理解した職員や窓口を維持できるのかといった論点が示されている。

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大阪広域水道企業団議会「議員定数」に関するアンケート調査集計表(引用元:大阪広域水道企業団)
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「箕面市の水道事業の現状と課題及び大阪広域水道企業団との統合検討状況について」パブリックコメントに寄せられた意見に対する市の考え方(引用元:箕面市)
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大阪広域水道企業団と四條畷市・太子町・千早赤阪村との 水道事業の統合に向けての検討、協議について(引用元:大阪広域水道企業団)

奈良県や茨城県でも、統合前の負債、地域別の資金、料金差、施設差をどのように引き継ぐかが制度設計の中心になっている。

これは、広域化への感情的な拒否ではない。

広域化によって誰の権限が減り、誰の負担が増え、事故や費用超過の責任を誰が負うのかが明確でないことへの、制度的な不安である。

しかし、すべての権限と責任を各自治体へ残し続けることにも限界がある。

地方自治は、自治体の組織や看板を残すこと自体を目的とするものではない。

  • 市民生活を継続的に守るための仕組みである。

  • 料金を負担するのは市民である。

  • 老朽管の破損や断水に直面するのも市民である。

  • 災害時に水を必要とするのも市民である。

自治権を守ることが、料金改定、施設更新、人材確保、技術継承の先送りにつながるなら、自治の形式を残しても、市民生活を守る実質的な能力は低下する。

住民窓口、地域事情の把握、給水装置対応、料金相談、災害時の地域調整は、市民に近い場所へ残す必要がある。

一方、技術職員の採用と育成、設計、積算、工事監理、委託監督、資産台帳、施設更新計画、水質管理、災害時技術支援は、各自治体へ薄く分散させたままでは維持しにくくなっている。

この二つを区別する必要がある。

地域に近い方がよい仕事まで中央へ集める必要はない。

しかし、専門性、継続性、一定の業務量が必要な仕事を各自治体へ一人ずつ残しても、実質的な技術判断力は維持できない。

その状態では、直営であっても判断できない公営になる。

委託しても監督できない委託になる。

広域化しても責任の所在が曖昧な連携になる。

だからこそ必要なのは、単なる委託拡大ではない。

  • 責任を集めることである。

  • 人材を集めることである。

  • 判断を集めることである。

  • 委託監督能力を集めることである。

  • 施設更新を同じ資産台帳と需要予測で管理することである。

  • 水源リスクと固定費を圏域全体で見直すことである。

  • 料金と地域間負担を正面から説明することである。

広域化とは、自治を捨てることではない。

地域に残すべき仕事と、広域的に集めなければ維持できない仕事を分け、自治の実質を守るために責任を再配置することである。

全国の水道事業で問われているのは、広域化に賛成か反対かではない。

  • 誰が、どの資産を管理するのか。

  • 誰が、どの職員を配置するのか。

  • 誰が、どの費用とリスクを負担するのか。

そして、事故、費用増加、施設廃止、料金改定が必要になったとき、誰が最終判断するのかである。

結論―広域化の分岐点は、連携件数ではなく、責任を引き受ける組織の有無にあるー

全国18事例を見ると、水道広域化そのものを、安心又は危険と一括して評価することはできない。

用水供給の広域化には、大規模水源、高度浄水処理、長距離送水を共同で確保できる強みがある。

共同購入や共同システムには、仕様の標準化、事務負担軽減、将来の統合に向けた準備という意味がある。

共同施設には、更新時期と地理条件が合う地域で、重複投資を減らせる可能性がある。

経営の一体化には、資産、人員、財源、契約、施設更新を一つの組織で管理できる強みがある。

しかし、いずれの方式も、名称だけでは実効性を判断できない。

  • 共同研修をしても、技術者の総数は増えない。

  • 共同購入をしても、施設更新の責任は移らない。

  • 用水供給を広域化しても、末端管路、料金、住民対応、委託監督は残る。

  • 経営統合をしても、施設整理、料金差、地域別負担、人材配置を扱わなければ、統合効果は限定される。

  • 官民連携を進めても、公共側の監督能力が不要になるわけではない。

したがって、広域化の実効性を測るために必要なのは、協議会の数、協定の数、参加自治体数ではない。

  • 広域組織が独自に職員を採用し、配置できるか。

  • 恒常的な財源と予算編成権を持つか。

  • 自ら仕様書を作り、契約し、履行を監督できるか。

  • 広域施設と末端施設を同じ資産台帳と需要予測で管理できるか。

  • 残す施設、廃止する施設、縮小する施設を決定できるか。

  • 料金差、資産差、負債差を長期的に調整できるか。

  • 地域の意見を意思決定へ反映する議会と説明制度があるか。

  • 事故や費用超過が起きたとき、最終責任を負う主体が明確か。

この条件を備えて初めて、広域化は、連携事業の集合から、持続的な事業運営体制へ変わる。

今後、人口減少、料金収入の減少、施設老朽化、物価上昇、技術職員不足が同時に進むなかで、各自治体がすべての技術、施設、契約、危機管理能力を単独で保持し続けることは難しくなる。

一方、地域条件を無視して施設と権限を一か所へ集めれば、地域対応力、冗長性、住民との距離を失う可能性がある。

必要なのは、全面統合か単独維持かという二者択一ではない。

住民対応と地域拠点は近くに残しながら、採用、育成、設計、積算、工事監理、委託監督、資産管理、施設更新、災害時技術支援を広域的に集める多層的な組織である。

施設も、すべてを集中させるのではなく、地域条件に応じて、集約する施設と分散して残す施設を組み合わせなければならない。

全国の水道広域化は、すでに計画策定の段階を終えつつある。

次に問われるのは、「広域化に取り組んでいる」と説明できるかではない。

  • どの責任を移したのか。

  • どの施設を減らしたのか。

  • どの人材を集めたのか。

  • 誰が委託を監督するのか。

  • 誰が最後に決めるのか。

それを、住民、議会、職員、構成団体に明確に示せるかである。

この問いに答えられない広域化は、責任を統合する仕組みではなく、責任の所在を複雑にする仕組みになり得る。

反対に、地域に残すべき役割を残しながら、資産、人材、財源、判断、最終責任を実質的に集めることができれば、広域化は、単なる費用削減策ではなく、人口減少時代にも水道事業を維持するための執行体制となる。

水道広域化の成否を決めるのは、組織の名称でも、参加団体数でもない。

水を供給し続けるために必要な責任を、誰が引き受けるのかである。


本稿は、公開情報として入手可能な一次資料を引用・参照しながらに、
制度理解の観点から再整理・分析を行ったものです。
記載内容の構成、論点整理および評価は筆者個人の見解であり、特定の組織・機関の公式見解を示すものではありません。


参考文献

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https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc3879&dataType=1&pageNo=1

・国土交通省:第4回 上下水道政策の基本的なあり方検討会【令和7年5月20日】資料2_上下水道の広域連携に関する今後の政策の方向性について
https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/sewerage/content/001890133.pdf

・神奈川県 企業局 水道部計画課 :神奈川県内水道5事業者による連携の取組 ~将来を見据えた水道システムの再構築
https://www.pref.kanagawa.jp/documents/118532/siryou1.pdf

・政策局政策部土地水資源対策課:神奈川県水道広域化推進プラン 令和5年3月
https://www.pref.kanagawa.jp/documents/96724/plan.pdf

・5事業者水道事業連携推進会議:5事業者の「施設整備計画」 令和6年5月
https://www.kwsa.or.jp/news/shisetsuseibikeikaku.pdf

・福岡地区水道企業団:企業団の事業
https://www.f-suiki.or.jp/overview/water-business/

・福岡地区水道企業団:企業団の組織
https://www.f-suiki.or.jp/overview/water-org/

・福岡地区水道企業団:福岡地区水道企業団 水道ビジョン2018 福岡都市圏の安心で快適な住民生活と持続的な発展を支える水道2019年1月
https://www.f-suiki.or.jp/wp-content/uploads/facility_introduction/vision-2018.pdf

福岡地区水道企業団:令 和 4 年 第 2 回 福岡地区水道企業団議会会議録 (定 例 会)令和4 年 8月19日(開会) 8月22日(閉会)
https://www.f-suiki.or.jp/wp-content/uploads/2022/11/0e6dc78d10bc2d8bf4a715ec18d4d061.pdf

福岡地区水道企業団:令和4年 度版 福岡地区水道企業団 水道用水供給事業統計年報
https://www.f-suiki.or.jp/wp-content/uploads/2023/11/tokei04.pdf

静岡県大井川広域水道企業団:令和6年度 第1回料金審議会 用水供給事業体の料金単価
https://www.oigawakoiki.or.jp/pdf/joho_bank/6120.pdf

阪神水道企業団:経営戦略2024
https://hansui.org/hansui-wp/wp-content/uploads/2020/03/%E9%98%AA%E7%A5%9E%E6%B0%B4%E9%81%93%E4%BC%81%E6%A5%AD%E5%9B%A3%E7%B5%8C%E5%96%B6%E6%88%A6%E7%95%A52024.pdf

神戸市水道局:神戸水道経営戦略2024年5月
https://www.city.kobe.lg.jp/documents/69736/20240520kensetsubosai0201.pdf

尼崎市:あますい実施計画 <後期> (2025年度~2029年度)
https://amasui.org/_res/projects/project_amasui/_page_/002/000/793/koukikeikaku.pdf

西宮市:西宮市水道事業 投資・財政計画 平成28(2016)年度〜 令和10(2028)年度 令和7年度 見直し 令和7年12月(引用元:西宮市上下水道局)
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明石市上下水道事業経営審議会;明石市水道事業経営戦略令和8年3月
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北千葉広域水道企業団:北千葉広域水道企業団広報誌平成25年3月1日 第6号
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北千葉広域水道企業団:令 和 6 年 度 水道用水供給事業年報
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北千葉広域水道企業団:水道事業ビジョン
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愛知県:愛知県水道広域化推進プラン 2023年3月
https://www.pref.aichi.jp/uploaded/attachment/451875.pdf

矢作川流域 上下水道広域連携協議会:矢作川流域 上下水道一本化 基本方針2025年12月
https://www.pref.aichi.jp/uploaded/life/647619_2987005_misc.pdf

愛知県建設局上下水道課・愛知県企業庁水道計画課:豊川流域 上下水道広域連携協議会(仮称)準備会規約
https://www.pref.aichi.jp/uploaded/life/652992_3012298_misc.pdf

神奈川県政策局政策部土地水資源対策課水政室 神奈川県健康医療局生活衛生部生活衛生課:水道事業の基盤強化に向けた取組 (広域連携等の取組を中心に)
https://www.pref.kanagawa.jp/documents/118933/siryou2.pdf

愛媛県総務部総務管理局市町振興課 :愛媛県水道広域化推進 プラン検討委員会 第4回部会 令和3年11月29日開催
https://www.pref.ehime.jp/uploaded/attachment/80693.pdf

滋賀県:滋賀県水道広域化推進プラン 概要版
https://www.pref.shiga.lg.jp/file/attachment/5368052.pdf

山口県:山口県水道ビジョン 広域連携シミュレーション編 《概要版》
https://www.pref.yamaguchi.lg.jp/uploaded/attachment/154047.pdf

静岡県:静岡県水道広域化推進プラン 別冊 令和7年11月版 
https://www.pref.shizuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/052/947/2511-02-bessatu.pdf

鳴門市:鳴門市・北島町共同浄水場整備事業について
https://www.city.naruto.lg.jp/docs/2024042504782/

 徳島県:徳島県水道広域化推進プラン (案) 令和5年
https://www.pref.tokushima.lg.jp/file/attachment/833991.pdf

福 岡 県:福岡県水道広域化推進プラン 令和5年3月
https://www.pref.fukuoka.lg.jp/uploaded/attachment/188337.pdf

熊本県:熊本県水道広域化推進プラン 令和5年3月 
https://www.pref.kumamoto.jp/uploaded/life/165546_384966_misc.pdf

長 崎 県:長崎県水道広域化推進プラン 令和5年3月
https://www.pref.nagasaki.jp/uploads/2023/03/1679544926.pdf

大阪広域水道企業団:5団体(岸和田市・八尾市・富田林市・柏原市・高石市)との水道事業の統合について(R7.4統合)「統合案(概要版)」についてはこちら
https://www.wsa-osaka.jp/material/files/group/5/002_tougouann_gaiyoubann.pdf

大阪広域水道企業団:3団体(泉大津市・箕面市・門真市)との水道事業の統合に向けての検討、協議について 統合案(概要版)
https://www.wsa-osaka.jp/material/files/group/5/002_3danntaitougouann_gaiyoubann.pdf

大阪広域水道企業団:水道料金のお支払いに口座振替をご利用のお客さまへ
https://www.wsa-osaka.jp/soshiki/suito_kanri/8497.html

奈良県広域水道企業団:奈良県広域水道企業団の事業運営の基本方針基本計画附属資料
https://www.union.nara-water.lg.jp/cmsfiles/contents/0000000/97/huzoku.pdf

奈良県広域水道企業団設立準備協議会:奈良県広域水道企業団基本計画 (改定案) 令和5年2月 (令和6年7月改定)
https://www.union.nara-water.lg.jp/cmsfiles/contents/0000000/16/6_20240729kihonkeikakutougou.pdf

奈良県広域水道企業団:第5回 奈良県広域水道企業団設立準備協議会 資料令和4年11月29日(火)
https://www.union.nara-water.lg.jp/cmsfiles/contents/0000000/16/20221129dai5kaikyougikaisiryou.pdf

大阪広域水道企業団:大阪広域水道企業団と泉大津市・箕面市・門真市との 水道事業の統合に向けての検討、協議 統 合 案
https://www.wsa-osaka.jp/material/files/group/5/003_3danntaitougouann_honnpenn.pdf

広島県水道広域連合企業団:令和6年度活動報告書(アニュアルレポート)
https://www.union.hiroshima-water.lg.jp/file/section/content/003-5/R6_katsudouhoukokusho-v2.pdf

広島県水道広域連合企業団:令和5年度活動報告書
https://www.union.hiroshima-water.lg.jp/file/section/content/003-5/R5_katsudouhoukokusho.pdf

広島県水道広域連合企業団:広島県水道広域連合企業団 組織運営方針 令和7年11月
https://www.union.hiroshima-water.lg.jp/file/section/content/002/houshin-r5-r14.pdf

茨城県政策企画部水政課・企業局:〈水道事業の経営統合〉 7市・企業団と「水道事業の経営の一体化に関する基本協定」を締結しました 令和8年2月5日
https://www.pref.ibaraki.jp/somu/hodo/hodo/pressrelease/hodohappyoushiryou/2203/documents/260205suisei.pdf

茨城県:茨城県における水道事業の経営の一体化に関する基本協定締結式 次 第 令和7年2月26日 市町村会館講堂
https://www.pref.ibaraki.jp/seikatsukankyo/suisei/suido/documents/7_kihon_teikei_shiryou.pdf

茨城県:茨城県水道事業広域連携推進方針 (改定版) 令和5年3月策定 令和7年3月改定 令和8年3月改定
https://www.pref.ibaraki.jp/seikatsukankyo/suisei/suido/documents/02_suishinhousin_kaiteiban_r0803.pdf

谷口淳(2026)「水道事業の広域化の効果―『経営の一体化』が水道事業の効率性に与える影響とその評価―」『京都産業大学経済学レビュー』第12号、pp.53-91、京都産業大学通信制大学院経済学研究会
https://www.kyoto-su.ac.jp/mt_uploads/econ-journal_202603_03.pdf

梶原健嗣(2019)「水道事業の広域化の歩みと水道法2018年改正――これまでの広域化/これからの広域化」『水資源・環境研究』第32巻第2号、pp.57-64
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jwei/32/2/32_57/_pdf/-char/ja

兒山雅治・小林耕輔・田中秀春・福井健太・田村一樹・稲田圭祐・武市久仁彦「兵庫県まちづくり技術センターにおける市町の水道技術支援(Ⅷ)―管路布設替工事(シールド工法)の工事監理業務―」『令和7年度全国会議(水道研究発表会)講演集』公益社団法人日本水道協会、pp.92-93、2025年
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jwwaproc/2025/0/2025_92/_article/-char/ja

国土交通省:上下水道における 人材確保・育成に関する今後の方向性
https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/sewerage/content/001966242.pdf

箕面市:「箕面市の水道事業の現状と課題及び大阪広域水道企業団との統合検討状況について」パブリックコメントに寄せられた意見に対する市の考え方
https://www.city.minoh.lg.jp/water/documents/iken44toshinokanngaekata.pdf

大阪広域水道企業団:大阪広域水道企業団議会「議員定数」に関するアンケート調査集計表
https://www.wsa-osaka.jp/material/files/group/34/R021102_teisuiinkai_6.pdf

大阪広域水道企業団:大阪広域水道企業団と四條畷市・太子町・千早赤阪村との 水道事業の統合に向けての検討、協議について
https://www.wsa-osaka.jp/material/files/group/2/8e850ce2034c661115f7c93e58fb62e363637e2f.pdf

巨大地震で公的組織はどう動いたのか―警察・消防・自衛隊・自治体・国土交通省・水道の記録から―

最終更新日:2026/07/19

 

 


※本記事は、各省庁・自治体等が公開している一次資料を基に、行政技術職の実務・制度・意思決定構造について整理・分析を行ったレビュー型考察です。


序章 これは災害時の行動マニュアルではありません

実際の巨大地震では、組織図どおりに職員がそろい、土木、建築、電気、機械、事務、保健といった職種ごとに整然と分かれて行動したわけではありませんでした。

近くに住んでいた人、当直だった人、家族の安全を確認できた人、道路を通れた人、庁舎が残った人、無線を使えた人が先に動きました。

反対に、本来の担当者であっても、自宅が壊れ、家族が負傷し、鉄道が止まり、橋が落ち、津波が迫っていれば、職場には向かえませんでした。

消防車があっても水が出ませんでした。自衛隊の部隊が出発しても現場まで進めませんでした。給水車が到着しても、どこへ配るか決める職員が足りませんでした。応援職員が来ても、業務を説明する地元職員が死亡していました。

本稿では、こうした実際の経過を、組織別・災害別の説明ではなく、次のような事柄ごとにたどり分析しました。

職員はどこへ、どの程度集まったのか。

その場にいた人は、命令が届かない中で何をしたのか。

警察、消防、自衛隊、国土交通省、自治体、水道事業体は、どこで接続し、どこで接続できなかったのか。

救援速度を決めたのは何だったのか。

どのような人が死亡し、その危険を統一的な数字で示せるのか。

発災当日の恐怖、使命感、過集中的な勤務、数か月から数年後の疲弊は、記録上どのように残っているのか。


1 職員は、どこに、どの程度集まったのか

1-1 必要な人数が最大になる瞬間に、出勤できる人数が最小になりました

大地震の直後には、火災、救急、道路確認、避難所開設、住民からの電話、庁舎被害、断水、停電、行方不明者対応などが同時に始まります。

しかし、夜間や休日であれば、多くの職員は自宅や外出先にいます。勤務時間内でも、全員が本庁舎にいるわけではありません。

阪神・淡路大震災の例

阪神・淡路大震災は、1995年1月17日午前5時46分に発生しました。

神戸市は制度上、全職員が出動する体制に入りました。しかし、発災当日に実際に出務できた職員は、計画上の対象職員1万7,836人に対して約7,350人、41%でした。

内訳は次のとおりです。

  • 市長部局は8,850人中約3,100人、35%

  • 区役所・福祉事務所は3,818人中約900人、24%

  • 消防は1,372人中約1,300人、95%

  • 水道は1,006人中約700人、70%

  • 交通は2,219人中約850人、38%

  • 教育部門は541人中約500人、92%

市全体の出務率は、1月18日に約60%、19日に約70%、21日に約80%、25日ごろに約90%となりました。職員は一斉に到着したのではなく、数日をかけて断続的に戻っています。

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内閣府 阪神・淡路大震災 総括・検証 調査シート 001 初動対応の状況(引用元:内閣府)

41%という数字は、本庁舎に約7,350人が集まったという意味ではありません。

職員は本庁、区役所、消防署、水道施設、交通施設、学校、福祉施設などに分散していました。住民の問い合わせや避難者対応が集中した区役所は24%で、被害が激しい区では当日に働けた職員が3割程度にとどまりました。

同じ阪神地域でも、当日の出勤率は異なりました。

伊丹市は74.5%、西宮市は51%、芦屋市は42%でした。宝塚市では、市立病院の医師・看護師を除く職員2,041人のうち、午前9時に914人、45%、午後5時に1,219人、60%が出勤していました。

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内閣府 阪神・淡路大震災 総括・検証 調査シート 001 初動対応の状況(引用元:内閣府
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内閣府 阪神・淡路大震災 総括・検証 調査シート 001 初動対応の状況(引用元:内閣府)

ただし、この差を職員の使命感の差とは読めません。

確認時刻、分母、被害の強さ、職員の居住地域、道路状況、市域の広さ、市役所以外で活動した職員を含めるかなどが異なるからです。

熊本地震の例

熊本県職員アンケートでは、地震前から「全員登庁しなければならない」と知っていた職員は81.9%でした。

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平成28年熊本地震に関する県職員アンケート調査 結果報告書 平成29年3月13日(引用元: 熊本県知事公室 危機管理防災課)

それでも、前震または本震の発生から3時間以内に登庁できなかった職員は、調査対象3,632人のうち2,054人でした。規定を知っていることと、実際に勤務場所へ行けることは別でした。

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平成28年熊本地震に関する県職員アンケート調査 結果報告書 平成29年3月13日(引用元: 熊本県知事公室 危機管理防災課)

前震時には回答者の75.2%、本震時には82.5%が、自宅または通勤・帰宅途中にいました。

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平成28年熊本地震に関する県職員アンケート調査 結果報告書 平成29年3月13日(引用元: 熊本県知事公室 危機管理防災課)

また、回答者の56.2%は自宅に何らかの被害を受けていました。内訳は全壊39人、大規模半壊31人、半壊202人、一部損壊1,770人でした。職員が登庁したという数字の中には、自宅を失った人や、家族を避難させてから来た人も含まれています。

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平成28年熊本地震に関する県職員アンケート調査 結果報告書 平成29年3月13日(引用元: 熊本県知事公室 危機管理防災課)

令和6年能登半島地震の例

能登半島地震は、1月1日午後4時10分、年始の休暇中に発生しました。

珠洲市では本庁へ集まれた職員が少なく、多くの職員は家族とともに地域の避難所へ避難し、その場所で避難所運営に入りました。道路寸断や通信障害により、本庁への参集だけでなく、職員の所在確認にも時間がかかりました。

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第1回 令和6年能登半島地震及び令和6年奥能登豪雨 災害対応検証委員会 説明資料(引用元:珠洲市)

この場合、市役所へ来なかった職員が何もしていなかったわけではありません。しかし、本庁の災害対策本部から見ると、避難所へ分散した職員の所在、地域被害、必要物資を一元的に把握しにくい状態になりました。

能登半島北部では最大約7~8割の地域で通信に支障が生じ、道路寸断により最大約3,300人が孤立しました。通信手段が進歩していても、基地局、電源、道路が同時に壊れれば、参集問題そのものはなくなりませんでした。

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令和6年能登半島地震に係る災害応急対応の 自主点検レポート 令和6年6月 (引用元:令和6年能登半島地震に係る検証チーム)

1-2 最初に到着したのは、本来の担当者より、近くに住み、そこまで来られた人でした

発災直後の人員配置を決めたのは、平常時の組織図だけではありませんでした。

勤務場所との距離、移動手段、家族の状況、橋や道路の被害が、最初の実働要員を決めました。

尼崎市の例

尼崎市では、総務局総務課長が市長宅へ電話をかけましたが、連絡が取れませんでした。

総務課長は自転車で市役所へ向かい、午前6時6~7分ごろに到着しました。消防局から地震情報と市民からの通報内容を聞き、市長と連絡が取れない状態で消防局側と協議し、午前6時10分に防災指令を発令して災害対策本部を設置することを決めました。

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内閣府 阪神・淡路大震災 総括・検証 調査シート 001 初動対応の状況(引用元:内閣府)

全部局長が集まり、被害情報が完成してから判断したのではありません。

その時点で到達できた者が、不完全な情報のまま本部を立ち上げました。

芦屋市の例

芦屋市では、午前6時ごろから市内や近隣に住む職員が集まり始め、市内在住の助役が午前6時10分に到着しました。助役は午前6時30分に災害対策本部の設置を決め、市長は午前7時過ぎに到着しました。

地域防災計画では、勤務時間外には電話で職員を招集することになっていました。

しかし、回線の混雑や停電により、電話招集は十分に機能しませんでした。全庁的な動員指示が行われたのは、発災翌日の18日夕方から19日朝にかけてでした。

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内閣府 阪神・淡路大震災 総括・検証 調査シート 001 初動対応の状況(引用元:内閣府)

発災直後に到着した職員には、電話で呼ばれた人だけでなく、揺れや周囲の被害を見て自ら登庁を判断した人が含まれていました。

西宮市、伊丹市、明石市、川西市の例

西宮市では午前6時5分に防災対策課職員が到着し、午前6時30分に教育長が登庁しました。災害対策本部が設置されたのは午前7時5分でした。

伊丹市では午前5時50分に本部が設置され、午前5時55分に市長が到着しました。

明石市では午前6時過ぎに総務部長と次長が到着し、午前6時30分に本部を設置しました。

川西市では午前6時ごろに市長が到着し、午前6時30分に本部を設置しました。

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内閣府 阪神・淡路大震災 総括・検証 調査シート 001 初動対応の状況(引用元:内閣府)
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内閣府 阪神・淡路大震災 総括・検証 調査シート 001 初動対応の状況(引用元:内閣府)

