行政技術職白書|公務員技術職・主に電気職を中心にした実務分析

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巨大地震で公的組織はどう動いたのか―警察・消防・自衛隊・自治体・国土交通省・水道の記録から―

最終更新日:2026/07/19

 

 


※本記事は、各省庁・自治体等が公開している一次資料を基に、行政技術職の実務・制度・意思決定構造について整理・分析を行ったレビュー型考察です。


序章 これは災害時の行動マニュアルではありません

実際の巨大地震では、組織図どおりに職員がそろい、土木、建築、電気、機械、事務、保健といった職種ごとに整然と分かれて行動したわけではありませんでした。

近くに住んでいた人、当直だった人、家族の安全を確認できた人、道路を通れた人、庁舎が残った人、無線を使えた人が先に動きました。

反対に、本来の担当者であっても、自宅が壊れ、家族が負傷し、鉄道が止まり、橋が落ち、津波が迫っていれば、職場には向かえませんでした。

消防車があっても水が出ませんでした。自衛隊の部隊が出発しても現場まで進めませんでした。給水車が到着しても、どこへ配るか決める職員が足りませんでした。応援職員が来ても、業務を説明する地元職員が死亡していました。

本稿では、こうした実際の経過を、組織別・災害別の説明ではなく、次のような事柄ごとにたどり分析しました。

職員はどこへ、どの程度集まったのか。

その場にいた人は、命令が届かない中で何をしたのか。

警察、消防、自衛隊、国土交通省、自治体、水道事業体は、どこで接続し、どこで接続できなかったのか。

救援速度を決めたのは何だったのか。

どのような人が死亡し、その危険を統一的な数字で示せるのか。

発災当日の恐怖、使命感、過集中的な勤務、数か月から数年後の疲弊は、記録上どのように残っているのか。


1 職員は、どこに、どの程度集まったのか

1-1 必要な人数が最大になる瞬間に、出勤できる人数が最小になりました

大地震の直後には、火災、救急、道路確認、避難所開設、住民からの電話、庁舎被害、断水、停電、行方不明者対応などが同時に始まります。

しかし、夜間や休日であれば、多くの職員は自宅や外出先にいます。勤務時間内でも、全員が本庁舎にいるわけではありません。

阪神・淡路大震災の例

阪神・淡路大震災は、1995年1月17日午前5時46分に発生しました。

神戸市は制度上、全職員が出動する体制に入りました。しかし、発災当日に実際に出務できた職員は、計画上の対象職員1万7,836人に対して約7,350人、41%でした。

内訳は次のとおりです。

  • 市長部局は8,850人中約3,100人、35%

  • 区役所・福祉事務所は3,818人中約900人、24%

  • 消防は1,372人中約1,300人、95%

  • 水道は1,006人中約700人、70%

  • 交通は2,219人中約850人、38%

  • 教育部門は541人中約500人、92%

市全体の出務率は、1月18日に約60%、19日に約70%、21日に約80%、25日ごろに約90%となりました。職員は一斉に到着したのではなく、数日をかけて断続的に戻っています。

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内閣府 阪神・淡路大震災 総括・検証 調査シート 001 初動対応の状況(引用元:内閣府)

41%という数字は、本庁舎に約7,350人が集まったという意味ではありません。

職員は本庁、区役所、消防署、水道施設、交通施設、学校、福祉施設などに分散していました。住民の問い合わせや避難者対応が集中した区役所は24%で、被害が激しい区では当日に働けた職員が3割程度にとどまりました。

同じ阪神地域でも、当日の出勤率は異なりました。

伊丹市は74.5%、西宮市は51%、芦屋市は42%でした。宝塚市では、市立病院の医師・看護師を除く職員2,041人のうち、午前9時に914人、45%、午後5時に1,219人、60%が出勤していました。

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内閣府 阪神・淡路大震災 総括・検証 調査シート 001 初動対応の状況(引用元:内閣府
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内閣府 阪神・淡路大震災 総括・検証 調査シート 001 初動対応の状況(引用元:内閣府)

ただし、この差を職員の使命感の差とは読めません。

確認時刻、分母、被害の強さ、職員の居住地域、道路状況、市域の広さ、市役所以外で活動した職員を含めるかなどが異なるからです。

熊本地震の例

熊本県職員アンケートでは、地震前から「全員登庁しなければならない」と知っていた職員は81.9%でした。

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平成28年熊本地震に関する県職員アンケート調査 結果報告書 平成29年3月13日(引用元: 熊本県知事公室 危機管理防災課)

それでも、前震または本震の発生から3時間以内に登庁できなかった職員は、調査対象3,632人のうち2,054人でした。規定を知っていることと、実際に勤務場所へ行けることは別でした。

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平成28年熊本地震に関する県職員アンケート調査 結果報告書 平成29年3月13日(引用元: 熊本県知事公室 危機管理防災課)

前震時には回答者の75.2%、本震時には82.5%が、自宅または通勤・帰宅途中にいました。

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平成28年熊本地震に関する県職員アンケート調査 結果報告書 平成29年3月13日(引用元: 熊本県知事公室 危機管理防災課)

また、回答者の56.2%は自宅に何らかの被害を受けていました。内訳は全壊39人、大規模半壊31人、半壊202人、一部損壊1,770人でした。職員が登庁したという数字の中には、自宅を失った人や、家族を避難させてから来た人も含まれています。

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平成28年熊本地震に関する県職員アンケート調査 結果報告書 平成29年3月13日(引用元: 熊本県知事公室 危機管理防災課)

令和6年能登半島地震の例

能登半島地震は、1月1日午後4時10分、年始の休暇中に発生しました。

珠洲市では本庁へ集まれた職員が少なく、多くの職員は家族とともに地域の避難所へ避難し、その場所で避難所運営に入りました。道路寸断や通信障害により、本庁への参集だけでなく、職員の所在確認にも時間がかかりました。

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第1回 令和6年能登半島地震及び令和6年奥能登豪雨 災害対応検証委員会 説明資料(引用元:珠洲市)

この場合、市役所へ来なかった職員が何もしていなかったわけではありません。しかし、本庁の災害対策本部から見ると、避難所へ分散した職員の所在、地域被害、必要物資を一元的に把握しにくい状態になりました。

能登半島北部では最大約7~8割の地域で通信に支障が生じ、道路寸断により最大約3,300人が孤立しました。通信手段が進歩していても、基地局、電源、道路が同時に壊れれば、参集問題そのものはなくなりませんでした。

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令和6年能登半島地震に係る災害応急対応の 自主点検レポート 令和6年6月 (引用元:令和6年能登半島地震に係る検証チーム)

1-2 最初に到着したのは、本来の担当者より、近くに住み、そこまで来られた人でした

発災直後の人員配置を決めたのは、平常時の組織図だけではありませんでした。

勤務場所との距離、移動手段、家族の状況、橋や道路の被害が、最初の実働要員を決めました。

尼崎市の例

尼崎市では、総務局総務課長が市長宅へ電話をかけましたが、連絡が取れませんでした。

総務課長は自転車で市役所へ向かい、午前6時6~7分ごろに到着しました。消防局から地震情報と市民からの通報内容を聞き、市長と連絡が取れない状態で消防局側と協議し、午前6時10分に防災指令を発令して災害対策本部を設置することを決めました。

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内閣府 阪神・淡路大震災 総括・検証 調査シート 001 初動対応の状況(引用元:内閣府)

全部局長が集まり、被害情報が完成してから判断したのではありません。

その時点で到達できた者が、不完全な情報のまま本部を立ち上げました。

芦屋市の例

芦屋市では、午前6時ごろから市内や近隣に住む職員が集まり始め、市内在住の助役が午前6時10分に到着しました。助役は午前6時30分に災害対策本部の設置を決め、市長は午前7時過ぎに到着しました。

地域防災計画では、勤務時間外には電話で職員を招集することになっていました。

しかし、回線の混雑や停電により、電話招集は十分に機能しませんでした。全庁的な動員指示が行われたのは、発災翌日の18日夕方から19日朝にかけてでした。

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内閣府 阪神・淡路大震災 総括・検証 調査シート 001 初動対応の状況(引用元:内閣府)

発災直後に到着した職員には、電話で呼ばれた人だけでなく、揺れや周囲の被害を見て自ら登庁を判断した人が含まれていました。

西宮市、伊丹市、明石市、川西市の例

西宮市では午前6時5分に防災対策課職員が到着し、午前6時30分に教育長が登庁しました。災害対策本部が設置されたのは午前7時5分でした。

伊丹市では午前5時50分に本部が設置され、午前5時55分に市長が到着しました。

明石市では午前6時過ぎに総務部長と次長が到着し、午前6時30分に本部を設置しました。

川西市では午前6時ごろに市長が到着し、午前6時30分に本部を設置しました。

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内閣府 阪神・淡路大震災 総括・検証 調査シート 001 初動対応の状況(引用元:内閣府)
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内閣府 阪神・淡路大震災 総括・検証 調査シート 001 初動対応の状況(引用元:内閣府)

役職は自治体ごとに異なります。

共通しているのは、全職員がそろうまで待たず、最初に到達した防災担当者、総務担当者、助役、教育長、市長らが本部設置、電話受付、情報収集を始めたことです。

兵庫県庁の例

兵庫県では、災害担当の防災係長が午前6時45分、副知事が午前6時50分ごろに登庁し、午前7時に災害対策本部が設置されました。

しかし、午前8時30分の第1回本部会議までに本庁舎へ着いていた職員は数人でした。災害対策本部の実務を担う消防防災関係部署でも、午前10時30分ごろにいた職員は2~3人で、午後3時ごろにようやく約半数となりました。

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内閣府 阪神・淡路大震災 総括・検証 調査シート 001 初動対応の状況(引用元:内閣府)
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内閣府 阪神・淡路大震災 総括・検証 調査シート 001 初動対応の状況(引用元:内閣府)

同部署の職員は神戸市内だけでなく、明石市や姫路市方面など広い地域から通勤していました。

県庁は平常時には広域から人材を配置できますが、夜間や休日の災害では、通勤圏の広さが参集の遅れにつながります。

さらに、消防交通安全課の執務室ではロッカーや机が倒れ、扉が開かず、職員が壁の裂け目から入らなければならない状態でした。

職員が庁舎に着いた時刻と、その職員が実際に仕事を始められた時刻は同じではありませんでした。


1-3 職員は、自宅から職場へ一直線に向かったわけではありません

「何時間で登庁したか」という数字だけでは、職員が出発前に何をしていたかは分かりません。

職員も自宅や家族の安全を確認し、子ども、高齢者、負傷者を避難させ、近隣の被害を見てから勤務場所へ向かいました。

芦屋市職員の例

芦屋市職員調査の回答者342人のうち、参集を妨げた事情として、通勤手段を挙げた人が175人、参集指示を知る手段を挙げた人が106人、自分の状況を市へ伝える手段を挙げた人が96人いました。