役職は自治体ごとに異なります。

共通しているのは、全職員がそろうまで待たず、最初に到達した防災担当者、総務担当者、助役、教育長、市長らが本部設置、電話受付、情報収集を始めたことです。

兵庫県庁の例

兵庫県では、災害担当の防災係長が午前6時45分、副知事が午前6時50分ごろに登庁し、午前7時に災害対策本部が設置されました。

しかし、午前8時30分の第1回本部会議までに本庁舎へ着いていた職員は数人でした。災害対策本部の実務を担う消防防災関係部署でも、午前10時30分ごろにいた職員は2~3人で、午後3時ごろにようやく約半数となりました。

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内閣府 阪神・淡路大震災 総括・検証 調査シート 001 初動対応の状況(引用元:内閣府)
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内閣府 阪神・淡路大震災 総括・検証 調査シート 001 初動対応の状況(引用元:内閣府)

同部署の職員は神戸市内だけでなく、明石市や姫路市方面など広い地域から通勤していました。

県庁は平常時には広域から人材を配置できますが、夜間や休日の災害では、通勤圏の広さが参集の遅れにつながります。

さらに、消防交通安全課の執務室ではロッカーや机が倒れ、扉が開かず、職員が壁の裂け目から入らなければならない状態でした。

職員が庁舎に着いた時刻と、その職員が実際に仕事を始められた時刻は同じではありませんでした。


1-3 職員は、自宅から職場へ一直線に向かったわけではありません

「何時間で登庁したか」という数字だけでは、職員が出発前に何をしていたかは分かりません。

職員も自宅や家族の安全を確認し、子ども、高齢者、負傷者を避難させ、近隣の被害を見てから勤務場所へ向かいました。

芦屋市職員の例

芦屋市職員調査の回答者342人のうち、参集を妨げた事情として、通勤手段を挙げた人が175人、参集指示を知る手段を挙げた人が106人、自分の状況を市へ伝える手段を挙げた人が96人いました。

家族が死亡した職員は4人、家族が負傷した職員は13人、自宅や家財などに被害を受けた職員は67人でした。

この調査の回収率は50.3%であり、回答者の数を全職員へ単純に広げることはできません。それでも、自治体職員自身が被災者だったことは確認できます。

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内閣府 阪神・淡路大震災 総括・検証 調査シート 001 初動対応の状況(引用元:内閣府)

熊本県職員の例

前述した通り、熊本県職員アンケートで、3時間以内に登庁できなかった理由として最も多かったのは、「家族の面倒を見る人がほかにいなかった」で764人、37.2%でした。

このほか、

  • 所属の許可を得たためが563人、27.4%

  • 交通網の寸断等で交通手段がなかったが483人、23.5%

  • 自宅が被災したが389人、18.9%

  • 自主的に登庁することを知らなかったが242人、11.8%

  • 家族といたかったが165人、8.0%

  • 外に出るのが怖かったが142人、6.9%

でした。

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平成28年熊本地震に関する県職員アンケート調査 結果報告書 平成29年3月13日(引用元: 熊本県知事公室 危機管理防災課)

「外に出るのが怖かった」という回答も、公的調査に残っています。

職員が恐怖を感じなかったのではありません。夜間、余震が続き、住宅や橋の状態が分からない中で、外へ出ることを恐れた人もいました。

また、登庁前に家族の安否を確認した人は2,308人、63.5%、周辺被害を確認した人は1,520人、41.9%、家族を避難所へ誘導した人は750人、20.6%でした。家族や近所の人の救助、負傷者の手当てを行った職員も245人、6.7%いました。

職員は家庭と公務のどちらか一方だけを選んだわけではありません。

家族を避難させ、近所を確認し、その後に登庁した人がいました。反対に、家族の安否を十分に確認できないまま職場へ向かった人もいました。


1-4 到着した人数が、そのまま処理能力にはなりませんでした

職員が庁舎へ着いても、直ちに仕事を始められるとは限りません。

庁舎に入れない、通信が使えない、指示を出す管理職がいない、被害情報がない、端末や書類が使えないという状態がありました。

熊本県職員アンケートでは、登庁後に行ったこととして、職場の被災状況確認が47.9%、職員の安否確認が45.2%、関係機関からの情報収集が42.6%でした。

一方、446人、12.3%は「特に業務はなかった」と回答しています。

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平成28年熊本地震に関する県職員アンケート調査 結果報告書 平成29年3月13日(引用元: 熊本県知事公室 危機管理防災課)

これは、446人が働く意思を持たなかったという意味ではありません。

誰をどこへ配置するか決める者がいない、他部署からの要請がまだ来ていない、庁舎の安全確認が終わっていないなど、到着した人を仕事へ接続できない状態がありました。

反対に、仕事を早く理解し、確実に処理できる人へ業務が集中しました。

同じ組織の中で、一方には仕事がなく、別の人は休めないという偏りが発生しました。

消防の参集率が一般部門より高かったのも、使命感だけでなく、24時間勤務により発災時点ですでに当直者がいたこと、最寄りの消防署へ参集できたこと、署所ごとの指揮系統があったことが影響しています。

神戸市消防局では、発災時点で全職員の23%に当たる305人が勤務中でした。発災2時間後には約50%、5時間後には90%を超える職員が確保されました。

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内閣府 阪神・淡路大震災 総括・検証 調査シート 001 初動対応の状況(引用元:内閣府)
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内閣府 阪神・淡路大震災 総括・検証 調査シート 001 初動対応の状況(引用元:内閣府)

それでも、火災、救助、救急の件数が同時に増えたため、90%を超える消防職員が集まっても需要を処理できませんでした。

参集率は、人がどの程度存在したかを示します。

実際の能力を決めたのは、その人がどこにいて、何を知り、どの装備を使え、誰から指示を受け、誰に情報を返せたかでした。


1-5 津波災害では、一か所へ集まること自体が死亡につながりました

地震時には、職員を庁舎や災害対策本部へ集めることが必要とされます。

しかし、東日本大震災では、沿岸部の庁舎、指定避難所、地区本部へ職員が集まったことが、多数の犠牲につながりました。

陸前高田市の例

陸前高田市には、正規職員295人、臨時・嘱託職員148人、合計443人が在籍していました。

このうち正規職員68人、臨時・嘱託職員43人、合計111人が死亡しました。

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陸前高田市東日本大震災検証報告書 平成26年7月 (引用元:陸前高田市)

生存職員への聞き取りなどから整理された津波襲来時の所在は、次のようになっています。

  • 市庁舎とその周辺にいた88人のうち11人が死亡

  • 市民会館にいた66人のうち61人が死亡

  • 業務場所や地区本部へ移動中だった54人のうち11人が死亡

  • 市民体育館にいた24人のうち23人が死亡

  • 消防団活動中だった市職員13人のうち3人が死亡

  • 市庁舎外の勤務施設にいた41人は全員生存

  • 市民会館、体育館以外の避難所にいた88人は全員生存

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陸前高田市東日本大震災検証報告書 平成26年7月 (引用元:陸前高田市)

市民会館は一次避難所に指定され、教育委員会事務局があり、当日は確定申告会場にもなっていました。

職員は市民を誘導しながら避難しましたが、建物の高さを超える津波に襲われました。

職場や地区本部へ移動していた職員の中には、交通渋滞に巻き込まれて死亡した人もいました。

「早く参集したこと」や「指定された場所へ行ったこと」が、安全を意味しませんでした。

大槌町の例

大槌町が公務災害等の申請内容を基に整理したところ、死亡した町職員は38人でした。行動をともにした畜産公社職員を含める場合は39人です。

内訳は、

  • 災害対策本部対応のため役場前駐車場にいた人が20人

  • 役場庁舎内で待機していた人が8人

  • 出張先から帰庁中だった人が5人

  • 避難所対応のため移動中だった人が3人

  • 町内から勤務公所へ向かっていた人が2人

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東日本大震災津波における 大槌町災害対策本部の活動に関する 検証報告書(概要版) 平成29年7月 (引用元:大 槌 町)

でした。

職員が参集しなかったために死亡したのではありません。

災害対策本部を立ち上げるために集まり、勤務場所へ戻り、避難所へ向かう途中で津波に襲われました。

南三陸町の例

南三陸町では、地震直後、多くの職員が危機管理室へ集中しました。

本来、職員ごとに災害時の担当業務が割り当てられていましたが、一度同じ部屋へ集まった後、誰がどこへ向かったのかを組織として把握しにくくなりました。

一方、水門、陸閘、避難場所、沿岸施設の確認へ向かった職員は、公用車や自家用車で単独に近い状態で分散しました。交通渋滞で行き先を変えた人や、車両や書類を取りに沿岸部の事務所へ戻った人もいました。

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南三陸町 東日本大震災職員初動対応等検証 報告書 2019 年3月(引用元:南三陸町 東北大学 災害科学国際研究所)

一か所へ集まり過ぎると担当場所へ動けません。

各人が単独で分散すると、所在と安全を把握できません。

発災直後には、集中と分散の両方が危険になりました。


2 最初の数時間、誰が判断し、組織はどう組み直されたのか

2-1 正式な命令より先に、現場単位の判断が始まりました

通信が切れ、上司の所在が分からない状況では、正式な命令を待たずに動いた人がいました。

前述したように尼崎市の総務局総務課長は、市長と連絡が取れないまま本部設置を決めました。

神戸市消防局では、指令管制室に火災、救助、救急の通報が集中し、中央の指令室が一件ずつ車両を割り当てる通常方式を維持できなくなりました。管制係長は、水防活動時の運用を応用し、各消防署が所管車両を地域内で動かす方式へ切り替えました。

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阪神・淡路大震災教訓情報資料集【01】状況把握・部隊運用の決定(引用元:内閣府)

市内全体の状況が分からなかったため、神戸市消防は市役所24階へ職員2人を派遣し、高所から煙と火災を目視確認させました。

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阪神・淡路大震災教訓情報資料集【01】状況把握・部隊運用の決定(引用元:内閣府)

ヘリコプターから最初の映像が入ったのは午前9時24分でした。ヘリポート自体の被害確認、要員確保、機体準備に時間がかかりました。

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阪神・淡路大震災教訓情報資料集【01】状況把握・部隊運用の決定(引用元:内閣府)

この段階では、完全な情報を待ってから動くことはできませんでした。

目視、住民からの通報、消防無線、到着した職員が直接見たものをつなぎ、暫定的に部隊を動かしました。


2-2 発災直後の自治体は、平常時組織の縮小版ではありませんでした

大災害直後の自治体に現れたのは、平常時の組織図を40%や50%に縮小した組織ではありませんでした。

実際に残ったのは、次の条件を通過した人です。

  • 発災時に当直していた

  • 勤務場所の近くに住んでいた

  • 徒歩、自転車、バイク等で到達できた

  • 家族の安全をある程度確認できた

  • 自宅が倒壊していなかった

  • 道路、橋、鉄道を越えられた

  • 津波、火災、建物倒壊から生存した

  • 勤務施設へ入れた

  • 自分の所在を組織へ伝えられた

その結果、ある課には若手しかおらず、別の課には管理職だけがいる、技術職はいるが図面がない、避難所には職員がいるが本庁は所在を知らない、といった偏りが生じました。

専門性が消えたわけではありません。

受変電設備、ポンプ、浄水施設、橋梁、斜面、堤防、危険物施設などは、知識を持つ者でなければ判断できません。

しかし、初期には技術職員も電話受付、避難所、物資運搬、情報整理、車両運転に回りました。事務職員が給水容器を運び、管理職がいない場所では係長や若手が判断しました。

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『阪神・淡路大震災と住宅局営繕部』活動記録 「大震災を体験した営繕部との対応とその教訓」平成8年3月 (引用元:神戸市住宅局営繕部)
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『阪神・淡路大震災と住宅局営繕部』活動記録 「大震災を体験した営繕部との対応とその教訓」平成8年3月 (引用元:神戸市住宅局営繕部)

専門職が到着しても、鍵、図面、測定器、電源、車両、協力業者との通信がなければ、専門業務を始められませんでした。


2-3 発災直後の救助活動は公的機関だけで実施することは困難です

一般行政職員や多くの自治体技術職員は、消防の特別救助隊や警察の救助部隊と同じ訓練、装備、指揮体制を持っていません。

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内閣府 阪神・淡路大震災 総括・検証 調査シート 001 初動対応の状況(引用元:内閣府)

また、自衛隊もこの時点で組織的に動くことはまず出来ません。

そのため、メインで活躍するのは地元の警察又は消防隊・消防団となります。

しかし、阪神・淡路大震災で倒壊建物等から救出された人を対象にした調査では、自力脱出が34.9%、家族による救助が31.9%、友人・隣人が28.1%、通行人が2.6%、救助隊が1.7%でした。

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平成26年版 防災白書|特集 第2章 1 大規模広域災害時の自助・共助の例(引用元:内閣府)

これは消防や警察が動かなかったという意味ではありません。救助を必要とする場所が多すぎ、専門隊が到着する前に、近くにいた人が動かざるを得なかったことを示します。

前述のように消防車両は本来の火災現場へ向かう途中で、住民から生き埋め救助を求められ、予定を変えて救助に入ることがありました。

現場では、「目の前の一人を助けること」と「本来の任務地点へ向かうこと」が衝突しました。

消防車が途中で止まれば、別の火災が拡大する可能性があります。しかし、車両のすぐ横に生存者がいれば、通過することも困難です。

同時に救うべき対象が、存在する人員、装備、時間を超えていたために起きた選択でした。


3 救援速度を決めたのは、組織の人数だけではありませんでした

3-1 出動時刻、到着時刻、活動開始時刻は別でした

救援の早さを比較するときには、少なくとも次の時刻を分ける必要があります。

  • 組織内で準備を始めた時刻

  • 車両や部隊が所属施設を出た時刻

  • 被災自治体の区域へ入った時刻

  • 現地本部へ到着した時刻

  • 担当地域と任務が割り当てられた時刻

  • 救助、給水、道路啓開などを実際に始めた時刻

部隊が出発していても、道路が塞がれ、どこを捜索するか分からず、地元の案内役がいなければ活動は始まりません。

自衛隊や警察の派遣人数が増えても、同じ割合で各集落への到達速度が上がるわけではありませんでした。


3-2 都市直下地震では、部隊は近くにいても、需要が同時に発生しました

阪神・淡路大震災の例

人口密集地域で火災、建物倒壊、救急、道路閉塞、断水が同時に発生しました。

神戸市消防では、消防職員の参集が進んでも、発生した災害件数に対して車両、資機材、消防水利が不足していました。5時台には53件の火災に対し、対応可能なポンプ車等は36台、はしご車等は10台にとどまりました。

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「消 防 団 の 充 実 強 化 に つ い て の 検 討 会」 報 告 書 平成22年12月 消防団の充実強化についての検討会(引用元:総務省 消防庁)

生き埋め者の救助要請も多く、常備消防だけでは手が回りませんでした

消火栓が断水し、消防隊が火災現場に着いても放水できない場所がありました。

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阪神・淡路大震災教訓情報資料集【03】消防施設・資機材と水利の確保(引用元:内閣府)

学校のプール、河川、防火水槽、建物の受水槽、海水などが使われました。消防艇から約1.2キロメートルにわたりホースを延ばした場所では、道路を横切るホースが車両に踏まれて破損しました。

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阪神・淡路大震災教訓情報資料集【03】消防施設・資機材と水利の確保(引用元:内閣府)

消防車両の燃料も不足し、姫路方面から運ばれた燃料は交通渋滞で到着が遅れました。

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阪神・淡路大震災教訓情報資料集【03】消防施設・資機材と水利の確保(引用元:内閣府)

兵庫県警は非常招集を行い、全国警察から派遣された約5,500人を含む約1万6,000人規模で救出救助、避難誘導、捜索などに当たりました。

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警察白書 平成7年(引用元:警察庁)

ただし、警察官をすべて倒壊家屋の捜索へ回すことはできませんでした。

倒壊建物、放置車両、信号停止、一般車両、消防車、自衛隊車両、給水車が混在する道路で、緊急交通路を確保する必要がありました。

道路上に立つ警察官は、その間、建物内部の救助には入りません。しかし、その交通整理がなければ、他の多数の救助隊も現場へ着けませんでした。


3-3 津波災害では、案内役と指揮系統そのものが失われました

東日本大震災の例

陸前高田市、大槌町、南三陸町、石巻市などでは、庁舎、総合支所、職員、管理職、通信設備、車両、住民記録が津波に襲われました。

外部の応援部隊が到着しても、集落名、道路、要支援者、避難所、危険施設、鍵の所在を説明できる地元職員が死亡していました。

石巻市北上総合支所では、建物内にいた避難者と職員を合わせて54人が死亡・行方不明となり、生存が確認されたのは3人でした。総合支所は想定津波水位より高く造成され、避難場所にもなっていましたが、津波は2階屋根を超えました。

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石巻市東日本大震災復興記録誌(引用元:石巻市)

大槌町では町長と複数の管理職を失いました。失われたのは人員数だけではなく、判断権限、地域事情、国・県との連絡関係でした。

南三陸町で、班相互の情報共有を含む組織的な対応がある程度整ったのは3月18日ごろでした。

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南三陸町 東日本大震災職員初動対応等検証 報告書 2019 年3月(引用元:南三陸町 東北大学 災害科学国際研究所)

それまでは各担当者が個別に動き、災害対策本部と避難所が同じ建物に置かれたため、本部業務と避難者対応も混在しました。

津波型の災害では、外部部隊の規模だけでなく、被災自治体の指揮・情報機能が残ったかどうかが救援速度を左右しました。


3-4 内陸の連続地震では、必要な応援を定義すること自体が困難でした

熊本地震の例

熊本地震では前震と本震があり、被害状況、避難者数、使用できる庁舎や避難所が変化しました。

県は、市町村ごとの被害と必要人員を十分に把握できず、市町村側も、どの職種を何人、何日必要としているかを整理できない状態がありました。

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熊本地震の概ね3カ月間の対応に関する検証 (人命救助、被災者の生活の支援等を中心として)  H29年3月31日 (引用元:熊本県危機管理防災課)

避難所運営、罹災証明、住家被害調査、物資、給水、廃棄物など、必要業務が日ごとに変わったためです。

応援職員が到着すれば、自動的に負担が減るわけではありません。

受付、本人確認、担当業務の説明、地図、名簿、端末、車両、報告先、宿泊場所、食事、引継ぎを用意する必要があります。

被災自治体側に数人しか残っていない部署では、応援者を受け入れる作業自体が新しい業務になりました。


3-5 半島・山間地では、後方の人数と集落への到達人数に大きな差が生じました

令和6年能登半島地震の例

能登半島地震では、のと里山海道、国道249号、珠洲道路などの主要道路が多数の箇所で寸断されました。港湾も地盤隆起や施設被害を受けました。

自衛隊、警察、消防、国土交通省の人員が後方に集まっても、各集落へつながる最後の道路が崩れていれば前へ進めませんでした。

緊急復旧により、1月9日に半島内の幹線道路の約8割、1月15日に約9割が通行可能となりました。

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令和6年能登半島地震を踏まえた 災害対応の在り方について (報告書) 令和6年11月 (引用元:中央防災会議 防災対策実行会議 令和6年能登半島地震を踏まえた災害対応 検討ワーキンググループ)

孤立した住民は最大約3,300人に達しました。

航空機や艦艇、小型車両、バイク、徒歩による進入が行われましたが、航空輸送には天候、積載量、離着陸地点、地上で荷物を受け取る人員という制約があります。

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令和6年能登半島地震を踏まえた 災害対応の在り方について (報告書) 令和6年11月 (引用元:中央防災会議 防災対策実行会議 令和6年能登半島地震を踏まえた災害対応 検討ワーキンググループ)

大型機材を海上輸送しても、港から集落までの地域内道路が通れなければ、その先へ運べません。

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令和6年能登半島地震を踏まえた 災害対応の在り方について (報告書) 令和6年11月 (引用元:中央防災会議 防災対策実行会議 令和6年能登半島地震を踏まえた災害対応 検討ワーキンググループ)

能登半島地震で見えたのは、国が人員を集めれば数時間で全孤立集落へ入れるという構造ではありませんでした。

一本の道路、港の岸壁、ヘリポート、燃料、天候のいずれかが、投入人数全体の速度を制限しました。


3-6 支援要請が早くても、本格的な活動開始には日数がかかりました

神戸市水道の例

神戸市は、発災当日の午後1時に他の大都市水道事業体へ復旧支援を要請しました。

しかし、外部の本格的な復旧班が入り始めたのは、おおむね1月22日ごろでした。

全国から技術者、給水車、工事車両を集め、被災地へ移動し、宿泊場所を確保し、管路図を渡し、担当区域を決め、地元職員と組ませるまでに時間が必要でした。

3月31日までに43都道府県、241水道事業体から延べ4万7,000人を超える支援を受けましたが、市内全戸の復旧は4月17日でした。

要請を出した時刻だけでは、復旧速度を説明できません。

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阪神・淡路大震災教訓情報資料集【01】上水道の復旧(引用元:内閣府)

南三陸町の例

南三陸町では、外部から物資や支援者が来ても、町職員が荷受け、仕分け、保管、配送を抱え込み、処理能力を超えました。

民間物流事業者が本格的に入るまで物資が滞留しました。

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南三陸町 東日本大震災職員初動対応等検証 報告書 2019 年3月(引用元:南三陸町 東北大学 災害科学国際研究所)



町は独自の給水車を持たず、地元事業者、日本水道協会、周辺自治体、自衛隊などに依存しました。

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南三陸町 東日本大震災職員初動対応等検証 報告書 2019 年3月(引用元:南三陸町 東北大学 災害科学国際研究所)

がれきの中に遺体がある可能性がある場所では、警察による確認が必要でした。

建設業者の重機があっても、警察官が同行できなければ進めにくい場所がありました。

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南三陸町 東日本大震災職員初動対応等検証 報告書 2019 年3月(引用元:南三陸町 東北大学 災害科学国際研究所)

物資、重機、給水車の存在と、それを実際に使える状態は別でした。


4 公的組織は、現場でどのように接続したのか

4-1 消防と警察は、救助だけをしていたわけではありませんでした

消防の活動は消火、救助、救急に分かれますが、巨大災害では、そのすべてが同時に増えます。

前述のように、阪神・淡路大震災の神戸市消防では、中央指令方式を維持できず、各消防署単位の車両運用へ切り替えました。水道断水、道路閉塞、燃料不足、通信混雑が消防能力を制約しました。

東日本大震災では、全国から緊急消防援助隊が派遣されました。

活動期間は88日間、延べ約3万1,000隊、約11万人で、救助者は5,064人でした。

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消防庁 消防庁の「東日本大震災記録集」の公表  平成25年3月26日(引用元:総務省)

それでも、外部消防隊には活動地域の割当て、無線周波数の割当て、通話コードの統一、中継手段の確保、給油、宿営地、食事、水、トイレが必要でした。

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東日本大震災に伴う緊急消防援助隊 北海道東北ブロック活動検証会議報告書 平成24年2月 (引用元:東日本大震災に伴う緊急消防援助隊 北海道東北ブロック活動検証会議)
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緊急消防援助隊活動拠点施設に関する 調 査 報 告 書 平成24年3月(引用元:総務省)

津波で住所、道路標識、建物が失われた地域では、平常時の地図だけで救助地点を特定することも困難でした。

警察は救助、避難誘導に加え、交通規制、行方不明者捜索、遺体の収容、検視、身元確認、通信の確保、治安維持、避難所相談を担いました。

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警察白書 平成24年特集:大規模災害と警察~震災の教訓を踏まえた危機管理体制の再構築~(引用元:警察庁)
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警察白書 平成24年特集:大規模災害と警察~震災の教訓を踏まえた危機管理体制の再構築~(引用元:警察庁)
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警察白書 平成24年特集:大規模災害と警察~震災の教訓を踏まえた危機管理体制の再構築~(引用元:警察庁)
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警察白書 平成24年特集:大規模災害と警察~震災の教訓を踏まえた危機管理体制の再構築~(引用元:警察庁)

東日本大震災では信号機が多数滅灯し、警察官が交通整理に配置されました。生存者救助が一段落した後も、捜索、検視、身元確認、遺族対応は長期間続きました。

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警察白書 平成24年特集:大規模災害と警察~震災の教訓を踏まえた危機管理体制の再構築~(引用元:警察庁)
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警察白書 平成24年特集:大規模災害と警察~震災の教訓を踏まえた危機管理体制の再構築~(引用元:警察庁)

4-2 水道事業体は、消火用水と飲料水の間で判断しました

阪神・淡路大震災で、神戸市の配水池19か所は、地震後1~2時間で水位がゼロになりました。

一方、18か所では緊急遮断弁が作動し、計約4万トン、市民の飲料水約10日分が確保されました。

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阪神・淡路大震災教訓情報資料集【04】水道事業者の緊急対応(引用元:内閣府)

しかし、配水池に水を残せば、火災地域の消火栓へは流れません。

破損した管路へ水を送れば、漏水によって飲料水まで失われます。

奥平野浄水場では、いったん配水を止めて水をためた後、火災地域へ送水する対応が取られました。水道側は、消火用水と飲料水のどちらを残すかという判断を迫られました。

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阪神・淡路大震災教訓情報資料集【04】水道事業者の緊急対応(引用元:内閣府)

西宮市水道局では、職員347人のうち、午前9時に出勤していたのは80人、23.1%でした。正午に140人、40.3%、午後5時に227人、65.4%となりました。

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内閣府 阪神・淡路大震災 総括・検証 調査シート 001 初動対応の状況(引用元:内閣府)

その人数で、施設点検、漏水把握、病院や避難所への給水、住民からの問い合わせ、外部給水車の配置を始めました。

兵庫県では、本来、応急給水を所管する保健環境部門に、遺体や廃棄物などの業務も集中しました。

そのため、県営水道を運営していた企業庁が、給水、復旧、情報収集の実務を引き受けました。平常時の所管区分を維持できず、施設、車両、技術者を持つ組織が代替しました。

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阪神・淡路大震災教訓情報資料集【04】水道事業者の緊急対応(引用元:内閣府)

公営企業や企業団も、独立して完結する技術組織ではありません。

道路、電力、通信、施工業者、資材、警察による交通規制、自治体本部からの優先順位に依存していました。


4-3 自衛隊は、救助だけでなく、大量の活動を持続させました

阪神・淡路大震災の例

阪神・淡路大震災で、兵庫県知事が陸上自衛隊へ正式な災害派遣要請を行ったのは、地震発生から約4時間後の午前10時でした。

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内閣府 阪神・淡路大震災 総括・検証 調査シート 001 初動対応の状況(引用元:内閣府)

ただし、自衛隊が午前10時まで何もしていなかったわけではありません。地震直後の午前6時から各部隊が順次非常勤務態勢に入り、午前7時過ぎには航空偵察、午前7時30分頃には兵庫県庁などへの連絡調整要員の派遣を始めました。第36普通科連隊は、正式要請前の近傍派遣として、阪急伊丹駅へ午前7時35分、西宮市民病院付近へ午前8時20分に人命救助部隊を出しています。

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内閣府 阪神・淡路大震災 総括・検証 調査シート 001 初動対応の状況(引用元:内閣府)

正式要請後は、第3特科連隊が午前10時15分に姫路を出発し、午後1時15分には212人が神戸市内で活動を開始しました。伊丹の第36普通科連隊からも、午後3時45分に西宮市と芦屋市へ266人が出動しています。震災当日中には、陸上自衛隊約3,300人、ヘリコプター57機のほか、海上自衛隊の艦艇15隻と約925人が出動しました。

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内閣府 阪神・淡路大震災 総括・検証 調査シート 001 初動対応の状況(引用元:内閣府)

初動の問題は、派遣要請の時刻だけではありませんでした。内閣府の検証資料には、午前10時に要請を受けた部隊が、具体的な被害情報や派遣先を十分に得られないまま出動し、先遣隊からの無線連絡も入らない状況で部隊を運用したと記録されています。部隊を集めても、「どこで、何人が、どのような資機材を必要としているか」が分からなければ、適切な場所へ配置できませんでした。

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阪神・淡路大震災教訓情報資料集【03】政府および国の防災関係機関の初動(引用元:内閣府)

また、自衛隊は災害救助専用組織ではないため、当時は倒壊建物から救出するための機材を十分に持っておらず、兵庫県に資機材の調達を依頼した事例もありました。警察、消防、自衛隊の間で捜索区域の共有が不十分だったため、同じ場所を重複して捜索した例も確認されています。多数の隊員を派遣できることと、都市型救助に必要な情報、重機、救助器具、役割分担が最初から整っていることは別の問題でした。

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阪神・淡路大震災教訓情報資料集【01】 政府および国の防災関係機関の初動(引用元:内閣府)

その後は、兵庫県庁内に自衛隊の調整室が置かれ、県の災害対策本部会議にも自衛隊が参加しました。活動は人命救助だけでなく、行方不明者の捜索、遺体収容、患者搬送、救護所の設置、巡回診療、救援物資輸送、給水、給食、天幕設営、入浴施設の運営、防疫、倒壊家屋の処理へ広がりました。

1月17日から4月27日までの派遣実績は、陸海空自衛隊を合わせて延べ225万4,700人、航空機延べ1万3,355機、艦艇延べ679隻でした。最大時の人員は約2万6,000人です。

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平成22年度災害派遣及び不発弾等処理実績 23. 6 . 9 (23.6.14修正済)(引用元:統合幕僚監部 )

東日本大震災の例

東日本大震災では、被災範囲が東北地方の太平洋沿岸全域に及び、自衛隊の駐屯地や基地も被災しました。それでも発災当日に約8,400人が投入され、3日後には陸海空自衛隊を一つの指揮系統で運用する災統合任務部隊が編成されました。

発災から約1週間後に10万人を超え、最大時には約10万7,000人、航空機約540機、艦艇約60隻の態勢となりました。

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吉崎知典「大規模災害における軍事組織の役割―日本の視点―」防衛省防衛研究所編『平成23年度安全保障国際シンポジウム報告書』防衛研究所、2012年、71–87頁。

最大時の内訳は、陸上自衛隊約7万人、海上自衛隊約1万4,000人、航空自衛隊約2万2,000人でした。この中には艦艇・航空機の運航、航空管制、通信、燃料補給、整備、物資集積、医療、炊事、宿営、指揮所運営など、前線の活動を維持する要員も含まれています。

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吉崎知典「大規模災害における軍事組織の役割―日本の視点―」防衛省防衛研究所編『平成23年度安全保障国際シンポジウム報告書』防衛研究所、2012年、71–87頁。

3月11日から31日までの21日間では、投入人員は延べ約183万9,000人、航空機は延べ約9,600機、艦艇は延べ約1,000隻に達しました。

同期間の主な活動実績は次のとおりです。

  • 人命救助活動への従事人員 延べ1万9,246人

  • 遺体収容 7,013体

  • 遺体搬送 812体

  • 物資輸送 約3,700トン以上

  • 医療チーム等の輸送 約4,400人

  • 患者等の搬送 175人

  • 給水 約1万4,400トン

  • 給食 約145万2,000食

  • 燃料支援 約944キロリットル

  • 入浴支援 約11万3,000人

  • 衛生支援 延べ約1万3,200人

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平成22年度災害派遣及び不発弾等処理実績 23. 6 . 9 (23.6.14修正済)(引用元:統合幕僚監部 )

最終的に大規模震災災害派遣は8月31日まで174日間続きました。この間に、自衛隊が救助した人は1万9,286人、収容した遺体は9,505体でした。生活支援では、物資輸送1万3,906トン、給水3万2,985トン、給食約500万5,000食、入浴支援約109万3,000人に達しました。

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吉崎知典「大規模災害における軍事組織の役割―日本の視点―」防衛省防衛研究所編『平成23年度安全保障国際シンポジウム報告書』防衛研究所、2012年、71–87頁。
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吉崎知典「大規模災害における軍事組織の役割―日本の視点―」防衛省防衛研究所編『平成23年度安全保障国際シンポジウム報告書』防衛研究所、2012年、71–87頁。

これは阪神・淡路大震災で問題となった「正式な派遣要請や詳細な被害情報を待つ間に初動が遅れる」という反省を踏まえ、自衛隊は震度5弱以上の地震が発生した場合、直ちに航空機などで情報収集を始め、緊急時には自治体からの要請を待たずに自主派遣できる態勢を整えていたことが効果を上げました。

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吉崎知典「大規模災害における軍事組織の役割―日本の視点―」防衛省防衛研究所編『平成23年度安全保障国際シンポジウム報告書』防衛研究所、2012年、71–87頁。

しかし、津波によって道路が流失・寸断され、浸水やがれきによって地上からの捜索が進められない地域が多くありました。

道路が寸断された地域への物資輸送にはヘリコプターを使用し、道路が回復した地域では大型トラックへ切り替えるなど、現地への到達方法を使い分けています。

これは、大量の部隊を全国から集める能力があっても、道路の先にある各集落へ同時に到達できるわけではないことを同時に示しています。

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第13回防衛セミナー議事録 平成23年9月28日 沖縄県立博物館・美術館講堂(引用元:防衛省 自衛隊)

自治体との調整も、東日本大震災においては県から一括して指示を受けるだけの仕組みから改善されています。

宮城、岩手、福島の各県に連絡調整所を置き、師団・旅団の連絡幹部を配置し、その隷下部隊が各市町村と直接調整しました。これにより、県、市町村、現地部隊という複数の段階で必要な支援を把握し、活動の重点を人命救助から給水、給食、入浴、医療などへ変更できる体制が取られました。

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吉崎知典「大規模災害における軍事組織の役割―日本の視点―」防衛省防衛研究所編『平成23年度安全保障国際シンポジウム報告書』防衛研究所、2012年、71–87頁。

一方、東日本大震災では、市町村庁舎、通信設備、首長や職員まで失った地域がありました。このような地域では、連絡幹部を派遣しても、自治体側に被害情報を集約する人員や通信手段が残っていないため、必要な支援を直ちに把握できない場合がありました。つまり、阪神・淡路大震災後の改善によって初動と連絡経路は強化されましたが、広範囲の津波による行政機能の喪失と情報孤立は、新たな限界として残りました。

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橋本靖明・大濵明弘「危機対処時におけるソーシャルメディアの役割――東日本大震災を例として――」『防衛研究所紀要』第16巻第2号、2014年2月、95–121頁

4-4 国土交通省は、道路を開け、通信を戻し、自治体の要求を拾いました

東日本大震災で、東北地方整備局は、内陸側の幹線道路から太平洋沿岸へ向かう道路を優先して開く「くしの歯作戦」を進めました。

3月12日に11ルート、3月15日までに15ルートを確保しました。

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国土交通白書2012 コラム 平成23年の災害におけるTEC-FORCE等の活動(引用元:国土交通省)

道路啓開は、道路を完全に直す工事ではありません。

がれき、放置車両、段差を処理し、緊急車両が最低限通れる幅をつくる作業です。

国土交通省、地元建設業者、自衛隊、警察、県、市町村が関わりました。

TEC-FORCEは、被災状況調査、河川・道路・港湾等の技術支援、排水、照明、通信支援を行いました。衛星通信車や排水ポンプ車などの災害対策用機械も投入されました。

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緊急災害対策派遣隊(TEC-FORCE)(引用元: 国土交通省水管理・国土保全局)

国土交通省のリエゾン職員は、被災自治体へ入り、道路啓開、排水、通信、技術調査などの要望を地方整備局へつなぎました。

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第4回 減災対策協議会(平成30年6月22日開催) 資料-5 その他(リエゾンについて)(引用元:利根川上流河川事務所)

ただし、市町村側に要望を整理できる職員がいなければ、リエゾンも各避難所や関係機関から断片的に情報を集めなければなりません。

国土交通省の人員と機械が存在するだけでは動かず、被災自治体との接続役が必要でした。


5 仕事は、時間とともにどう変わったのか

5-1 0~6時間―その場所にいた人が動きました―

この時間帯には、組織全体の被害も、職員の安否も分かりません。

実際に動いたのは、

  • 当直中だった人

  • 勤務場所の近くに住んでいた人

  • 徒歩、自転車、バイクで到達できた人

  • 家族の安全を比較的早く確認できた人

  • 職場へ行けず、近くの公共施設や避難所へ入った人

でした。

尼崎市では、先着した総務担当者と消防側が本部設置を決めました。

芦屋市では、市内居住の職員と助役が先に到着しました。

神戸市消防では、指令方式をその場で変更しました。

南三陸町では、危機管理室へ職員が集中する一方、沿岸施設へ単独で向かった職員もいました。

この時間帯では、専門性より「その場に存在すること」が先に意味を持ちました。

ただし、津波地域では、職場や災害対応場所へ向かうこと自体が死亡につながりました。


5-2 6~72時間―人が増えるほど、調整業務も増えました―

半日ほど経過すると、外部の警察、消防、自衛隊、国土交通省、医療チーム、給水車、自治体応援職員が入り始めます。

しかし、どこへ行かせるか、何をさせるか、どの道路が通れるか、誰に報告させるかを決めなければなりません。

この時期には、次の仕事が重なりました。

  • 生存者救助

  • 消火

  • 緊急交通路と道路の啓開

  • 孤立地域の確認

  • 病院、福祉施設、避難所への給水

  • 食料、燃料、医薬品の配送

  • 遺体の収容、確認、安置

  • 避難所名簿の作成

  • 通信の復旧

  • 応援部隊の活動地域と宿営地の確保

  • 交代要員、食料、燃料の準備

東日本大震災で、警察が道路交通を管理し、国土交通省が道路を開け、自衛隊が大量輸送と給水を担い、消防が救助・救急へ入ったのは、互いに別々の仕事をしたというより、他組織の活動条件をつくる関係でした。

この接続点にいる被災自治体職員が死亡または疲弊すると、外部支援があっても地域内へ効率よく配分できませんでした。


5-3 4日目から数週間―救助から生活維持と行政再建へ比重が移りました―

生存者救助の可能性が高い場所の捜索を続けながら、活動の比重は避難所、給水、遺体対応、道路、廃棄物、罹災証明、仮設庁舎へ移りました。

ただし、組織全体が同じ日に切り替わったわけではありません。

ある地域では捜索を続け、別の地域では給水や住家被害調査を始めていました。

警察は、行方不明者捜索、検視、身元確認、遺族への引渡し、交通規制、避難所相談を継続しました。

水道事業体は、病院・避難所への給水を続けながら、漏水箇所を調査し、管路を区間ごとに復旧しました。神戸市の全戸復旧には約3か月かかりました。

自治体では、避難所運営に加えて、死亡届、戸籍、福祉、税、保険、義援金、住宅、廃棄物、罹災証明を処理しました。

通常業務がなくなったのではありません。災害業務の下に残り続けました。

この時点では全員一律で実施するような復興活動が少なくなっているため(専門支援の割合が増えるため)、部署間の業務量格差等が生じるようになります。

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災害時における地方公務員の メンタルヘルス対策調査研究 報 告 書  令和2年3月 (引用元:地方公務員災害補償基金)

熊本地震における国・自治体職員の検証では、健康福祉部に支援業務が集中していると語られています。

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平成28年熊本地震に関する県職員アンケート調査 結果報告書 平成29年3月13日(引用元: 熊本県知事公室 危機管理防災課)

また道路や河川などにも一部部署へ業務が集中し、事務職員に対するマニュアル等の説明や事例研修の必要性が挙げられました。

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平成28年熊本地震に関する県職員アンケート調査 結果報告書 平成29年3月13日(引用元: 熊本県知事公室 危機管理防災課)

5-4 数か月から数年―復興業務が本格化し、関連部署の職員不足が表面化します―

避難所が閉じ、がれきが減っても、自治体の仕事は終わりません。

道路、河川、港湾、上下水道、農地、学校、庁舎、住宅などについて、被害調査、災害査定、設計、積算、契約、工事監督、検査、補助金申請、用地取得、議会・住民への説明が続きます。復旧・復興業務に加えて、平時の維持管理や行政サービスも継続しなければなりません。

地方公務員災害補償基金の調査研究では、災害対応に従事した被災自治体職員の47.0%が人手不足、44.8%が復旧業務と通常業務の重複、43.6%が未経験業務への不慣れを苦労として挙げました。31.1%が先の見えない仕事、22.6%が、働いても仕事が終わらない状態を経験しています。仕事量が最も多かった月に45時間以上の時間外勤務があった回答者は41.1%でした。

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災害時における地方公務員の メンタルヘルス対策調査研究 報 告 書 令和2年3月 (引用元:地方公務員災害補償基金)
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災害時における地方公務員の メンタルヘルス対策調査研究 報 告 書 令和2年3月 (引用元:地方公務員災害補償基金)

令和6年能登半島地震では、復旧・復興に必要な技術職員の不足が課題となりました。石川県は、全国の自治体から応援職員を受け入れても、行政事務やインフラ復旧を担う人員が不足しているとして、2024年5月に約170人の任期付職員※を募集しました。このうち約70人は、土木、建築など8職種の技術職でした。

※任期付の技術職は、短期間で復旧・復興業務に従事する必要があるため、自治体の退職者など、採用後すぐに専門業務へ入れる即戦力の確保が前提と想定されます。

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記者会見の要旨 - 令和6年5月8日 (引用元:石川県)
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記者会見の要旨 - 令和6年5月8日 (引用元:石川県)

その後も復旧・復興事業の増加に対応するため、総合土木、建築、林学、機械などの技術職が追加募集されました。

総合土木では、採用者を県の出先機関だけでなく、輪島市、珠洲市、穴水町、能登町などへ派遣することも想定していました。


6 恐怖、使命感、過集中的な献身、疲弊はどう記録されたのか

6-1 専門職も、最初の揺れでは恐怖を感じました

消防職員、警察官、自衛官などの専門職であっても、巨大地震に直面して恐怖や動揺を感じないわけではありません。自分や家族の安否が分からないまま、倒壊、火災、津波、負傷者や遺体に接し、次の判断を迫られます。

兵庫県が阪神・淡路大震災後に行った調査では、兵庫県内の消防職員1,211人から回答を得て、救助活動による心理的影響を検証しています。その後、神戸市内の消防職員を対象に、震災から4年半後まで影響が残っているかを追跡した調査も実施されました。

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災害救援者の心理的影響に関する調査研究報告書 阪神・淡路大震災が消防職員に及ぼした長期的影響(引用元:兵庫県)

消防職員は、倒壊現場での救助、消火、遺体への接触、救助できなかった経験などを重ねており、専門的な訓練を受けていることと、心理的影響を受けないことは同じではありません。

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災害救援者の心理的影響に関する調査研究報告書 阪神・淡路大震災が消防職員に及ぼした長期的影響(引用元:兵庫県)
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災害救援者の心理的影響に関する調査研究報告書 阪神・淡路大震災が消防職員に及ぼした長期的影響(引用元:兵庫県)
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災害救援者の心理的影響に関する調査研究報告書 阪神・淡路大震災が消防職員に及ぼした長期的影響(引用元:兵庫県)

また、前述した通り、熊本県職員アンケートでは、前震または本震から3時間以内に登庁できなかった職員2,054人のうち、142人、6.9%が理由として「外に出るのが怖かったため」を挙げました。同じ回答者には、家族の世話、自宅被害、交通網の寸断などを理由とした人もおり、職員は公務員である以前に、自身も被災した住民でした。

訓練の役割は、恐怖そのものをなくすことではありません。強い揺れや混乱の中でも、まず自分の安全を確保し、家族の安否、参集先、連絡手段、携行装備、退避条件など、次に確認すべき行動を迷いにくくすることにあります。

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市町村による図上型防災訓練の実施支援マニュアル 平成20年3月 (引用元:総務省 消防庁 図上型防災訓練マニュアル研究会)

公的記録から読み取れるのは、専門職や自治体職員が恐怖を感じなかったということではありません。恐怖、家族への心配、自身の被災を抱えながら、訓練、職務上の役割、同僚との連携を手掛かりに活動へ移った人がいたということです。

6-2 使命感は組織を支えましたが、退避と休養を難しくしました

災害時には、非番の職員が勤務場所へ向かい、消防団員が水門や住民宅を回り、自治体職員が自宅や家族の被害を抱えながら避難所や庁舎に残りました。この行動は使命感だけでなく、担当者が抜ければ、給水、避難所受付、施設復旧、契約、住民対応などが実際に止まるという状況から生じています。

災害対応に従事した被災自治体職員の28.2%が、自分の状態について「無我夢中だった」と回答しました。十分な休暇を取れなかった人は38.5%、ゆっくり休めなかった人は39.1%でした。自由記述には、自宅や実家が被災しても生活再建を後回しにしたこと、災害業務に十分従事できなかったことへの罪悪感、部下を休ませられない上司の悩みも記録されています。

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災害時における地方公務員の メンタルヘルス対策調査研究 報 告 書 令和2年3月 (引用元:地方公務員災害補償基金)

長期派遣でも同様の問題が確認されています。三重県が東日本大震災の被災地へ派遣した職員への聞き取りでは、時間外勤務はほとんどない職場から月100時間程度に達する職場まで差があり、業務が多忙な時期には職員が自主的に休日出勤していました。休暇についても、多忙な職員ほど取得しにくく、周囲が働いているため「申し訳ない」という気持ちから休暇を取らない状況が報告されています。

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東日本大震災 被災地訪問調査 概要報告 (引用元:三重県 防災対策部防災対策総務課)

自分が休めば、残った職員の仕事が増えることや、災害査定、設計、工事監督、用地取得、住民への回答が遅れることが見えています。業務を代替できる職員が少ない部署では、休養が個人の権利ではなく、同僚に負担を移す行為のように感じられることがあります。

一方、個人の責任感に依存した体制は長く続きません。同協会の調査では、発災後に必要な対策として、業務量の多い部署への増員を54.0%、業務の再配分を42.4%、応援職員の到着後に被災地職員を休ませる方針の徹底を27.8%が挙げました。自由記述でも、強制的に休暇を取得させる仕組みが必要だとする意見がありました。

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災害時における地方公務員の メンタルヘルス対策調査研究 報 告 書 令和2年3月 (引用元:地方公務員災害補償基金)

使命感や責任感は、発災直後に組織を動かす力になります。しかし、それが「自分が残らなければならない」「休んではいけない」という状態へ変わると、退避、交代、睡眠、家族の生活再建が遅れます。使命感を否定するのではなく、退避基準、交代要員、業務の再配分、管理職による休養命令を組み合わせ、職員個人の自己犠牲に依存しない体制へ移す必要があります。


6-3 過集中的な献身は、救助を支える一方で退避を遅らせました

震災直後には、目の前の住民、担当区域、設備操作など一つの任務へ意識が強く集中し、津波の接近、残り時間、自分の退避といった情報が後景に退くことがあります。ここでは、この状態を「過集中的な献身」と呼びます。医学的な診断名ではなく、職務を続けること自体が目的化し、中止や退避への切替えが難しくなる状況を表す言葉です。

東日本大震災で公務災害に該当すると見込まれた消防団員のうち、活動状況が整理された197人を見ると、避難誘導中が117人、警戒・救助中が16人、消防団の詰所などへの出動途上が29人、自ら避難している途中などが25人でした。水門閉鎖に関係していた人は60人でしたが、被災時に水門そのものを閉鎖していた人は3人でした。多くは水門閉鎖後も避難誘導、救助、警戒を続け、あるいは退避を始めた後に津波に巻き込まれています。

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東日本大震災における消防団員等の被災状況について(平成23年11月20日現在)(引用元:消防団員等公務災害補償等共済基金)

個別の公務災害認定事例には、水門を閉じた後、民家に取り残された住民を発見して救助中に死亡した消防団員、海へ流されそうな人を救助していて死亡した消防団員、屯所の屋上で半鐘を鳴らし続け、建物ごと流された消防団員が記録されています。管轄地域の高齢者を自家用車で繰り返し避難させている途中に被災した例もありました。これらは、危険を理解できなかったというより、目前の住民を残して活動を終えることが困難だった事例と考えられます。

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東日本大震災における消防団員等の被災状況について(平成23年11月20日現在)(引用元:消防団員等公務災害補償等共済基金)

警察でも、東日本大震災により25人の死亡と5人の行方不明が確認され、その多くが住民の避難誘導や被害情報の収集中に津波に巻き込まれました。

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平成23年回顧と展望 東日本大震災と警察(引用元:警察庁)

警察庁は後年、避難誘導中などに30人の警察職員が殉職したことを踏まえ、津波到達予想時刻を基準とした退避や、救出救助活動中の安全確保を強化しています。

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大規模災害への対応の現状と課題 ~東日本大震災から10年を迎え~' (引用元:警察庁)

住民への呼び掛けや情報収集を最後まで続ける職務意識が活動を支えた一方、警察官自身の退避時間を失わせた事例でもありました。

消防や警察以外の自治体職員にも同様の犠牲がありました。前述のように陸前高田市では、市議会事務局職員4人と市議会議員2人が住民の避難誘導中に死亡しました。また、市役所では大津波警報発表後も、情報収集、職員の安否確認、災害対策本部の立ち上げ、地区本部への移動準備などが続きました。津波が市庁舎近くまで迫ったとの報告を受けて避難が始まりましたが、市民会館で61人、市庁舎とその周辺で11人の職員が死亡しています。このように、自治体職員にも住民対応と災害業務を継続していたことで、退避開始が津波襲来の直前になった職員がいたことは検証記録から確認できます。

これらが起きた理由は、津波の規模が想定を超えたこと、通信が途絶えたこと、明確な退避命令が届かなかったこと、避難しない住民がいたこと、活動終了時刻や退避基準が決められていなかったことが重なっています。

消防庁の調査では、避難誘導を行った回答者136人のうち49人が、呼び掛けても避難しない住民がいたと回答しました。住民を置いて離れることへのためらいが、活動時間を延ばす要因の一つになりました。

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東日本大震災を踏まえた大規模災害時における 消防団活動のあり方等に関する検討会 中間報告書 平成24年3月 (引用元:消防庁国民保護・防災部防災課)

震災後、消防庁は、津波到達予想時刻から退避時間と安全上の余裕を差し引いて「活動可能時間」を設定し、その時間を過ぎれば活動途中でも直ちに退避させる仕組みを示しました。危険が切迫している場合には水門閉鎖を放棄し、自らの退避と住民の避難誘導を優先することも明記されています。これは、現場の個人に「住民を残すか、自分だけ逃げるか」という判断を背負わせず、組織があらかじめ活動の限界を決める考え方です。