家族が死亡した職員は4人、家族が負傷した職員は13人、自宅や家財などに被害を受けた職員は67人でした。

この調査の回収率は50.3%であり、回答者の数を全職員へ単純に広げることはできません。それでも、自治体職員自身が被災者だったことは確認できます。

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内閣府 阪神・淡路大震災 総括・検証 調査シート 001 初動対応の状況(引用元:内閣府)

熊本県職員の例

前述した通り、熊本県職員アンケートで、3時間以内に登庁できなかった理由として最も多かったのは、「家族の面倒を見る人がほかにいなかった」で764人、37.2%でした。

このほか、

  • 所属の許可を得たためが563人、27.4%

  • 交通網の寸断等で交通手段がなかったが483人、23.5%

  • 自宅が被災したが389人、18.9%

  • 自主的に登庁することを知らなかったが242人、11.8%

  • 家族といたかったが165人、8.0%

  • 外に出るのが怖かったが142人、6.9%

でした。

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平成28年熊本地震に関する県職員アンケート調査 結果報告書 平成29年3月13日(引用元: 熊本県知事公室 危機管理防災課)

「外に出るのが怖かった」という回答も、公的調査に残っています。

職員が恐怖を感じなかったのではありません。夜間、余震が続き、住宅や橋の状態が分からない中で、外へ出ることを恐れた人もいました。

また、登庁前に家族の安否を確認した人は2,308人、63.5%、周辺被害を確認した人は1,520人、41.9%、家族を避難所へ誘導した人は750人、20.6%でした。家族や近所の人の救助、負傷者の手当てを行った職員も245人、6.7%いました。

職員は家庭と公務のどちらか一方だけを選んだわけではありません。

家族を避難させ、近所を確認し、その後に登庁した人がいました。反対に、家族の安否を十分に確認できないまま職場へ向かった人もいました。


1-4 到着した人数が、そのまま処理能力にはなりませんでした

職員が庁舎へ着いても、直ちに仕事を始められるとは限りません。

庁舎に入れない、通信が使えない、指示を出す管理職がいない、被害情報がない、端末や書類が使えないという状態がありました。

熊本県職員アンケートでは、登庁後に行ったこととして、職場の被災状況確認が47.9%、職員の安否確認が45.2%、関係機関からの情報収集が42.6%でした。

一方、446人、12.3%は「特に業務はなかった」と回答しています。

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平成28年熊本地震に関する県職員アンケート調査 結果報告書 平成29年3月13日(引用元: 熊本県知事公室 危機管理防災課)

これは、446人が働く意思を持たなかったという意味ではありません。

誰をどこへ配置するか決める者がいない、他部署からの要請がまだ来ていない、庁舎の安全確認が終わっていないなど、到着した人を仕事へ接続できない状態がありました。

反対に、仕事を早く理解し、確実に処理できる人へ業務が集中しました。

同じ組織の中で、一方には仕事がなく、別の人は休めないという偏りが発生しました。

消防の参集率が一般部門より高かったのも、使命感だけでなく、24時間勤務により発災時点ですでに当直者がいたこと、最寄りの消防署へ参集できたこと、署所ごとの指揮系統があったことが影響しています。

神戸市消防局では、発災時点で全職員の23%に当たる305人が勤務中でした。発災2時間後には約50%、5時間後には90%を超える職員が確保されました。

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内閣府 阪神・淡路大震災 総括・検証 調査シート 001 初動対応の状況(引用元:内閣府)
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内閣府 阪神・淡路大震災 総括・検証 調査シート 001 初動対応の状況(引用元:内閣府)

それでも、火災、救助、救急の件数が同時に増えたため、90%を超える消防職員が集まっても需要を処理できませんでした。

参集率は、人がどの程度存在したかを示します。

実際の能力を決めたのは、その人がどこにいて、何を知り、どの装備を使え、誰から指示を受け、誰に情報を返せたかでした。


1-5 津波災害では、一か所へ集まること自体が死亡につながりました

地震時には、職員を庁舎や災害対策本部へ集めることが必要とされます。

しかし、東日本大震災では、沿岸部の庁舎、指定避難所、地区本部へ職員が集まったことが、多数の犠牲につながりました。

陸前高田市の例

陸前高田市には、正規職員295人、臨時・嘱託職員148人、合計443人が在籍していました。

このうち正規職員68人、臨時・嘱託職員43人、合計111人が死亡しました。

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陸前高田市東日本大震災検証報告書 平成26年7月 (引用元:陸前高田市)

生存職員への聞き取りなどから整理された津波襲来時の所在は、次のようになっています。

  • 市庁舎とその周辺にいた88人のうち11人が死亡

  • 市民会館にいた66人のうち61人が死亡

  • 業務場所や地区本部へ移動中だった54人のうち11人が死亡

  • 市民体育館にいた24人のうち23人が死亡

  • 消防団活動中だった市職員13人のうち3人が死亡

  • 市庁舎外の勤務施設にいた41人は全員生存

  • 市民会館、体育館以外の避難所にいた88人は全員生存

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陸前高田市東日本大震災検証報告書 平成26年7月 (引用元:陸前高田市)

市民会館は一次避難所に指定され、教育委員会事務局があり、当日は確定申告会場にもなっていました。

職員は市民を誘導しながら避難しましたが、建物の高さを超える津波に襲われました。

職場や地区本部へ移動していた職員の中には、交通渋滞に巻き込まれて死亡した人もいました。

「早く参集したこと」や「指定された場所へ行ったこと」が、安全を意味しませんでした。

大槌町の例

大槌町が公務災害等の申請内容を基に整理したところ、死亡した町職員は38人でした。行動をともにした畜産公社職員を含める場合は39人です。

内訳は、

  • 災害対策本部対応のため役場前駐車場にいた人が20人

  • 役場庁舎内で待機していた人が8人

  • 出張先から帰庁中だった人が5人

  • 避難所対応のため移動中だった人が3人

  • 町内から勤務公所へ向かっていた人が2人

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東日本大震災津波における 大槌町災害対策本部の活動に関する 検証報告書(概要版) 平成29年7月 (引用元:大 槌 町)

でした。

職員が参集しなかったために死亡したのではありません。

災害対策本部を立ち上げるために集まり、勤務場所へ戻り、避難所へ向かう途中で津波に襲われました。

南三陸町の例

南三陸町では、地震直後、多くの職員が危機管理室へ集中しました。

本来、職員ごとに災害時の担当業務が割り当てられていましたが、一度同じ部屋へ集まった後、誰がどこへ向かったのかを組織として把握しにくくなりました。

一方、水門、陸閘、避難場所、沿岸施設の確認へ向かった職員は、公用車や自家用車で単独に近い状態で分散しました。交通渋滞で行き先を変えた人や、車両や書類を取りに沿岸部の事務所へ戻った人もいました。

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南三陸町 東日本大震災職員初動対応等検証 報告書 2019 年3月(引用元:南三陸町 東北大学 災害科学国際研究所)

一か所へ集まり過ぎると担当場所へ動けません。

各人が単独で分散すると、所在と安全を把握できません。

発災直後には、集中と分散の両方が危険になりました。


2 最初の数時間、誰が判断し、組織はどう組み直されたのか

2-1 正式な命令より先に、現場単位の判断が始まりました

通信が切れ、上司の所在が分からない状況では、正式な命令を待たずに動いた人がいました。

前述したように尼崎市の総務局総務課長は、市長と連絡が取れないまま本部設置を決めました。

神戸市消防局では、指令管制室に火災、救助、救急の通報が集中し、中央の指令室が一件ずつ車両を割り当てる通常方式を維持できなくなりました。管制係長は、水防活動時の運用を応用し、各消防署が所管車両を地域内で動かす方式へ切り替えました。

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阪神・淡路大震災教訓情報資料集【01】状況把握・部隊運用の決定(引用元:内閣府)

市内全体の状況が分からなかったため、神戸市消防は市役所24階へ職員2人を派遣し、高所から煙と火災を目視確認させました。

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阪神・淡路大震災教訓情報資料集【01】状況把握・部隊運用の決定(引用元:内閣府)

ヘリコプターから最初の映像が入ったのは午前9時24分でした。ヘリポート自体の被害確認、要員確保、機体準備に時間がかかりました。

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阪神・淡路大震災教訓情報資料集【01】状況把握・部隊運用の決定(引用元:内閣府)

この段階では、完全な情報を待ってから動くことはできませんでした。

目視、住民からの通報、消防無線、到着した職員が直接見たものをつなぎ、暫定的に部隊を動かしました。


2-2 発災直後の自治体は、平常時組織の縮小版ではありませんでした

大災害直後の自治体に現れたのは、平常時の組織図を40%や50%に縮小した組織ではありませんでした。

実際に残ったのは、次の条件を通過した人です。

  • 発災時に当直していた

  • 勤務場所の近くに住んでいた

  • 徒歩、自転車、バイク等で到達できた

  • 家族の安全をある程度確認できた

  • 自宅が倒壊していなかった

  • 道路、橋、鉄道を越えられた

  • 津波、火災、建物倒壊から生存した

  • 勤務施設へ入れた

  • 自分の所在を組織へ伝えられた

その結果、ある課には若手しかおらず、別の課には管理職だけがいる、技術職はいるが図面がない、避難所には職員がいるが本庁は所在を知らない、といった偏りが生じました。

専門性が消えたわけではありません。

受変電設備、ポンプ、浄水施設、橋梁、斜面、堤防、危険物施設などは、知識を持つ者でなければ判断できません。

しかし、初期には技術職員も電話受付、避難所、物資運搬、情報整理、車両運転に回りました。事務職員が給水容器を運び、管理職がいない場所では係長や若手が判断しました。

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『阪神・淡路大震災と住宅局営繕部』活動記録 「大震災を体験した営繕部との対応とその教訓」平成8年3月 (引用元:神戸市住宅局営繕部)
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『阪神・淡路大震災と住宅局営繕部』活動記録 「大震災を体験した営繕部との対応とその教訓」平成8年3月 (引用元:神戸市住宅局営繕部)

専門職が到着しても、鍵、図面、測定器、電源、車両、協力業者との通信がなければ、専門業務を始められませんでした。


2-3 発災直後の救助活動は公的機関だけで実施することは困難です

一般行政職員や多くの自治体技術職員は、消防の特別救助隊や警察の救助部隊と同じ訓練、装備、指揮体制を持っていません。

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内閣府 阪神・淡路大震災 総括・検証 調査シート 001 初動対応の状況(引用元:内閣府)