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東日本大震災を踏まえた大規模災害時における 消防団活動のあり方等に関する検討会 中間報告書 平成24年3月 (引用元:消防庁国民保護・防災部防災課)

過集中的な献身は、混乱の中でも任務を継続し、実際に住民を救う力になります。しかし、責任感が強い人ほど、自分から活動を打ち切ることが難しくなります。自己犠牲を称賛するだけでは、同じ犠牲を繰り返します。退避時刻、活動中止権限、交代要員、強制的な退避命令を組織側が用意し、献身を職員個人の生命と引き換えにしないことが必要です。


6-4 職員は住民の怒りや暴言、不当な要求にも対応しなければなりません

大規模災害では、住民が一様に冷静で協力的になるわけではありません。家族の安否が分からない、住宅を失った、水や食料が届かない、支援制度の対象にならない、地域によって復旧速度が違うといった状況が重なると、不安や喪失感が怒りとして職員へ向けられることがあります。

内閣府の「被災者のこころのケア都道府県対応ガイドライン」も、災害後のストレス反応として、怒りの爆発、けんか、過激な行動、家族間のトラブルなどが起こり得るとしています。これは暴言や暴力を正当化する説明ではありませんが、平時なら抑えられる感情や利己的な行動が、極度の不安、疲労、物資不足、集団生活によって表面化することを示しています。

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被災者のこころのケア 都道府県対応ガイドライン 平成24年3月 (引用元:内 閣 府)

熊本地震などで災害対応に従事した被災自治体職員943人を調べた報告では、「住民から非難されたり、怒鳴られたりした」経験が「よくあった」「かなりあった」と回答した職員は19.0%でした。「住民のつらい体験を聞いた」は36.4%である一方、「住民から感謝された」は13.7%でした。被災自治体の職員は、行政手続を処理するだけでなく、住民の喪失体験、不安、怒りを繰り返し受け止める立場に置かれていました。

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災害時における地方公務員の メンタルヘルス対策調査研究 報 告 書 令和2年3月 (引用元:地方公務員災害補償基金)

令和6年能登半島地震でも、同じ状況が自治体の検証記録に残っています。志賀町では、上下水道部門の職員8人のうち5人が連日現場に出ながら、国、県、応援機関との調整にも追われていました。町の報告書には、被害が全域に及び対応が追いつかないなか、町民からの通報と苦情が続き、その口調も強くなっていたことが記されています。限られた職員が復旧作業と住民対応の双方を担い、遅れへの不満も直接受け止めていた実態です。

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令和6年能登半島地震 対応検証報告書 【初版】 令和7年3月 (引用元:志 賀 町)

もっとも、災害時に寄せられる苦情を、すべて住民の身勝手さや職員への攻撃として扱うこともできません。

珠洲市では、被災建築物の応急危険度判定について、所有者の許可なく判定ステッカーを貼られたという苦情が寄せられました。

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令和6年能登半島地震及び令和6年奥能登豪雨災害対応検証報告書概要版(引用元:珠洲市)

危険を周知するために必要な業務であっても、その目的や権限、判定結果の意味が住民に伝わらなければ、不信や反発が生じます。行政側の説明不足、情報の食い違い、地域間の支援格差に対する正当な指摘と、人格攻撃や不当要求は区別しなければなりません。

それでも、職員は、感じのよい住民だけを選んで救助・支援することはできません。市町村には地域住民の生命、身体、財産を災害から保護する責務があります。救助、避難支援、給水、物資、医療、福祉などの優先順位は、生命の危険、緊急性、要配慮性、被害の程度によって決めるべきであり、住民が職員へ感謝したか、礼儀正しかったかによって決めるものではありません。恐怖や混乱のために攻撃的になっている住民も、必要性が高ければ支援の対象です。

一方、職員が暴言や威嚇を無制限に受け続けることまで、公務上の責務ではありません。愛知県の公的な支援資料は、怒っている人の感情を直ちに否定せず、何に困っているのかを聴く一方、本人が感情の制御を失っている場合には、会話を中断することも必要だとしています。

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災害時におけるメンタルヘルスについて  被災者に接する際にこころがけておきたいこと(引用元:愛知県)

実際の対応では、一人で抱え込まず、複数職員での対応、担当者の交代、要求内容と発言の記録、責任者への引継ぎが必要です。暴力、脅迫、業務妨害に至る場合は、警察や施設管理者と連携し、いったん距離を取らなければなりません。救助を放棄することと、危険な状態のまま一人の職員に対応を続けさせることは別です。

災害対応の現実には、助け合いや感謝だけでなく、不信、怒り、利己的な要求、支援をめぐる対立も含まれます。自治体職員には、そのような人間の弱さが表れた住民も必要に応じて保護する役割があります。同時に、正当な苦情には説明と改善で応え、暴言や不当要求には組織として境界を設ける必要があります。住民を守ることと職員を守ることは、対立するものではなく、災害対応を継続するために両立させなければならない課題です。

 


7 何ができなかったのか

7-1 全職員を直ちに集めることはできませんでした

神戸市では、制度上は全職員出動でも、当日の出務率は41%でした。

熊本県では、8割を超える職員が全員登庁の規定を知っていても、2,054人が3時間以内に登庁できませんでした。

能登では、道路と通信が同時に壊れ、職員が避難所へ分散しました。

家族、自宅、交通、通信が同時に被災する以上、「全職員参集」という制度上の表現を、そのまま実人数として扱うことはできませんでした。


7-2 参集した全員を、直ちに有効配置することはできませんでした

管理職がいない、庁舎へ入れない、被害情報がない、他部署の需要が分からないため、到着しても具体的な業務がない人がいました。

反対に、地域、設備、連絡先を知る人へ仕事が集中しました。

発災直後の能力を決めたのは人数だけでなく、その人員を仕事へ割り当てる機能でした。


7-3 すべての救助要請へ専門隊を送ることはできませんでした

阪神・淡路大震災では、倒壊建物が広範囲に発生し、消防や警察が到着する前に、家族や近隣住民が救助に入りました。

消防車が本来の火災現場へ向かう途中で生き埋め救助を求められ、任務を変更することもありました。

目の前の救助を優先すれば、別の火災や救急への到着が遅れます。

すべてを同時に救うだけの人員と時間は存在しませんでした。


7-4 消防車が到着すれば、火を消せるわけではありませんでした

神戸市では、消火栓が断水しました。

道路は塞がれ、長距離に延ばしたホースが車両に踏まれ、燃料の到着も遅れました。

航空消火についても、倒壊しかけた建物への大量放水、建物内の生存者、回転翼の風、命中精度、低空飛行の危険などが問題となりました。

消防力は消防車と消防職員だけで決まりません。

水道、道路、燃料、通信、交通規制に依存していました。


7-5 人数を増やせば、比例して救援速度が上がるわけではありませんでした

東日本大震災で自衛隊は約10万人を集めましたが、集中には約1週間を要しました。

能登半島地震では、後方に人員がいても、道路、港、天候が集落への到達を制限しました。

航空機も、多ければよいわけではありません。

離着陸地点、空域管制、燃料、地上誘導、荷降ろし要員が必要です。

組織の総人数と、特定の被災者のところへ到達した人数は一致しませんでした。


7-6 応援職員を送れば、地元職員の負担が直ちに減るわけではありませんでした

応援者には、受付、説明、地図、端末、車両、権限、報告先、宿泊、食事、引継ぎが必要です。

熊本地震では、被災市町村が必要人数や職種を整理できず、応援の受入れ自体が課題となりました。

南三陸町では、物資と支援者が増えるほど、町職員の調整業務も増えました。

応援側が自己完結できなければ、被災自治体側が支援者を支援する状態になります。


7-7 技術者がいれば、設備をすぐ直せるわけではありませんでした

水道管を直すには、漏水箇所の特定、管路図、掘削機械、資材、施工業者、道路使用、給油、作業員の宿泊が必要です。

受変電設備やポンプを確認するにも、鍵、図面、電源、測定器、安全を確認する人、メーカーや施工業者との連絡が必要です。

神戸市水道では全国から多数の応援を受けても、全戸復旧まで約3か月かかりました。

専門知識を持つ一人を配置することと、復旧作業を成立させることは別でした。


7-8 物資が被災地へ到着すれば、住民へ配れるわけではありませんでした

物資には、荷受け、分類、保管、避難所別の数量決定、積込み、輸送、受取確認が必要です。

芦屋市では自衛隊が物流を再編し、南三陸町では民間物流事業者が入るまで滞留が生じました。

能登では幹線道路が開いても、集落へ通じる最後の道路が通れない場所がありました。

物資が県内にあること、自治体の倉庫にあること、避難者の手元に届くことは、それぞれ別の段階です。


7-9 道路を開けば、地域全体が復旧するわけではありませんでした

道路啓開は、消防、警察、自衛隊、給水車、物資車両を通す入口です。

その後に、上下水道、電力、通信、燃料、医療、住宅、廃棄物処理が必要です。

道路を開けても、断水した避難所へ給水車を回す職員がいない、電力がなくポンプが動かない、宿泊場所がなく応援隊が長く滞在できないという問題が残りました。

一つのインフラの復旧だけで、地域生活は戻りませんでした。


7-10 休暇制度があれば、職員が休めるわけではありませんでした

制度上は休暇や交代が可能でも、代替要員がいない、周囲が働いている、自分しか分からない仕事があるという理由で休めない人がいました。

公的調査では、ゆっくり休めなかった人、十分な休暇を取れなかった人が約4割いました。

休ませるには、単に「休んでよい」と伝えるだけでなく、業務を引き取る人、記録、引継ぎ、交代班が必要でした。


8 防災庁は、初動と中長期で何を変え得るのか

防災庁設置法が令和8年法律第61号として公布されました。

法律が公布された直後であり、防災庁が巨大災害で実際に活動した実績はまだありません。

そのため、以下は想定になります。

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防災庁設置準備(引用元:内閣官房)

8-1 防災庁ができても、発災直後の物理的制約はなくなりません

防災庁が設置されても、次の問題は行政調整だけでは解決しません。

  • 倒壊した庁舎や消防署

  • 死亡した地元職員

  • 崩落した道路

  • 断水した消火栓

  • 天候不良で飛べないヘリコプター

  • 流失した車両、図面、住民記録

  • 家族を避難させている職員

  • 港から集落までの地域内輸送

阪神・淡路大震災、東日本大震災、能登半島地震の初動では、現地に存在する人員、道路、水、通信、燃料が救援速度を決めました。

その意味では、防災庁の設置だけで、発災後数十分から数時間の救助速度が劇的に上がると考えるのは現実的ではありません。

最初に動くのは、現地の消防、警察、消防団、自治体当直者、近隣居住職員、医療機関、住民です。

8-2 初動でも、組織間の接続を早める価値はあります

防災庁設置法上の主な機能には、防災施策の企画立案と総合調整、大規模災害対処の調整、中央防災会議や災害対策本部の運営、国・地方公共団体・民間事業者による事前防災の推進などがあります。

史実上、初動を遅らせた要因には、次のものがありました。

  • 被害情報が中央へ届かない

  • 市町村が要請内容を整理できない

  • 要請を待つのか、先に派遣するのか決まらない

  • 警察、消防、自衛隊、国土交通省、医療、水道の情報が分散する

  • 応援自治体の割当てが遅れる

  • 支援者が集まり過ぎ、受入れ能力を超える

  • 交代要員、宿営地、燃料の準備が後回しになる

防災庁が意味を持つとすれば、現場の消防車や重機を自ら置き換えることではなく、要請を整理できない自治体への先行支援、各省庁部隊の割当て、受援調整、交代計画を早める部分です。

ただし、被災自治体に新たな報告書、会議、様式を求めるだけなら、初動負担を増やします。

8-3 中長期では、初動より大きな意味を持つ可能性があります

中長期には、防災庁が扱える課題が増えます。

  • 自治体職員の長期派遣

  • 技術職員の確保

  • 派遣任期と引継ぎ

  • 通常業務の代替

  • 罹災証明や被災者支援制度の調整

  • インフラ復旧の省庁横断調整

  • 職員の交代、休養、健康管理

  • 災害検証記録の保存

  • 復旧・復興事業の継続管理

東日本大震災では、発災から数年後も設計、積算、発注、用地、住民調整、人員不足が続きました。

この段階では、現場へ何分早く着くかより、数年間にわたり人員と制度を切らさないことが重要です。

政府方針でも、本庁の設置を先行しつつ、地方機関の機能や設置場所を検討し、官民から人材を集め、技術系・事務系職員を育成する方針が示されています。

8-4 新しい調整機関が、調整の一層を増やす可能性もあります

実働部隊の多くは、防災庁の設置後も、都道府県警察、消防本部、消防団、自衛隊、地方整備局、自治体、水道事業体などに残ります。

防災庁が総合調整を行っても、現場組織との通信、権限、平時からの人間関係が弱ければ、報告先が一つ増えるだけになる可能性があります。

防災庁の評価は、組織の名称や定員ではなく、

  • 被災自治体が整理できない要請を代わって整理できたか

  • 既存省庁の部隊を早く接続できたか

  • 支援者の宿営、交代、長期派遣まで扱えたか

  • 被災自治体の報告負担を増やさなかったか

  • 過去の検証を次の災害へ引き継げたか

によって行う必要があります。


9 史実から見える、公的組織の実像

巨大地震の直後、公的組織は、完成した一枚岩として被災地へ現れたわけではありません。

警察署、消防署、市役所、県庁、自衛隊、地方整備局、水道局のそれぞれで、まず生き残った人が、自分の周囲を確認しました。

近くにいた人が先に来ました。

遠くに住む人、家族が被災した人、道路を越えられない人は来られませんでした。

勤務場所へ向かったことで死亡した人もいました。

到着した人の中で、地域を知る人、設備を知る人、判断できる人、車を運転できる人が、その場の対応を始めました。

初期には部署と職種の境界が崩れました。

消防隊が火災と救助の間で止まり、水道職員が消火用水と飲料水の間で判断し、自治体技術職が電話や物資に回り、警察官が倒壊家屋ではなく道路に立ち、自衛隊員が捜索ではなく炊事、給水、燃料輸送を担いました。

数日後から、専門性と組織性が戻ってきました。

警察、消防、自衛隊、国土交通省、水道事業体、応援自治体が任務を分担しました。

しかし、被災自治体の庁舎と職員が失われていれば、その接続には時間がかかりました。

初動が終わっても、仕事は減りませんでした。

行方不明者捜索、遺体確認、給水、道路、廃棄物、罹災証明、仮設住宅、復興工事、用地、住民説明、通常行政が積み重なりました。

発災当日に命を失った人がいました。

数か月から数年の過労と心理的負担に苦しんだ人もいました。

史実から見えるのは、完璧に動いた組織でも、何もできなかった組織でもありません。

被災し、欠け、混乱した組織が、そこに到着できた人々によって一時的に組み直され、他地域の人員と資材を受け入れながら、数日、数か月、数年をかけて機能を取り戻していった姿です。

 

 


本稿は、公開情報として入手可能な一次資料を引用・参照しながらに、
制度理解の観点から再整理・分析を行ったものです。
記載内容の構成、論点整理および評価は筆者個人の見解であり、特定の組織・機関の公式見解を示すものではありません。


参考文献

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橋本靖明・大濵明弘「危機対処時におけるソーシャルメディアの役割――東日本大震災を例として――」『防衛研究所紀要』第16巻第2号、2014年2月、95–121頁
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珠洲市:令和6年能登半島地震及び令和6年奥能登豪雨災害対応検証報告書概要版
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愛知県:災害時におけるメンタルヘルスについて 被災者に接する際にこころがけておきたいこと
https://www.pref.aichi.jp/uploaded/attachment/260722.pdf

内閣官房:防災庁設置準備
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/bousaichou_preparation/index.html

公共工事の設計・積算とは?ゲームで学ぶ現場調査から数量計算・入札まで


※本記事は、各省庁・自治体等が公開している一次資料を基に、発注について整理・分析を行った学習用記事です。


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公共工事の「設計」や「積算」と聞くと、図面を描き、数量に単価を掛けて工事費を計算する仕事を想像するかもしれません。

しかし、実際の設計・積算は、電卓を使って金額を出すだけの仕事ではありません。

最初に、工事の目的を確認します。次に現場を調べ、必要な設備と施工方法を決めます。その結果を図面や仕様書へ表し、必要な材料や作業の量を求めます。そして、材料費、作業員の労務費、機械の使用費、安全対策費などを積み上げ、工事全体の金額を作ります。

公共工事の工事費には、最終金額だけでなく、その金額に至るまでの根拠が必要です。

なぜこの経路なのか。
なぜケーブルがこの長さになるのか。
なぜこの職種の作業員が必要なのか。
なぜこの施工方法を選んだのか。
なぜこの金額になるのか。

こうした根拠を、現場、図面、数量、単価、内訳の順につないでいく作業が、設計と積算です。

この記事では、河川沿いの防災公園に監視カメラと屋外通信設備を新設する架空工事を例として、設計と積算の流れを説明します。

依頼内容を確認する

現場条件を調べる

設備と施工方法を決める

図面と仕様を作る

数量を求める

材料費・労務費・機械費を組み合わせる

工種ごとの施工費を求める

工事全体の内訳を作る

工事全体に共通する費用を加える

設計金額を求める

図面・数量・単価・施工条件を検算する

入札へ進む

※この記事に示す人工数、材料価格、率、端数処理、工事金額は、計算構造を説明するための例です。実際の積算では、発注機関、地域、工事種別、規模、工期、現場条件、適用年月に対応した基準や単価を使用します。


1 設計とは何か

1-1設計は、工事の内容と条件を決める仕事

設計とは、何を、どこに、どのような方法で、どのような金額で造るかを決めることです。

河川監視設備を設置する場合であれば、単にカメラの機種を選ぶだけではありません。

どの方向を撮影するのか、夜間撮影は必要か、大雨時にも映像を送り続ける必要があるか、映像をどこへ送るのか、既設設備から電源を取れるのか、通信回線をどの経路へ通すのかといった条件を整理します。

さらに、通信盤やポールの設置場所、基礎の構造、電源ケーブルと光ケーブルの経路、接地方法、浸水対策、既設設備との接続、完成後の試験方法などを決めます。

図面は、設計した内容を他者へ伝えるための一つの手段です。

工事を実際に発注するには、図面だけでなく、仕様書、数量表、計算書、施工条件、試験条件なども整える必要があります。

発注関係事務の運用に関する指針 平成27年1月30日 (令和2年1月30日改正) (令和7年2月3日改正) (引用元:公共工事の品質確保の促進に関する 関係省庁連絡会議)

そして、これまで決めた各内容を基準書等を元にして工種ごとに分け、必要な数量と金額を求める必要もあります(これを積算とも言います)。

例えば、光ケーブルを75m配線するとします。

光ケーブルを1m配線するために必要な材料費、作業員の費用、固定材や接続材などの費用を合計し、1m当たり2,640円になるとします。

その場合、光ケーブル配線工の金額は、

75m×2,640円/m=198,000円

です。

このように、工種ごとの数量と1単位当たりの施工費を掛けて工事費を積み上げます。


2 最初に理解したい積算の基本用語

設計・積算では、日常生活ではあまり使わない言葉が出てきます。

用語を理解しないまま計算例へ進むと、何を計算しているのか分かりにくくなるため、最初に意味を整理します。

2-1数量

数量とは、工事で使用する材料や、行う作業の量です。

例えば、次のようなものです。

光ケーブル 75m
電源ケーブル 70m
地中配管 60m
ハンドホール 2基
掘削 12.60m³
舗装復旧 9.60m²

mは長さ、m²は面積、m³は体積を表します。

同じ工事でも、何を数えるかによって単位が変わります。

2-2単価

単価とは、1単位当たりの価格です。

光ケーブル材料が1m当たり1,900円、ハンドホールが1基当たり85,000円、電工が1人1日当たり29,700円というように表します。

ただし、材料だけの価格と、材料を設置する作業まで含んだ価格は別のものです。

「ケーブル1mの材料価格」と「ケーブルを1m配線する工事価格」を混同してはいけません。

2-3人日

人日は、作業員の作業量を表す単位です。

1人日とは、1人が所定の1日働く作業量です。

0.5人日なら、数量上は1人が半日作業する程度の量に相当します。0.1人日であれば、1日分の10分の1に相当します。

ただし、人日は金額を計算するための数量であり、実際の作業班の人数をそのまま表すとは限りません。安全上必要な人数や現場での役割分担は、別に検討する必要があります。

2-4歩掛

歩掛とは、ある作業を1単位行うために必要な材料、作業員、機械などの標準的な量です。

例えば、光ケーブル配線工1m当たり、電工0.023人日が必要だとします。

この0.023人日が、光ケーブル1mを配線するための電工の歩掛です。

地中配管1m当たり普通作業員0.035人日、特殊作業員0.025人日が必要であれば、それぞれが地中配管工の歩掛になります。

国土交通省の積算関係資料でも、材料や労務などの所要量を基に単価を組み立てる標準歩掛りの体系が整備されています。

一方、標準歩掛りが現場実態へ適合しない場合には、見積りなどを用いて適切な歩掛を設定する必要があります。

『営繕積算方式』活用マニュアル【概要版】(引用元:国土交通省)

2-5代価

代価とは、ある作業を1単位行うために必要な費用をまとめた金額です。

例えば、光ケーブルを1m配線するためには、ケーブル材料だけでなく、電工の作業や配線用の雑材料が必要です。

光ケーブル材料費
+電工の労務費
+固定材・接続材など
=光ケーブル配線工1m当たりの代価

となります。

つまり代価は、1m当たり、1基当たり、1箇所当たりなどの「施工込みの価格」です。

2-6工事費内訳書

工事費内訳書は、工事を工種ごとに分け、数量、単位、1単位当たりの価格、工種金額を並べたものです。

例えば、光ケーブル配線工であれば、

数量 75m
代価 2,640円/m
金額 198,000円

という関係を示します。

2-7検算

検算は、同じ計算をもう一度行うことだけではありません。

図面と数量が一致しているか、現場条件が反映されているか、必要な工種が抜けていないか、同じ費用を二重に計上していないか、単価の使用条件が合っているかまで確認することです。

積算ミスは入札中止や施設整備の遅れにつながり、住民サービスや職員にも影響を与えてしまいます。

西 喜士・皆川 勝・五艘 隆志(2020)「地方自治体における設計積算ミス問題に関する考察」『土木学会論文集F5(土木技術者実践)』第76巻第1号、pp.43–51、doi:10.2208/jscejppce.76.1_43。

勿論、人間である以上は100%それを無くすのは不可能です。

しかし検算によって可能な限り、それを無くします。


3 学習用ゲームで想定した河川監視通信設備を例に

河川沿いの防災公園に、監視カメラと通信設備を新設する工事を考えます。

既設管理棟には、分電盤と通信設備があります。

公園内の河川付近に新しい監視カメラ、屋外通信盤、通信ポールを設置し、管理棟から設置地点まで地中配管を設けます。その管の中へ光ケーブルと電源ケーブルを通します。

工事に必要な主な設備は、監視カメラ、通信装置、屋外通信盤、通信ポール、地中配管、光ケーブル、電源ケーブル、ハンドホール、接地設備、コンクリート基礎です。

現場には、アスファルト通路、深さが分からない既設水道管、大雨時の浸水区域、河川区域があります。

このような条件があるため、管理棟から設置地点まで直線で結べばよいわけではありません。


4 依頼内容を、設計条件へ変える

工事は「カメラを設置してほしい」という依頼だけでは設計できません。

何を監視するのか、どのような状況で使うのかを確認する必要があります。

河川の水位を見るのか、護岸や通路の状況を見るのかによって、カメラの設置位置と画角が変わります。

夜間監視が必要であれば、照度や赤外線撮影の検討が必要です。

大雨時にも監視を継続するなら、停電時の電源、通信断への対応、機器の設置高さ、浸水対策を考える必要があります。

映像を録画するなら、保存場所、保存期間、通信容量も検討します。

この段階で整理した条件が、後の設備仕様、経路、数量、金額の根拠になります。

最初の条件整理が不十分なまま図面を作ると、設計途中や施工段階で仕様変更が発生しやすくなります。


5 現場調査によって、必要な工事が見えてくる

5-1既設管理棟

既設管理棟では、分電盤の位置、空き回路、電源容量、ブレーカーの仕様、通信設備の空きポート、屋外へケーブルを出せる位置などを確認します。

空き回路がなければ、ブレーカーを追加するだけで済まない場合があります。分電盤そのものの改修や新設が必要になるかもしれません。

建物の壁から屋外へ配管を出すなら、壁貫通、配管固定、止水、シール処理なども必要です。

管理棟内部の立上り長さや、盤内までの配線長も数量へ加えます。

5-2設置地点

設置地点では、通信盤やポールを安全に設置できるかを確認します。

地盤が軟弱であれば、基礎の大きさや地盤処理を検討します。

通信盤の扉を開けられるか、保守作業員が立てるか、機器交換時に車両や作業機械が入れるかも確認します。

設置場所が浸水する可能性があれば、位置の変更、基礎のかさ上げ、盤の取付高さ、防水性などを検討します。

5-3配管経路

管理棟から設置地点までの間に、舗装、樹木、既設管、河川、法面などがないか確認します。

経路長だけでなく、掘削機械が入れるか、資材を運べるか、通行規制が必要か、掘削した土を一時的に置けるかといった施工条件も重要です。


6 最短経路が、最も合理的とは限らない

管理棟から設置地点までの直線距離が42mだとします。

しかし、その直線経路がアスファルト通路、深さ不明の水道管、浸水区域を通る場合、次の工事が増えます。

舗装切断
舗装撤去
路盤復旧
舗装復旧
交通誘導
試掘
既設管の保護
止水処理
耐水対策

一方、芝生部分を通って10mほど迂回すれば、舗装や既設管を避けられるかもしれません。

経路が42mから52mへ長くなれば、配管とケーブルの数量は増えます。

しかし、舗装復旧や試掘がなくなることで、工事全体では安くなる場合があります。

経路を選ぶときは、距離だけでなく、施工性、安全性、維持管理性、許認可、工事費を比較します。


7 既設管の深さが分からない場合

道路や公園の地下には、水道管、下水道管、ガス管、電力ケーブル、通信管路などが埋設されている可能性があります。

台帳に位置が記載されていても、実際の位置や深さが台帳と一致しているとは限りません。

建設工事公衆災害防止対策要綱の解説では、埋設物が想定される場合、台帳や設計図書の確認に加え、必要に応じて試掘し、種類、位置、深さ、構造などを確認することが示されています。

試掘では、作業員が地面を掘るだけではありません。

管理者との調整、掘削位置の設定、交通保安、舗装撤去、手掘り、埋設物の露出、深さの測定、埋戻し、仮復旧などが必要です。

試掘を設計へ入れなければ、工事費は安く見えます。

しかし施工中に既設管が見つかると、工事を止め、経路や深さを変更する必要が生じます。


8 アスファルトを通る場合の数量

未舗装地へ配管を埋める場合と、舗装道路へ埋める場合では、必要な作業が異なります。

舗装道路では、舗装版を切断して撤去し、配管工事後に路盤と舗装を復旧します。道路を交通へ開放する場合には、仮舗装や覆工などの安全措置も必要です。

アスファルト内を12m通り、舗装の復旧幅を0.80mとする場合、舗装復旧面積は、

12m×0.80m=9.60m²

です。

経路全体が60mであっても、舗装内が12mなら、舗装復旧数量は9.60m²です。

経路全長60mに0.80mを掛けて48m²とすれば過大数量になります。

反対に舗装内を通っているのに、舗装復旧を計上しなければ工事費が不足します。


9 浸水区域では、設備を守る前に配置を見直す

河川沿いや低地では、電気設備と通信設備の浸水リスクを考えます。

国土交通省と経済産業省の電気設備浸水対策ガイドラインでは、浸水リスクを調べ、必要な機能継続水準を定め、まず浸水リスクの低い場所への設備設置を検討する考え方が示されています。そのうえで、かさ上げ、防水区画、貫通部の止水、耐水性の高い設備などを組み合わせます。

ここで重要なのは、浸水区域を通るから高価な機器へ変えればよいわけではないことです。

数m迂回して浸水区域を避けられるなら、通常仕様の設備を安全な場所へ設置する方が合理的な場合があります。

設計では、性能を高くすることだけでなく、リスクそのものを避ける方法を先に検討します。


10 河川区域では、施工方法と手続が変わる

河川区域内に工作物や配管を設置する場合、通常の公園内工事とは条件が異なります。

河川を横断する方法としては、橋梁への添架、架空配線、開削、ボーリング、推進工法、既設管路の利用などが考えられます。

川幅、護岸構造、水位、流速、出水期、管理用通路の位置によって採用できる方法が変わります。

そのため、地図上で川を横切る線を引き、その延長へ通常の地中配管単価を掛けるだけでは、積算として不十分です。

河川管理者との協議、調査、設計、申請、仮設、特殊施工、護岸復旧などを検討する必要があります。


11 図面から土工数量を求める

経路と施工方法が決まったら、図面から数量を計算します。

次の条件を例にします。

地中配管経路 60m
掘削幅 0.35m
掘削深さ 0.60m
保護砂厚 0.10m
舗装区間 12m
舗装復旧幅 0.80m

11-1掘削量

掘削量は、掘る溝の幅、深さ、延長から求めます。

0.35m×0.60m×60m=12.60m³

11-2保護砂量

配管の周囲に厚さ0.10mの保護砂を敷くとすると、

0.35m×0.10m×60m=2.10m³

です。

11-3埋戻し量

保護砂部分を除いた埋戻し深さを0.50mと単純化すると、

0.35m×0.50m×60m=10.50m³

です。

実際の数量計算では、管の体積、ハンドホールや基礎の体積、発生土処分、購入土、締固めなども確認します。

11-4舗装復旧面積

12m×0.80m=9.60m²

です。

このように、同じ60mの経路でも、工種ごとに数量の求め方が異なります。


12 ケーブル数量には立上りと余長を加える

地中配管経路が60mでも、ケーブルは60mでは足りません。

管理棟内で分電盤や通信装置まで立ち上げる長さ、屋外通信盤やポールまで立ち上げる長さ、接続作業や成端作業のための余長が必要です。

12-1光ケーブル

地中経路 60m
管理棟側立上り 3m
設備側立上り 3m
接続・成端余長 5m

60+3+3+5=71m

5m単位で切り上げる場合は75mです。

12-2電源ケーブル

地中経路 60m
管理棟側立上り 3m
設備側立上り 3m
接続余長 2m

60+3+3+2=68m

5m単位で切り上げる場合は70mです。

数量表には、最終数量だけでなく、立上りと余長の根拠を残します。

「光ケーブル75m」とだけ書かれていても、経路が60mなら、残り15mが何のために加えられたのか第三者には分かりません。


13 労務単価と歩掛から作業費を求める

例として、電工の単価を1人日当たり29,700円とします。

光ケーブル配線工1m当たりの電工歩掛を0.023人日とすると、労務費は、

29,700円/人日×0.023人日=683.1円

です。

1円未満を四捨五入するなら683円です。

この683円は、光ケーブル1mを配線するための電工作業費です。

ケーブル材料費や雑材料費は、別に加えます。


14 1m当たりの光ケーブル配線工を作る

光ケーブルを1m配線するために、次の費用が必要だとします。

光ケーブル材料 1.000m
電工 0.023人日
固定材・接続材等 材料費の3%

光ケーブルの材料価格を1m当たり1,900円とします。

電工の作業費は、前項で求めた683円です。

固定材や接続材などの費用を材料価格の3%とすると、

1,900円×3%=57円

です。

したがって、光ケーブル配線工1m当たりの金額は、

光ケーブル材料 1,900円
電工労務費 683円
固定材・接続材等 57円

合計2,640円/mです。

この2,640円/mが、光ケーブル配線工の代価です。

代価表を作ることで、2,640円の中に何が含まれているのかを確認できます。

材料費だけなのか、施工費を含むのか、接続費を含むのかが不明な単価は、別の単価と組み合わせたときに二重計上や計上漏れを起こしやすくなります。


15 数量と代価から工種金額を求める

光ケーブル配線工の数量は75m、代価は2,640円/mです。

75m×2,640円/m=198,000円

となります。

工事費内訳書には、次の関係が分かるように記載します。

光ケーブル配線工
数量 75m
単位 m
代価 2,640円
金額 198,000円

ここで重要なのは、内訳書に表示した数量と代価を掛ければ、表示金額と一致することです。

表には75m、2,640円と書かれているのに、内部では75.003mや2,640.1円を使えば、再計算結果が一致しません。

丸める前の値を使うのか、表示値を使うのかを統一し、端数処理の方法も明示します。


16 高所作業では費用構成が変わる

ポール上部で配線・接続作業を行う場合、電工だけでは作業できないことがあります。

電工作業を行う電工のほか、地上で資材を受け渡す補助作業員、高所作業車、工具、安全設備などが必要になります。

例えば、1箇所当たりの構成を、

電工 0.150人日
普通作業員 0.050人日
高所作業車等 1式

とします。

電工29,700円/人日、普通作業員26,600円/人日、高所作業車等3,000円とすると、

電工
29,700×0.150=4,455円

普通作業員
26,600×0.050=1,330円

高所作業車等
3,000円

合計は8,785円/箇所です。

実際に必要な作業員数、作業車の種類、安全設備は、作業高さ、道路条件、周辺環境、設備構造によって変わります。


17 工種を集計して直接工事費を作る

河川監視通信設備工事では、次のような工種が考えられます。

通信ポール設置、屋外通信盤据付、監視カメラ設置、地中配管、光ケーブル配線、電源ケーブル配線、ハンドホール設置、掘削、保護砂、埋戻し、舗装復旧、試掘、浸水対策、基礎工事、接地工事、通信試験などです。

それぞれの数量と代価を掛け、工種金額を求めます。

工種金額を合計したものが、直接工事費の基礎になります。

ただし、採用する単価によって、含まれる範囲が異なります。

地中配管の単価に掘削と埋戻しが含まれている場合、別途掘削と埋戻しを加えると二重計上になります。

配管材料だけの単価であれば、掘削、埋戻し、保護砂、舗装復旧などを別途計上する必要があります。

単価の名称だけでなく、単価に含まれる作業範囲を確認することが重要です。


18 直接工事費以外に必要な費用

工事費は、材料を買い、現場の作業員へ支払う費用だけでは完成しません。

工事全体を安全に管理し、会社として契約を履行するための費用が必要です。

公共建築工事共通費積算基準では、共通費を共通仮設費、現場管理費、一般管理費等に区分しています。

18-1共通仮設費

共通仮設費は、工事全体で共通して使用する仮設物や安全設備などの費用です。

仮設電力、仮設水道、仮囲い、安全施設、養生、整理清掃、運搬、試験などが関係します。

18-2現場管理費

現場管理費は、工事現場を管理・運営するための費用です。

現場従業員、安全管理、品質管理、工程管理、現場事務、通信、交通、法定福利費の事業主負担分などが関係します。

18-3一般管理費等

一般管理費等は、本社や支店を含む企業全体の運営、契約事務、総務、経理、営業などに関係する費用です。

これらの算定方法は、工事種別、工事費、工期、地域、施工条件などによって変わります。一律に同じ率を掛ければよいものではありません。


19 設計金額を求める

例として、直接工事費が2,621,695円で、共通仮設費、現場管理費、一般管理費等を所定の基準により算出した結果が次の金額になったとします。

直接工事費 2,621,695円
共通仮設費 52,000円
現場管理費 78,000円
一般管理費等 104,000円

合計は、

2,621,695+52,000+78,000+104,000
=2,855,695円

です。

仮に設計金額について1,000円未満を切り捨てる条件であれば、

2,855,000円

となります。

端数処理は、四捨五入、切上げ、切捨てのどれを使うかによって結果が変わります。


20 施工条件を明示する理由

設計時点で分かっている施工条件は、設計図書へ明示します。

例えば、深さ不明の埋設管があること、試掘が必要であること、大雨時に浸水する区域であること、河川管理者との協議が必要であることなどです。

条件を設計者だけが知っていても、施工者へ伝わらなければ、入札価格へ反映できません。

施工者がきちんと計画を立てたり準備をすることも出来ません。

そのため安全に工事を実施することが出来なくなってしまいます。


21 適正な設計金額が必要な理由

公共工事には税金、料金収入、補助金、地方債などの公的・公共的な財源が使われるためで行われるため、不要な費用を計上してはいけません。

一方で、必要な費用を削り、予定価格を低く設定すればよいわけでもありません。

設計金額が低すぎると、施工会社が必要な材料、作業員、機械、安全対策を確保できない可能性があります。

入札参加者が現れない、または全社の入札額が予定価格を超えることもあります。

反対に金額が高すぎる場合は、過大数量、不要な仕様、二重計上、割高な単価となり無駄に国や自治体・団体の予算を使用することになります。

積算の目的は、できる限り低い金額を作ることではありません。

必要な工事を安全に施工でき、発注者、施工者、第三者へ説明できる金額を作ることです。

公共工事の入札及び契約の適正化並びに円滑な施工確保に向けた取組について(地方公共団体あて要請)(引用元:国土交通省)

22 入札不調と入札不落

設計書と予定価格が整うと、入札へ進みます。

入札参加者がいない、または全者が辞退するなど、入札が成立しない状態を一般に入札不調と呼びます。

入札は行われたものの、予定価格内の有効な入札がなく、落札者が決まらない状態を入札不落と呼びます。

原因としては、積算額と実勢価格の乖離、施工条件の不明確さ、厳しい工期、技術者不足、資材調達条件、現場リスクなどが考えられます。

入札不調への対応について  (引用元:総務部入札監理課  土木部建設産業室)

不調・不落が起きた場合、単に金額を上げる、または同じ条件で公告を繰り返すだけではなく、数量、施工方法、工期、現場条件、資格要件、リスク分担を見直す必要があります。


23 設計と積算で最も重要なこと

設計や積算を学び始めた段階では、歩掛や単価の数字を大量に暗記する必要はありません。

最初に理解したいのは、各段階のつながりです。

現場に何があるのか。
どの施工方法を選ぶのか。
どの材料と作業が必要なのか。
数量はいくつになるのか。
1単位当たりの費用はいくらか。
工事全体ではいくらになるのか。

このつながりが理解できれば、基準や単価が変わっても、積算の考え方を追うことができます。

反対に単価だけを暗記しても、現場条件や単価に含まれる範囲を理解していなければ、適切な積算はできません。


まとめ

設計と積算の本質は、現場条件、施工方法、図面、数量、価格、工事費を、一つの根拠の流れとしてつなぐことです。

設計書に求められるのは、単に計算が合っていることではありません。

なぜこの設計なのか。なぜこの数量なのか。なぜこの単価なのか。なぜこの金額なのか。

その理由を第三者がたどれることが重要です。

設計と積算の本質は、金額を作ることではありません。

現場、施工方法、図面、数量、単価、工事費を、一つの根拠の鎖としてつなぐことです。


本稿は、公開情報として入手可能な一次資料を引用・参照しながらに、
発注について再整理・分析を行ったものです。
記載内容の構成、論点整理および評価は筆者個人の見解であり、特定の組織・機関の公式見解を示すものではありません。


参考文献

・国土交通省:土木工事積算基準関係
https://www.mlit.go.jp/tec/koujisekisan_00001.html

・国土交通省:『営繕積算方式』活用マニュアル【概要版】https://www.mlit.go.jp/gobuild/content/001733292.pdf

・公共工事の品質確保の促進に関する 関係省庁連絡会議:発注関係事務の運用に関する指針 平成27年1月30日 (令和2年1月30日改正) (令和7年2月3日改正) 
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/kouji/kettei/250203honbun.pdf

・西 喜士・皆川 勝・五艘 隆志(2020)「地方自治体における設計積算ミス問題に関する考察」『土木学会論文集F5(土木技術者実践)』第76巻第1号、pp.43–51、doi:10.2208/jscejppce.76.1_43。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jscejppce/76/1/76_43/_pdf/-char/ja

・関東地方整備局:工事請負契約における 設計変更ガイドライン(総合版)令和7年3月
https://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000697185.pdf

・国土交通省:公共工事の入札及び契約の適正化並びに円滑な施工確保に向けた取組について(地方公共団体あて要請)
https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/const/content/001738868.pdf

総務部入札監理課  土木部建設産業室:入札不調への対応について  
https://www.mlit.go.jp/common/001038781.pdf

民間委託しても、自治体に技術職員が必要な理由

自治体の技術職員が不足しているとき、しばしば次のような考え方が出てくる。

「現場作業は民間に委託すればよい」
「直営業務をなくせば、自治体には契約事務だけが残る」
「契約事務なら事務方だけでできる」
「設計や積算もコンサルに委託すればよい」
「発注者支援やCM方式を使えば、自治体側に技術職員はあまり要らないのではないか」

一見すると、これは合理的に見える。

点検、軽微な修繕、機器更新、道路補修、施設修繕など、現場で手を動かす業務そのものは民間に委託できる。自治体が直営の作業班を持たなくても、民間事業者に任せられる範囲は多い。

しかし、ここで混同してはいけないことがある。

直営業務を委託することと、発注者側の技術判断が消えることは別です。

現場作業を民間に任せても、自治体側には「何を、どこまで、どの仕様で、どの数量で、どの価格で、どの条件で、どう確認するのか」を決める仕事が残る。

これが発注業務です。

公共工事や設備更新の発注業務は、単なる契約事務ではない。仕様書、設計書、図面、数量、積算、予定価格、入札方式、監督、検査、設計変更まで含む、技術判断を伴う行政行為です。

公共工事品確法では、発注者の責務として、仕様書・設計書の作成、予定価格の作成、入札契約方式の選択、契約相手方の決定、監督・検査、施工状況等の確認・評価などを「発注関係事務」として適切に実施することが求められている。つまり、法律上も発注とは「入札公告を出すこと」だけではない。

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公共工事の品質確保の促進に関する法律(引用元:e-GOV 法令検索)

国の発注関係事務の運用指針でも、発注関係事務は、発注準備、入札契約、施工または履行、完成後の各段階にわたるものと整理されており、新設工事だけでなく維持管理に係る発注関係事務も含むとされている。

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発注関係事務の運用に関する指針 平成27年1月30日 (令和2年1月30日改正) (令和7年2月3日改正) (引用元:公共工事の品質確保の促進に関する 関係省庁連絡会議)

したがって、直営業務を委託しても、発注業務は消えない。
むしろ、委託が増えるほど、自治体側には「委託する内容を定義し、成果を確認する能力」が必要になる。

1 発注業務は、民間に頼む前に仕事を定義すること

民間に仕事を頼むには、まず自治体側が仕事の中身を定義しなければならない。

たとえば、ポンプを更新する場合を考える。

「ポンプを交換してください」だけでは、公共工事としては不十分です。

既設ポンプの流量、揚程、電動機容量、電源方式、制御方式、盤との取り合い、配管や弁類との接続、基礎、搬入経路、仮設、停止可能時間、既設設備の撤去範囲、試運転、中央監視との接続、停電作業の要否などを確認しなければならない。

道路工事であれば、舗装構成、路盤厚、掘削深さ、残土処分、交通規制、地下埋設物、近隣対応、仮設、安全対策が関係する。

建築工事であれば、意匠、構造、電気設備、機械設備、法令、解体範囲、仕上げ、仮設、既存施設との取り合いが関係する。

電気設備工事であれば、受変電、幹線、分電盤、制御盤、保護継電器、インターロック、停電切替、仮設電源、試験、既設設備との接続が関係する。

国の運用指針では、工事発注準備段階で、地形、地物、地質、地盤、自然環境、用地、施工に係る関係者など、工事施工に必要な情報を適切に把握することが求められている。また、設計図書の作成に当たっては、現場の実態に即した施工条件を明示し、積算内容との整合を図ることも求められている。

ここで必要になるのは、契約書を作る能力だけではない。

図面を読む力。
現場条件を想定する力。
数量を拾う力。
積算基準を当てはめる力。
工事の施工手順を想像する力。
設計図書と内訳書の整合を確認する力。
業者見積の妥当性を判断する力。

これらがなければ、そもそも「何を発注するのか」を正確に定義できない。

2 事務方だけでできる仕事と、技術判断が必要な仕事は違う

発注業務には、事務方が担える部分が多くある。

入札公告、契約手続、契約書作成、入札参加資格、予算執行、支払、契約変更手続、情報公開、入札結果公表、監査対応、議会対応などは、事務方の力が不可欠です。

公共工事の入札契約制度では、入札・契約過程の透明性、公正な競争、適正な施工、不正行為の排除が基本とされている。したがって、契約事務の正確性は極めて重要です。

しかし、事務方だけでは難しい部分がある。

それは、工事の設計と工事内容の妥当性確認です。

 

  • この数量は正しいのか。

  • この単価は妥当なのか。

  • この歩掛を使ってよいのか。

  • この仮設は必要なのか。

  • この施工条件で工事が成立するのか。

  • この仕様では過大なのか、過小なのか。

  • この設計変更は認めるべきなのか。

  • 完成時に契約どおりの品質が確保されているのか。

 

 

契約制度だけを知っていても設計も判断もできない。

 

事務方ができないというより、仕事の種類が違う。
契約事務は契約事務で専門性がある。
しかし、工事発注には技術的専門性も必要です。

問題は、事務方と技術職のどちらが偉いかではない。


公共工事の発注は、事務と技術の両方が揃って初めて成立するということです。

3 業者下見積は参考にはなるが、予定価格そのものではない

小規模な修繕や特殊な設備更新では、業者見積を参考にすることがあると思われる。

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令和7・8年度 北広島町小規模修繕等契約希望者登録制度 募集案内(引用元:北広島町)

これは現実には必要です。

特殊部品、メーカー独自品、現場条件が強い修繕、標準単価では実態を表しにくい工事では、見積を取らなければ金額を把握しにくい場合がある。

しかし、業者見積は正解そのものではない。

業者見積には、数量の拾い漏れ、過大計上、仕様の誤解、現場条件の見落とし、仮設の不足、単価の取り違え、逆に過剰な安全側計上などが入り得る。

業者も人間です。
発注前の見積は、必ず正しいものではない。

国の運用指針でも、積算に用いる価格が実勢価格と乖離しているおそれがある場合に見積り等を徴収することは示されているが、その場合でも妥当性を確認した上で価格を設定することが求められている。つまり、見積を使うこと自体は否定されていないが、見積を確認する発注者側の能力が前提になっている。

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発注関係事務の運用に関する指針 平成27年1月30日 (令和2年1月30日改正) (令和7年2月3日改正) (引用元:公共工事の品質確保の促進に関する 関係省庁連絡会議)

公共土木工事では、公平性・透明性を確保し、適正な予定価格を算出するため、土木工事費積算要領や積算基準が定められている。

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土木工事工事費積算要領及び基準(引用元:国交省)

公共建築工事でも、国土交通省は公共建築工事標準単価積算基準を定めており、建築工事だけでなく、電気設備工事、機械設備工事、昇降機設備工事も対象に含まれる。

したがって、予定価格は、単に業者見積を横に置いて決めるものではない。

図面、仕様、数量、施工条件、積算基準、市場価格、見積の妥当性を確認しながら組み立てるものです。

4 予定価格は高すぎても低すぎても問題になる

発注業務の難しさは、予定価格を「安くすればよい」という単純な話ではない点にある。

予定価格が高すぎれば、税金の無駄遣いになる。
数量の過大計上、不要な仕様、過大な仮設、見積の精査不足があれば、契約額が割高になる。

一方で、予定価格が低すぎても問題になる。

必要な仮設を見込んでいない。
現場条件を反映していない。
材料費や労務費の上昇を反映していない。
工期が現実的でない。
設計図書に抜けがある。
必要な安全対策費が入っていない。

このような場合、入札不調・不落、施工中のトラブル、品質低下、受注者の負担増、変更契約の増加につながる。

品確法は、公共工事の品質確保の担い手が中長期的に育成・確保されるよう、適切に作成された仕様書・設計書に基づき、経済社会情勢の変化を勘案して適正な額の請負代金で契約することを基本理念に含めている。つまり、発注者は単に安く発注するのではなく、品質と担い手確保を踏まえた適正な価格設定を求められている。

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平成十七年法律第十八号 公共工事の品質確保の促進に関する法律(引用元:e-GOV 法令検索)

ここでも技術力が必要になる。

高すぎるのか。
低すぎるのか。
数量が違うのか。
単価が違うのか。
仕様が過大なのか。
施工条件の見落としなのか。
市場環境の変化なのか。

これを見分けるには、契約事務だけでは足りない。

5 あらゆる工事を全てを委託に出せば、今度は発注支援費が重くなる

「それなら、設計も積算も全部コンサルに委託すればよい」という考え方もある。

しかし、これも単純ではない。

発注者支援業務やCM方式は有効です。
大規模工事、高度な技術判断が必要な事業で庁内に経験者がいないものだと、外部の技術者やコンサルタントの力を借りることは現実的です。

国土交通省も、発注者支援業務等積算基準として、積算技術業務、工事監督支援業務、技術審査業務などを整理している。これは、発注者支援業務が制度上も想定されていることを示している。

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発注者支援業務等積算基準(引用元:国交省)

ただし、発注者支援業務そのものにも費用がかかる。

業務処理に従事する技術者の人件費から旅費交通費、その他原価や諸経費まで形状しなければなりません。発注者支援は、専門人材を投入する業務であり、無料の補助ではありません。

大規模かつ困難な事業であり、庁内に人材がいないのであれば、発注支援に費用をかける合理性があります。
発注者体制が不足したまま大型かつ特殊な案件を進めれば、設計の手戻り、契約変更、工程遅延、品質低下、会計検査上の指摘などのリスクが大きくなるからです。

しかし、数十万円、数百万円規模の小規模修繕や大規模工事だからといって、毎回すべてを外部コンサルやCMRに発注すれば、工事費に対して支援費が重くなりすぎます。

6 発注支援は「自治体が何もしなくてよい制度」ではない

発注支援やCM方式については、他にも誤解が起きています。

発注支援と聞くと、専門家が発注者の代わりに全部やってくれるように見えるかもしれない。

しかし、国土交通省のピュア型CM方式活用ガイドラインでは、CMRは発注者の補助者・代行者であり、最終的な判断については発注者が責任を負うと整理されている。

CMRは、技術的な中立性を保ちながら発注者側に立ち、設計の検討、工事発注方式の検討、工程管理、品質管理、コスト管理などを支援する。だが、それは発注者の判断を支援するという意味であり、発注者責任そのものを消すものではない。