また、自衛隊もこの時点で組織的に動くことはまず出来ません。

そのため、メインで活躍するのは地元の警察又は消防隊・消防団となります。

しかし、阪神・淡路大震災で倒壊建物等から救出された人を対象にした調査では、自力脱出が34.9%、家族による救助が31.9%、友人・隣人が28.1%、通行人が2.6%、救助隊が1.7%でした。

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平成26年版 防災白書|特集 第2章 1 大規模広域災害時の自助・共助の例(引用元:内閣府)

これは消防や警察が動かなかったという意味ではありません。救助を必要とする場所が多すぎ、専門隊が到着する前に、近くにいた人が動かざるを得なかったことを示します。

前述のように消防車両は本来の火災現場へ向かう途中で、住民から生き埋め救助を求められ、予定を変えて救助に入ることがありました。

現場では、「目の前の一人を助けること」と「本来の任務地点へ向かうこと」が衝突しました。

消防車が途中で止まれば、別の火災が拡大する可能性があります。しかし、車両のすぐ横に生存者がいれば、通過することも困難です。

同時に救うべき対象が、存在する人員、装備、時間を超えていたために起きた選択でした。


3 救援速度を決めたのは、組織の人数だけではありませんでした

3-1 出動時刻、到着時刻、活動開始時刻は別でした

救援の早さを比較するときには、少なくとも次の時刻を分ける必要があります。

  • 組織内で準備を始めた時刻

  • 車両や部隊が所属施設を出た時刻

  • 被災自治体の区域へ入った時刻

  • 現地本部へ到着した時刻

  • 担当地域と任務が割り当てられた時刻

  • 救助、給水、道路啓開などを実際に始めた時刻

部隊が出発していても、道路が塞がれ、どこを捜索するか分からず、地元の案内役がいなければ活動は始まりません。

自衛隊や警察の派遣人数が増えても、同じ割合で各集落への到達速度が上がるわけではありませんでした。


3-2 都市直下地震では、部隊は近くにいても、需要が同時に発生しました

阪神・淡路大震災の例

人口密集地域で火災、建物倒壊、救急、道路閉塞、断水が同時に発生しました。

神戸市消防では、消防職員の参集が進んでも、発生した災害件数に対して車両、資機材、消防水利が不足していました。5時台には53件の火災に対し、対応可能なポンプ車等は36台、はしご車等は10台にとどまりました。

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「消 防 団 の 充 実 強 化 に つ い て の 検 討 会」 報 告 書 平成22年12月 消防団の充実強化についての検討会(引用元:総務省 消防庁)

生き埋め者の救助要請も多く、常備消防だけでは手が回りませんでした

消火栓が断水し、消防隊が火災現場に着いても放水できない場所がありました。

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阪神・淡路大震災教訓情報資料集【03】消防施設・資機材と水利の確保(引用元:内閣府)

学校のプール、河川、防火水槽、建物の受水槽、海水などが使われました。消防艇から約1.2キロメートルにわたりホースを延ばした場所では、道路を横切るホースが車両に踏まれて破損しました。

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阪神・淡路大震災教訓情報資料集【03】消防施設・資機材と水利の確保(引用元:内閣府)

消防車両の燃料も不足し、姫路方面から運ばれた燃料は交通渋滞で到着が遅れました。

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阪神・淡路大震災教訓情報資料集【03】消防施設・資機材と水利の確保(引用元:内閣府)

兵庫県警は非常招集を行い、全国警察から派遣された約5,500人を含む約1万6,000人規模で救出救助、避難誘導、捜索などに当たりました。

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警察白書 平成7年(引用元:警察庁)

ただし、警察官をすべて倒壊家屋の捜索へ回すことはできませんでした。

倒壊建物、放置車両、信号停止、一般車両、消防車、自衛隊車両、給水車が混在する道路で、緊急交通路を確保する必要がありました。

道路上に立つ警察官は、その間、建物内部の救助には入りません。しかし、その交通整理がなければ、他の多数の救助隊も現場へ着けませんでした。


3-3 津波災害では、案内役と指揮系統そのものが失われました

東日本大震災の例

陸前高田市、大槌町、南三陸町、石巻市などでは、庁舎、総合支所、職員、管理職、通信設備、車両、住民記録が津波に襲われました。

外部の応援部隊が到着しても、集落名、道路、要支援者、避難所、危険施設、鍵の所在を説明できる地元職員が死亡していました。

石巻市北上総合支所では、建物内にいた避難者と職員を合わせて54人が死亡・行方不明となり、生存が確認されたのは3人でした。総合支所は想定津波水位より高く造成され、避難場所にもなっていましたが、津波は2階屋根を超えました。

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石巻市東日本大震災復興記録誌(引用元:石巻市)

大槌町では町長と複数の管理職を失いました。失われたのは人員数だけではなく、判断権限、地域事情、国・県との連絡関係でした。

南三陸町で、班相互の情報共有を含む組織的な対応がある程度整ったのは3月18日ごろでした。

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南三陸町 東日本大震災職員初動対応等検証 報告書 2019 年3月(引用元:南三陸町 東北大学 災害科学国際研究所)

それまでは各担当者が個別に動き、災害対策本部と避難所が同じ建物に置かれたため、本部業務と避難者対応も混在しました。

津波型の災害では、外部部隊の規模だけでなく、被災自治体の指揮・情報機能が残ったかどうかが救援速度を左右しました。


3-4 内陸の連続地震では、必要な応援を定義すること自体が困難でした

熊本地震の例

熊本地震では前震と本震があり、被害状況、避難者数、使用できる庁舎や避難所が変化しました。

県は、市町村ごとの被害と必要人員を十分に把握できず、市町村側も、どの職種を何人、何日必要としているかを整理できない状態がありました。

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熊本地震の概ね3カ月間の対応に関する検証 (人命救助、被災者の生活の支援等を中心として)  H29年3月31日 (引用元:熊本県危機管理防災課)

避難所運営、罹災証明、住家被害調査、物資、給水、廃棄物など、必要業務が日ごとに変わったためです。

応援職員が到着すれば、自動的に負担が減るわけではありません。

受付、本人確認、担当業務の説明、地図、名簿、端末、車両、報告先、宿泊場所、食事、引継ぎを用意する必要があります。

被災自治体側に数人しか残っていない部署では、応援者を受け入れる作業自体が新しい業務になりました。


3-5 半島・山間地では、後方の人数と集落への到達人数に大きな差が生じました

令和6年能登半島地震の例

能登半島地震では、のと里山海道、国道249号、珠洲道路などの主要道路が多数の箇所で寸断されました。港湾も地盤隆起や施設被害を受けました。

自衛隊、警察、消防、国土交通省の人員が後方に集まっても、各集落へつながる最後の道路が崩れていれば前へ進めませんでした。

緊急復旧により、1月9日に半島内の幹線道路の約8割、1月15日に約9割が通行可能となりました。

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令和6年能登半島地震を踏まえた 災害対応の在り方について (報告書) 令和6年11月 (引用元:中央防災会議 防災対策実行会議 令和6年能登半島地震を踏まえた災害対応 検討ワーキンググループ)

孤立した住民は最大約3,300人に達しました。

航空機や艦艇、小型車両、バイク、徒歩による進入が行われましたが、航空輸送には天候、積載量、離着陸地点、地上で荷物を受け取る人員という制約があります。

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令和6年能登半島地震を踏まえた 災害対応の在り方について (報告書) 令和6年11月 (引用元:中央防災会議 防災対策実行会議 令和6年能登半島地震を踏まえた災害対応 検討ワーキンググループ)

大型機材を海上輸送しても、港から集落までの地域内道路が通れなければ、その先へ運べません。

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令和6年能登半島地震を踏まえた 災害対応の在り方について (報告書) 令和6年11月 (引用元:中央防災会議 防災対策実行会議 令和6年能登半島地震を踏まえた災害対応 検討ワーキンググループ)

能登半島地震で見えたのは、国が人員を集めれば数時間で全孤立集落へ入れるという構造ではありませんでした。

一本の道路、港の岸壁、ヘリポート、燃料、天候のいずれかが、投入人数全体の速度を制限しました。


3-6 支援要請が早くても、本格的な活動開始には日数がかかりました

神戸市水道の例

神戸市は、発災当日の午後1時に他の大都市水道事業体へ復旧支援を要請しました。

しかし、外部の本格的な復旧班が入り始めたのは、おおむね1月22日ごろでした。

全国から技術者、給水車、工事車両を集め、被災地へ移動し、宿泊場所を確保し、管路図を渡し、担当区域を決め、地元職員と組ませるまでに時間が必要でした。

3月31日までに43都道府県、241水道事業体から延べ4万7,000人を超える支援を受けましたが、市内全戸の復旧は4月17日でした。

要請を出した時刻だけでは、復旧速度を説明できません。

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阪神・淡路大震災教訓情報資料集【01】上水道の復旧(引用元:内閣府)

南三陸町の例

南三陸町では、外部から物資や支援者が来ても、町職員が荷受け、仕分け、保管、配送を抱え込み、処理能力を超えました。

民間物流事業者が本格的に入るまで物資が滞留しました。

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南三陸町 東日本大震災職員初動対応等検証 報告書 2019 年3月(引用元:南三陸町 東北大学 災害科学国際研究所)



町は独自の給水車を持たず、地元事業者、日本水道協会、周辺自治体、自衛隊などに依存しました。

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南三陸町 東日本大震災職員初動対応等検証 報告書 2019 年3月(引用元:南三陸町 東北大学 災害科学国際研究所)

がれきの中に遺体がある可能性がある場所では、警察による確認が必要でした。

建設業者の重機があっても、警察官が同行できなければ進めにくい場所がありました。

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南三陸町 東日本大震災職員初動対応等検証 報告書 2019 年3月(引用元:南三陸町 東北大学 災害科学国際研究所)

物資、重機、給水車の存在と、それを実際に使える状態は別でした。


4 公的組織は、現場でどのように接続したのか

4-1 消防と警察は、救助だけをしていたわけではありませんでした

消防の活動は消火、救助、救急に分かれますが、巨大災害では、そのすべてが同時に増えます。

前述のように、阪神・淡路大震災の神戸市消防では、中央指令方式を維持できず、各消防署単位の車両運用へ切り替えました。水道断水、道路閉塞、燃料不足、通信混雑が消防能力を制約しました。

東日本大震災では、全国から緊急消防援助隊が派遣されました。

活動期間は88日間、延べ約3万1,000隊、約11万人で、救助者は5,064人でした。

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消防庁 消防庁の「東日本大震災記録集」の公表  平成25年3月26日(引用元:総務省)

それでも、外部消防隊には活動地域の割当て、無線周波数の割当て、通話コードの統一、中継手段の確保、給油、宿営地、食事、水、トイレが必要でした。

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東日本大震災に伴う緊急消防援助隊 北海道東北ブロック活動検証会議報告書 平成24年2月 (引用元:東日本大震災に伴う緊急消防援助隊 北海道東北ブロック活動検証会議)
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緊急消防援助隊活動拠点施設に関する 調 査 報 告 書 平成24年3月(引用元:総務省)

津波で住所、道路標識、建物が失われた地域では、平常時の地図だけで救助地点を特定することも困難でした。

警察は救助、避難誘導に加え、交通規制、行方不明者捜索、遺体の収容、検視、身元確認、通信の確保、治安維持、避難所相談を担いました。

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警察白書 平成24年特集:大規模災害と警察~震災の教訓を踏まえた危機管理体制の再構築~(引用元:警察庁)
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警察白書 平成24年特集:大規模災害と警察~震災の教訓を踏まえた危機管理体制の再構築~(引用元:警察庁)
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警察白書 平成24年特集:大規模災害と警察~震災の教訓を踏まえた危機管理体制の再構築~(引用元:警察庁)
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警察白書 平成24年特集:大規模災害と警察~震災の教訓を踏まえた危機管理体制の再構築~(引用元:警察庁)

東日本大震災では信号機が多数滅灯し、警察官が交通整理に配置されました。生存者救助が一段落した後も、捜索、検視、身元確認、遺族対応は長期間続きました。

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警察白書 平成24年特集:大規模災害と警察~震災の教訓を踏まえた危機管理体制の再構築~(引用元:警察庁)
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警察白書 平成24年特集:大規模災害と警察~震災の教訓を踏まえた危機管理体制の再構築~(引用元:警察庁)

4-2 水道事業体は、消火用水と飲料水の間で判断しました

阪神・淡路大震災で、神戸市の配水池19か所は、地震後1~2時間で水位がゼロになりました。

一方、18か所では緊急遮断弁が作動し、計約4万トン、市民の飲料水約10日分が確保されました。

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阪神・淡路大震災教訓情報資料集【04】水道事業者の緊急対応(引用元:内閣府)

しかし、配水池に水を残せば、火災地域の消火栓へは流れません。

破損した管路へ水を送れば、漏水によって飲料水まで失われます。

奥平野浄水場では、いったん配水を止めて水をためた後、火災地域へ送水する対応が取られました。水道側は、消火用水と飲料水のどちらを残すかという判断を迫られました。

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阪神・淡路大震災教訓情報資料集【04】水道事業者の緊急対応(引用元:内閣府)

西宮市水道局では、職員347人のうち、午前9時に出勤していたのは80人、23.1%でした。正午に140人、40.3%、午後5時に227人、65.4%となりました。

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内閣府 阪神・淡路大震災 総括・検証 調査シート 001 初動対応の状況(引用元:内閣府)

その人数で、施設点検、漏水把握、病院や避難所への給水、住民からの問い合わせ、外部給水車の配置を始めました。

兵庫県では、本来、応急給水を所管する保健環境部門に、遺体や廃棄物などの業務も集中しました。

そのため、県営水道を運営していた企業庁が、給水、復旧、情報収集の実務を引き受けました。平常時の所管区分を維持できず、施設、車両、技術者を持つ組織が代替しました。

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阪神・淡路大震災教訓情報資料集【04】水道事業者の緊急対応(引用元:内閣府)

公営企業や企業団も、独立して完結する技術組織ではありません。

道路、電力、通信、施工業者、資材、警察による交通規制、自治体本部からの優先順位に依存していました。


4-3 自衛隊は、救助だけでなく、大量の活動を持続させました

阪神・淡路大震災の例

阪神・淡路大震災で、兵庫県知事が陸上自衛隊へ正式な災害派遣要請を行ったのは、地震発生から約4時間後の午前10時でした。

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内閣府 阪神・淡路大震災 総括・検証 調査シート 001 初動対応の状況(引用元:内閣府)

ただし、自衛隊が午前10時まで何もしていなかったわけではありません。地震直後の午前6時から各部隊が順次非常勤務態勢に入り、午前7時過ぎには航空偵察、午前7時30分頃には兵庫県庁などへの連絡調整要員の派遣を始めました。第36普通科連隊は、正式要請前の近傍派遣として、阪急伊丹駅へ午前7時35分、西宮市民病院付近へ午前8時20分に人命救助部隊を出しています。

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内閣府 阪神・淡路大震災 総括・検証 調査シート 001 初動対応の状況(引用元:内閣府)

正式要請後は、第3特科連隊が午前10時15分に姫路を出発し、午後1時15分には212人が神戸市内で活動を開始しました。伊丹の第36普通科連隊からも、午後3時45分に西宮市と芦屋市へ266人が出動しています。震災当日中には、陸上自衛隊約3,300人、ヘリコプター57機のほか、海上自衛隊の艦艇15隻と約925人が出動しました。

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内閣府 阪神・淡路大震災 総括・検証 調査シート 001 初動対応の状況(引用元:内閣府)

初動の問題は、派遣要請の時刻だけではありませんでした。内閣府の検証資料には、午前10時に要請を受けた部隊が、具体的な被害情報や派遣先を十分に得られないまま出動し、先遣隊からの無線連絡も入らない状況で部隊を運用したと記録されています。部隊を集めても、「どこで、何人が、どのような資機材を必要としているか」が分からなければ、適切な場所へ配置できませんでした。

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阪神・淡路大震災教訓情報資料集【03】政府および国の防災関係機関の初動(引用元:内閣府)

また、自衛隊は災害救助専用組織ではないため、当時は倒壊建物から救出するための機材を十分に持っておらず、兵庫県に資機材の調達を依頼した事例もありました。警察、消防、自衛隊の間で捜索区域の共有が不十分だったため、同じ場所を重複して捜索した例も確認されています。多数の隊員を派遣できることと、都市型救助に必要な情報、重機、救助器具、役割分担が最初から整っていることは別の問題でした。

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阪神・淡路大震災教訓情報資料集【01】 政府および国の防災関係機関の初動(引用元:内閣府)

その後は、兵庫県庁内に自衛隊の調整室が置かれ、県の災害対策本部会議にも自衛隊が参加しました。活動は人命救助だけでなく、行方不明者の捜索、遺体収容、患者搬送、救護所の設置、巡回診療、救援物資輸送、給水、給食、天幕設営、入浴施設の運営、防疫、倒壊家屋の処理へ広がりました。

1月17日から4月27日までの派遣実績は、陸海空自衛隊を合わせて延べ225万4,700人、航空機延べ1万3,355機、艦艇延べ679隻でした。最大時の人員は約2万6,000人です。

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平成22年度災害派遣及び不発弾等処理実績 23. 6 . 9 (23.6.14修正済)(引用元:統合幕僚監部 )

東日本大震災の例

東日本大震災では、被災範囲が東北地方の太平洋沿岸全域に及び、自衛隊の駐屯地や基地も被災しました。それでも発災当日に約8,400人が投入され、3日後には陸海空自衛隊を一つの指揮系統で運用する災統合任務部隊が編成されました。

発災から約1週間後に10万人を超え、最大時には約10万7,000人、航空機約540機、艦艇約60隻の態勢となりました。

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吉崎知典「大規模災害における軍事組織の役割―日本の視点―」防衛省防衛研究所編『平成23年度安全保障国際シンポジウム報告書』防衛研究所、2012年、71–87頁。

最大時の内訳は、陸上自衛隊約7万人、海上自衛隊約1万4,000人、航空自衛隊約2万2,000人でした。この中には艦艇・航空機の運航、航空管制、通信、燃料補給、整備、物資集積、医療、炊事、宿営、指揮所運営など、前線の活動を維持する要員も含まれています。

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吉崎知典「大規模災害における軍事組織の役割―日本の視点―」防衛省防衛研究所編『平成23年度安全保障国際シンポジウム報告書』防衛研究所、2012年、71–87頁。

3月11日から31日までの21日間では、投入人員は延べ約183万9,000人、航空機は延べ約9,600機、艦艇は延べ約1,000隻に達しました。

同期間の主な活動実績は次のとおりです。

  • 人命救助活動への従事人員 延べ1万9,246人

  • 遺体収容 7,013体

  • 遺体搬送 812体

  • 物資輸送 約3,700トン以上

  • 医療チーム等の輸送 約4,400人

  • 患者等の搬送 175人

  • 給水 約1万4,400トン

  • 給食 約145万2,000食

  • 燃料支援 約944キロリットル

  • 入浴支援 約11万3,000人

  • 衛生支援 延べ約1万3,200人

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平成22年度災害派遣及び不発弾等処理実績 23. 6 . 9 (23.6.14修正済)(引用元:統合幕僚監部 )

最終的に大規模震災災害派遣は8月31日まで174日間続きました。この間に、自衛隊が救助した人は1万9,286人、収容した遺体は9,505体でした。生活支援では、物資輸送1万3,906トン、給水3万2,985トン、給食約500万5,000食、入浴支援約109万3,000人に達しました。

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吉崎知典「大規模災害における軍事組織の役割―日本の視点―」防衛省防衛研究所編『平成23年度安全保障国際シンポジウム報告書』防衛研究所、2012年、71–87頁。
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吉崎知典「大規模災害における軍事組織の役割―日本の視点―」防衛省防衛研究所編『平成23年度安全保障国際シンポジウム報告書』防衛研究所、2012年、71–87頁。

これは阪神・淡路大震災で問題となった「正式な派遣要請や詳細な被害情報を待つ間に初動が遅れる」という反省を踏まえ、自衛隊は震度5弱以上の地震が発生した場合、直ちに航空機などで情報収集を始め、緊急時には自治体からの要請を待たずに自主派遣できる態勢を整えていたことが効果を上げました。

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吉崎知典「大規模災害における軍事組織の役割―日本の視点―」防衛省防衛研究所編『平成23年度安全保障国際シンポジウム報告書』防衛研究所、2012年、71–87頁。

しかし、津波によって道路が流失・寸断され、浸水やがれきによって地上からの捜索が進められない地域が多くありました。

道路が寸断された地域への物資輸送にはヘリコプターを使用し、道路が回復した地域では大型トラックへ切り替えるなど、現地への到達方法を使い分けています。

これは、大量の部隊を全国から集める能力があっても、道路の先にある各集落へ同時に到達できるわけではないことを同時に示しています。

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第13回防衛セミナー議事録 平成23年9月28日 沖縄県立博物館・美術館講堂(引用元:防衛省 自衛隊)