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地方公共団体における ピュア型CM方式 活用ガイドライン 令和2年9月 (引用元:国 土 交 通 省 不動産・建設経済局建設業課 入札制度企画指導室)

ガイドラインでも、地方公共団体、とくに小規模な団体では技術職員の減少に伴い発注者体制が脆弱化していることが指摘され、CM方式の活用が示されている。しかし、これは「技術職員が不要になる」という話ではなく、弱くなった発注者体制を外部支援で補うという話です。

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地方公共団体における ピュア型CM方式 活用ガイドライン 令和2年9月 (引用元:国 土 交 通 省 不動産・建設経済局建設業課 入札制度企画指導室)

ここを間違えると、危険です。

発注支援は、自治体が判断しなくてよくなる制度ではない。
自治体が判断するための材料を整え、助言し、確認を補助する制度です。

最終的に承諾するのは発注者。
契約するのも発注者。
予定価格を設定するのも発注者。
設計変更を認めるのも発注者。
検査するのも発注者。
会計検査や監査で説明するのも発注者です。

7 委託成果を確認できなければ、会計検査で問題になる

「設計や積算はコンサルに委託したのだから、自治体側は分からなくてもよい」

これは非常に危険な考え方です。

会計検査院の指摘事例を見ると、外部委託した成果品を発注者側が十分に確認できなかったことが、契約額の割高につながった事例がある。

松江法務庁舎構内整備工事では、設計コンサルタントが作成した成果品を基に設計数量を算出していた。しかし、会計検査院の検査では、設計数量の算出誤りや、実際の施工数量の減少に応じた契約額の減額変更を行っていなかったことが指摘され、契約額は約1,199万円割高で不当と認められている。

重要なのは、その原因です。

会計検査院は、この事態が生じた理由として、委託した業務の成果品における設計数量の確認が十分でなかったこと、施工条件と実際の工事現場が一致しない場合に必要な設計図書の変更や契約額の減額変更を行う必要があるという認識が欠けていたことなどを挙げている。

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庁舎、舗装等の取壊し等の工事の実施に当たり、設計数量の算出を誤っていたり、契約額を減額する契約変更を行っていなかったりしていたため、契約額が割高となっていたもの[中国地方整備局](103)(引用元:会計検査院)

福岡保護観察所庁舎の取壊し等工事でも、設計コンサルタントに委託して提出を受けた積算数量算出書等の成果品を基に設計数量を算出していたが、実際には取り付けられていないOAフロア等の面積が計上されるなどしており、契約額は約345万円割高で不当と認められている。会計検査院は、この原因についても、委託した業務の成果品における設計数量の確認が十分でなかったことなどによると認めている。

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庁舎の取壊し等の工事の実施に当たり、設計数量の算出を誤っていたため、契約額が割高となっていたもの[九州地方整備局](224)(引用元:会計検査院)

さらに、別の会計検査院の指摘でも、村が委託した成果品における設計数量の確認が十分でなかったことなどにより、防水工事等の契約額が約370万円割高となり、交付金相当額が不当と認められた事例がある。

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ウレタン塗膜防水等の設計数量を誤ったため、契約額が割高となっていたもの[内閣府本府](12)(引用元:会計検査院)

これらの事例が示していることは明確です。

委託したから安全なのではない。
委託成果を確認できなければ、数量の過大計上、設計条件の抜け、契約変更漏れ、減額変更漏れ、割高な契約が起こる。

8 会計検査で問われるのは「委託したか」ではなく「確認したか」

会計検査で問題になるのは、単に委託先が間違えたことではない。

発注者側が、委託成果をどのように確認したのか。
設計数量をどう検算したのか。
現場条件と設計条件の違いをどう把握したのか。
なぜ変更契約を行わなかったのか。
なぜ過大数量を見落としたのか。
再発防止として何を変えるのか。

ここが問われる。

発注者側が内容を理解していなければ、会計検査で指摘されたときに説明できない。

「委託業者が作ったので分かりません」
「コンサルの成果品をそのまま使いました」
「技術的なことは分かりません」

これでは、発注者としての説明にならない。

委託は責任の消滅ではない。
委託は、発注者が判断するための作業を外部に補助させることです。

だから、委託成果を確認できない自治体は、発注支援を使っているつもりでも、実際には統治能力を失っていく。

9 割高だけでなく、割安・設計抜けも問題になる

会計検査では割高な契約が分かりやすく指摘される。

しかし、発注者側の技術力不足が生む問題は、割高だけではない。

割安も問題です。

必要な仮設を見込んでいない。
既設撤去を見込んでいない。
停電作業を見込んでいない。
施工ヤードを見込んでいない。
交通誘導を見込んでいない。
安全対策を見込んでいない。
試運転や調整を見込んでいない。
既設制御との取り合いを見込んでいない。
設計図面にあるのに内訳に入っていない。
内訳にあるのに図面にない。

このような設計抜けは、入札不調、契約後の増額変更、受注者との協議増、品質低下、工期遅延、現場の安全リスクにつながる。

発注者側が技術的に理解していなければ、割高も見抜けないが、割安も見抜けない。

「安く発注できたから良い」ではない。
必要な費用を見込んでいない発注は、後で現場にしわ寄せが来る。

品確法や運用指針が、適正な予定価格、適正な工期、施工条件の明示、設計変更の適切な実施を重視しているのは、公共工事の品質確保と担い手確保のためです。

10 監督・検査も、書類を受け取るだけの仕事ではない

発注は、契約したら終わりではない。

工事が始まれば、監督、協議、指示、承諾、立会い、出来形確認、品質確認、設計変更、完成検査が必要になる。

土木工事監督技術基準では、監督とは、契約図書における発注者の責務を適切に遂行するため、工事施工状況の確認・把握等を行い、契約の適正な履行を確保する業務とされている。

つまり、監督とは「現場に行って眺めること」ではない。
契約図書、設計図書、仕様書、数量、施工状況を照らし合わせ、契約どおりに進んでいるかを確認する仕事です。

施工中に現場条件が設計図書と違うことは珍しくない。

地中障害物が出る。
既設配管の位置が違う。
舗装厚が違う。
既設設備の仕様が図面と違う。
撤去して初めて劣化や腐食が分かる。
停電時間が想定より制約される。
施工ヤードが不足する。
交通規制条件が変わる。

このとき、設計変更が必要なのか。
契約額を変更すべきなのか。
工期を変更すべきなのか。
受注者の責めによらない事由なのか。
発注者側の条件明示不足なのか。

これを判断するには技術力が必要です。

運用指針でも、設計図書に示された条件と実際の工事現場の状態が一致しない場合などには、必要に応じて設計図書の変更や請負代金額・工期の変更を適切に行うことが求められている。

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発注関係事務の運用に関する指針 平成27年1月30日 (令和2年1月30日改正) (令和7年2月3日改正) (引用元:公共工事の品質確保の促進に関する 関係省庁連絡会議)

したがって、監督・検査も事務方だけで形式的に回せるものではない。

結論 発注支援を使うためにこそ、自治体側の技術力が必要

直営業務を民間に委託すれば、自治体職員が自分たちで現場作業をする量は減ります。
しかし、それによって発注業務そのものが消えるわけではありません。

公共工事や設備更新では、仕様を決め、図面を読み、数量を拾い、積算し、予定価格を設定し、入札方式を選び、契約し、施工中の変更を判断し、完成後に検査する必要があります。

もちろん、事務方の役割は重要です。
公告、入札、契約書、予算、支払、情報公開、監査対応などは、事務方の専門性なしには成り立ちません。

しかし、工事内容、設計条件、数量、単価、施工条件、設計変更、監督、検査には、技術的な判断が必要です。

発注支援、CM方式、設計委託、積算支援、包括的民間委託は有効な手段です。
技術職員が不足する自治体にとって、外部の力を使うことは現実的であり、必要な場面もあります。

ただし、それらは自治体が何もしなくてよくなる制度ではありません。

発注支援を使う場合でも、その発注支援業務自体を発注しなければなりません。
積算技術業務だけを頼むのか、工事監督支援まで頼むのか、CM方式でどの段階まで支援してもらうのか、どの資格や実績を持つ技術者を求めるのか、成果品をどう確認するのか、発注者と支援者の責任分界をどうするのか。

これらを決めるのも発注者です。

つまり、発注支援を使うにも、発注支援を発注する力が必要です。

自治体側に技術力がなければ、発注支援の仕様も書けません。
必要な支援範囲も決められません。
過大な支援を発注して費用が重くなることもあれば、逆に必要な支援が抜けることもあります。
提出された成果品を確認できず、支援者の助言が妥当かどうかも判断できなくなります。

ここでいう技術力とは、すべての図面を自分で描き、すべての数量を自分で拾い、すべての積算を自分だけで完成させる力ではありません。

重要なのは、発注者として確認する力です。

  • 外部に何を頼むべきか分かる力。

  • 委託仕様書を書ける力。

  • 提出された図面を読める力。

  • 数量や単価の大きな違和感に気付ける力。

  • 業者見積を鵜呑みにせず、仕様、数量、施工条件と照合できる力。

  • 施工中に現場条件の違いを判断できる力。

  • 設計変更の必要性を判断できる力。

  • 完成検査で契約内容と成果を照合できる力。

  • 監査や会計検査で説明できる力。

これは、完璧な設計者になるという意味ではありません。
外部委託を使いながらも、発注者としての主導権と説明責任を失わないための読解力、判断力、確認力です。

発注者側が技術的に分からないまま委託を重ねると、業者見積の妥当性が分からない、設計コンサルの成果品が正しいか分からない、積算数量が正しいか分からない、設計変更が必要か分からない、検査で何を確認すべきか分からない、会計検査で指摘されても説明できない、という状態になります。

それは単に技術職員が少ないという問題ではありません。

  • 税金の使い方を自治体自身が説明できない状態です。

  • 公共施設の品質を自治体自身が確認できない状態です。

  • 民間委託の成果を自治体自身が評価できない状態です。

これは、発注者機能の低下であり、行政の統治能力の低下です。

外部委託は必要です。
発注支援も必要です。
CM方式や包括的民間委託も、有効な場面があります。

しかし、それらは発注者機能の代替ではありません。
発注者機能を補うための手段です。

発注支援を使うことは、技術職員を不要にすることではありません。
むしろ、発注支援を正しく使うためにこそ、自治体側には技術職員が必要です。

直営業務を委託しても、発注者側の技術力は消えません。
外部に出した設計、積算、数量、施工条件、変更内容、検査内容を読んで、確認し、判断し、説明できる力は残ります。

委託が増えるほど、自治体側には「委託成果が正しいかを見抜く技術力」が必要になります。

参考文献


・e-GOV 法令検索:公共工事の品質確保の促進に関する法律
https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC1000000018

・公共工事の品質確保の促進に関する 関係省庁連絡会議:発注関係事務の運用に関する指針 平成27年1月30日 (令和2年1月30日改正) (令和7年2月3日改正)
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/kouji/kettei/250203honbun.pdf

・国交省:土木工事工事費積算要領及び基準(引用元:国交省)
https://www.mlit.go.jp/tec/koujisekisan_00001.html

・北広島町:令和7・8年度 北広島町小規模修繕等契約希望者登録制度 募集案内
https://www.town.kitahiroshima.lg.jp/uploaded/attachment/26044.pdf

e-GOV 法令検索:平成十七年法律第十八号 公共工事の品質確保の促進に関する法律
https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC1000000018

国交省:発注者支援業務等積算基準
https://www.mlit.go.jp/tec/gyoumu_shien_koubutsukanri.html

国 土 交 通 省 不動産・建設経済局建設業課 入札制度企画指導室:地方公共団体における ピュア型CM方式 活用ガイドライン 令和2年9月
https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001362388.pdf

会計検査院:庁舎、舗装等の取壊し等の工事の実施に当たり、設計数量の算出を誤っていたり、契約額を減額する契約変更を行っていなかったりしていたため、契約額が割高となっていたもの[中国地方整備局](103)
https://report.jbaudit.go.jp/org/r02/2020-r02-0290-0.htm

庁舎の取壊し等の工事の実施に当たり、設計数量の算出を誤っていたため、契約額が割高となっていたもの[九州地方整備局](224)
https://report.jbaudit.go.jp/org/r03/2021-r03-0296-0.htm

会計検査院:ウレタン塗膜防水等の設計数量を誤ったため、契約額が割高となっていたもの[内閣府本府](12)
https://report.jbaudit.go.jp/org/r04/2022-r04-0052-0.htm

国土交通省:「公共工事の品質確保の促進に関する法律」の改正について
https://www.mlit.go.jp/tec/reiwaunyoshishin.html

なぜ真空遮断機より断路器を先に開けてはいけないのか|VCBと断路器の開放順序をゲームで学ぶ

unityroom.com

上のゲームでは、受変電設備にある真空遮断機(VCB)と断路器(DS)を開放する流れを、簡単な操作として体験できるようにしています。

ゲーム内では、赤いボタン、Sマークのポッチ、取っ手、カギ、金具、鉄棒を順番に操作します。ただし、大切なのは部品の形を覚えることではなく、なぜ真空遮断機を先に開放し、その後で断路器を開放するのかを理解することです。

この記事では、ゲーム内の操作を入口にしながら、真空遮断機と断路器の役割、開放する順番、インターロックの意味を説明します。

なお、これは学習用の説明であり、実際の高圧設備を操作するための正式な手順書ではありません。実設備では、現場ごとの手順書、単線結線図、インターロック条件、作業責任者の指示、検電、短絡接地、施錠、通電禁止表示などを必ず確認する必要があります。


1 最初に理解すること

受変電設備を停止させるときは、いきなり断路器を開放するのではなく、まず真空遮断機(VCB)を開放し、その後に断路器(DS)を開放するのが基本です。

真空遮断機は、電流を遮断する機器です。
断路器は、遮断後の回路を物理的に切り離す機器です。

この違いを理解することが、開放操作を理解するうえで最も重要です。

断路器は、負荷電流を遮断するための機器ではありません。労働安全衛生規則第340条でも、高圧または特別高圧の断路器など、負荷電流を遮断するためのものではない開閉器を開路するときは、電路が無負荷であることを確認させなければならないとされています。

労働安全衛生規則の引用画像
労働安全衛生規則(昭和四十七年労働省令第三十二号)(引用元:e-GOV法令検索)

開放の考え方は、次の順番です。

  1. 真空遮断機で電流を切る。
  2. 電流が切れた状態を確認する。
  3. その後、断路器を開放する。
  4. 回路を物理的に切り離す。

この順番を間違えると危険です。断路器を先に開放すると、電流が流れたまま接点を開くことになり、アーク、短絡、機器損傷、人身事故につながるおそれがあります。


2 真空遮断機を先に開放する理由

真空遮断機は、受変電設備の中で電流を遮断する役割を持ちます。通常運転中の回路には、負荷に向かって電流が流れています。この状態で回路を切り離す必要がある場合、まず電流を遮断できる機器である真空遮断機を開放します。

つまり、真空遮断機の開放は、単にレバーを動かす操作ではなく、電流が流れている状態を遮断し、断路器を安全に操作できる前段階を作る操作です。

受変電設備では、遮断器と断路器はどちらも「電気を切るもの」に見えることがあります。しかし、役割は違います。

遮断器は、電流を切るための機器です。
断路器は、遮断された後の回路を切り離すための機器です。

そのため、順番は必ず遮断器 → 断路器になります。


3 ゲーム内で表現している真空遮断機側の操作

ゲーム内では、真空遮断機側の開放までの流れを、次のような操作で表現しています。

  1. 右下の赤いボタンを押す。
  2. 赤いボタンを押しながら、Sマークのポッチを真ん中に動かす。
  3. インターロック解除後、真ん中下の取っ手を下に引く。
  4. 真空遮断機が開放された状態になる。

3-1 赤いボタンを押す

赤いボタンは、真空遮断機を直接開放するボタンではありません。ゲーム内では、Sマークのポッチを動かすための二重ロック解除ボタンとして表現しています。

赤いボタンを押している間だけ、次のインターロック解除操作が可能になります。これは、誤って一つの部品に触れただけで次の操作へ進まないようにするための安全上の考え方です。

3-2 Sマークのポッチを真ん中に動かす

赤いボタンを押し続けたまま、Sマークのポッチを真ん中へ動かします。この操作が、真空遮断機側のインターロック解除に相当します。

赤いボタンを押すだけでも、Sマークのポッチを動かすだけでも、まだ開放ではありません。二つの操作を組み合わせることで、作業者が意識してロック解除を行う形になります。

3-3 取っ手を下に引く

インターロックを解除した後、真ん中下にある取っ手を下に引きます。これにより、ゲーム内では真空遮断機が開放された状態になります。

二重ロック解除 → インターロック解除 → 取っ手操作 → 真空遮断機の開放


4 断路器を後で開放する理由

真空遮断機を開放した後、次に断路器を開放します。断路器の役割は、電流を遮断することではなく、遮断後の回路を物理的に切り離すことです。

真空遮断機で電流を切る。
その後、断路器で回路を切り離す。
切り離された状態を明確にする。

断路器は、停電作業や点検作業に入る前に、電源側と負荷側の間を構造上切り離すための重要な機器です。

ただし、断路器を開けただけで作業してよいわけではありません。実際の停電作業では、施錠、通電禁止表示、残留電荷の放電、検電、短絡接地などの措置が必要になります。


5 ゲーム内で表現している断路器側の操作

ゲーム内では、真空遮断機が開放された後、断路器側の操作に進みます。

  1. 上右にあるカギを右に45度回す。
  2. カギの上にある金具を上に動かす。
  3. 穴の開いた鉄棒を、インターロック金具左横の鉄板に当てる。
  4. 断路器が開放された状態になる。

5-1 カギを右に45度回す

カギは、断路器をいきなり操作できないようにするためのロックです。断路器は負荷電流を遮断するための機器ではないため、誤って先に操作してしまうことを防ぐ必要があります。

5-2 カギの上の金具を上に動かす

金具操作は、断路器側のインターロック解除です。カギを回しただけでは、まだ断路器を開放できません。金具を上げることで、断路器を操作するための準備が整います。

5-3 穴の開いた鉄棒を鉄板に当てる

最後に、穴の開いた鉄棒をインターロック金具の左横にある鉄板へ当てます。ゲーム内では、この操作によって断路器が開放されます。

ここでの意味は、断路器で電流を切っているのではありません。すでに真空遮断機で電流を遮断した後に、断路器で回路を物理的に切り離している、という意味です。


6 インターロックの意味

インターロックとは、危険な状態や危険な順番では操作できないようにする仕組みです。

  • 赤いボタンを押していないと、Sマークのポッチを動かせない。
  • Sマークのポッチを動かしていないと、取っ手操作に進めない。
  • 真空遮断機を開放していないと、断路器側の操作に進めない。
  • カギを回していないと、断路器側の金具を動かせない。
  • 金具を上げていないと、鉄棒を当てても断路器が開放されない。

このように、複数の条件を満たしたときだけ次の操作へ進めるようにすることで、誤操作を防ぎます。

特に重要なのは、断路器を負荷電流が流れている状態で開かないことです。インターロックは作業者の邪魔をする仕組みではなく、危険な順番で操作しないための安全機構です。


7 開放までの全体の流れ

  1. 真空遮断機側の赤いボタンを押す。
  2. 赤いボタンを押しながら、Sマークのポッチを真ん中へ動かす。
  3. 真ん中下の取っ手を下に引き、真空遮断機を開放する。
  4. 真空遮断機が開放された後、断路器側のカギを右に45度回す。
  5. カギの上の金具を上に動かす。
  6. 穴の開いた鉄棒を、インターロック金具左横の鉄板に当てる。
  7. 断路器が開放された状態になる。

この流れの中心は、先に真空遮断機で電流を切り、その後で断路器で回路を切り離すことです。


8 実際の停電作業では追加確認が必要

ここまでの説明は、真空遮断機と断路器を開放するまでの学習用の流れです。実際の停電作業では、遮断器と断路器を開放しただけで作業に入れるわけではありません。

  • 作業範囲の確認
  • 単線結線図の確認
  • 電源側・負荷側の確認
  • 開放表示の確認
  • 施錠または通電禁止表示
  • 残留電荷の放電
  • 検電
  • 短絡接地
  • 作業者への周知
  • 復電前の安全確認

労働安全衛生規則第339条では、電路を開路して電気工事を行う場合、開閉器への施錠または通電禁止表示、残留電荷の放電、高圧・特別高圧電路での検電、短絡接地などが定められています。

そのため、この説明は実設備を直接操作するための手順書ではありません。実際の作業では、必ず現場の手順書、管理者の指示、単線結線図、設備ごとのインターロック条件に従う必要があります。


まとめ

真空遮断機と断路器の開放では、順番が重要です。

真空遮断機 → 断路器

真空遮断機で電流を遮断してから、断路器で回路を物理的に切り離します。断路器は負荷電流を遮断するための機器ではないため、断路器を先に開放してはいけません。

また、赤いボタン、Sマークのポッチ、カギ、金具などのインターロック解除操作は、作業を複雑にするためではなく、誤操作を防ぎ、安全な順番で操作させるための仕組みです。

このゲームは、その流れを実際に手を動かしながら確認するための学習用シミュレーションです。

参考文献
・e-GOV法令検索:労働安全衛生規則(昭和四十七年労働省令第三十二号)
https://laws.e-gov.go.jp/law/347M50002000032/20240201_505M60000100033#Mp-Pa_2-Ch_5-Se_4

水道現場で覚える、流量・水質・圧力・弁・薬品の基本メモ

水道施設を見ていると、最初は知識がばらばらに見えます。

流入、流出、水位、濁度、色度、残留塩素、圧力、ポンプ、止水弁、空気弁、硫酸バンド、PAC、pH調整。

一つ一つは別の話に見えるのですが、実際にはすべてつながっています。水は「どれだけ入って、どれだけ出るか」で量が決まり、「どれだけきれいか」「どれだけ圧力があるか」「どこで止められるか」「空気が抜けているか」で、安全に届けられるかが決まります。

この記事では、水道現場で出てくる基本的な知識を、細かいメモのように整理します。

1 池や水槽の水位は、流入と流出の差で決まる

沈砂池、着水井、沈殿池、配水池など、水がたまる場所を考えるときは、まず流入と流出で考えると分かりやすくなります。

流入する水量を x1、流出する水量を x2、池にたまっている水量を z とします。

このとき、池の中の水量は次のように考えられます。

現在の水量 z に対して、入ってくる水 x1 があり、出ていく水 x2 がある。

つまり、一定時間後の水量は、

z + 入ってきた水量 - 出ていった水量

で決まります。

簡単に書けば、

z の変化 = x1 - x2

です。

x1 と x2 が同じなら、水位は大きく変わりません。
x1 が x2 より大きければ、水は増えます。
x2 が x1 より大きければ、水は減ります。

水位を一定にしたい場合は、平均的には流入量と流出量をつり合わせる必要があります。水位を下げたい場合は、流出を増やすか、流入を減らします。水位を上げたい場合は、流入を増やすか、流出を減らします。

これは単純な話ですが、水道施設を見るうえで非常に重要です。

ポンプの運転、弁の開度、取水量、送水量、配水量、水位計の値、警報設定は、すべてこの考え方につながっています。

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2 水位を一定にするとは、完全に動かさないことではない

現場で「水位を一定に保つ」といっても、水面が完全に止まっているという意味ではありません。

実際には、需要量は時間帯によって変わります。朝や夕方は水の使用量が増え、夜間は少なくなります。雨、気温、曜日、工事、事故、ポンプの切替えなどでも水量は変わります。

そのため、池や水槽の水位は、ある範囲の中で管理されます。

低すぎると、必要な水量や水圧を確保できなくなります。
高すぎると、越流や運転余裕の低下につながります。
流出側で空気や沈殿物を吸い込むような水位も避けなければなりません。

水位管理は、単に「水が多いか少ないか」を見るだけではなく、次の運転に余裕があるか、事故時に対応できるか、必要な滞留時間を確保できるかを見る作業でもあります。

3 水道水は、場所ごとに測られている

水道水は、浄水場で一度きれいにすれば終わりではありません。水源から浄水場、配水池、配水管、給水栓まで、場所ごとに状態が変わります。

よく見られる項目には、次のようなものがあります。

残留塩素。
濁度。
色度。
pH。
水温。
圧力。
流量。

特に、残留塩素、濁度、色度は、水道水が安全で見た目にも異常がないかを確認するうえで重要です。

また、配水管の中では、場所によって水の流れる向き、流速、滞留時間、圧力が変わります。水が長く滞留する場所、末端部、行き止まり管、流量が少ない区域では、水質管理がより難しくなることがあります。

水道の管理では、「水質」と「水量」と「水圧」を別々に見るのではなく、同時に見ます。

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4 残留塩素は、安全のために必要だが、高ければよいわけではない

水道水には、消毒効果を保つために塩素が使われます。蛇口まで届いた時点でも、一定以上の残留塩素が残っている必要があります。

ただし、塩素は時間の経過とともに減っていきます。

水が浄水場を出てから遠くへ行くほど、また配水池や配水管の中に長くとどまるほど、残留塩素は低下しやすくなります。水温、有機物、管内の状態、滞留時間なども影響します。