自治体との調整も、東日本大震災においては県から一括して指示を受けるだけの仕組みから改善されています。

宮城、岩手、福島の各県に連絡調整所を置き、師団・旅団の連絡幹部を配置し、その隷下部隊が各市町村と直接調整しました。これにより、県、市町村、現地部隊という複数の段階で必要な支援を把握し、活動の重点を人命救助から給水、給食、入浴、医療などへ変更できる体制が取られました。

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吉崎知典「大規模災害における軍事組織の役割―日本の視点―」防衛省防衛研究所編『平成23年度安全保障国際シンポジウム報告書』防衛研究所、2012年、71–87頁。

一方、東日本大震災では、市町村庁舎、通信設備、首長や職員まで失った地域がありました。このような地域では、連絡幹部を派遣しても、自治体側に被害情報を集約する人員や通信手段が残っていないため、必要な支援を直ちに把握できない場合がありました。つまり、阪神・淡路大震災後の改善によって初動と連絡経路は強化されましたが、広範囲の津波による行政機能の喪失と情報孤立は、新たな限界として残りました。

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橋本靖明・大濵明弘「危機対処時におけるソーシャルメディアの役割――東日本大震災を例として――」『防衛研究所紀要』第16巻第2号、2014年2月、95–121頁

4-4 国土交通省は、道路を開け、通信を戻し、自治体の要求を拾いました

東日本大震災で、東北地方整備局は、内陸側の幹線道路から太平洋沿岸へ向かう道路を優先して開く「くしの歯作戦」を進めました。

3月12日に11ルート、3月15日までに15ルートを確保しました。

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国土交通白書2012 コラム 平成23年の災害におけるTEC-FORCE等の活動(引用元:国土交通省)

道路啓開は、道路を完全に直す工事ではありません。

がれき、放置車両、段差を処理し、緊急車両が最低限通れる幅をつくる作業です。

国土交通省、地元建設業者、自衛隊、警察、県、市町村が関わりました。

TEC-FORCEは、被災状況調査、河川・道路・港湾等の技術支援、排水、照明、通信支援を行いました。衛星通信車や排水ポンプ車などの災害対策用機械も投入されました。

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緊急災害対策派遣隊(TEC-FORCE)(引用元: 国土交通省水管理・国土保全局)

国土交通省のリエゾン職員は、被災自治体へ入り、道路啓開、排水、通信、技術調査などの要望を地方整備局へつなぎました。

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第4回 減災対策協議会(平成30年6月22日開催) 資料-5 その他(リエゾンについて)(引用元:利根川上流河川事務所)

ただし、市町村側に要望を整理できる職員がいなければ、リエゾンも各避難所や関係機関から断片的に情報を集めなければなりません。

国土交通省の人員と機械が存在するだけでは動かず、被災自治体との接続役が必要でした。


5 仕事は、時間とともにどう変わったのか

5-1 0~6時間―その場所にいた人が動きました―

この時間帯には、組織全体の被害も、職員の安否も分かりません。

実際に動いたのは、

  • 当直中だった人

  • 勤務場所の近くに住んでいた人

  • 徒歩、自転車、バイクで到達できた人

  • 家族の安全を比較的早く確認できた人

  • 職場へ行けず、近くの公共施設や避難所へ入った人

でした。

尼崎市では、先着した総務担当者と消防側が本部設置を決めました。

芦屋市では、市内居住の職員と助役が先に到着しました。

神戸市消防では、指令方式をその場で変更しました。

南三陸町では、危機管理室へ職員が集中する一方、沿岸施設へ単独で向かった職員もいました。

この時間帯では、専門性より「その場に存在すること」が先に意味を持ちました。

ただし、津波地域では、職場や災害対応場所へ向かうこと自体が死亡につながりました。


5-2 6~72時間―人が増えるほど、調整業務も増えました―

半日ほど経過すると、外部の警察、消防、自衛隊、国土交通省、医療チーム、給水車、自治体応援職員が入り始めます。

しかし、どこへ行かせるか、何をさせるか、どの道路が通れるか、誰に報告させるかを決めなければなりません。

この時期には、次の仕事が重なりました。

  • 生存者救助

  • 消火

  • 緊急交通路と道路の啓開

  • 孤立地域の確認

  • 病院、福祉施設、避難所への給水

  • 食料、燃料、医薬品の配送

  • 遺体の収容、確認、安置

  • 避難所名簿の作成

  • 通信の復旧

  • 応援部隊の活動地域と宿営地の確保

  • 交代要員、食料、燃料の準備

東日本大震災で、警察が道路交通を管理し、国土交通省が道路を開け、自衛隊が大量輸送と給水を担い、消防が救助・救急へ入ったのは、互いに別々の仕事をしたというより、他組織の活動条件をつくる関係でした。

この接続点にいる被災自治体職員が死亡または疲弊すると、外部支援があっても地域内へ効率よく配分できませんでした。


5-3 4日目から数週間―救助から生活維持と行政再建へ比重が移りました―

生存者救助の可能性が高い場所の捜索を続けながら、活動の比重は避難所、給水、遺体対応、道路、廃棄物、罹災証明、仮設庁舎へ移りました。

ただし、組織全体が同じ日に切り替わったわけではありません。

ある地域では捜索を続け、別の地域では給水や住家被害調査を始めていました。

警察は、行方不明者捜索、検視、身元確認、遺族への引渡し、交通規制、避難所相談を継続しました。

水道事業体は、病院・避難所への給水を続けながら、漏水箇所を調査し、管路を区間ごとに復旧しました。神戸市の全戸復旧には約3か月かかりました。

自治体では、避難所運営に加えて、死亡届、戸籍、福祉、税、保険、義援金、住宅、廃棄物、罹災証明を処理しました。

通常業務がなくなったのではありません。災害業務の下に残り続けました。

この時点では全員一律で実施するような復興活動が少なくなっているため(専門支援の割合が増えるため)、部署間の業務量格差等が生じるようになります。

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災害時における地方公務員の メンタルヘルス対策調査研究 報 告 書  令和2年3月 (引用元:地方公務員災害補償基金)

熊本地震における国・自治体職員の検証では、健康福祉部に支援業務が集中していると語られています。

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平成28年熊本地震に関する県職員アンケート調査 結果報告書 平成29年3月13日(引用元: 熊本県知事公室 危機管理防災課)

また道路や河川などにも一部部署へ業務が集中し、事務職員に対するマニュアル等の説明や事例研修の必要性が挙げられました。

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平成28年熊本地震に関する県職員アンケート調査 結果報告書 平成29年3月13日(引用元: 熊本県知事公室 危機管理防災課)

5-4 数か月から数年―復興業務が本格化し、関連部署の職員不足が表面化します―

避難所が閉じ、がれきが減っても、自治体の仕事は終わりません。

道路、河川、港湾、上下水道、農地、学校、庁舎、住宅などについて、被害調査、災害査定、設計、積算、契約、工事監督、検査、補助金申請、用地取得、議会・住民への説明が続きます。復旧・復興業務に加えて、平時の維持管理や行政サービスも継続しなければなりません。

地方公務員災害補償基金の調査研究では、災害対応に従事した被災自治体職員の47.0%が人手不足、44.8%が復旧業務と通常業務の重複、43.6%が未経験業務への不慣れを苦労として挙げました。31.1%が先の見えない仕事、22.6%が、働いても仕事が終わらない状態を経験しています。仕事量が最も多かった月に45時間以上の時間外勤務があった回答者は41.1%でした。

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災害時における地方公務員の メンタルヘルス対策調査研究 報 告 書 令和2年3月 (引用元:地方公務員災害補償基金)
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災害時における地方公務員の メンタルヘルス対策調査研究 報 告 書 令和2年3月 (引用元:地方公務員災害補償基金)

令和6年能登半島地震では、復旧・復興に必要な技術職員の不足が課題となりました。石川県は、全国の自治体から応援職員を受け入れても、行政事務やインフラ復旧を担う人員が不足しているとして、2024年5月に約170人の任期付職員※を募集しました。このうち約70人は、土木、建築など8職種の技術職でした。

※任期付の技術職は、短期間で復旧・復興業務に従事する必要があるため、自治体の退職者など、採用後すぐに専門業務へ入れる即戦力の確保が前提と想定されます。

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記者会見の要旨 - 令和6年5月8日 (引用元:石川県)
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記者会見の要旨 - 令和6年5月8日 (引用元:石川県)

その後も復旧・復興事業の増加に対応するため、総合土木、建築、林学、機械などの技術職が追加募集されました。

総合土木では、採用者を県の出先機関だけでなく、輪島市、珠洲市、穴水町、能登町などへ派遣することも想定していました。


6 恐怖、使命感、過集中的な献身、疲弊はどう記録されたのか

6-1 専門職も、最初の揺れでは恐怖を感じました

消防職員、警察官、自衛官などの専門職であっても、巨大地震に直面して恐怖や動揺を感じないわけではありません。自分や家族の安否が分からないまま、倒壊、火災、津波、負傷者や遺体に接し、次の判断を迫られます。

兵庫県が阪神・淡路大震災後に行った調査では、兵庫県内の消防職員1,211人から回答を得て、救助活動による心理的影響を検証しています。その後、神戸市内の消防職員を対象に、震災から4年半後まで影響が残っているかを追跡した調査も実施されました。

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災害救援者の心理的影響に関する調査研究報告書 阪神・淡路大震災が消防職員に及ぼした長期的影響(引用元:兵庫県)

消防職員は、倒壊現場での救助、消火、遺体への接触、救助できなかった経験などを重ねており、専門的な訓練を受けていることと、心理的影響を受けないことは同じではありません。

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災害救援者の心理的影響に関する調査研究報告書 阪神・淡路大震災が消防職員に及ぼした長期的影響(引用元:兵庫県)
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災害救援者の心理的影響に関する調査研究報告書 阪神・淡路大震災が消防職員に及ぼした長期的影響(引用元:兵庫県)
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災害救援者の心理的影響に関する調査研究報告書 阪神・淡路大震災が消防職員に及ぼした長期的影響(引用元:兵庫県)

また、前述した通り、熊本県職員アンケートでは、前震または本震から3時間以内に登庁できなかった職員2,054人のうち、142人、6.9%が理由として「外に出るのが怖かったため」を挙げました。同じ回答者には、家族の世話、自宅被害、交通網の寸断などを理由とした人もおり、職員は公務員である以前に、自身も被災した住民でした。

訓練の役割は、恐怖そのものをなくすことではありません。強い揺れや混乱の中でも、まず自分の安全を確保し、家族の安否、参集先、連絡手段、携行装備、退避条件など、次に確認すべき行動を迷いにくくすることにあります。

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市町村による図上型防災訓練の実施支援マニュアル 平成20年3月 (引用元:総務省 消防庁 図上型防災訓練マニュアル研究会)

公的記録から読み取れるのは、専門職や自治体職員が恐怖を感じなかったということではありません。恐怖、家族への心配、自身の被災を抱えながら、訓練、職務上の役割、同僚との連携を手掛かりに活動へ移った人がいたということです。

6-2 使命感は組織を支えましたが、退避と休養を難しくしました

災害時には、非番の職員が勤務場所へ向かい、消防団員が水門や住民宅を回り、自治体職員が自宅や家族の被害を抱えながら避難所や庁舎に残りました。この行動は使命感だけでなく、担当者が抜ければ、給水、避難所受付、施設復旧、契約、住民対応などが実際に止まるという状況から生じています。

災害対応に従事した被災自治体職員の28.2%が、自分の状態について「無我夢中だった」と回答しました。十分な休暇を取れなかった人は38.5%、ゆっくり休めなかった人は39.1%でした。自由記述には、自宅や実家が被災しても生活再建を後回しにしたこと、災害業務に十分従事できなかったことへの罪悪感、部下を休ませられない上司の悩みも記録されています。

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災害時における地方公務員の メンタルヘルス対策調査研究 報 告 書 令和2年3月 (引用元:地方公務員災害補償基金)

長期派遣でも同様の問題が確認されています。三重県が東日本大震災の被災地へ派遣した職員への聞き取りでは、時間外勤務はほとんどない職場から月100時間程度に達する職場まで差があり、業務が多忙な時期には職員が自主的に休日出勤していました。休暇についても、多忙な職員ほど取得しにくく、周囲が働いているため「申し訳ない」という気持ちから休暇を取らない状況が報告されています。

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東日本大震災 被災地訪問調査 概要報告 (引用元:三重県 防災対策部防災対策総務課)

自分が休めば、残った職員の仕事が増えることや、災害査定、設計、工事監督、用地取得、住民への回答が遅れることが見えています。業務を代替できる職員が少ない部署では、休養が個人の権利ではなく、同僚に負担を移す行為のように感じられることがあります。

一方、個人の責任感に依存した体制は長く続きません。同協会の調査では、発災後に必要な対策として、業務量の多い部署への増員を54.0%、業務の再配分を42.4%、応援職員の到着後に被災地職員を休ませる方針の徹底を27.8%が挙げました。自由記述でも、強制的に休暇を取得させる仕組みが必要だとする意見がありました。

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災害時における地方公務員の メンタルヘルス対策調査研究 報 告 書 令和2年3月 (引用元:地方公務員災害補償基金)

使命感や責任感は、発災直後に組織を動かす力になります。しかし、それが「自分が残らなければならない」「休んではいけない」という状態へ変わると、退避、交代、睡眠、家族の生活再建が遅れます。使命感を否定するのではなく、退避基準、交代要員、業務の再配分、管理職による休養命令を組み合わせ、職員個人の自己犠牲に依存しない体制へ移す必要があります。


6-3 過集中的な献身は、救助を支える一方で退避を遅らせました

震災直後には、目の前の住民、担当区域、設備操作など一つの任務へ意識が強く集中し、津波の接近、残り時間、自分の退避といった情報が後景に退くことがあります。ここでは、この状態を「過集中的な献身」と呼びます。医学的な診断名ではなく、職務を続けること自体が目的化し、中止や退避への切替えが難しくなる状況を表す言葉です。

東日本大震災で公務災害に該当すると見込まれた消防団員のうち、活動状況が整理された197人を見ると、避難誘導中が117人、警戒・救助中が16人、消防団の詰所などへの出動途上が29人、自ら避難している途中などが25人でした。水門閉鎖に関係していた人は60人でしたが、被災時に水門そのものを閉鎖していた人は3人でした。多くは水門閉鎖後も避難誘導、救助、警戒を続け、あるいは退避を始めた後に津波に巻き込まれています。

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東日本大震災における消防団員等の被災状況について(平成23年11月20日現在)(引用元:消防団員等公務災害補償等共済基金)

個別の公務災害認定事例には、水門を閉じた後、民家に取り残された住民を発見して救助中に死亡した消防団員、海へ流されそうな人を救助していて死亡した消防団員、屯所の屋上で半鐘を鳴らし続け、建物ごと流された消防団員が記録されています。管轄地域の高齢者を自家用車で繰り返し避難させている途中に被災した例もありました。これらは、危険を理解できなかったというより、目前の住民を残して活動を終えることが困難だった事例と考えられます。

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東日本大震災における消防団員等の被災状況について(平成23年11月20日現在)(引用元:消防団員等公務災害補償等共済基金)

警察でも、東日本大震災により25人の死亡と5人の行方不明が確認され、その多くが住民の避難誘導や被害情報の収集中に津波に巻き込まれました。

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平成23年回顧と展望 東日本大震災と警察(引用元:警察庁)

警察庁は後年、避難誘導中などに30人の警察職員が殉職したことを踏まえ、津波到達予想時刻を基準とした退避や、救出救助活動中の安全確保を強化しています。

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大規模災害への対応の現状と課題 ~東日本大震災から10年を迎え~' (引用元:警察庁)

住民への呼び掛けや情報収集を最後まで続ける職務意識が活動を支えた一方、警察官自身の退避時間を失わせた事例でもありました。

消防や警察以外の自治体職員にも同様の犠牲がありました。前述のように陸前高田市では、市議会事務局職員4人と市議会議員2人が住民の避難誘導中に死亡しました。また、市役所では大津波警報発表後も、情報収集、職員の安否確認、災害対策本部の立ち上げ、地区本部への移動準備などが続きました。津波が市庁舎近くまで迫ったとの報告を受けて避難が始まりましたが、市民会館で61人、市庁舎とその周辺で11人の職員が死亡しています。このように、自治体職員にも住民対応と災害業務を継続していたことで、退避開始が津波襲来の直前になった職員がいたことは検証記録から確認できます。

これらが起きた理由は、津波の規模が想定を超えたこと、通信が途絶えたこと、明確な退避命令が届かなかったこと、避難しない住民がいたこと、活動終了時刻や退避基準が決められていなかったことが重なっています。

消防庁の調査では、避難誘導を行った回答者136人のうち49人が、呼び掛けても避難しない住民がいたと回答しました。住民を置いて離れることへのためらいが、活動時間を延ばす要因の一つになりました。

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東日本大震災を踏まえた大規模災害時における 消防団活動のあり方等に関する検討会 中間報告書 平成24年3月 (引用元:消防庁国民保護・防災部防災課)

震災後、消防庁は、津波到達予想時刻から退避時間と安全上の余裕を差し引いて「活動可能時間」を設定し、その時間を過ぎれば活動途中でも直ちに退避させる仕組みを示しました。危険が切迫している場合には水門閉鎖を放棄し、自らの退避と住民の避難誘導を優先することも明記されています。これは、現場の個人に「住民を残すか、自分だけ逃げるか」という判断を背負わせず、組織があらかじめ活動の限界を決める考え方です。

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東日本大震災を踏まえた大規模災害時における 消防団活動のあり方等に関する検討会 中間報告書 平成24年3月 (引用元:消防庁国民保護・防災部防災課)

過集中的な献身は、混乱の中でも任務を継続し、実際に住民を救う力になります。しかし、責任感が強い人ほど、自分から活動を打ち切ることが難しくなります。自己犠牲を称賛するだけでは、同じ犠牲を繰り返します。退避時刻、活動中止権限、交代要員、強制的な退避命令を組織側が用意し、献身を職員個人の生命と引き換えにしないことが必要です。


6-4 職員は住民の怒りや暴言、不当な要求にも対応しなければなりません

大規模災害では、住民が一様に冷静で協力的になるわけではありません。家族の安否が分からない、住宅を失った、水や食料が届かない、支援制度の対象にならない、地域によって復旧速度が違うといった状況が重なると、不安や喪失感が怒りとして職員へ向けられることがあります。

内閣府の「被災者のこころのケア都道府県対応ガイドライン」も、災害後のストレス反応として、怒りの爆発、けんか、過激な行動、家族間のトラブルなどが起こり得るとしています。これは暴言や暴力を正当化する説明ではありませんが、平時なら抑えられる感情や利己的な行動が、極度の不安、疲労、物資不足、集団生活によって表面化することを示しています。

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被災者のこころのケア 都道府県対応ガイドライン 平成24年3月 (引用元:内 閣 府)

熊本地震などで災害対応に従事した被災自治体職員943人を調べた報告では、「住民から非難されたり、怒鳴られたりした」経験が「よくあった」「かなりあった」と回答した職員は19.0%でした。「住民のつらい体験を聞いた」は36.4%である一方、「住民から感謝された」は13.7%でした。被災自治体の職員は、行政手続を処理するだけでなく、住民の喪失体験、不安、怒りを繰り返し受け止める立場に置かれていました。

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災害時における地方公務員の メンタルヘルス対策調査研究 報 告 書 令和2年3月 (引用元:地方公務員災害補償基金)

令和6年能登半島地震でも、同じ状況が自治体の検証記録に残っています。志賀町では、上下水道部門の職員8人のうち5人が連日現場に出ながら、国、県、応援機関との調整にも追われていました。町の報告書には、被害が全域に及び対応が追いつかないなか、町民からの通報と苦情が続き、その口調も強くなっていたことが記されています。限られた職員が復旧作業と住民対応の双方を担い、遅れへの不満も直接受け止めていた実態です。

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令和6年能登半島地震 対応検証報告書 【初版】 令和7年3月 (引用元:志 賀 町)

もっとも、災害時に寄せられる苦情を、すべて住民の身勝手さや職員への攻撃として扱うこともできません。

珠洲市では、被災建築物の応急危険度判定について、所有者の許可なく判定ステッカーを貼られたという苦情が寄せられました。

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令和6年能登半島地震及び令和6年奥能登豪雨災害対応検証報告書概要版(引用元:珠洲市)

危険を周知するために必要な業務であっても、その目的や権限、判定結果の意味が住民に伝わらなければ、不信や反発が生じます。行政側の説明不足、情報の食い違い、地域間の支援格差に対する正当な指摘と、人格攻撃や不当要求は区別しなければなりません。