そのため、浄水場では末端の蛇口で必要な残留塩素が残るように塩素を注入します。

一方で、最初から塩素を高くしすぎると、浄水場に近い地域では塩素臭が強くなりやすくなります。安全を保つことと、においや味を抑えることの両方を考える必要があります。

大きな水道事業体では、浄水場だけでなく、給水所や配水場などで追加塩素注入を行い、場所による残留塩素の差を小さくすることもあります。

つまり、塩素管理は「最初に高く入れればよい」という単純な話ではありません。

末端で不足しないこと。
近い場所で高くなりすぎないこと。
水質異常時に対応できること。
測定値を継続的に確認すること。

このバランスが大切です。

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5 圧力は、水を届けるための力である

水道管の中の水は、圧力があるから流れます。

高い場所にある配水池から自然流下で送る場合もありますし、ポンプで圧力を加えて送る場合もあります。地形に高低差がある地域、遠方へ送る地域、高台の住宅地などでは、ポンプや減圧弁を使って圧力を調整します。

圧力が低すぎると、必要な水量が届きにくくなります。蛇口の出が悪くなる、火災時に消火栓の水量が不足する、末端部で必要な水圧を確保できない、といった問題につながります。

逆に、圧力が高すぎてもよくありません。漏水、管路への負担、弁や継手への負担が大きくなります。

圧力は単に距離だけで決まるわけではありません。

地盤の高さ。
配水池の水位。
ポンプの吐出圧。
管の口径。
管の長さ。
曲がりや弁による損失。
水の使用量。
管の古さや内面状態。

これらによって変わります。

遠くへ送るほど管路損失は増えやすくなりますが、高低差や管の太さ、ポンプ運転によっても大きく変わります。そのため、水道の圧力管理では、末端圧力、流量、ポンプ回転数、弁開度、配水池水位などを合わせて見ます。

6 濁度と色度は似ているが、見ているものが違う

濁度と色度は、どちらも水の見た目に関係します。しかし、意味は違います。

濁度は、水の濁りの程度です。水の中に土砂、粘土、細かい粒子、微生物、浮遊物質などがあると、光が散乱して水が濁って見えます。

雨が降った後、川の水が茶色く濁ることがあります。これは、流域から土砂や細かい粒子が流れ込むためです。浄水場では、この濁りを凝集、沈殿、ろ過で取り除きます。

一方、色度は、水に色がついている程度です。水中の溶解性物質やコロイド性物質、フミン質、鉄、マンガンなどによって、黄褐色や赤茶色のような色が出ることがあります。

濁度は「粒子による濁り」。
色度は「水そのものに見える色」。

このように分けて考えると分かりやすくなります。

透明に見えても色がついている場合があります。逆に、色は薄くても細かい粒子で濁っている場合があります。だから、濁度と色度は別々に測る必要があります。

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7 雨が降ると、浄水場の運転は難しくなる

大雨が降ると、水源の川やダムに土砂が流れ込み、原水の濁度が急に上がることがあります。

原水濁度が上がると、浄水場では凝集剤の注入量を増やす必要があります。水道で使われる代表的な凝集剤には、硫酸バンドやPACがあります。

凝集剤は、水の中の細かい粒子を集めて、大きなフロックにするための薬品です。小さすぎる粒子はそのままでは沈みにくいため、凝集剤で集め、沈殿池で沈め、ろ過池で取り除きます。

ただし、凝集剤を増やせばそれで終わりではありません。

凝集には適したpHの範囲があります。凝集剤を多く入れると、pHやアルカリ度に影響します。pHが適切でないと、フロックがうまくできず、沈殿やろ過が安定しません。

そのため、高濁度時には次のような確認が重要になります。

原水濁度の変化。
凝集剤の注入率。
急速混和の状態。
フロックの大きさ。
沈殿池の処理状態。
ろ過池の損失水頭。
ろ過水濁度。
pH。
アルカリ度。
薬品の残量。
排水処理への影響。

雨の日の浄水処理は、単に薬品を増やす作業ではありません。水の状態を見ながら、薬品、pH、沈殿、ろ過を同時に調整する作業です。

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8 弁は、場所と開度が分からなければ扱えない

水道管には、多くの弁があります。

止水弁。
仕切弁。
制水弁。
バタフライ弁。
逆止弁。
空気弁。
減圧弁。
排水弁。

弁は、水を止める、水量を調整する、区域を切り替える、逆流を防ぐ、空気を抜く、圧力を下げるなどの役割を持っています。

弁を操作するときに大切なのは、場所、回転方向、回転数、現在の開度です。

水道の弁は地面の下にあることが多く、鉄蓋や弁筐の位置が分かりにくい場合があります。舗装、土砂、草、車両、工事跡などで見つけにくくなることもあります。

そのため、現場では図面、管路台帳、弁台帳、オフセット図を使って位置を確認します。

「このあたりにあるはず」という記憶だけで探すと、別の弁と間違えることがあります。特に配水区域を切り替える弁、常時閉の弁、開度調整をしている弁を誤操作すると、広い範囲に影響が出ることがあります。

弁は、ただ回せばよい設備ではありません。

どの管の弁か。
上流側と下流側はどちらか。
閉めるとどこが断水するか。
開けると水の流れがどう変わるか。
水圧が急変しないか。
赤水や濁水が出ないか。
操作前後の圧力や流量に変化があるか。

これを考えて扱う設備です。

9 大きい工具を使うと楽に回せるが、力のかけすぎには注意する

弁を回すとき、工具の長さが長いほど少ない力で大きな回転力をかけられます。

回転力は、ざっくり言えば、

回転力 = 力 × 腕の長さ

で考えられます。

同じ力でも、短い工具より長い工具の方が大きな力を弁に伝えられます。そのため、固い弁を開けるときには、適切な長さの工具を使うと作業しやすくなります。

ただし、大きな工具を使えばよいという話ではありません。

弁棒、ギア、ナット、継手に無理な力がかかることがあります。固着している弁を無理に回すと、内部を破損することもあります。急に開閉すると、水撃作用によって管路に衝撃を与えることもあります。

弁操作では、工具の大きさだけでなく、操作速度、回転数、手応え、音、圧力変化、水の濁りを確認する必要があります。

楽に回すことと、安全に回すことは違います。

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10 配管を扱うときは、空気の存在を意識する

水道管の中には、水だけでなく空気が入ることがあります。

工事後の通水。
断水後の復旧。
管内の排水。
ポンプの起動停止。
高低差のある管路。
管の高い場所。
水中から分離した空気。

このような条件で、管内に空気がたまることがあります。

空気がたまると、水の流れを妨げることがあります。圧力の変動を大きくしたり、流量が出にくくなったり、異音や振動の原因になったりします。場合によっては、水撃や計器の異常にもつながります。

そのため、管路には空気弁が設置されます。

空気弁は、管内にたまった空気を外へ出すための設備です。また、排水時には外から空気を入れて、管内が負圧になりすぎることを防ぐ役割もあります。

空気を抜くことは、水道管を安全に使ううえで重要です。

ただし、空気弁や排水弁を扱うときは、衛生面と安全面にも注意が必要です。弁室内に土砂や汚水があると、断水時や負圧時に汚れを吸い込むおそれがあります。弁室内作業では酸欠や有毒ガスにも注意が必要です。

エア抜きは、単なる作業ではなく、管路の水理と水質を守る作業です。

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11 バラバラの知識は、現場では一つにつながる

水道の知識は、最初はばらばらに見えます。

しかし、現場ではすべてつながっています。

  • 雨が降ると原水濁度が上がる。

  • 濁度が上がると凝集剤を増やす。

  • 凝集剤を増やすとpHやアルカリ度に注意する。

  • 沈殿やろ過が不安定になると、浄水濁度に影響する。

  • 配水池の滞留時間が長くなると、残留塩素が低下する。

  • 末端で残留塩素が不足しないように注入量を調整する。

  • 圧力が低い区域にはポンプや配水調整が必要になる。

  • 弁を操作すると流向や圧力が変わる。

  • 管内に空気がたまると流れが悪くなる。

  • 図面がなければ、どの弁を操作しているのか分からない。

水道施設は、単なる管と水の集まりではありません。

  • 水量を保つ。

  • 水圧を保つ。

  • 水質を保つ。

  • 安全に止める。

  • 安全に流す。

  • 異常時に原因を追えるようにする。

このために、測定、記録、図面、台帳、点検、薬品、ポンプ、弁が組み合わされています。

一つ一つの知識は小さくても、現場ではその小さな知識がつながって、水道水を安全に届ける仕組みになります。

参考文献

・環境省:水質基準項目と基準値(52項目)
https://www.env.go.jp/water/water_supply/kijun/kijunchi.html

・東京都水道局:塩素消毒
https://www.waterworks.metro.tokyo.lg.jp/suigen/topic/07

・厚生労働省:水道維持管理指針 2006
https://www.mlit.go.jp/common/830003767.pdf

・公益財団法人 水道技術研究センター:高濁度原水への対応の手引き 平成26年6月
https://www.jwrc-net.or.jp/docs/research-development/keinenka/koudakudo/0_all.pdf

浄水場を出た水は、どうやって遠くまで届くのか

浄水場できれいになった水は、浄水池や配水池に蓄えられた後、送水管や配水管を通って各地域へ届けられます。

このとき、水を送る方法は大きく二つある。

一つは、高い場所にある配水池から、高低差を利用して自然に水を流す方法です。もう一つは、十分な高低差がない場所や、高台・遠方へ水を届ける場合に、ポンプで水に圧力を与えて送る方法です。

ポンプ室には、水を送るポンプだけでなく、吸込弁、逆止弁、吐出弁、電動操作機、圧力計、流量計、呼び水設備、真空ポンプなどが設置されている。これらは別々に存在しているのではなく、水を安全に、必要な量だけ、必要な圧力で送るために組み合わされています。

まず整理しておきたいのは、「水を送るポンプ」と「空気を抜くポンプ」は役割が違うという点です。

1 水を送る主ポンプ

ポンプは、電動機などの動力を使って水に圧力や速度を与え、水を低い場所から高い場所へ、または圧力の低い場所から高い場所へ送る機械です。

水道施設で使われる代表的なポンプに、羽根車を回転させて水を送る遠心ポンプがある。

ポンプ内部には、羽根車、またはインペラと呼ばれる回転部品がある。電動機によって羽根車が回ると、水は羽根車の中心付近から入り、外側へ押し出される。その過程で水に速度と圧力が与えられ、ポンプの吐出口から送水管や配水管へ流れていく。

ポンプを包む外側の部分はケーシングと呼ばれる。ケーシングには、水を取り入れる吸込口と、水を送り出す吐出口がある。

この記事では、実際に水を送る中心的なポンプを、真空ポンプと区別するために「主ポンプ」と呼ぶ。

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2 送水ポンプ、配水ポンプ、増圧ポンプ

水を送るポンプは、設置場所や役割によって呼び方が変わる。

送水ポンプは、浄水場の浄水池などから、離れた配水池や配水場へ水を送るポンプです。家庭へ直接配るというより、次の貯留施設までまとまった量の水を運ぶ役割が大きい。

配水ポンプは、配水池や配水場から配水管網へ水を送り出すポンプです。家庭や事業所で使われる水量は、朝夕、昼夜、季節によって変化する。そのため、配水ポンプでは、必要な水量や水圧に合わせて、運転台数や回転数を変えることがある。

増圧ポンプは、すでに配水されている水に、管路の途中でもう一度圧力を加えるポンプです。高台、山間部、配水区域の末端など、通常の配水圧力だけでは不足する場所に設けられる。

ただし、増圧ポンプは上流側の水を強く吸い込みすぎると、周辺地域の水圧を下げるおそれがある。そのため、吸込側の圧力が一定以下になった場合には停止するなどの保護が設けられる。

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3 ポンプに必要な力は何で決まるのか

遠くへ送るほど、必ず大きなポンプが必要になるわけではない。

ポンプに必要な能力は、主に次の条件で決まる。

送り先までの高低差、管路の長さ、管の太さ、流す水量、曲がりや分岐の数、弁や流量計などの抵抗、そして送り先に残す必要がある水圧です。

水を高い場所へ送るには、高低差に相当する圧力が必要になる。また、水が管の中を流れると、管の内面との摩擦によって圧力が失われる。これを管路損失という。

管路が長い場合、管が細い場合、流量が多い場合、曲がりや弁が多い場合には、損失が大きくなる。したがって、ポンプは単純な距離だけで選ぶのではなく、地形、管径、流量、管路損失、必要水圧を合わせて考える。

4 ポンプ室の基本的な水の流れ

ポンプ設備を単純化すると、水は次のように流れる。

吸込側の水槽または管路
→ 吸込弁
→ 主ポンプ
→ 逆止弁
→ 吐出弁
→ 送水管または配水管

吸込弁は、点検や修理の際に、ポンプを吸込側の水から切り離すための弁です。

主ポンプは、水に圧力を与えて送り出す。

逆止弁は、ポンプ停止後に水が逆方向へ戻ることを防ぐ。

吐出弁は、ポンプと送水管を切り離したり、起動・停止時の流れを調整したりするために使われる。

実際の施設では、これに加えて圧力計、流量計、空気弁、排水管、バイパス管、伸縮継手、支持金物などが設けられる。ポンプだけでなく、管、弁、計器、制御設備まで含めて一つの設備として見る必要がある。

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5 なぜ呼び水が必要になるのか

遠心ポンプは、羽根車が水の中で回転することで水に圧力を与える。

しかし、ポンプ内部や吸込管の中が空気だけの状態では、羽根車を回しても水を十分に送れない。そこで、ポンプを始動する前に、ポンプ本体や吸込管を水で満たす必要がある。この操作を「呼び水」または「満水操作」という。

呼び水が特に必要になるのは、吸込側の水面がポンプより低い位置にある場合です。この配置では、ポンプと水面の間の吸込管に空気が入りやすい。空気を取り除き、ポンプまで水を上げてからでなければ、安定して運転できない。

一方、吸込側の水面がポンプより高く、水が自然にポンプへ流れ込む配置では、ポンプ内部を水で満たしやすい。そのため、すべての水道ポンプに真空ポンプが設置されているわけではない。

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6 真空ポンプの役割

真空ポンプは、主ポンプとは目的が違う。

主ポンプは水を送る機械です。これに対して、真空ポンプは、主として配管やポンプ内部の空気を抜くための機械です。

呼び水設備では、真空ポンプを使って、主ポンプや吸込配管の中にある空気を排出する。空気が抜けると、配管内の圧力が低くなり、吸込側の水面にかかる大気圧などによって水が吸込管内を上昇する。こうして主ポンプ内部が水で満たされる。

つまり、真空ポンプが遠方まで水を送っているわけではない。真空ポンプは、主ポンプが水を送れる状態をつくるための補助設備です。

呼び水の流れを簡単に表すと、次のようになる。

呼び水系統の弁を開く。
真空ポンプを運転する。
主ポンプと吸込管から空気を抜く。
水が主ポンプまで上がる。
満水を確認する。
真空ポンプを停止する。
主ポンプを始動する。

呼び水が完了しない場合は、真空ポンプ本体だけでなく、吸込管や継手からの空気漏れ、呼び水弁の開閉不良、真空配管の漏れ、補水不足、満水検知器の異常なども確認する必要があります。

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7 逆止弁とチャッキ弁

逆止弁は、水を一方向に流し、反対方向への流れを防ぐ弁です。チェックバルブ、チャッキ弁と呼ばれることもある。

ポンプが運転している間、水はポンプから送水管や配水管へ流れる。しかし、ポンプが停止すると、送水管内の圧力や送り先との高低差によって、水がポンプ側へ戻ろうとすることがある。

逆止弁は、この逆流を自動的に止める。

逆止弁の主な役割は、ポンプ側への逆流を防ぐこと、ポンプの逆回転を防ぐこと、運転中のポンプから停止中のポンプへ水が流れることを防ぐことです。

ただし、逆止弁は点検時に確実に水を遮断するための弁ではない。異物の挟まりや摩耗によって漏れることがあるため、ポンプを分解・点検する場合は、吸込弁や吐出弁を閉じて設備を確実に隔離する。

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8 吐出弁と電動操作機

吐出弁は、主ポンプの出口側に設けられる弁です。

ポンプと送水管を切り離すほか、起動・停止時の流れを調整し、点検時には管路を遮断する役割を持つ。

大口径の吐出弁は、人の力だけで開閉することが難しい。そのため、電動機と減速機を組み合わせた電動操作機で弁を動かす。この電動操作機に使われるモーターを、現場では吐出弁電動機と呼ぶことがある。

電動操作機には、弁が全開になったことを検出する機能、全閉になったことを検出する機能、弁が固着した場合に過大な力を検出する機能、開度を表示する機能、停電時などに手動操作へ切り替える機能などがある。

吐出弁は、速く開け閉めすればよいわけではない。急に開くと流量や圧力が急変し、急に閉じると流れていた水が急停止して、大きな圧力変動が発生することがある。これがウォーターハンマです。

そのため、吐出弁の開閉速度やポンプの起動・停止順序は、ポンプの能力、管路の長さ、流量、逆止弁の動き、送り先の水位などを考慮して決められる。

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9 ポンプ、弁、計器は連動して動く

主ポンプは、操作スイッチを押せば無条件に動くわけではない。

一般的には、始動前に次のような条件を確認する。

吸込側に必要な水位や圧力があること。
主ポンプが水で満たされていること。
吸込弁や吐出弁が所定の位置にあること。
電動機や制御設備に故障がないこと。
送り先の配水池や水槽が満水ではないこと。

運転中は、吸込圧力、吐出圧力、流量、電動機電流、振動、配水池水位などを監視する。

需要量が変化する配水ポンプでは、ポンプの運転台数や回転数を変えて、配水管内の圧力を一定の範囲に保つ。夜間のように使用水量が少ない時間帯では、過大な圧力にならないように制御することも重要です。

停止するときにも、弁やポンプを適切な順番で操作し、急激な流量変化や逆流を抑える。

まとめ

浄水場を出た水は、自然の高低差、またはポンプの力によって、配水池や各地域へ送られる。

水を送る中心的な機械が主ポンプであり、羽根車の回転によって水に圧力を与える代表的な形式が遠心ポンプです。

一方、真空ポンプは水を遠方へ送るためのポンプではない。主ポンプや吸込管の中から空気を抜き、呼び水を行うための補助設備です。

逆止弁は停止後の逆流を防ぎ、吐出弁はポンプと管路の遮断や流れの調整を行う。大型の吐出弁は、電動操作機によって開閉される。

ポンプ室では、主ポンプ、真空ポンプ、弁、圧力計、流量計、電動機、制御装置が連動している。ポンプ単体を見るのではなく、水の流れ、圧力、弁の動き、計器の値、制御の順序を一つの設備として理解することが大切になります。


本稿は、公開情報として入手可能な一次資料を引用・参照しながらに、
水道設備理解の観点から再整理・分析を行ったものです。
記載内容の構成、論点整理および評価は筆者個人の見解であり、特定の組織・機関の公式見解を示すものではありません。


参考文献

・厚生労働省:水道施設設計指針 2012
https://www.mlit.go.jp/common/830003599.pdf

・いわき市水道局:水道施設設計基準
https://www.city.iwaki.lg.jp/www/contents/1001000002120/simple/sekkeikijun07_1.pdf

・札幌市水道局:配水施設
https://www.city.sapporo.jp/suido/overview/shisetu/haisui/index.html

・公益財団方針 水道技術研究センター:水道用バルブの種類と特性について
https://www.jwrc-net.or.jp/docs/publication-outreach/qa/09-19.pdf

・公益財団方針 水道技術研究センター:ウォーターハンマ(水撃)の発生要因と対策について
https://www.jwrc-net.or.jp/docs/publication-outreach/qa/07-48.pdf

電気図面は、記号を設備の意味に変換して読む

公務員技術職に必要なのは、電気図面を一から設計できる能力ではなく、
図面に出てくる線、記号、番号、略号を見て、設備の意味に変換できることにあります。

そのため、電気図面も単なる電線の図ではなく、ポンプ、弁、計器、制御盤、中央監視がどのようにつながっているかを示す資料となります。

1.電気図面は四つに分けて読む

電気図面に出てくる情報は、大きく四つに分けられます。

電源は、電気を供給する系統です。
受電盤、変圧器、低圧盤、分電盤、動力盤、MCC、UPS、自家発電設備が該当する。

動力は、実際に機械を動かす電気です。
ポンプ、ブロワ、撹拌機、薬注ポンプ、電動弁、電動機が該当する。

制御は、機械を動かす、止める、動かしてよい条件を判断する回路です。
押しボタン、切替スイッチ、リレー、タイマー、サーマルリレー、リミットスイッチ、インターロック接点が該当する。

計装・監視は、水位、流量、圧力、水質、運転状態、故障状態を信号として扱う部分です。
水位計、流量計、圧力計、濁度計、pH計、残留塩素計、PLC、中央監視装置が該当する。

つまり、図面上の記号は、まず「電源」「動力」「制御」「計装・監視」のどれかに分類して読む。

2.線と配線表記の読み方

図面の線は、単なる線ではない。
電源線、制御線、信号線、既設線、新設線、撤去線、隠ぺい配線、露出配線などを表す。

実線は、実際の配線、配管、主回路、制御回路を表すことが多い。
破線は、既設、撤去、将来、別図参照、隠ぺい、制御信号などを表すことがある。
一点鎖線・二点鎖線は、盤の範囲、施工範囲、別工事範囲、中央監視改造範囲などに使われることが多い。
交点の黒丸は、線同士が接続していることを表す。黒丸がなければ、交差しているだけで接続していない場合が多い。

配線表記は、電線の種類、太さ、本数、管の種類を示す。

EM-IE 1.6×3
1.6mmの絶縁電線を3本通すという意味です。

EM-EEF 1.6-3C
1.6mmの3心平形ケーブルです。

CV 5.5sq-3C
断面積5.5mm²のCVケーブル3心です。低圧動力回路で出る。

CVT 38sq
三相動力用のCVTケーブル、38mm²です。大きめのポンプやブロワで出る。

CEE 1.25sq-2C
制御用ケーブル、1.25mm²、2心です。運転信号、故障信号、開閉信号などで使う。

CPEV、FCPEV
通信、計装、弱電系のケーブルです。監視信号、テレメータ、通信線で使う。

PF16
呼び径16の合成樹脂製可とう電線管です。

FEP
地中埋設でよく使う波付硬質合成樹脂管です。

E19、E25
ねじなし電線管の呼び径です。

G22、G28
厚鋼電線管の呼び径です。

sqは断面積、Cは心数を表す。
5.5sqは5.5mm²、3Cは3心という意味です。

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3.電源表記の読み方

3φ3W 6600V
三相3線式6600V。高圧受電で使う。

3φ3W 200V
三相3線式200V。ポンプ、ブロワ、撹拌機、電動弁などの動力電源で使う。

1φ2W 100V
単相2線式100V。照明、コンセント、小型制御電源で使う。

1φ3W 100/200V
単相3線式100/200V。建築電気や分電盤で使う。

AC100V、AC200V
交流100V、交流200Vです。制御電源、盤内機器、小型動力で使う。

DC24V
直流24Vです。PLC入力、センサ、計装機器、リレー回路でよく使う。

R・S・T
三相交流の電源側の相名です。

U・V・W
電動機側の端子名です。

L・N
単相電源の線名です。Lは電圧側、Nは中性線側として使われる。

E、PE、接地記号
接地です。感電防止、雷害対策、ノイズ対策、盤や機器の保護に関係する。

FG、SG
FGはフレームグラウンド、SGはシグナルグラウンドです。計装や通信では混同しない。

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4.受変電設備の記号と制御番号

受変電設備は、電力会社から受けた高圧電源を施設内で使える電圧に変える設備です。
水道施設では、ポンプ設備、監視制御設備、薬品注入設備を安定して動かすための基礎になる。

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5.低圧盤・動力盤の記号

低圧盤、分電盤、MCC、動力盤は、変圧器の二次側から各設備へ電源を配る設備です。

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6.制御回路の基本記号

制御回路は、接点とコイルの組合せで読む。

a接点は、通常は開いており、条件が成立すると閉じる接点です。
運転押しボタン、起動指令、弁開限、運転中補助接点などに使う。

b接点は、通常は閉じており、異常や停止条件が成立すると開く接点です。
停止押しボタン、非常停止、サーマル異常、インバータ故障、低水位などに使う。

コイルは、リレーや電磁接触器を動かす部分です。
MCコイルが入るとMC主接点が閉じる。RYコイルが入るとリレー接点が切り替わる。

直列接点は、すべての条件が成立しないと回路がつながらない。
これはAND条件です。

並列接点は、どれか一つの条件が成立すれば回路がつながる。
これはOR条件です。

自己保持回路は、起動ボタンから手を離しても運転を続ける回路です。
起動ボタンのa接点と、MC補助a接点が並列に入る。

インターロックは、危険な組合せや不適切な運転を防ぐ条件です。
弁が開いていないとポンプを起動しない、低水位ならポンプを起動しない、正転と逆転を同時に入れない、というような回路です。

タイマーは、一定時間後に接点を切り替える機器です。
停電復旧後の遅延起動、ポンプの順次起動、弁開後のポンプ起動などで使う。

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7.PLC・端子・中央監視の記号

PLCは、現場の信号を受け、ポンプ、弁、薬品注入設備などへ指令を出す制御装置です。

表記意味例DIデジタル入力運転中、故障、弁全開、非常停止DOデジタル出力起動指令、弁開指令、表示灯点灯AIアナログ入力水位、流量、圧力、濁度、pHAOアナログ出力インバータ周波数指令、弁開度指令X、I入力PLCへ入る信号Y、Q出力PLCから出る信号M内部リレーPLC内部の条件信号TタイマーPLC内部タイマーCカウンタPLC内部カウンタ