それでも、職員は、感じのよい住民だけを選んで救助・支援することはできません。市町村には地域住民の生命、身体、財産を災害から保護する責務があります。救助、避難支援、給水、物資、医療、福祉などの優先順位は、生命の危険、緊急性、要配慮性、被害の程度によって決めるべきであり、住民が職員へ感謝したか、礼儀正しかったかによって決めるものではありません。恐怖や混乱のために攻撃的になっている住民も、必要性が高ければ支援の対象です。

一方、職員が暴言や威嚇を無制限に受け続けることまで、公務上の責務ではありません。愛知県の公的な支援資料は、怒っている人の感情を直ちに否定せず、何に困っているのかを聴く一方、本人が感情の制御を失っている場合には、会話を中断することも必要だとしています。

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災害時におけるメンタルヘルスについて  被災者に接する際にこころがけておきたいこと(引用元:愛知県)

実際の対応では、一人で抱え込まず、複数職員での対応、担当者の交代、要求内容と発言の記録、責任者への引継ぎが必要です。暴力、脅迫、業務妨害に至る場合は、警察や施設管理者と連携し、いったん距離を取らなければなりません。救助を放棄することと、危険な状態のまま一人の職員に対応を続けさせることは別です。

災害対応の現実には、助け合いや感謝だけでなく、不信、怒り、利己的な要求、支援をめぐる対立も含まれます。自治体職員には、そのような人間の弱さが表れた住民も必要に応じて保護する役割があります。同時に、正当な苦情には説明と改善で応え、暴言や不当要求には組織として境界を設ける必要があります。住民を守ることと職員を守ることは、対立するものではなく、災害対応を継続するために両立させなければならない課題です。

 


7 何ができなかったのか

7-1 全職員を直ちに集めることはできませんでした

神戸市では、制度上は全職員出動でも、当日の出務率は41%でした。

熊本県では、8割を超える職員が全員登庁の規定を知っていても、2,054人が3時間以内に登庁できませんでした。

能登では、道路と通信が同時に壊れ、職員が避難所へ分散しました。

家族、自宅、交通、通信が同時に被災する以上、「全職員参集」という制度上の表現を、そのまま実人数として扱うことはできませんでした。


7-2 参集した全員を、直ちに有効配置することはできませんでした

管理職がいない、庁舎へ入れない、被害情報がない、他部署の需要が分からないため、到着しても具体的な業務がない人がいました。

反対に、地域、設備、連絡先を知る人へ仕事が集中しました。

発災直後の能力を決めたのは人数だけでなく、その人員を仕事へ割り当てる機能でした。


7-3 すべての救助要請へ専門隊を送ることはできませんでした

阪神・淡路大震災では、倒壊建物が広範囲に発生し、消防や警察が到着する前に、家族や近隣住民が救助に入りました。

消防車が本来の火災現場へ向かう途中で生き埋め救助を求められ、任務を変更することもありました。

目の前の救助を優先すれば、別の火災や救急への到着が遅れます。

すべてを同時に救うだけの人員と時間は存在しませんでした。


7-4 消防車が到着すれば、火を消せるわけではありませんでした

神戸市では、消火栓が断水しました。

道路は塞がれ、長距離に延ばしたホースが車両に踏まれ、燃料の到着も遅れました。

航空消火についても、倒壊しかけた建物への大量放水、建物内の生存者、回転翼の風、命中精度、低空飛行の危険などが問題となりました。

消防力は消防車と消防職員だけで決まりません。

水道、道路、燃料、通信、交通規制に依存していました。


7-5 人数を増やせば、比例して救援速度が上がるわけではありませんでした

東日本大震災で自衛隊は約10万人を集めましたが、集中には約1週間を要しました。

能登半島地震では、後方に人員がいても、道路、港、天候が集落への到達を制限しました。

航空機も、多ければよいわけではありません。

離着陸地点、空域管制、燃料、地上誘導、荷降ろし要員が必要です。

組織の総人数と、特定の被災者のところへ到達した人数は一致しませんでした。


7-6 応援職員を送れば、地元職員の負担が直ちに減るわけではありませんでした

応援者には、受付、説明、地図、端末、車両、権限、報告先、宿泊、食事、引継ぎが必要です。

熊本地震では、被災市町村が必要人数や職種を整理できず、応援の受入れ自体が課題となりました。

南三陸町では、物資と支援者が増えるほど、町職員の調整業務も増えました。

応援側が自己完結できなければ、被災自治体側が支援者を支援する状態になります。


7-7 技術者がいれば、設備をすぐ直せるわけではありませんでした

水道管を直すには、漏水箇所の特定、管路図、掘削機械、資材、施工業者、道路使用、給油、作業員の宿泊が必要です。

受変電設備やポンプを確認するにも、鍵、図面、電源、測定器、安全を確認する人、メーカーや施工業者との連絡が必要です。

神戸市水道では全国から多数の応援を受けても、全戸復旧まで約3か月かかりました。

専門知識を持つ一人を配置することと、復旧作業を成立させることは別でした。


7-8 物資が被災地へ到着すれば、住民へ配れるわけではありませんでした

物資には、荷受け、分類、保管、避難所別の数量決定、積込み、輸送、受取確認が必要です。

芦屋市では自衛隊が物流を再編し、南三陸町では民間物流事業者が入るまで滞留が生じました。

能登では幹線道路が開いても、集落へ通じる最後の道路が通れない場所がありました。

物資が県内にあること、自治体の倉庫にあること、避難者の手元に届くことは、それぞれ別の段階です。


7-9 道路を開けば、地域全体が復旧するわけではありませんでした

道路啓開は、消防、警察、自衛隊、給水車、物資車両を通す入口です。

その後に、上下水道、電力、通信、燃料、医療、住宅、廃棄物処理が必要です。

道路を開けても、断水した避難所へ給水車を回す職員がいない、電力がなくポンプが動かない、宿泊場所がなく応援隊が長く滞在できないという問題が残りました。

一つのインフラの復旧だけで、地域生活は戻りませんでした。


7-10 休暇制度があれば、職員が休めるわけではありませんでした

制度上は休暇や交代が可能でも、代替要員がいない、周囲が働いている、自分しか分からない仕事があるという理由で休めない人がいました。

公的調査では、ゆっくり休めなかった人、十分な休暇を取れなかった人が約4割いました。

休ませるには、単に「休んでよい」と伝えるだけでなく、業務を引き取る人、記録、引継ぎ、交代班が必要でした。


8 防災庁は、初動と中長期で何を変え得るのか

防災庁設置法が令和8年法律第61号として公布されました。

法律が公布された直後であり、防災庁が巨大災害で実際に活動した実績はまだありません。

そのため、以下は想定になります。

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防災庁設置準備(引用元:内閣官房)

8-1 防災庁ができても、発災直後の物理的制約はなくなりません

防災庁が設置されても、次の問題は行政調整だけでは解決しません。

  • 倒壊した庁舎や消防署

  • 死亡した地元職員

  • 崩落した道路

  • 断水した消火栓

  • 天候不良で飛べないヘリコプター

  • 流失した車両、図面、住民記録

  • 家族を避難させている職員

  • 港から集落までの地域内輸送

阪神・淡路大震災、東日本大震災、能登半島地震の初動では、現地に存在する人員、道路、水、通信、燃料が救援速度を決めました。

その意味では、防災庁の設置だけで、発災後数十分から数時間の救助速度が劇的に上がると考えるのは現実的ではありません。

最初に動くのは、現地の消防、警察、消防団、自治体当直者、近隣居住職員、医療機関、住民です。

8-2 初動でも、組織間の接続を早める価値はあります

防災庁設置法上の主な機能には、防災施策の企画立案と総合調整、大規模災害対処の調整、中央防災会議や災害対策本部の運営、国・地方公共団体・民間事業者による事前防災の推進などがあります。

史実上、初動を遅らせた要因には、次のものがありました。

  • 被害情報が中央へ届かない

  • 市町村が要請内容を整理できない

  • 要請を待つのか、先に派遣するのか決まらない

  • 警察、消防、自衛隊、国土交通省、医療、水道の情報が分散する

  • 応援自治体の割当てが遅れる

  • 支援者が集まり過ぎ、受入れ能力を超える

  • 交代要員、宿営地、燃料の準備が後回しになる

防災庁が意味を持つとすれば、現場の消防車や重機を自ら置き換えることではなく、要請を整理できない自治体への先行支援、各省庁部隊の割当て、受援調整、交代計画を早める部分です。

ただし、被災自治体に新たな報告書、会議、様式を求めるだけなら、初動負担を増やします。

8-3 中長期では、初動より大きな意味を持つ可能性があります

中長期には、防災庁が扱える課題が増えます。

  • 自治体職員の長期派遣

  • 技術職員の確保

  • 派遣任期と引継ぎ

  • 通常業務の代替

  • 罹災証明や被災者支援制度の調整

  • インフラ復旧の省庁横断調整

  • 職員の交代、休養、健康管理

  • 災害検証記録の保存

  • 復旧・復興事業の継続管理

東日本大震災では、発災から数年後も設計、積算、発注、用地、住民調整、人員不足が続きました。

この段階では、現場へ何分早く着くかより、数年間にわたり人員と制度を切らさないことが重要です。

政府方針でも、本庁の設置を先行しつつ、地方機関の機能や設置場所を検討し、官民から人材を集め、技術系・事務系職員を育成する方針が示されています。

8-4 新しい調整機関が、調整の一層を増やす可能性もあります

実働部隊の多くは、防災庁の設置後も、都道府県警察、消防本部、消防団、自衛隊、地方整備局、自治体、水道事業体などに残ります。

防災庁が総合調整を行っても、現場組織との通信、権限、平時からの人間関係が弱ければ、報告先が一つ増えるだけになる可能性があります。

防災庁の評価は、組織の名称や定員ではなく、

  • 被災自治体が整理できない要請を代わって整理できたか

  • 既存省庁の部隊を早く接続できたか

  • 支援者の宿営、交代、長期派遣まで扱えたか

  • 被災自治体の報告負担を増やさなかったか

  • 過去の検証を次の災害へ引き継げたか

によって行う必要があります。


9 史実から見える、公的組織の実像

巨大地震の直後、公的組織は、完成した一枚岩として被災地へ現れたわけではありません。

警察署、消防署、市役所、県庁、自衛隊、地方整備局、水道局のそれぞれで、まず生き残った人が、自分の周囲を確認しました。

近くにいた人が先に来ました。

遠くに住む人、家族が被災した人、道路を越えられない人は来られませんでした。

勤務場所へ向かったことで死亡した人もいました。

到着した人の中で、地域を知る人、設備を知る人、判断できる人、車を運転できる人が、その場の対応を始めました。

初期には部署と職種の境界が崩れました。

消防隊が火災と救助の間で止まり、水道職員が消火用水と飲料水の間で判断し、自治体技術職が電話や物資に回り、警察官が倒壊家屋ではなく道路に立ち、自衛隊員が捜索ではなく炊事、給水、燃料輸送を担いました。