端子図では、次の表記がよく出る。

TBは端子台です。
TB1-1なら、TB1端子台の1番端子です。

X1、X2は盤内端子台名として使われることがある。

COMは共通端子です。

+24V、0VはDC24V制御電源です。

SH、Shieldはシールド線です。
計装信号や通信線のノイズ対策で使う。

中央監視の点名は、設備名と状態の組合せで読む。

No.1配水ポンプ 運転は、ポンプから返る運転中信号です。
No.1配水ポンプ 起動指令は、PLCや中央監視から出す命令です。
No.1配水ポンプ 故障は、ポンプやインバータなどから返る異常信号です。
遠方は、中央監視から操作できる状態です。
自動は、自動制御に入っている状態です。

運転中信号と起動指令は別物です。
指令を出しても、実際に運転中信号が返らなければ、機器が運転したとは読めない。

8.図面で「ループになっているか」をどう判断するか

特高設備でいうループは、図面上の線が丸く一周している形のことではない。
一つの信号が、どこで発生し、どこへ入り、何を動かすか、または何に表示されるかまでつながっているものをループと見る。

ループになっている例

次の三つがそろっていれば、ループとして見てよい。

1つ目は、信号の発生元があること。
たとえば、CT、VT、ZCT、52a・52b接点、変圧器温度接点、保護継電器の動作接点です。

2つ目は、その信号の行き先があること。
たとえば、電流計、電圧計、保護継電器、PLC入力、中央監視です。

3つ目は、その信号の使い道があること。
たとえば、受電電流の表示、受電電圧の表示、過電流保護、地絡保護、遮断器トリップ、遮断器状態表示、警報表示です。

つまり、

CT → 電流計・保護継電器 → 中央監視
VT → 電圧計・不足電圧継電器 → 中央監視
ZCT → 地絡継電器 → 52トリップ
52a・52b → PLC入力 → 中央監視
変圧器温度接点 → 警報回路 → 中央監視

のように、信号の発生元、行き先、使い道がつながっていればループです。

ループになっていない例

次のようなものは、単独ではループとは見ない。

CTやVTの記号だけが描かれている。
保護継電器の番号だけが書かれている。
遮断器52だけが描かれている。
線は出ているが、どの継電器・端子・中央監視へ行くか分からない。
中央監視の点名はあるが、元の接点や計器が分からない。
主回路だけを見て、信号回路が書かれていない。

これは、部品や主回路の一部であって、信号のまとまりとしてはまだ確認できない。

判断のしかた

図面では、まず主回路と信号回路を分ける。

主回路は、特高引込、LA、DS、CT、VT、VCB、主変圧器、6.6kV母線へ続く大きな電力の通り道です。

ループとして見るのは、主回路そのものではなく、CT、VT、ZCT、補助接点などから取り出した信号の流れです。

見る順番は次のとおりでよい。

信号の元を見る。
次に、端子や配線を見る。
次に、継電器やPLC入力を見る。
最後に、遮断器トリップ、警報、中央監視表示につながるかを見る。

ここまでつながれば、ループになっている。
途中で行き先や使い道が分からなければ、まだループとしては読めない。

最低限の判定例

CTから51へ入り、51の動作で52をトリップ※するなら、過電流保護ループです。
VTから27へ入り、27の動作で警報や遮断条件になるなら、不足電圧ループです。
ZCTまたはVTから64・67Gへ入り、52をトリップするなら、地絡保護ループです。
52a・52b接点がPLC入力や中央監視へ入るなら、遮断器状態監視ループです。
変圧器温度接点が警報回路や中央監視へ入るなら、変圧器温度監視ループです。

トリップとは、異常を検出したときに、遮断器や保護装置が自動的に回路を切ること

特高設備のループを見るときは、線が一周しているだけでなく
「元の信号 → 端子・配線 → 継電器またはPLC → 警報・表示・遮断器動作」
までつながっているかで判断する。

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9.水道施設でよく出る機器記号

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10.ポンプ・弁・計装の基本的な読み替え

ポンプ制御では、起動指令だけでなく、停止条件と運転許可条件が重要です。

たとえば、制御回路に次の条件が直列で入っている場合、

非常停止b接点
サーマルb接点
低水位b接点
吐出弁開限a接点
起動指令a接点
MCコイル

これは、非常停止が押されておらず、過負荷がなく、低水位でもなく、吐出弁が開いており、起動指令があるときに、MCコイルが入るという意味です。

電動弁では、開指令と開完了信号を分けて読む。

OPENは開指令または開状態。
CLOSEは閉指令または閉状態。
LSOは全開信号。
LSCは全閉信号。
TSO、TSCは開方向・閉方向のトルク異常です。

開指令を出しただけでは、弁が開いたとは読まない。
LSOが返って初めて全開と読む。
同じく、LSCが返って初めて全閉と読む。

計装では、計器名、信号種類、警報設定をセットで読む。

LT 4-20mAなら、水位発信器から4-20mA信号が出る。
PT 4-20mAなら、圧力発信器から4-20mA信号が出る。
LAHなら水位高警報。
LALLなら水位下下限警報です。

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11.まとめ

技術職が電気図面を読むために最低限必要なのは、図面名を覚えることではありません。
図面に出てくる表記を、設備の意味に変換できることが理想です。

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本稿は、公開情報として入手可能な一次資料を引用・参照しながらに、
電気設備理解の観点から再整理・分析を行ったものです。
記載内容の構成、論点整理および評価は筆者個人の見解であり、特定の組織・機関の公式見解を示すものではありません。


参考文献

・国土交通省:公共建築設備工事標準図(電気設備工事編) 令和7年版 令和7年3月21日 国営設第186号
https://www.mlit.go.jp/gobuild/content/001879276.pdf

・国土交通省:公共建築工事標準仕様書(電気設備工事編) 令和7年版
https://www.mlit.go.jp/gobuild/content/001888825.pdf

・農林水産省:電気設備計画設計技術指針(高低圧編)
https://www.maff.go.jp/j/nousin/seko/kyotu_siyosyo/kikaisisin/denkisetsubi_koutei.html

・一般社団法人 電気学会:「実務に則した保護リレーシステム技術の学び方」の入門書
https://bppr.ieejpes.org/onsite_lecture/primer/

・公益社団法人 日本電気技術者協会:音声付き電気技術解説講座
https://www.jeea.or.jp/course/

・公共建築工事標準仕様書(機械設備工事編) 令和7年版
https://www.mlit.go.jp/gobuild/content/001888797.pdf

公共工事の入札は、なぜ情報を公開するのか

公共工事の入札では、公告、入札説明書、仕様書、図面、数量書、質問回答、入札結果など、多くの情報が公開されています。

なぜ、発注者はここまで多くの情報を公開するのでしょうか。

その目的は、単に企業が予定価格や最低制限価格を予測しやすくすることではありません。

大きな目的は、工事内容と競争条件を参加企業に示し、特定の企業だけが非公開の事情によって有利になることを防ぐことです。

同時に、誰が、どのような条件で、いくらで受注したのかを後から確認できるようにし、入札と契約の過程を外部から検証できる状態にする役割もあります。

さらに、発注者自身の設計、積算、入札参加条件、落札者の決定、契約変更などに対して、外部から確認されるという規律を働かせる意味もあります。

ただし、公共工事に関する情報が、全て入札前から公開されているわけではありません。

公共工事の情報は、次のように分けて考える必要があります。

  1. 入札前に公開する情報

  2. 入札期間中に追加・修正する情報

  3. 入札後や契約後に公表する情報

  4. 入札前には秘密として管理する情報

重要なのは、何でも早く公開することではなく、適切な情報を適切な時期に公開することです。

1.入札前に公開されるのは、企業が積算するための条件です

公共工事の入札前には、一般に次のような情報が示されます。

  • 工事の名称、場所、概要、工期

  • 入札参加資格

  • 配置予定技術者や施工実績の条件

  • 落札者の決定方法

  • 仕様書、図面、数量書

  • 施工条件や現場条件

  • 総合評価方式における評価方法

  • 質問の受付方法と質問回答

  • 積算基準、労務単価、一部の材料単価など

これらは、発注者が何を、どのような条件で施工させようとしているのかを示す情報です。

企業は、公開された資料を基に、必要な材料、機器、労務、施工方法、仮設設備、技術者、協力会社、工期、現場経費などを検討します。

したがって、入札前に必要なのは、必ずしも予定価格という「答え」そのものではありません。

企業が工事内容を理解し、自ら価格を積み上げられるだけの仕様、数量、施工条件を示すことが重要です。

-補足-
積算において発注者(国交省や地方自治体)の予定価格を計算する積算業務も"設計"、作成した積算書も"設計書"といいます。

2.数億円の工事でも、積算に使える時間は限られています

工事金額が大きいからといって、積算担当者に十分な時間が与えられるとは限りません。

案件によっては、公告から入札まで数週間程度しかないことがあります。しかも、その期間の全てを積算作業だけに使えるわけではありません。

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令和8年度入札契約・総合評価落札方式の運用資料 《 工事》(港湾空港関係)(引用元:国土交通省)

入札までには、次のような業務も必要です。

  • 入札参加資格の確認

  • 社内での案件審査

  • 現場調査

  • メーカーや協力会社への見積依頼

  • 技術部門との協議

  • 上司や経営層の決裁

  • 入札直前の価格修正

そのため、積算担当者は、数億円規模の工事であっても、数日程度で最初の金額をまとめなければならないことがあります。

その短い期間の中で、次のような作業を行います。

  • 図面と仕様書を読む

  • 数量を確認する

  • 材料や機器の価格を調べる

  • メーカーや協力会社から見積りを取る

  • 施工方法と必要人員を検討する

  • 重機、仮設、交通規制などを見込む

  • 工期内に施工できるかを確認する

  • 現場条件による追加費用を考える

  • 納期遅延や物価変動などのリスクを検討する

  • 一般管理費、利益、受注後のリスクを判断する

公開される情報が不足していれば、企業は不明な部分について、自ら仮定を置いて積算しなければなりません。

不明点を全てリスクとして価格に上乗せすれば、入札価格は高くなり、予定価格を超えやすくなります。

反対に、受注を優先してリスクを十分に見込まなければ、契約後に追加費用が発生し、赤字になる可能性があります。

工事条件があまりに不明確であれば、企業が入札参加を見送ることもあります。

もちろん、入札不調、不落、一者応札、入札辞退の原因は、情報不足だけではありません。

資材価格の高騰、技術者不足、厳しい工期、手持ち工事との重複、現場の施工難易度など、複数の要因があります。

それでも、発注者が把握している条件を十分に示さないことは、企業が負担する不確実性を増やし、参加しにくい入札をつくる一因になります。

3.情報が少ないほど、既存業者が有利になります

発注者が設計条件や現場条件を十分に公開しなければ、過去に同じ施設や同じ発注者の工事を経験した企業が有利になります。

既存業者は、例えば次のような事情を、過去の経験から知っていることがあります。

  • 過去に入札した際の自社設計書と予定価格との差額

  • 既設設備の実際の状態

  • 図面と現場が一致していない箇所

  • 過去に採用された資材や機器の仕様

  • 資材や機器の搬入経路

  • 夜間作業や交通規制の条件

  • 過去の工事で問題になった箇所

  • 現場特有の安全上の制約

こうした経験自体は、企業の施工能力の一部であり、それを否定するものではありません。

しかし、技術力や施工実績ではなく、「以前から発注者と取引しており、公開されていない事情を知っていること」が決定的な差になるのであれば、一般競争入札であっても新規参入は難しくなります。

公告の形式だけを一般競争にしても、実際には限られた企業しか適切に積算できない状態になり得ます。

設計図書や施工条件を公開することには、発注者や既存業者だけが持っている情報を可能な範囲で文書化し、参加企業ができるだけ共通の条件から検討を始められるようにする意味があります。

情報公開によって、企業間の経験差を完全になくすことはできません。

それでも、公開されていない事情だけによって競争の結果が決まることを防ぐためには、必要な情報を共通の条件として示すことが重要です。

4.質問回答は、参加企業の情報条件をそろえるためにあります

設計図書が公開されても、全ての条件が最初から明確になるとは限りません。

例えば、次のような疑問が生じることがあります。

  • 図面と数量書が一致していない

  • 仕様書の表現が曖昧である

  • 既設設備との接続条件が分からない

  • 工事範囲の境界が明確でない

  • 数量や仕様の解釈が複数考えられる

そのため、入札では質問期間が設けられます。

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建設省厚発第二六〇号 平成六年六月二一日 各地方建設局長あて 官房長通達(引用元:国土交通省)

質問回答の重要な点は、原則として、質問した企業だけに個別の助言を与えるのではなく、参加者が共通して確認できる情報として扱うことです。

質問によって、次のような対応が行われることもあります。

  • 対象数量が訂正される

  • 図面が差し替えられる

  • 材料や機器の仕様が明確になる

  • 施工範囲が追加または削除される

  • 現場条件が補足される

  • 積算上の考え方が示される

  • 入札期限が延期される

質問回答は、単なる参考資料ではありません。

内容によっては、当初の設計図書を補足または修正し、最終的な入札条件を確定させる役割を持ちます。

特定の企業にだけ、公開されない回答や示唆を与えれば、その企業だけが有利になります。

質問と回答を参加者間で共有することは、情報条件をそろえるために欠かせません。

ただし、企業が質問したからといって、発注者が個別の単価や予定価格の算定内容まで必ず回答するわけではありません。

発注者は、施工範囲や積算条件を説明する一方で、入札前には公表しない価格情報については「非公表」と回答することがあります。

5.設計図書を市場の目にさらすことで、誤りが見つかることがあります

情報公開には、発注者が作成した設計図書を、実際に施工価格を算出する企業が確認するという役割もあります。

複数の企業が仕様書、図面、数量書を確認することで、例えば次のような問題が入札前に判明することがあります。

  • 図面と数量書の数量が一致していない

  • 必要な機器や工種が含まれていない

  • 仕様書の記載が互いに矛盾している

  • 既設設備との接続方法が示されていない

  • 工事範囲の境界が不明確である

  • 工期に対して機器の製作期間が足りない

  • 停電、断水、交通規制などの条件が不足している

  • 仮設、撤去、処分に必要な費用が考慮されていない

  • 想定された施工方法では、実際の施工が難しい

  • 設計価格と市場価格が大きく離れている

設計図書を正確に作成し、内部で照査する責任は発注者にあります。

入札参加企業が、発注者に代わって設計審査を行うわけではありません。

しかし、企業は、メーカーに価格や納期を確認し、協力会社と施工方法を検討し、現場で必要となる作業を具体的に想像しながら積算します。

そのため、発注者内部の照査とは異なる視点から、設計上の不整合が発見されることがあります。

入札前に誤りが分かれば、発注者は、正誤表の公表、設計図書の差し替え、数量の訂正、入札期限の延期などによって対応できます。

契約後に問題が判明し、設計変更、追加費用、工期延長を巡って協議するよりも、入札前に条件を明確にした方が、発注者と受注者の双方にとって負担が小さくなります。

設計図書を市場の目にさらし、契約前に内容を確認することは、設計と契約の品質を高める仕組みでもあります。

6.入札額は、最低制限価格や調査基準価格の付近に集まりやすくなります

価格競争型の公共工事では、参加企業の多くが、最低制限価格や低入札価格調査基準価格を意識して入札額を決めます。

ただし、最低制限価格制度と低入札価格調査制度は、同じ制度ではありません。

最低制限価格制度

最低制限価格制度では、最低制限価格を下回った入札は、原則として失格になります。

そのため、各社は失格を避けながら最も低い価格になるように、最低制限価格そのもの、またはその直上を狙うことになります。

低入札価格調査制度

低入札価格調査制度では、調査基準価格を下回っても、直ちに失格になるとは限りません。

その価格で適正に施工できることを、積算内訳、資材価格、労務費、下請契約、施工体制などによって説明できれば、落札者となる可能性があります。

しかし、実際の調査では、詳細な資料の提出と説明が必要になります。

また、一定額を下回った場合には、別に設けられた失格判断基準によって失格となることもあります。

低い価格で契約できた場合にも、発注者によっては、次のような追加措置を求められることがあります。

  • 技術者の追加配置

  • 契約保証の増額

  • 監督や検査の強化

低い価格で受注するほど、工事原価が厳しくなるだけでなく、施工体制に必要な費用や事務負担も増えます。

そのため、調査に必要な根拠を示せない企業や、追加の技術者を確保できない企業は、調査を辞退するか、落札者として認められないことになります。

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低入札価格調査制度及び最低制限価格制度の概要(引用元:国土交通省)

したがって、企業が狙う価格は制度によって異なります。

最低制限価格制度では、最低制限価格付近に入札額が集中しやすくなります。

一方、低入札価格調査制度では、調査や追加措置を避けるため、調査基準価格以上を狙う企業が多くなります。

ただし、見積対象品が多い案件や、想定される施工方法が複数ある工事など、価格の想定が難しい工事もあります。

そのため、全ての工事で一律に同じ価格帯へ集中するわけではありませんが、最低制限額や低入札価格と同額または近接している企業が多くても、不自然なことではありません(近年は受注者側もソフトの活用が進んでおり、予定価格を公表していない案件であっても、誤差数%以内を争う案件が増えています)。

7.情報公開は、談合や恣意的な発注を防ぐためでもあります

日本では、入札談合、不透明な指名、予定価格などの秘密情報の漏えい、発注者職員が関与する官製談合が繰り返し問題になってきました。

その反省から、公共工事の入札と契約について、透明性の確保、公正な競争、不正行為の排除、適正な施工を図る制度が整備されてきました。

発注見通し、入札参加資格、入札・契約の過程、契約結果などを公表するのは、行政が単に親切になったからではありません。

発注者の判断を外部から確認できるようにし、不透明な契約を防ぎ、説明責任を果たすためです。

ただし、情報を公開すれば、自動的に談合や不正がなくなるわけではありません。

公開する情報の種類や時期によっては、反対に競争を弱める可能性もあります。

その論点で話に上がりやすいのが、予定価格の事前公表です。

8.予定価格の事前公表には、利点と問題の両方があります

予定価格の取扱いは、全ての発注者で同じではありません。

国の機関では、予定価格は入札後に公表する運用が中心です。

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公共工事の入札及び契約の適正化を図るための措置に関する指針 令和6年12月13日 閣議決定(引用元:国土交通省)

一方、地方自治体では、次のように取扱いが分かれています。

  • 全ての工事で事前公表する団体

  • 一部の工事だけ事前公表する団体

  • 入札後に公表する団体

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予定価格を事前公表する利点

地方自治体が予定価格を事前公表する理由の一つは、予定価格を超えた入札が繰り返され、不落や再入札になることを減らしやすい点にあります。

発注件数に対して契約担当職員が少ない自治体や、小規模な工事を多数発注する自治体では、入札事務の負担を抑えることも、制度判断の一つになり得ます。

また、予定価格を聞き出そうとする事業者などから、職員を守ることも目的の一つです。

初めから全参加者に予定価格を公表しておけば、特定の企業だけが職員から予定価格を聞き出し、有利になる余地を小さくできます。

予定価格を事前公表する問題

一方で、予定価格の事前公表には問題もあります。

予定価格が入札前から分かれば、企業が自社の施工原価を十分に積み上げず、予定価格から逆算して入札額を決める可能性があります。

その結果、積算能力、施工方法、企業努力による価格差ではなく、発注者が設定した価格をどれだけ正確に逆算できたかが、競争の中心になりかねません。

また、多くの企業が最低制限価格付近の同じ価格帯に集中し、同額入札者間のくじ引きによって落札者が決まる案件が増えることもあります。

このため、国の指針では、予定価格、最低制限価格、低入札価格調査基準価格について、入札前の公表によって競争上の弊害が生じないよう求めています。

一方、地方自治体には、予定価格の事前公表を一律に禁止する法令上の規定はありません。

しかし、事前公表によって、入札額の高止まり、同額入札やくじ引きの増加、積算を十分に行わない企業の参加などが生じている場合には、事後公表への変更を含めて制度を見直す必要があります。

ただし、国土交通省のような大規模発注者と、小規模な地方自治体との違いや地域事情を無視して、全てを同じように規制すれば、地方の公共工事が円滑に発注できなくなる可能性があります。

したがって、予定価格の事前公表を、単純に「良い公開」または「悪い公開」と決めることはできません。

次のような利点と問題を比較し、発注者ごとに判断する必要があります。

事前公表の利点

  • 不落や再入札を減らしやすい

  • 入札事務の負担を軽減できる

  • 職員への不正な働きかけを防ぎやすい

  • 特定企業だけが予定価格を知る状態を避けられる

事前公表の問題

  • 企業の積算努力を弱める可能性がある

  • 予定価格からの逆算が競争の中心になり得る

  • 入札額の高止まりを招く可能性がある

  • 同額入札やくじ引きが増えることがある

発注者は、工事規模、発注件数、参加企業数、過去の入札結果、地域事情、組織体制などを踏まえて、事前公表と事後公表のどちらが適切かを判断する必要があります。

9.単価や価格資料も、全て公開されるわけではありません

公共工事の積算では、次のような一般に確認できる資料が使用されます。

  • 公共工事設計労務単価

  • 積算基準

  • 標準歩掛

  • 市場単価

  • 発注者が作成した材料単価表

これらが公開されることで、企業は発注者の積算方法を一定程度理解し、効率的に積算できます。

一方で、全ての単価が入札前に公開されるわけではありません。

例えば、次のような価格は、具体的な金額が示されないことがあります。

  • 特殊な機械設備の製作価格

  • メーカーから徴取した見積価格

  • 個別の市場調査によって設定した価格

  • 取引上の秘密を含む価格

  • 発注者が独自に設定した単価

  • 見積価格に対する査定や補正の内容

企業は、不明な項目について質問できます。

しかし、質問されたからといって、発注者が個別単価を必ず回答するわけではありません。

重要なのは、全ての単価を入札前に公開することではありません。

企業が何を見積もる必要があり、どこまでを入札価格に含めるべきかを判断できるように、工事範囲、仕様、数量、施工条件を明確にすることです。

10.必要なのは、適切な情報を適切な時期に公開することです

公共工事の情報公開は、何でも直ちに公開することではありません。

公開する情報の内容と時期を分けて考える必要があります。

入札前

企業が工事内容を理解し、できるだけ同じ条件で積算できるように、仕様、図面、数量、施工条件、参加資格などを公開します。

入札期間中

質問回答や設計図書の訂正を参加者間で共有し、最終的な入札条件を確定させます。

入札後

入札参加者、入札額、落札者、契約金額などを公表し、入札手続を外部から検証できるようにします。

契約後

発注者の積算内訳や契約変更の内容などを、それぞれの制度や運用に従って公表します。

予定価格について事前公表制度を採用する場合には、全参加者に同じ条件で明示する必要があります。

事前公表しない場合には、予定価格、最低制限価格、低入札価格調査基準価格、金額入り工事設計書などを、入札前の秘密情報として適切に管理しなければなりません。

結論

公共工事の情報公開が目指しているのは、単に企業に予定価格を当てさせることではありません。

参加企業が工事内容を理解し、共通する条件から積算を始められるようにすることです。

特定の企業だけが非公開情報によって有利になることを防ぎ、入札と契約の結果を後から検証できるようにすることです。

さらに、発注者自身の設計、積算、参加条件、落札者の決定、契約変更などに対して、外部から確認されるという規律を働かせることでもあります。

情報がなければ、公正な競争は成立しません。

しかし、公開する情報の種類や時期を誤れば、かえって競争を弱めることもあります。

だからこそ、公共工事では、工事内容に関する情報を広く共有することと、競争に影響する価格情報を適切に管理することを両立させなければなりません。


本稿は、公開情報として入手可能な一次資料を引用・参照しながらに、
入札理解の観点から再整理・分析を行ったものです。
記載内容の構成、論点整理および評価は筆者個人の見解であり、特定の組織・機関の公式見解を示すものではありません。


参考文献

国土交通省:低入札価格調査制度及び最低制限価格制度の概要
https://www.soumu.go.jp/main_content/001026060.pdf

入札契約の適正化の取り組み状況に関する調査結果について~ダンピング対策や週休2日公示等を中心に取り組みが進展 ー【R6入契調査】国・特殊法人等・地方公共団体(都道府県・指定都市・市区町村)の 分類別による取組の実施状況ー
https://www.mlit.go.jp/report/press/tochi_fudousan_kensetsugyo13_hh_000001_00268.html

公共工事の入札及び契約の適正化を図るための措置に関する指針 令和6年12月13日 閣議決定
https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/const/content/001855541.pdf

国土交通省:建設省厚発第二六〇号 平成六年六月二一日 各地方建設局長あて 官房長通達
https://www.mlit.go.jp/notice/noticedata/sgml/007/74000193/74000193.html

国土交通省:令和8年度入札契約・総合評価落札方式の運用資料 《 工事》(港湾空港関係)
https://www.pa.skr.mlit.go.jp/news/20260417.pdf

国土交通省:入札情報サービス
https://www.i-ppi.jp/IPPI/SearchServices/Web/Index.htm