数日後から、専門性と組織性が戻ってきました。

警察、消防、自衛隊、国土交通省、水道事業体、応援自治体が任務を分担しました。

しかし、被災自治体の庁舎と職員が失われていれば、その接続には時間がかかりました。

初動が終わっても、仕事は減りませんでした。

行方不明者捜索、遺体確認、給水、道路、廃棄物、罹災証明、仮設住宅、復興工事、用地、住民説明、通常行政が積み重なりました。

発災当日に命を失った人がいました。

数か月から数年の過労と心理的負担に苦しんだ人もいました。

史実から見えるのは、完璧に動いた組織でも、何もできなかった組織でもありません。

被災し、欠け、混乱した組織が、そこに到着できた人々によって一時的に組み直され、他地域の人員と資材を受け入れながら、数日、数か月、数年をかけて機能を取り戻していった姿です。

 

 


本稿は、公開情報として入手可能な一次資料を引用・参照しながらに、
制度理解の観点から再整理・分析を行ったものです。
記載内容の構成、論点整理および評価は筆者個人の見解であり、特定の組織・機関の公式見解を示すものではありません。


参考文献

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https://www.bousai.go.jp/kensho-hanshinawaji/chosa/sheet/001.pdf

内閣府:内閣府 阪神・淡路大震災 総括・検証 調査シート
https://www.bousai.go.jp/kensho-hanshinawaji/chosa/index.htm

熊本県知事公室 危機管理防災課:平成28年熊本地震に関する県職員アンケート調査 結果報告書 平成29年3月13日
https://www.pref.kumamoto.jp/uploaded/attachment/50131.pdf

内閣府:令和6年能登半島地震に係る災害応急対応の 自主点検レポート
https://www.bousai.go.jp/jishin/noto/taisaku_wg_02/pdf/siryo4.pdf

内閣府:令和6年能登半島地震を踏まえた 災害対応の在り方について (報告書) 令和6年11月
https://www.bousai.go.jp/jishin/noto/taisaku_wg_02/pdf/hokoku.pdf

珠洲市:第1回 令和6年能登半島地震及び令和6年奥能登豪雨 災害対応検証委員会 説明資料
https://www.city.suzu.lg.jp/uploaded/attachment/9237.pdf

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https://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/hanshin_awaji/data/detail/1-5-1.html

陸前高田市:陸前高田市東日本大震災検証報告書 平成26年7月https://www.city.rikuzentakata.iwate.jp/material/files/group/61/kensyouhoukokusyo.pdf

大 槌 町:東日本大震災津波における 大槌町災害対策本部の活動に関する 検証報告書(概要版) 平成29年7月
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南三陸町 東北大学 災害科学国際研究所:南三陸町 東日本大震災職員初動対応等検証 報告書 2019 年3月
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総務省 消防庁:「消 防 団 の 充 実 強 化 に つ い て の 検 討 会」 報 告 書 平成22年12月 消防団の充実強化についての検討会
https://www.fdma.go.jp/singi_kento/kento/items/kento003_20_sanko_04.pdf

石巻市:石巻市東日本大震災復興記録誌
https://www.city.ishinomaki.lg.jp/cont/10051100/2403/20240628104446.html

内閣府:阪神・淡路大震災教訓情報資料集【03】消防施設・資機材と水利の確保
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警察庁:平成7年 警察白書
https://www.npa.go.jp/hakusyo/h07/h07index.html

内閣府:平成26年版 防災白書|特集 第2章 1 大規模広域災害時の自助・共助の例
https://www.bousai.go.jp/kaigirep/hakusho/h26/honbun/0b_2s_01_00.html

神戸市住宅局営繕部:『阪神・淡路大震災と住宅局営繕部』活動記録 「大震災を体験した営繕部との対応とその教訓」平成8年3月
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内閣府:大規模災害発生時における 地方公共団体の業務継続の手引き 令和5年5月 内閣府(防災担当)
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熊本県危機管理防災課:熊本地震の概ね3カ月間の対応に関する検証 (人命救助、被災者の生活の支援等を中心として) H29年3月31日
https://www.pref.kumamoto.jp/uploaded/attachment/50128.pdf

中央防災会議 防災対策実行会議 令和6年能登半島地震を踏まえた災害対応 検討ワーキンググループ:令和6年能登半島地震を踏まえた 災害対応の在り方について (報告書) 令和6年11月
https://www.bousai.go.jp/jishin/noto/taisaku_wg_02/pdf/hokoku.pdf

総務省:消防庁 消防庁の「東日本大震災記録集」の公表  平成25年3月26日
https://www.fdma.go.jp/pressrelease/houdou/assets/250326_1houdou_03_houdoushiryou.pdf

東日本大震災に伴う緊急消防援助隊 北海道東北ブロック活動検証会議:東日本大震災に伴う緊急消防援助隊 北海道東北ブロック活動検証会議報告書 平成24年2月
https://www.fdma.go.jp/singi_kento/kento/items/kento093_11_shiryo6.pdf

消 防 庁:緊急消防援助隊活動拠点施設に関する 調 査 報 告 書 平成24年3月https://www.fdma.go.jp/singi_kento/kento/items/kento093_06_shiryo1.pdf

警察庁:警察白書 平成24年特集:大規模災害と警察~震災の教訓を踏まえた危機管理体制の再構築~
https://www.npa.go.jp/hakusyo/h24/honbun/pdfindex.html

内閣府:阪神・淡路大震災教訓情報資料集【04】水道事業者の緊急対応
https://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/hanshin_awaji/data/detail/1-9-4.html

消防団員等公務災害補償等共済基金:東日本大震災における消防団員等の被災状況について(平成23年11月20日現在)
https://www.syouboukikin.jp/publicity/pdf/201201_00-02.pdf

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国土交通省:国土交通白書2012 コラム 平成23年の災害におけるTEC-FORCE等の活動
https://www.mlit.go.jp/hakusyo/mlit/h23/hakusho/h24/html/n262e000.html

国土交通省水管理・国土保全局:緊急災害対策派遣隊(TEC-FORCE)
https://www.mlit.go.jp/river/bousai/pch-tec/about/pdf/overview.pdf

利根川上流河川事務所:第4回 減災対策協議会(平成30年6月22日開催) 資料-5 その他(リエゾンについて)
https://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000704185.pdf

内閣府:阪神・淡路大震災教訓情報資料集【03】政府および国の防災関係機関の初動
https://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/hanshin_awaji/data/detail/1-2-3.html

内閣府:阪神・淡路大震災教訓情報資料集【01】 救出・救
https://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/hanshin_awaji/data/detail/1-4-1.html

統合幕僚監部 :平成22年度災害派遣及び不発弾等処理実績 23. 6 . 9 (23.6.14修正済)
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吉崎知典「大規模災害における軍事組織の役割―日本の視点―」防衛省防衛研究所編『平成23年度安全保障国際シンポジウム報告書』防衛研究所、2012年、71–87頁。
https://www.nids.mod.go.jp/event/proceedings/symposium/pdf/2011/j_06.pdf

防衛省 自衛隊:第13回防衛セミナー議事録 平成23年9月28日 沖縄県立博物館・美術館講堂
https://www.mod.go.jp/rdb/okinawa/pr/seminar/images/pdf/13gijiroku.pdf

橋本靖明・大濵明弘「危機対処時におけるソーシャルメディアの役割――東日本大震災を例として――」『防衛研究所紀要』第16巻第2号、2014年2月、95–121頁
https://www.nids.mod.go.jp/publication/kiyo/pdf/bulletin_j16_2_5.pdf

地方公務員災害補償基金:災害時における地方公務員の メンタルヘルス対策調査研究 報 告 書 令和2年3月
https://www.jalsha.or.jp/wordpress/wp-content/uploads/2020/03/%E7%81%BD%E5%AE%B3%E6%99%82%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E5%9C%B0%E6%96%B9%E5%85%AC%E5%8B%99%E5%93%A1%E3%81%AE%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%83%98%E3%83%AB%E3%82%B9%E5%AF%BE%E7%AD%96%E8%AA%BF%E6%9F%BB%E7%A0%94%E7%A9%B6%E5%A0%B1%E5%91%8A%E6%9B%B8%EF%BC%88%E4%BB%A4%E5%92%8C%EF%BC%92%E5%B9%B4%EF%BC%93%E6%9C%88%EF%BC%89.pdf

石川県:記者会見の要旨 - 令和6年5月8日
https://www.pref.ishikawa.lg.jp/chiji/kisya/r6_5_8/1.html

兵庫県:災害救援者の心理的影響に関する調査研究報告書 阪神・淡路大震災が消防職員に及ぼした長期的影響
https://web.pref.hyogo.lg.jp/kk41/documents/000038224.pdf

三重県 防災対策部防災対策総務課:東日本大震災 被災地訪問調査 概要報告
https://www.pref.mie.lg.jp/common/content/000086033.pdf

総務省 消防庁 図上型防災訓練マニュアル研究会:市町村による図上型防災訓練の実施支援マニュアル 平成20年3月
https://www.fdma.go.jp/pressrelease/houdou/items/h20/200428/200428-3houdou4.pdf

警察庁:大規模災害への対応の現状と課題 ~東日本大震災から10年を迎え~
https://www.npa.go.jp/bureau/security/keibi2_20210225.pdf

消防庁国民保護・防災部防災課:東日本大震災を踏まえた大規模災害時における 消防団活動のあり方等に関する検討会 中間報告書 平成24年3月https://www.fdma.go.jp/singi_kento/kento/items/kento003_67_shiryo_02-1.pdf

内閣府:被災者のこころのケア 都道府県対応ガイドライン 平成24年3月https://www.bousai.go.jp/taisaku/hisaisyagyousei/pdf/kokoro.pdf

志 賀 町:令和6年能登半島地震 対応検証報告書 【初版】 令和7年3月
https://www.town.shika.lg.jp/uploaded/attachment/1793.pdf

珠洲市:令和6年能登半島地震及び令和6年奥能登豪雨災害対応検証報告書概要版
https://www.city.suzu.lg.jp/uploaded/attachment/10322.pdf

愛知県:災害時におけるメンタルヘルスについて 被災者に接する際にこころがけておきたいこと
https://www.pref.aichi.jp/uploaded/attachment/260722.pdf

内閣官房:防災庁設置準備
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/bousaichou_preparation/index.html